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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第六試練:振るうは贋作の黒槍
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提案

『先の話は余談だ。どうでもいいとまではいかないが、本題は違う。僕の目的は君だよ、チェシャ。』

「俺?」


突然の指名にチェシャが首をこくりと横に倒す。


『ああ、僕の目的はロックの解除によって魔力吸収機構(スイーパー)から解き放たれる魔力生物。つまるところ、魔物……ああ、君たちには災厄で通っているのか。』

「じゃあ、同じ?」

『ああ、そうだとも。しかし、僕には同時に達成しなけらばならない目的もある。あくまでついでに過ぎないがね。それがチェシャ。君に関係しているんだ。』


チェシャは曖昧に頷く。

ボイドがメモ帳を取り出して、口を結んで彼らの会話を傍観するに留めていた。


「で、俺が何?」

『少し、協力してもらいたいことがある。僕は第六試練から出られない、君達には頂上まで来てほしいんだ。』

「協力は分かった。でも、何をするの?」

『君の体に潜むモノのデータを取りたい。』

「……うん?」


チェシャの体に潜むモノ。チェシャにはその言葉の意味を正確には理解できなかったものの、彼以外の四人ではなく自分。四人との差異を考えた時に自然に浮き上がるのは彼の身を蝕む呪いしか思い浮かばないかった。


「この、黒いやつ?」


チェシャが裾をまくって黒く染まった腕を見せる。

なるべく隠すために手袋と長袖を着用しているせいで、そうしなければ肌を見せれなかった。


『ああ、その力だ。』

「……。」


チェシャは判断に迷ってボイドの方を振り返って判断を仰いだ。

指示を求められたボイドは暫し、羽ペンの羽を自身の額に押し当てて、考え込み、頷きを返した。


「分かった。行くよ。」

『そうか、ありがとう。ならば、そちらが早く頂上まで登ってこれるよう手配しておこう。』

「少しいいか?」

『……何かな?』


話が纏まった所で、ボイドが口を挟んだ。

マスターは少し間を開けると、不機嫌そうに言葉を返す。


「第六試練に居るといったな。そして、頂上に居ると。ならばあなたは何者だ? まさか門番なのか?」

『気になるのは当然か。一つ目の答えはグングニルの設計に携わったもの、とだけ言っておこう。二つ目の答えは違う、だ。』


どこか自慢げに言った彼はふふん、と声を漏らし、言葉を続ける。


『ついでに教えてやろう。神の試練は五つ目で終了している。そして、僕がいる第六試練はイレギュラー的存在。今は第七試練となっている座標に転移するはずの第五試練の転移装置を弄ってここを経由するようにしたからさ。』

「何?」

『おかしい話じゃない。ここは別に英雄を作ろうって訳じゃない。戦士を、兵士を作りたい場所さ。徒党を組んでリヴァイアサンを倒せるなら一般人にしては上出来すぎるからな。』

「アリス君。以前、試練は七つあると言っていなかったか?」

『彼女に聞いても無駄だよ。こっちが困るような情報は抜き取ったし、必要な情報は植えこんだ。まあ、全部が全部とはいかないけど、計画に支障はない。』


知らないことを知っている、知っていることを忘れている。

そういっていたアリスの症状の原因があっさりと明かされた。さも当然のように言ったマスターにチェシャは静かに怒りを募らせる。そんな道具のように扱われる筋合いなどどこにもないし、許すはずもないと。

今すぐにでも手に持っている槍を投げつけたい気持ちだった。しかし、その行動に意味はない。目的を履き違ってはならない。結果的に、これ以上彼女を悲しませるわけにはいかないからだ。

だからと言って、まだ成人もしていない彼が怒りをコントロールできるわけもなく、彼が槍を持つ手が震えていた。


「──バッカっじゃないの!?」


その震えも、隣で怒鳴ったクオリアの声で消え失せる。

怒っていたのはチェシャだけではなかった。


「あなた、何様? 向こうの時代じゃ偉いのかも知らないけど、偉ければなんでもしていい訳ないのよ? 第一、それが、それが……子供にやっていいこと!?」

『そうしなければ、計画が破綻し、この大陸が、世界が滅ぶかもしれないんだぞ?』

「はぁ? そんな世界滅んで上等じゃない!」


即答。

チェシャはその答えが浮かんでもクオリアのように即答することは出来なかった。

その方が正しいからと思ってしまった自分を戒めるように下唇を強く噛んだ。


『ここまで来ておいて?』

「何言ってるのあなた? アリスちゃんも含めてあたしたちが楽しく暮らせる世界を守るために来てるわけ。楽しく暮らせないなら別に守る必要はないでしょう? 別に報酬も義務もないんだから。」

