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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第六試練:振るうは贋作の黒槍
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第三ロック

「久しぶり、スカーサハ」

『いらっしゃいませ、アリス嬢、それに皆さま。第三ロックの解除に向かうのですか?』


 クオリアとアリスも無事退院を遂げ、五人はしばらくぶりにグングニルを訪れていた。

 コントロールルームに入ったアリスが開口一番スカーサハに声をかけると、最初はぎこちなかった合成音声が人のものと変わりない流暢な返事を返す。


「えぇ。地図、映してもらってもいいかしら?」

『承りました』


 アリスの一声で半透明の画面の半分に地図が表示される。構造自体は変わりなく、正方形の階層には規則的に部屋が並び、一部機材の設置場所の関係で通路に袋小路や曲がり角が出来ていた。

 その階層の中央には他の部屋よりも一際大きな部屋があり、部屋の内部で赤い点が点灯していた。

 地図が表示されたのと同時に手持ち無沙汰なクオリアがボイドの鞄から地図書きに使う道具一式を抜き出し、写し始める。


「スカーサハ。この赤い点が第三ロックの解除端末なのか?」

『はい、そうです』


 ボイドの質問にスカーサハが肯定を返す。すると、ボイドが苦い顔をしながら再び画面に映し出された赤い点を見る。点の位置は正しく階層の中央。ボイドにはその点の位置が意図されたものにしか見えないのだ。


「やけに……怪しい場所にあるが、ここにも他の階層のように防衛用の何かがいるのか?」

「権限不足につきお答えできません」

「……アリス君」

「スカーサハ、そこには何かいるの?」

『権限不足につきお答えできません』


 その答えで場が静まり返る。あり得ないはずの返答だった。

 誰もが理解できずに固まる。誰もが疑問符を浮かべて、目の前の半透明な画面を見つめた。


 アリスとボイドが最初に我に返り、瞬きを二つ。

 そして、二人がそろって首を傾げた。特にアリスは目をいっぱいに見開いている。

 それも当然。アリスは前マスター、ザッカリア亡き今彼の後を継いでマスターとなったはずだった。

 その彼女が権限不足とはどういう意味か二人には分からなかった。

 クオリアもこの話のおかしさに気付き、後ろで眉をひそめていた。


「どういう意味スカーサハ」

「いや、待ってくれアリス君」


 予想外の答えに声を低くしてスカーサハを問いただすアリスにボイドが待ったをかけた。

 不快感を隠しもしない振り返った彼女の眉間にしわがよった顔に苦笑しながら、ボイドが口を開く。


「そもそもだ。アリス君はマスターなのか?」

「何を言って──」

「じゃあ聞こう」


 ボイドがアリスの黒い瞳を覗き込むように見つめる。彼の緑色の瞳に彼女の黒色の瞳が映り込んだ。

 佇まいを整えたボイドに思わずアリスも息を呑んでそれに倣う。


「君が“マスター”と呼ばれたのはいつが最後だ?」

「え……?」


 記憶を探る。直近でマスターという単語が出たのはいつか。


 ──マスター命令でなければ応答しませんでした。


 第五試練で何をするか迷った際にアリスがスカーサハに尋ねた時の返答だ。

 しかし、スカーサハがアリスのことをマスターとは呼んでいない。すべて、“アリス嬢”だ。

 マスター命令とは言われたものの、マスターがアリスであるとは一度も言っていない。また、スカーサハがアリスをマスターではないからと明確な理由を挙げて拒否したこともない、そもそもすべてスカーサハの意思──機械にはないはずのそれで行動していた。


 いつから。アリスはより前の記憶を探る。

 そもそもアリス嬢と呼ばれる前はマスターと呼ばれていた。ならば、アリス嬢と呼ばれるようになったのは……。


「……第二ロックを解除する前?」

「ああ、そうだ」

「でも……」


 なぜ。

 その言葉は言わずともボイドに伝わった。彼女の質問をボイドは目を伏せて首を横に振ることで答える。


「スカーサハ。現マスターは誰なんだ? チェシャ君か?」

「俺?」

「条件付きで権限がうんぬんと言っていたからだ。答えろスカーサハ」


 ボイドの尋ねても目の前の画面は動かない。相変わらず地図を表示し続けている。

 しかし、まるで悩むように画面に表示された地図にノイズが入っていた。

 そのノイズをボイドは睨み続ける。それが収まったと同時に、


『マスター命令によって質問の返答を棄却されました』

「……」


 ──通信手段でもあるのか?


