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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第二試練:駆けるは神馬の多脚
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打ち上げ

「かんぱーい!!」


 クオリアの楽しげな声から始まった五人の祝宴。

 それぞれの飲み物を満たしたグラスやジョッキをかちんと鳴らしあう。彼らの顔に一点の曇りはない。



「前振りというものはないのかね?」


 皆が席につき直してからボイドが尋ねる。


「面倒じゃない? それにやるとしてもボイドだけだしー。それに、ボイドがやったら絶対長いでしょ?」


 その返しに他の三人も力強く頷く。

 まだ浅い付き合いだが、チェシャとアリスも同じように認識していた。


「ボイドは頼りになるけど、たまにくどい」

「ほら! オレよりも付き合いが短いチェシャでも同じじゃねぇか」

「あはは……」


 アイスもそれを否定することなく苦笑する。


「くっ。まあいい。研究者というのは凡人には理解されんからな」


 そう言ってエールをちびちびと飲み始めた。ふんと鼻息を鳴らしてそっぽを向く、そのさまはまるで子供のようだ。


「あー、拗ねたっ! こんなやつほっといってパーッとしましょ!」


 クオリアもまたエールを飲むが、ボイドと対照的にすぐに飲み干す。

 豪快に喉をならして、喉ごしを堪能してからどんとジョッキを机に叩きつける。


「ぷはぁー! おかわりー!」

「あいよぉー!」


 カウンターの方からサイモンの声が帰ってくる。カウンター裏ではチェシャ達の注文をせっせとこなすシェリーの姿もあった。


「ねぇ、チェシャ。あれって探索者?」


 少し減った果実のジュースのコップをもつ片手で六人の集団を指す。

 四人の男性と二人の女性の組み合わせ。服装は探索前らしく、軽装の者でも肩当てをつけている。

 全員ラフな服を着ているチェシャ達とはとても対照的であった。


「たぶん、そうかな。こんなところに来るなんてめずら──あたっ」


 エールの入った新しいジョッキを持つサイモンが空いた手でチェシャに軽い拳骨を落とす。チェシャは頭を押さえながら恨めし気にサイモンを見返した。


「人の店をバカにすんじゃねー。人ぐらいくるわっ!」


 冗談めかしながらチェシャに怒声を浴びせて去っていった。

 思いのほか拳骨は彼に聞いたらしく、頭を押さえたままカウンターに去っていくサイモンをいまだに恨めし気に睨んだ。

 彼の目がじんわりと潤っているのを見たアイスはくすくすと笑う。相当痛かったのだろうか。


「叩くこと無いじゃん……」

「信頼、されてるんじゃない?」

「信頼のお礼が拳骨……」

「あはは……」


 そんな二人の肩に腕をかけて真ん中に割り込むクオリア。


「若人さん達~? 飲んでるか~い?」

「酒臭い……」


 アイスが顔を歪める。もうすでにジョッキを三杯飲み干した彼女の息は壊滅的な匂いだった。

 あまりの匂いに二人同時に鼻をつまんで顔を背ける。


「うわ、もう出来てんじゃん。やめとけって、嫌われんぞ?」


 ミルクの入ったコップを持つソリッドがクオリアを引き剥がす。どこか手慣れているように見えるあたり、彼も彼で苦労していたのが見て取れる。


「あー、ソリッドぉ~。そんなミルクなんて飲んでないで、これ飲みなよぉ~。おいしーよぉ~?」

「まだオレ飲めねえって! 酒臭いから離れ……ろっ!」


 ソリッドにダル絡みし出したのを良しとしてそそくさにボイドの方に避難する二人。

 ボイドはいつものメモ帳を開いて書き込みを入れている。


「なに書いてるの?」


 チェシャが覗き込みながら中身を問う。お世辞にも綺麗とは言えないメモ書きは彼には読めなかった。


「これか? これは後で資料にするための走り書き……まあ、ただのメモ帳だ。この辺りのページはグングニルに関するメモだな」


 そう言いながらチェシャ達が見やすいようにメモ帳を向けてくれた。


 そこにはチェシャには見たこともない言語の文と訳が書かれていたり、雑ではあるが特徴はしっかり捉えている絵なども描かれていた。


「まめだね」

「研究というのは落ちているものをただ示すのではなく、それを組み合わせて新たなものに繋げるものだからな。積み重ねが大事なのさ」

「凄いね」


 素直に感心するアイス。話を聞きながらも、テーブルに並べられたピザを食べる手は止まらない。その小さな口に淡々と生地が運ばれる。


「君は見た目に反してよく食べるのだな」


 五人の中で最も小柄なアイス。勿論小柄とはいえチェシャやソリッドは年は若いがその割には大きいため、決して小さいという程でもない。


「本当は甘いものが食べたいんだけどね」


 テーブルに並んでいるものに甘いものは並んでいない。どれも美味しそうではあるが。


「ん、アイスって甘いもの好きなの?」

「あれ?」


 話の流れでチェシャに尋ねられる。しかし、アイス自身も自覚していなかったのか首を傾げた。


