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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第六試練:振るうは贋作の黒槍
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琥珀渦巻く

 黒い流星。空を駆ける黒い線が、カグツチの頭へと突き刺さる。

 直撃したその一撃でカグツチの上半身がぐらりと揺れた。脱皮したばかりでカグツチの堅牢な鱗はない。彼の一撃は何にも阻まれることなく痛打を与えた。


 短い悲鳴を上げて揺れたカグツチの頭にしがみついていたチェシャ。彼は刺さっているミスリルの槍をそのままに腕から黒槍を生やして、引き抜き、また突き刺す。

 カグツチの巨体がよろめくが、槍を軸に耐え忍び、また黒槍を一つ生み出して突き刺す。


 そのまま繰り返してカグツチを仕留められるかと思ったものの、突然黒槍の生成が止まった。攻撃が収まり、カグツチが今度こそ痛む頭を勢いよく叩きつけ、衝撃でチェシャを宙に投げ出した。


 宙を舞うチェシャ。頭に何本もの槍を生やし、血で塗れたカグツチが鎌首を持ち上げ、口いっぱいに膨らませた蒼い炎を彼へ吐き出した。


 一条の炎が黒の異形を飲み込む。


 その様子をまともに目にした三人が息を呑んだ。しかし、同時に蜥蜴達の炎を生き延びた彼ならばという漠然とした期待を込めて、彼らがカグツチの討伐に再度動き出す。


 そして、その期待に応えるように蒼い炎の一部がはじけ飛び、黒い影が炎の奔流から抜け出してくる。

 黒い煙をプスプスと上げながらも、地面に降り立ったチェシャがゆらりと立ち上がった。


「大丈夫か!?」

「大丈夫。でも、ごめん、やっぱり探索で力使いすぎたや」


 槍を生成しなかった理由。それは単純な限界値に達したせいだった。


 肉体的疲労とは別で、頭が回らず、立ち眩みのような気持ち悪さが彼の体を蝕んでいく。

 湧きあがった嘔吐感にまた膝をついたチェシャを慌ててアンセルが助け起こす。


「大丈夫じゃないだろう!? いいからここは任せろ! セルリア、チェシャに肩を貸してやってくれ」

「何をする気よ!?」

「このまま押し切る! 幸い向こうもズタボロだ。俺らが暑さで倒れちまう前に倒してしまえばいい!」


 カグツチの体力は脱皮して表面上の傷は回復したものの、むき出しになった頭を襲われ、もともと消費してしまった分も合わせて疲弊していた。アンセルの読み通り、もうカグツチは長くはもたない。


 しかし、持久戦を仕掛けようにも、この部屋にいくつも設置された熱皮がそれを許さない。

 既に、この部屋の暑さは自然界の暑さを超えている。時期に人がまともにいられない温度になるだろう。


「アタシは何をすればいい!?」

「何……って、俺らがすることは一つだろ?」


 歯を覗かせて笑ったアンセルはローダの元へと走っていった。

 アンセルを呆然と見送ったセルリアはしばらくするとかぶりを振って我に帰った。


「──とにかく、壁際まで行くわよ」

「まって」


 歩き出そうとしたセルリアを呼び止める。チェシャが動かないので彼に肩を貸しているセルリアがつんのめる。

 前で戦っている二人が気になって仕方がない彼女はこの期に及んで時間を駆けさせるチェシャを睨んだ。


「何よっ。急いでるの、要件なら早くして」

「動けないけど、あと一発なら……使えるよ」

「……」


 彼の言う“使える”は彼の掌握魔力を用いた魔術の強化。

 その意味を把握したセルリアが急激に熱くなる部屋の中、回らない頭を稼働させて思案する。


 面倒なことをしてきたものの、確かにカグツチは満身創痍。あと一押しで勝てる。考えた時間は一瞬だった。


「分かったわ。しくじらないでよ?」

「そっちこそ」


 短い付き合いだが、軽口をたたき合えるようになった二人が準備を始める。


 重い体を立たせることすら億劫なチェシャが座り込んで集中する。この数日で何度も行ったこと。

 黒騎士に変わっている状態だからか、一瞬で彼の体から琥珀色の霧が溢れ出す。


 熱で歪むセルリアの視界の中で、金でもない、黄色でもない輝きが溢れ、彼女の体に力が溢れるのを感じた。


「……いけるよ」


 疲弊したチェシャが舌足らずに言う。その口ぶりから彼の体力も限界が近いことを察し、セルリアの杖が滑らかに宙を走りだす。


 描かれる印は円、その中に縦横二対の双曲線が分断して出来る四つの楕円。

 中央には双曲線で囲まれた中央にはひし形に近いものが出来ていた。


 彼女が描いたのは風刃の術式、ではなく──


 描かれた印から琥珀色の竜巻が吐き出される。周囲の熱を取り込み、熱風の渦と化したそれはカグツチを上から飲み込み、竜巻の中に閉じ込めた。


 突然のことにカグツチとにらみ合っていたアンセルとローダも目を丸くし、彼らの様子を見たセルリアはほくそ笑む。


 ──見せたこと、なかったものね。


 魔術の難しさは均一にした魔力で印を描くこと。

 そのため、魔術の難度は印に描き込む回数が増えれば増えるほど純粋に上がる。


 今彼女が描いた風渦刃の術式は曲線の多さも相まって、失敗のリスクとリターンが釣り合っていなかった。


 しかし、この場で求められているカグツチに最高威力が出せるのはこの魔術。


 仲間である彼らにもこの魔術の存在が知られていないのはひとえに彼女のプライドから来るものだった。

 なまじ、火に属する魔術が強すぎた上、失敗するかもしれない魔術を自分たちの手札としたくはなかった気高い彼女のプライド。


 それを捨てるにしても、格上であるチェシャに自身の力を見せつけるにも絶好の機会だった。失敗するかもしれない魔術を成功させ、心臓がうるさくて仕方がない彼女はそれをおくびにだすことなく、不敵に微笑んだ。