 遠隔で情報を交換する術はボイドにはどんな仕組みか、欠片も想像できない。

 しかし、今の返答と一問一答なら十分に出来る間が彼の考えの根拠になっていた。

 何やら悪くなってきた雰囲気に後ろに居た少年組は口をはさむことも出来ず、見守ることしか出来なかった。


「マスターが入れ替わった。ならそのマスターとやらが現状の解決手段を、厄災への手立てを持っていると思っていいのか?」

『……第三ロックを解除次第教えるとのことです』


 今度は明確な伝聞系だった。すぐ近くにそのマスターとやらがいるのかは不明だが、伝聞の割には間が短かった。


「第三ロックの解除で状況が悪くなる可能性はないのか?」


 そう尋ねながらボイドは思考を巡らせる。信用が出来ない、裏に糸を引いている者がいると判明したいま。姿も見せず、自分たちを助けることもしない誰かがまともに答えるとは考えにくかった。

 故に自身で回答を探す。最初のスカーサハは従順だった。おかしくなったのはロックの解除を始めてから。

 ロックの解除を推奨したのは従順なスカーサハ。加えてアリス。


 アリスが今後やろうとしていることを踏まえると、ロックの解除自体は正解。

 となると、行動自体は間違っていない。そして、知らないマスターとやらもロックを解除したがっている。


『あり得ません』


 断定が返って来る。ならば、なぜ。目的は共通。それを前提に仮にボイドがマスターに成り代わったとして、なぜそうしようと思ったか。

 ふと、ボイドがこの中で事情をよく知るであろうアリスに目線を移した。突然のことにまだ整理がついていない彼女は瞳を震わせて、画面を見つめるのみで頼ることは出来ない。


 ──頼りない?


 アリスに任せるには不十分だった。そう考えれば、辻褄が合う。

 しかし、それにしてはタイミングが微妙だった。何故、ロックを解除したタイミングなのか、もしくはそのタイミングでしか出来なかったのか。

 結論を出すには情報が足りなかった。


「……分かった。皆、この場は一度スカーサハに従っても構わないか?」

「俺はボイドとアリスがいいなら。ソリッドもそうでしょ?」

「勝手に決めんなよ、ま、そうだけどよ」

「あたしもいいわよ。正直、よく分かってないもの」


 三人の了承を得た。後は依然として固まっているアリス。

 思考停止にはなっていない。俯いた彼女の目は赤く光り続けている。彼女の目が光っているのはボイドにしか見えていない。


「アリス君は?」

「……ええ、話も聞きたい。そうしましょう」


 顔を持ち上げ、目から赤い光を消したアリスは頷いた。

 彼女も、彼女の知識にはこの状況の引き金を推測することは出来なかった。

 その原因がスカーサハにあることをアリスだけが理解している。故に、持ち上げた顔をさらに上げて、画面を睨み返した。



 *



 グングニル第六層に転移した彼らは解除端末に向かって歩みを進めていた。


「何も、いないね」


 先頭を歩くチェシャが呟く。解除端末までこのまま最短ルートを歩けば数分で着く見立てだった。

 しかし、それだけ歩いても他の階層にいた機械人形のような何かが彼らを妨害することはなかった。


「分からん、警戒は怠るなよ?」

「勿論」


 ボイドの念押しにチェシャは振り返ることなく答えた。

 しかし、いくら警戒しても彼の警鐘は一度も鳴らない。あまりにも警備が弱すぎる。

 変わり映えのないメタリックな構成材で出来た通路を進み、曲がる。

 何も出ないせいで、警戒心が自然に緩み、彼らの歩調がわずかに早くなる。

 それに最後尾を歩くクオリアが気付いたものの、変化の差異は少なかったので口出しはしなかった。

 それに加え──。


「クオリア? なんかあったのか?」

「いいえ、何もないわ。ちょっと敵がいなさすぎと思っただけよ」

「だよなぁ。つまんねぇ」

「いない方がいいのよ?」

「わーってるよ。でも、もう着くぜ?」


 敵が現れないせいで暇になっていたソリッドは時々ボイドの持つ地図を覗き込んでいた。

 そして、その地図と彼らの現在位置を照らし合わせると、もう次の角を曲がれば着く予定だった。

 そのまま予定通り、彼らは十字路をまがり、階層の中央にある部屋にたどり着く。

 扉は他と変わらず、近づけば自動で開くタイプだった。大きさや厚さが異なるわけでもない。


「……着いちゃったけど」


 第四層、第五層では犬にしろ蜂にしろ、何かと追い回されていたので、あっけなく着いたことにチェシャが困惑した様子で振り返る。


「入るしかないだろう」

「そうね、チェシャ、行きましょ」


 このことにあまり動じていないボイドとクオリアにこれまたあっさりと言われたので、チェシャはほんのり眉をひそめて扉の前に立った。彼が前に立ったことで、扉のセンサーが反応して自動で開く。

