再戦
片膝をついて屈んでいた偽黒騎士が紅い瞳を光らせ、目を覚ます。
起き上がるとともに槍を構えて彼らを迎え撃つ準備を整える。
それに応じてチェシャ達も武器を構えた。
前回と異なるのは前線に立つ槍使いの少年の得物。
この時代にはない超硬金属製の槍。プロトグングニル。
彼がそれを手にしていることにクロウは眉を持ち上げ興味を示したがすぐに無視する。
この戦いに彼の武器が代わったことで大きな影響はないが故に。
隊形はクオリアがボイドとソリッドに近い位置に立ち、詰められないように陣取り、チェシャだけが前に出ていた。一騎打ちにも近いが実際には後衛の援護を受けて戦う構えだ。
戦闘は前触れなしに始まる。
偽黒騎士がチェシャすらも反応が遅れる速度で飛び出し、先頭に立つ彼に向けて槍を振るう。薙ぎ払われたそれをチェシャは地面に伏せることで辛うじて回避。
今の彼では瀬戸際で反応し、動くのが精一杯。
当然第二撃を回避するのも難しい。
追撃の落ちる槍もこれまた辛うじて前転で偽黒騎士の股をくぐって避ける。
死中に活。二回の瀬戸際を通り抜けたチェシャに反撃の機会がやって来る。
屈んでいた状態から足を伸ばし、体を引き絞って槍を突き出す。
しかし、急速に反転した偽黒騎士が盾を使って簡単に弾く。
黒騎士に変身できないチェシャでは力も速度も圧倒的に足らない。
が、偽黒騎士は彼らに背中を晒した。一人で勝てないことなどチェシャもよく分かっている。故に使うのは個の力ではなく連携による群の力だ。
「爆発──射撃!」
彼らが戦い始めた瞬間に三人は詰め寄っていた。
至近距離にまで接近したソリッドが指南性を与えた爆発を放つ。
射程こそ短いが瞬間火力は彼が持つ中で最高と言ってもいい一撃だ。
当てるには彼一人では不可能。だからこそ彼が十全に力を振るうには前衛が必要なのだ。
──ッ!
声も上げず、偽黒騎士が仰け反った。チェシャ以外がまともに攻撃を通した瞬間だった。速度と力の両方を高水準にするために割いた耐久力ではソリッドの一撃はさすがに通った。
仰け反った偽黒騎士はすぐさまソリッドに反撃しようと槍を持ち上げ、瞬間、偽黒騎士の目の前で黒い球体が弾けた。
巨体が崩れ落ちる。ボイドの脱力の魔術だ。巨体を崩すためにかなりの魔力を消費したボイドが肩で息をついているが、さらなる隙を仲間に与えた。
「もう──いっ、っちょ!」
ソリッドが二度目の爆破を浴びせる。さらに至近距離で起こした爆発の余波を受けて、地面を転がりながら彼が確かな手ごたえに口端を吊り上げた。
上半身に爆発をまともに受けた偽黒騎士が地面に倒れる。
そこへチェシャが串刺しにしようと顔に向けて槍を落とす、も、群の力に対をなす個の力はすぐさま彼の槍を掴み取った。チェシャの顔が歪むのを気にせず、偽黒騎士がそのまま槍ごと彼を投げ飛ばす。
槍を手放すのが遅れたチェシャは勢いのまま柱へと激突、壊れかけのそれが完全に倒壊する。
彼を投げ飛ばした偽黒騎士は流れで顔をクオリアたちに向ける。
「来るわよッ!」
偽黒騎士の狙いは強力な攻撃を有するソリッド。前に出ているクオリアを無視して彼に向けて槍を振るう。
当然クオリアもそれを追いかけ、ソリッドもクオリアに走り出し、辛うじて彼女の大盾が槍を防いだ。響く金属音と共に、クオリアの体が地を滑る。態勢が整っていない状態では衝撃を受け止めるのも難しい。
が、クオリアと入れ替わりで閃光が弾けた。
偽黒騎士の視界を奪い、ソリッドへの追撃を遅らせたのはボイドの魔術。
一瞬ぐらついた偽黒騎士が怒りをあらわにボイドに向けて突撃する。
「怒りやす──いわねッ!」
そこへ立て直したクオリアが割り込み、大盾を掲げる。
槍と大盾が激突。
「っちょ──!?」
するはずだった。
寸前まで攻撃の意思をあらわにしていた偽黒騎士は反転し、ソリッドに向けて襲い掛かる。愚直に襲い掛かってくるはずのそれにはあり得ない思考と行動だった。
慌ててクオリアが追いかけるも、出遅れてしまえば速度の差は埋められない。
「──ッ」
