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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第六試練:振るうは贋作の黒槍
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違和感

 そこから彼らは熱皮の高温化のため、最短経路を突き進み続けた。氷炎大空洞に現れる炎獣や氷獣は複数で現れない。そして、単体だけならば先手を取れば確実に倒せる。

 勿論、突然出くわすこともあったのだが──。


「ここはあっしに任せてくださいや!」


 炎を纏い突撃してきた炎獣にひるみもせず、薄く青みがかった大盾──ミスリル製のそれを構えて近づいていくローダ。チェシャは彼を信じ、セルリアを強化する準備を始める。


 武器や防具などの無機物の強化にはさして時間を要しないが、人の強化には時間が必要だった。これは先程初めて分かったこと。そして、強化状態の維持にも彼の集中力が割かれる。さらに言えば、強化した能力で対象が動くとさらにチェシャの精神的体力を奪うのだ。


 想像以上に使いづらい他者への強化、チェシャが前衛として求められているならば難しいところだったが、後衛で支援に徹するこの状況は練習に最適だった。


「おぅらッ!」


 突撃してきた炎獣をローダは大盾で殴りつけて迎撃する。服越しにでも分かる隆起した筋肉から繰り出される殴打は炎獣を弾き飛ばした。炎獣が纏う炎に晒されても彼の持つミスリル製の大盾は微塵も変形していない。


 ローダに殴り飛ばされて地面を転がる炎獣はすぐに態勢を整える。そして、炎獣が琥珀色の魔力を纏うチェシャに視線を向けた。誰が見てもろくなことをしなさそうな彼にターゲットを変え、炎獣が二度目の突進を行う。


「通さないっすよ?」


 しかし、大盾を担ぎながらも、クオリアのように全身鎧ではなく最低限の防具で固めた軽装のローダは軽いフットワークを生かして、チェシャへと向かう進路を阻む。横から突然現れた大盾に衝突した炎獣が怯み、その場に停止する。

 そこへ追い打ちをかけるように炎獣に半透明な鎖が巻き付いた。


「……!」


 鎖の元は炎獣の足元に浮かぶ幾何学模様を浮かべた魔術印。

 そして、アンセルがかざしている手の前には同じく幾何学的模様を浮かべた魔術印が。

 幾条もの鎖は炎獣を捉えて離さない。


 もがき、暴れる炎獣。しかし、鎖が千切れる気配はなく、炎獣が身にまとう熱気に負けることもない。

 その間にチェシャの体から溢れ出した琥珀色の魔力が完全にセルリアの周囲にまとわりつく。


「いけるよ!」


 チェシャからの指示に、弾けるように動き出したセルリアの指揮棒状の杖が魔力を灯して宙を走り出し、円と二つの双曲線を描いた。

 完成した風刃の魔術印が吐き出した珀色の軌跡を残し、空を切り裂き進む不可視の風刃は鎖にとらわれて動けない炎獣を二つに切断した。


 二つに分かたれた炎獣は血を噴き出しながら二つとも地面に崩れ落ちて間もなく霧散する。


「えっぐいなぁ」


 その光景を見ていたアンセルは苦笑い。噴き出す血は慣れっこだが、複雑でもない魔術がいともたやすく今まで苦戦してきた相手を切り裂くのには慣れていない。


「……やっぱり納得できない」

「な、何が?」


 ぽつりとセルリアが呟き、体の向きを変えるとチェシャへとずかずか歩み寄る。彼女が纏う剣呑な雰囲気にチェシャが思わず半歩引く。


「その変な力よ! 魔術を強力にする魔術なんてっ……聞いたこともない!」

「別に、魔術じゃない」

「でもっ! 魔力が関わっているのは確かよ! あなたが出す変な色の霧は魔力でしょう!?」


 チェシャもこれが掌握魔力という通常の魔力とは違うモノとしか知らない。セルリアが満足するような答えを彼は持ち合わせていなかった。故に彼はその質問には首を縦にも横にも振れなかった。