 五人は各々の得物を構えて、警戒しながらゆっくりと歩みを進める。

 部屋に入った彼らが辺りを見回す。


 中央に他の階層でも見たロックの解除端末が一つ。部屋の外からだと角度的に見えなかったが、奥の角際に鎮座する石像が二つ。石で出来た台座の上、見たことのある折りたたまれた羽を生やし、肩まで髪を伸ばした長髪の少女と、短髪の少女の石像が両手を膝の前に持ってきて屈みこんでいる。

 そんな像を置いているせいか、この部屋の天井は4mを越しており、不自然に高かった。


「天使……?」

「え、あれが第六試練に居た天使なの? 石だけど……」


 話だけを聞いていたクオリアが大盾を構えながら石像に近寄る。

 三度もやれば、こんな場所にいる置物がただの石像なわけがないとクオリア含め皆が分かりきっていた。

 手で触れられる距離まで近寄ったクオリアが、大盾で石像を小突く。しかし、石像は何も反応を示さない。


「……動かないわね」

「そんなものだろう。まぁ、解除端末を使おうとした瞬間に動き出すのが筋か?」

「そうね、動かしてくるわ」


 クオリア以外はまだ部屋に入ってすぐの場所から動いていなかった。

 そこからアリスが抜け出して解除端末まで歩いていく。スカーサハからマスターと認められていないことを知った彼女はとても見て居られないほど落ち込んでいたが、今はむしろ何かに突き動かされているように決意を固め、凛とした表情になっていた。心なしか力んでいる彼女の歩幅もどこか大股気味だ。


「……チェシャ君、アリス君に付いてあげてくれ、私たちの守りはクオリアに任せる」

「そう? 分かった」


 アリスが力んでいることに気付いたボイドがチェシャにフォローを頼んだ。

 アリスと入れ替わりでマスターとなった彼か、彼女の話。当然この先に関わる話であることは想像がつく、問題はその話の内容。

 ボイドの推測と彼女の考えが一致しているのなら、どこか急いでいるように見えるアリスは彼の見間違いでないと思えた。しかし、今は力まずに落ち着いてここを乗り越えることが重要だ。

 さらに言えば、あの天使像が第六試練に居た天使を模倣したものなら攻撃方法も予想できる上、予想通りならこ貴重な戦力を遊ばせるわけにもいかない。


 ボイドの指示を受けたチェシャが解除端末を操作するアリスの元へと歩み寄る。

 チェシャが近づいたことを意に介さず、アリスは鍵盤を叩き続けている。

 心配になったチェシャが端末の操作のために俯かせている顔を覗き込むと、彼女の額に汗がにじんでいた。

 特に戦闘もしていないし、空調は整っている。チェシャよりも重い防具を身に着けていないアリスが汗をかくはずがなかった。つまり、暑さによる汗ではない。


「大丈夫?」

「だいじょうぶ」

「……そっか」


 アリスが何かに悩んでいることはチェシャもすぐわかった。

 昨日の話も本質は何も解決していない。彼がしたのはアリスを一晩眠らせたこと。

 けれど、ここで話を聞くわけにもいかなかった。

 なれば、せめてここで起きるであろう戦闘にアリスが使う労力を減らそうとチェシャが槍を強く握った。


「……全く」

「どうしたんだ?」

「いや、お前はいつでも戦えるようにしておけ」

「……? おうよ」


 二人の様子を見ていたボイドが額を手で押さえる。

 力んでいるアリスのフォローに行かせたのに、ミイラ取りがミイラになっては意味がないどころか逆効果だった。

 アリスに入れ込んでいるチェシャよりも客観視が得意なクオリアにフォローさせるべきだったと後悔してももう遅かった。後の祭りだと一旦諦め、ボイドも両手に錬金砲を構える。


 部屋ではアリスが解除端末の鍵盤を叩く音だけが響いている。依然として四人が警戒している天使像に動きは見られない。

こんな場所にある意味深な像がただのインテリアではないことは誰もが察しているので、警戒が緩められることはない。


そして、作業を終えた彼女が息を吐くと同時に鍵盤を叩く音が止む。

アリスが四人の方を振り返りながら銃を抜き取る。


五人の直感が告げていた。


動く、と。


「終わったわ。」


その言葉と同時に、天使像の瞳に赤い光が灯された。

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