『報酬も義務もない物に命をかけると……?』


クオリアの言葉に動揺したのか、どこか震えた声でマスターが尋ねる。

困惑が見て取れる声色に彼女は鼻で笑った。しかし、そこに軽蔑や嘲りはない。

言動や行動こそ善人とは思えない振る舞いであっても、一人で倒すため、準備を重ねてきたのも事実。

四人の協力を得ながら、アリスはたくさんのものを抱え、ここまで来たのだ。一人での苦労は彼女には想像もできなかった。

だから、姿形見えずとも、クオリアは一種の敬意をマスターに抱いていた。


「ええ、そうよ。それが少なくとも今のあたしの生きがい。何かおかしい?」

『僕の価値観ではおかしい。しかし、生きがいを否定する気にはなれないな。』

「あら、そう。」

『だが、僕にも事情がある。理由なく彼女の記憶を消したわけではないさ。』

「そ。でも、あたしはあなたのこと、嫌いよ?」

『奇遇だな。僕も君は嫌いだ。』


クオリアは微笑み、マスターは苦笑の声を漏らした。




翌日、一行は第六試練に訪れていた。


「これが噂の──……綺麗ね。」

「うん、多分わたしの時代にあった木。あの人も桜が好きだったのかな?」


初めて第六試練に訪れたアリスとクオリアは空に浮かぶ桜の並木道──今までの中でも特に美しさに満ち溢れたその景色を堪能していた。

アリスが手の平を上に向けて、舞い散る桜の花びらを受け止める。

見たことのある花びら、知っているものを見た時の安心感を覚えながら、アリスは懐かしさに目を細めた。


「さぁね。でも、ここは多分、マスターとやらが作ったんでしょう? わざわざ、こんなに並べるんだから大好きなのかもよ。」

「そっか。」

「満足したか?」

「もうちょっと。進んでもいいからゆっくりね。」

「はいはい。」


転移装置のある場所から数分ほど動いていないことに業を煮やしたボイドが彼女たちに尋ねるも、クオリアの不満げな顔に渋々従う。

進んでいいとお達しが出たので、先頭のチェシャが歩き始めた。

神の試練の枠組みから外れている第六試練。他とは違う一本道の構成も、枠組みから外れているのなら納得がいく話だった。


「なぁチェシャ。この前天使と会ったのってどこだっけ?」

「割と歩いたとこ。正直ゆっくり進まなくても時間ならたっぷりあるんだけど、見たくなる気持ちも分かるかな。」

「確かに、オレら以外の探索者、誰もこんな景色見られねぇもんな。」

「そうそう。せっかくなんだし、探索した時の感想の手記でも残しておけば? 後々誰かが見つけるかもよ? アリスの日記みたいにさ。」


手を組んでうんと伸びをしながらチェシャはソリッドに提案する。

チェシャ自身も書こうとは思ったが、いざ書くとなると絵が欲しくなり、絵が描けないチェシャは断念していた。とくに小さなものを持つのが苦手になった今は尚更だ。


「えー、めんどいからやだね。この目に焼きつけりゃ十分だぜ。」

「数日たったら忘れてそ。」

「おま、さすがにそれはバカにしすぎだろっ!」

「じゃあ、第二試練の気球からの景色、絵に描ける?」

「おう、当たり前だ!」

「じゃあ、今日帰ったら描いて。」


他愛もない話をしながら一行は並木道を歩く。

慣れてしまえば、幻想的な景色も路傍の石の如く通り過ぎられる。

唯一、雲に埋め尽くされた空を見下ろせるのは本当にここぐらいなものなので、時々誰かがほっと息を吐きながら魅入っているぐらいか。


特に、先に第六試練に入っていた三人はこの景色が続くことを体で認識しているので、少しずつ歩調を速めて居ていた。手配をするといっても、それらしいものは見当たらないので、前に天使にあったところまでは進まないといけなさそうなのも彼らが直感で理解していた。