「──飲み込まれなさい」


 凛と響いた一言。誰にも届かないその命令を聞き受けた琥珀に染まった風の渦がさらに勢いを増して、中にいるカグツチの悲鳴さえかき消して荒れ狂う。


 一暴れ終えた風の渦は琥珀色の輝きを振りまいて四散。

 中で熱され、風の刃に刻まれたカグツチはゆっくりその身を横たえ、動かなくなった。


 まだ何かするかもしれないという四人の警戒心がカグツチから目を離さないまま時間が過ぎる。

 彼らの体感で一分が過ぎ、実際には十秒も満たないうちにカグツチは魔力に還って霧散した。


「……やったっすか?」

「──ああ……やったな」

「あぁぁぁ──疲れたぁぁ……!」


 ローダが体を地面に投げ出して大の字で寝転がる。

 その様子を見て、微笑んだ彼はすぐに笑顔を仕舞ってチェシャの様子を見た。


 ──まったく、セルリアが命令を無視するなんてな。


 チェシャは腰を下ろして、地面に手を付いた状態でセルリアと話している。アンセルの指示を無視して、二人で魔術を撃ったおかげで短期決戦を制せた。


 チェシャのことはともかく、セルリアが指示以外のことをするのは初めてだ。確実にチームの砲台として、機械的に役割を成していた彼女が回復させるべきチェシャの協力を借りたのは彼にとって予想外だった。


 ──あの魔術も……勝算の理由か。見栄を張った?


 三人の中で学院に通い、論理的思考を好む彼女が決断した理由は間違いなく竜巻を起こした魔術の存在。


 セルリアの性格をよく知るアンセルは彼女が今まであの魔術について話さなかった理由も、成功率が低いという想像がついていた。


 ──でもまあ、あそこまで気を許せるなら、俺が言えることはない……か。


 それについて窘めるべきか褒めるべきか悩んだが、二人が戦いの余韻に浸りながら喋っているのを見て、考えるのを後に回し、彼も緊張から放たれた体をゆっくりと解きほぐすのだった。


 しばらくして、カグツチが倒れた場所から光の球体が浮かび上がる。

 四つに分かれたそれがこの場の四人の元へ散らばり、体に入って消えていった。


 一度カグツチを倒しているチェシャの元にも光が来たことに彼が目を丸くする。そして、四人の体はこの場から消え去った。


 飛ばされたのはセントラル、神の試練前。

 既に何度か経験しているので誰も動じることはない。洞窟内から外に出たので、急に変わった明るさに四人の視力が戻る間、わずかに黙り込む。


「──と、チェシャ。体は大丈夫か?」

「……大丈夫。けど、余裕はないからこのまま帰ってもいい?」

「ああ、だけど、後日礼はしたい。空いている日はあるか?」

「んと……」


 チェシャがまともに回らない頭で思考する。ボイドに伝えた休暇は明日で終わりだ。

 となると、明日しか空いている日はない。


「明日……かな」

「分かった。じゃあ明日の正午、組合で待ってるよ。……本当に大丈夫か? 家まで送るぞ?」

「──大丈夫」

「どう見ても大丈夫には見えないわよ」


 ふるふると力なく首を横に振ったチェシャにセルリアがため息を吐いた。

 確かに彼女の言う通り、足がふらついている彼が大丈夫には見えない。セルリアに肯定も否定もせず、苦笑したローダがチェシャに尋ねる。


「家はどのあたりなんすか?」

「東の方。大通りからは離れてる」

「住宅地っすね。ってことはやっぱりきつくないっすか?」


 探索者がよく利用する宿泊施設は大通りからさほど離れていない。そうでなければ人が来ないのもある。賃貸含め、住宅地は当然そういった施設よりさらに大通りから離れているのだ。


「……じゃあ、明日ね」

「はぁ。全く……ローダ、アイツの右肩持ちなさい。アタシは左持つから」

「了解っす!」


 弁明もなく帰ろうと──逃げようとする彼にしびれを切らし、セルリアがチェシャの肩を担ぎあげた。ローダもチェシャを放っておけなかったのは同意で、待っていたと言わんばかりに声を張り上げ、帰ろうとするチェシャの右肩を担ぐ。


「ちょ、ちょっと──」

「家はどうやっていけるの?」

「……このまま真っすぐ行って、そこの角を左」


 セルリアの有無を言わせない口振りに観念したチェシャは大人しく二人に肩を貸されたまま家へ送ってもらうのだった。


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