そして、ソリッドもクオリアに援護するつもりで描いていた爆炎の魔術をそのまま迎撃に使用。
印から溢れ出す炎。
対する偽黒騎士は槍を淡く光らせ、一閃。
印ごと炎を切り裂いた。
見覚えのあるその魔法にソリッドの顔が驚愕に染まる。
森人の長、ヤヴンが使っていた魔術を切り裂くそれと同じだった。
同じく、ボイドとクオリアも以前にであったチェシャとは違う本物の黒騎士が使っていた技を見ていたために彼らも驚愕していた。
そもそも、魔法を使うことすら知らなかったのだ。ここに来て何故いきなり使用したのかも分からなかった。
だが、驚いている時間はない。ソリッドに向けて槍は迫っている。
「伏せてッ!!」
少年の声。ソリッドは即座に地面に伏せる。一瞬遅れてソリッドの頭を飛び越えたチェシャの槍が偽黒騎士の槍と激突、互いに火花を散らして擦りあいながらすれ違う。
場所を入れ替えた二人が再び槍を振るう。二人とも同じ横薙ぎ。
能力の差でチェシャが敗北、宙へと吹き飛ばされた。
だが、宙でナイフを抜き取ったチェシャがそれを投げて抵抗する。
投擲されたナイフはいともたやすく避けられるも時間を稼ぐことは出来た。
駆け付けたクオリアがソリッドへの攻撃に割って入り、ボイドが再び閃光を弾けさせる。
「おっかえしだ!」
爆発。爆発、爆発。
黒煙が吹きあがり、爆風で拡散する。
三度続いた爆発が偽黒騎士を襲う。光に視界を奪われ防御も間に合わぬままその全てを受けて、巨体が地を転がった。
巨体が地を跳ねるたび、城に振動が走り、崩れかけた壁や柱、天井の破片がぱらぱらと降り注ぐ。
「ざまぁみやがれっ!」
「貴方も大概よ?」
格上にすら通ずる爆発、それをソリッドが頻繁に使わないのは射程もあるが、射程故に自分も爆破の影響を受けることだ。現に彼の防具は攻撃を一度ももらっていないのに既にボロボロになっている。
「さっさと畳みかけるぞ!」
ボイドの指示が飛ぶ頃にはすでにチェシャが槍を構えて飛び出している。
接近した彼が手をついて立ち上がろうとする偽黒騎士に槍を突き出す。
腹に刺さった槍は血を噴き出させて確かな傷を負わせた。
武器による初めての攻撃が通った。そのことにチェシャが僅かに意識を緩ませる。
同時に彼は忘れていた。チェシャ自身が自身の忌々しい血に引っ張られてより凶暴に、より攻撃的になるのならば、彼の血を得て完成された偽黒騎士も同じ性質を持つことに。
「ぁ──ッ」
偽黒騎士の兜の奥。紅い目が輝きを増す。
それを彼らが気付いたころにはチェシャの左肩から血が噴き出していた。
自然に漏れた声。その声が玉座の間に広がり、一瞬で拡散して消え去る。
しかし、いつの間にか黒い棘がいくつも生えた偽黒騎士の槍が突き刺さった彼の肩から流れ出る血は止まらない。
「チェシャ君!」
槍が引き抜かれ、一層血が噴き出す。
それと共に倒れたチェシャにとどめを刺そうとする偽黒騎士との間にクオリアが割って入り、攻撃を受け止める。
衝撃をしっかりと抑えきり、大盾から顔を覗かせたクオリアの頬を何かが通り過ぎた。
遅れて彼女が感じた何かのとろりとした液体が頬を伝う感触。
彼女の視界が捉えたのは黒い棘がなくなった黒槍。
状況から何が頬を切り裂いたのか推測したクオリアは煩わしいと舌を打つ。
そして、偽黒騎士が槍を引き戻して、薙ぎ払おうとする頃には黒い棘が復活していた。
「──ッ、めんどうじゃないのっ!」
薙ぎ払いを防ぎ、続けて拡散する黒い棘もしっかり防いでからそのまま大盾を押し付けるように体当たり。
広範囲に攻撃していくる黒い棘は非常に厄介で、後衛陣の魔術も妨害されている。しかし、チェシャが立て直すまでクオリアが彼らを守る余裕もない。
同時に防御に専念して、攻撃を疎かにすれば後衛陣に狙いが向く。
「っうぐ──!!」
体当たりはわずかに偽黒騎士を押しのけるのみ。
そして、蹴りの間合いに入ったクオリアは簡単に蹴飛ばされ、地を転がった。
前衛が消えた。後は攻撃を防ぐ手立てのなく、柔い二人のみ。