時間がかかりそうなので、昼食もパンと筒に入れたスープで歩きながら食べられるものになっていた。

朝食をあまりとっていなかったチェシャが早めに食べ始めたのを皮切りに四人も鞄から昼食を取りだしていた。

汁物は零したりすると面倒なので持ち運びに適していないものの、戦闘もなく、すぐに食べるのならば問題ないという結論に至っている。

そうなると、探索途中で汁物を食べる機会はないので、案外全員がどことなく盛り上がっていた。


「なあボイド。このスープ、なんかやけにドロッとしてねぇか? あと、苦い。」

「それか? 実はサイモンに頼んで、ジュースを作るのに使っていた混ぜる魔術具を借りてな野菜に使った。お前が嫌いな果菜類、身がしっかりあるタイプの野菜だ。」

「うげっ。なんつーもん作ってんだよ。」

「苦味とエグみがマシになるように努力はしたさ。飲めないほどじゃないだろう?」

「そうだけどよ……。」


筒の中身を覗き込み、しばし中身を睨み続けたソリッドは残っていたスープを一気に飲み干した。

目をきつく閉じて、きゅっと顔をすぼめたソリッドの肩をボイドがよくやったと叩く。

一連の流れを見たチェシャが苦笑した。


「そんなに嫌いなの?」

「ふへぇ……。チェシャこそ、なんでそんな余裕そうなんだよ。意味わかんねぇ。」

「美味しいのに。」


苦味こそあれ、野菜の甘味も残っている。特に果菜類は味が詰まっている分、スープにするには丁度いい。

変に甘くされるぐらいなら、故郷でも食べ慣れた自然の味の方がチェシャは好きだった。


食べながら昼食を取ったのもあって、目的地──二つ目の角を曲がった所には比較的早く着いた。

二つ目を曲がるころには最初は盛り上がっていたアリスやクオリアも慣れてしまって退屈そうにしていた。


「多分……この辺りなんだけど。」


そう言ってチェシャが空を見上げる。

次に彼の聴覚が空を羽ばたく音を聞き取るのはすぐのことだった。

一度出会っているボイドとソリッドも空を探す。


天使はばさりばさりとゆっくり羽をあおいで降りてくる。

天使像で模型は見たものの、実物を見たアリスとクオリアは精巧な美しさに言葉を失っていた。

天使はチェシャ達と同じ高さまで降りてくると、口を開いた。


「話は聞いている。ここに来たということは汝らも行く準備が整ったと捉えるぞ。」


天使は彼らの返答を聞くことなく、ゆっくり目を閉じた。閉じたことで長く、整ったまつ毛があわらわになる。一瞬それに見惚れたチェシャが我に返ると、空から降りてくる円状の分厚い石板のようなものを見つけた。

平たく、半径三メートルの広さのそれは水平移動を繰り返して、天使の真下に滑り込む。


「乗れ。上へ案内しよう。」

「帰りはどうなる?」

「上にも転移装置は存在する。それに触れば汝らにも転移権限が与えられる。」

「……行く?」

「ああ。行こうか。」


羽を折り畳み、背を向けたまま話す天使にボイドが尋ねると即座に返事が返って来る。

一瞬悩んだものの、ボイドは皆に乗るよう指示をした。

危険性こそあれど、ここを登る労力を考えれば従わない理由もなかった。


彼ら全員が石板へと移ると、一瞬揺れて、石板が空へと上昇し始める。

皆、行く方法は転移だと検討をつけていたので、予想外な移動方法だったものの、彼らが通ってきた、そして通るはずだった桜並木を上から見るのは実に壮観だった。

今までの神秘の美しさとは違う、どこか人工を感じさせる規則的な角のある螺旋。

その螺旋の道に並ぶ桜並木と舞い散る花びら。計算された美しさがそこにはあった。

ピラミッドを織りなすそれを見下ろしながら彼らはどんどん空へと、頂上へと昇っていく。


一定の速度を保って登り続ける石板はついに頂上と同じ高さにたどり着く。


「城?」


頂上にあったのは薄く赤みがかった白い城。

塗装によって均一に塗られていないのはここまでたどった人口の道に比べると不思議に思えるが、むしろここが神の試練から外れていることの証明にも見えた。


外からの侵入を一切考慮していないのか、外壁に返しは一切ついていない。代わりに、城はぽかんと螺旋の頂上に浮かんでいて、入口へと続く石畳を敷いた桜並木しか道はない。

空でも飛べなければ外壁から中に入るのは難しそうだった。


「ああ、ここが我の契約者の居城。だが、所詮は見かけ倒し、大したものはない。」


クオリアの呟きを拾った天使が相変わらず一行に背を向けたまま話す。

城前の道と同じ高さに至った石板は上昇をやめて水平移動で陸地と接した。

天使が陸地に移ったのに倣って、五人も足を回廊に移す。


「契約者はこの奥で待っている。直進のみで結構だ。」


そう言い残すと天使は空へと飛び込み、翼を広げると羽ばたいてそれへと昇り、消えていった。

呆気なく取り残された五人が思わず口を開けてその様子を見送る。

最後まで他人行儀な天使だと。口を開けていた五人の中ですぐに我に返ったアリスが城へと歩き出しながら口を開いた。


「……行きましょ。」


その言葉で他の四人も城へと続く石畳の回廊を歩き始めるのだった。



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