「ふむ、記憶喪失とはいえ所々本能的に覚えていたり、蘇ったりするものもあるわけか」

「ボイド、アイス用にページ作ろ。パズルみたいに埋めてく。まず甘い物好きね」

「さすがに量的に無理が無いか? 根幹にある部分なら出来そうだが……」

「ねぇ? そういう問題?」


 さしものアイスも食べる手を止めて口を挟んだ。

 ボイドは喉を震わせて笑うと、メモ帳をぱたんと閉じる。


「くくっ……冗談さ、どちらにせよアイス君の記憶は私達にとっても重要だ。明日にはグングニルの二層に行くつもりだからそこで何か見つけたいな」

「そっか、第一試練が終わったら行けるって言ってたな」

「記憶……」

「思い出すにしてもやはり自分に関係のあるものが有るか無いかは非常に重要だ。私益の面もあるが可能な限り協力することを約束しよう」


 安心させるように優しいトーンでアイスに話すボイド。それに乗っかるようにチェシャも頷く。


「……ありがとう」


 亜麻色の髪を揺らし、アイスは満面の笑みを浮かべた。



 *


「馬車って気持ち良いね」

「ね」


 入り込んでくる草原の心地よい風を受ける五人。


「けど、混んでいる時は面倒だぜ? オレらが二人分のスペースで座る時もあったし」

「あれは思い出したくも無いわ……」


 ソリッドとクオリアが何かを思い出して顔色を悪くする。穏やかな風を浴びて体を緩ませているチェシャとアイスとは対照的だった。


「乗合馬車だから仕方ない。何度も行く場所にお金をかけるのも馬鹿らしいしな」

「それなら早くお金貯めて馬車手に入れなさいよぉ。遺物とか運べて便利じゃない」

「しかしなぁ、それをするお金が有れば他に色々できるからなぁ。元より、お金に困っているわけでもないが、どうにかなるものに使うつもりはないな」

「はぁ」


 頑固なボイドに項垂れるクオリア。そんな彼女の肩にソリッドが手を置いた。

 対面で座るチェシャとアリスは以前にもこんなやり取りをしたのだろうと容易に想像がつき、顔を見合わせて噴き出す


「諦めろよ。ボイドはこういう奴だって」

「知ってるわよ。理解はできるけど納得が出来ないの」

「グングニルの調査結果次第ではかなりのお金が入る可能性もある。今は諦めてくれ」

「研究って、お金をどうやって稼ぐの?」

「分かりやすいのは古代技術(ロストテクノロジー)の遺物を売ったり設計図を復元して売ったりだな」

「これとか?」


 アイスがいつもの武器を掲げる。弓とは違うがワンアクションから出せる威力にしては破格の武器。量産され、探索者たちもそれを使う日が来れば、現在の第一試練で停滞している多くの探索者たちが歩を進めることが出来るだろう。


「ああ、使い方が分からないものはピンキリであまり売りたくはないがな。分かっているもので有用なのは高い」

「そうなんだ」


 彼女はそれを鞄に直した。



 *


 五人はココノテ村からグングニルに転移して、第二層への転送装置へと来ていた。


「あれ、あの変な声聞こえねぇぞ」

「ここに来たことがあるからじゃないか?」

「ふーん」

「乗る?」


 チェシャは片足を二層への転移装置に置きながら振り返って皆に問う。


「ああ。行こうか」


 その呟きが届いていたのか、ボイドは苦笑しながら許可を出した。


『第二層へのアクセス権を確認します──承認。転移を許可します。』

「ん?操作できるのか」


 転移装置の横に立つ電子の板が浮かび上がる装置を調べていたボイドが操作を始める。

 すると転移装置に光が灯り、ココノテ村と繋ないでいたものと同じようになった。


「さて、行こうか」


 五人はそれぞれ転移装置に乗って姿を消した。次に彼らが目にした光景は特に代わり映えの無いもの。


「相変わらずこんな変なのがあるのね」

「だが、警備は変わるようだな」


 ボイドが指し示す所には両手が鉄球になっている機械人形が動いている。大きさは男性の成人程度。


「硬そう」

「焼いてみるか」


 ボイドはソリッドに火炎瓶を渡す。待たされた犬が食べることを許されるのと似た勢いで、ソリッドが瓶の中身を己の武器に流し込む。


「引き寄せる?」


 クオリアが盾を軽く持ち上げる。囮になるつもりのようだ。


「いや、やめておこう。仲間を呼ばれると面倒だ。動きは規則的のようだから奇襲が楽なはずだ」


 ボイドの言う通り、機械人形は駆動音を鳴らしながら部屋の通路を行ったり来たりしている。


「撃てるぜ」

「部屋から部屋へ移動する瞬間、ドアを開ける所を狙え、そこならただの的だ」


 返事は放たれた火炎放射だった。

 それは機械人形の色を赤に染め、火の海が収まる頃にはオーバーヒートを起こさせる。

 金属の体を赤く染めたそれはぷすぷすと音を立て、動きを止めて倒れた。


「この程度なら問題ないな。チェシャ君とクオリアは警戒だけ頼む。鉢合わせならバランスが良さそうには見えないから転ばせろ」


 二人は静かに頷く。五人はそれぞれの武器を構えてまるで迷宮のような施設を探索し始めた。

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