三度目の閃光も通らず偽黒騎士が残像を残して、ソリッドの前に現れる。
抵抗のために彼が描いていた爆炎の魔術印が炎を吐き出すも、黒騎士が槍を振るう腕は止まらない。
否、そもそもソリッドが狙われていなかった。
「ッ~~~~!!」
鮮血が散る。声にならない悲鳴が溢れる。血に塗られた白衣の男が腹に槍を生やして倒れる。
偽黒騎士はここに来て、ソリッドではなくボイドを狙った。
今までソリッドを狙っていたはずのそれが何故、ここに来て。
疑問とボイドがやられたことへの焦りがソリッドの頭を埋め尽くし、処理限界を迎えた脳が白に染められる。思考停止。
出来た抵抗は最後に残ったソリッドを倒しにかかる敵生体への攻撃のみ。
「──爆発ッ!!」
指南性すら与えられていないただの爆発。それでいて規模は数倍以上。
後先考えずに出した本当の自爆。
それすらも、見越していたかのように黒騎士が急速停止。距離を取って彼が自爆して呆気なく吹き飛んでいく様を見届けた。
後衛陣がいとも容易く撃破されるのを見てしまったクオリアがようやく立ち上がり、前へと進む。
ソリッドはともかく、ボイドの息があるかは怪しい。心臓ではなさそうだが、あそこまで深々と刺されば中の臓器はぐちゃぐちゃに違いない。
しかし彼の容態について心配している暇もない。今から始まる孤独な戦闘を耐えきらなければならないのだから。
──まった時間稼ぎかぁぁ……。
結局守ることに失敗してしまった。その事実を受け止めつつも、彼女はまだ諦めていなかった。
それに、彼女がここで踏ん張った時間だけ、前線復帰が見込める少年二人が立て直すのを守れる。
名誉挽回。汚名返上。
むしろ、ここからが本番なのだから。
「来なさい。人間の底力、見せてあげるわ」
クオリアが不敵に微笑んで挑発する。
すると、彼女の虚勢の笑みを見た偽黒騎士が何故かたじろいだ。
これにはクオリアも内心困惑する。
彼女の予想ならば今頃一瞬で詰め寄ってきた黒騎士と戦うはずだったが、動揺しているようにも見える黒騎士は詰めてきていない。
──ビビってる? 急にそんなこと……。
人間ではないのだから虚勢の笑みに警戒、もしくはそれに近い反応を示すなんて人間のような思考をするとは思えなかった。
そして、今の偽黒騎士の行動について考える余裕は彼女にはない。
脳の全リソースを目の前の敵に割かなければ時間を稼ぐことなどできないのだから。
たじろいでいた偽黒騎士も突然クオリアへ攻撃を仕掛けに来る。
音速を超えた第一撃は心構えをとっくに終えたクオリアが余裕をもって受け止める。
弾くなんてリスキーな選択肢は取らない。
「ぐぅぅ──!!」
重い一撃がクオリアに地を削り滑らせる。
大盾を伝い走った衝撃を堪えながら闘志を鈍らせないよう黒騎士を睨みつける。
すると、黒騎士の赤い瞳が揺らいだ。またおかしな反応を示した偽黒騎士を気にする余裕はクオリアにはないため、すぐに腹に力を入れなおして次の一撃に備える。
次は半歩引きながらの薙ぎ払い。一瞬で風車の如く回転した槍がクオリアの大盾の横っ腹を叩く。
辛うじて大盾を槍の当たる位置に移動させ、再び衝撃を受け止めて地を滑る。
後退させられたクオリアの位置は僅かに偽黒騎士の槍の間合いの中。
引き戻された槍が追撃に来る。
だが、追撃が来ると読めれば次に来る攻撃が最も間合いの広い突きであることが推測できる。
そして、間合いの関係上角度をつけた攻撃ではたとえ大盾で防がずとも痛手にはならない。
クオリアが大盾に隠れて口端を持ち上げる。そして、大盾を沈ませ、槍の衝突と共に打ち上げた。
──カァァンッ!!
クオリアにとって快く、偽黒騎士にとって不快な音が響き渡る。
槍と衝突した反動で大盾が沈み、吊り上がっていたクオリアの口端が偽黒騎士の目に映ると、その赤い瞳が再び揺れた。
「さあさあ、生き残るために動くあたしは硬いわよ?」
唯一の負け筋であるまだ前線復帰の見込めるチェシャとソリッドにとどめを刺されぬように、自身に狙いを向けさせる不敵な笑みを浮かべて挑発した。