「うーん……? ……ちょっと違うとは思う」

「何が違うのっ!? それが分ればッ──」


 チェシャ並みの目つきの悪さ、そして、我の強いセルリアの振る舞いにチェシャは困り顔で彼女を見つめ返すことしか出来なかった。


「セルリア、あんま詰め寄るなって、こっちは手伝ってもらってる身なんだぞ?」

「──ッ! ……えぇ、そうね。……アンタも、悪かったわ」

「いいよ、こっちも練習に付き合ってもらってるんだから」


 仲裁に入ってくれたアンセルに従い、帽子を下げて、目線を隠したセルリアがチェシャに謝罪する。彼女にも悪気がなさそうなのは分かっていたチェシャは微笑んで謝罪を受け止めた。


 ──迷宮に潜る意味、かぁ……。


 ムキになって詰め寄ってきた理由。それはきっとセルリアが、そして、アンセルたちが攻略を進め続ける理由なのだろうとチェシャは推察していた。

 彼らが幻想を抱く塔──グングニルには恐らく彼らが求めるものがない可能性を知りながら。それをわざわざ話す理由はチェシャにもない。そして、そこまで残酷なことをする理由もなかった。



 *


 アンセル達との探索は熱皮をいくつか温めて終了した。現在氷炎大空洞を探索しているパーティは彼らともう一つしか居ないらしく、第三階層へとつながる道をふさぐ氷塊を溶かすには最短でも二日はかかりそうだった。


 チェシャはアリスの見舞いに行くつもりだったが、面会時間はとうに過ぎていた。アリスにチェシャは別のパーティに参加している話はまだ伝えていないので、急にこなくなったことをどう思われているか不安になりつつも帰路についた。


 家に着いたチェシャがランプの灯りを灯す。居間がぼんやりとした灯りに照らされ、机に置かれた便箋がチェシャの目に入った。


 ──誰から?


 訝しげに便箋を眺めると、角にハルクの名前が記されていた。それに気づいた途端、慌てて封を開けて中身を取り出す。

 そして、中身の装飾もない折り畳まれた紙を開く。


 “チェシャ、元気か? 儂だ。こっちは順調に仕事も進んでいる。残すは一仕事といった具合さね。

 そっちはどうだい? 進捗が悪かろうと元気ならば儂としては満足だ。

 あと……アリスちゃんも元気かい? ちょっと危なかっしい雰囲気があったから心配しているんだが……。”


「……?」


 チェシャは静かに首を傾げる。手紙の中身はまだ続いているが、言葉にできない違和感を感じたからだ。


 ──一目で雰囲気なんて分かるのかな。


 違和感の正体は掴めない。

 大人しく彼は文面の続きを追う。


 “男なんだ。甲斐性の見せ所だぞ?

 ……ともかく、仲良くやってるならそれで構わん。年老いてしまえば楽しみなんぞ旧友と語らうくらいしかなくなるもんだ。

 戦いに明け暮れるのも悪かぁない。が、この歳になるとそれもしんどいもんでな、この仕事を終えたら隠居でもしようかと考えとる。


 ……話が逸れたか? 

 まぁ、そんなところだ。また会えたなら今度も鍋を囲んで、話したいさねぇ。”


 そこで文章は終わっていた。

 なんだか、閉まらない終わりにチェシャはまた首を傾げた。ハルクも疲れているのかと考えたチェシャは、体に良い材料で鍋をする計画を頭の中でそれとなく浮かべる。


 また鍋を囲める日を思い馳せながら、チェシャは手紙を自分の机にしまいに行った。


 *

「撃てるよ」


 琥珀色の霧をセルリアに纏わせたチェシャがゴーサインを出す。

 それに合わせてセルリアの杖が風刃の魔術印を描く、琥珀色の軌跡を残して風刃が宙を駆け、炎獣を両断した。


「ふぅ」


 その光景を見届けたチェシャがセルリアの強化を解除し、ふっと息を吐く。彼が息を吐くのと同時に、琥珀色の霧も四散した。一度も直接戦闘していないはずのチェシャが肩で息をしている。

 彼の様子を見ていたセルリアが覗き込むように尋ねる。


 チェシャを加えたアンセル達の探索は四日目を迎えた。熱皮を温める作業も粗方片付き、可能ならば今日中に第三階層を覗きたいという目標の元、第三階層への道を閉ざす氷塊へと向かっていた。

 その道中、アンセル達はかなりの頻度で炎獣と遭遇していた。下手に無視して挟まれるのを嫌って一体一体丁寧に倒していたのもあり、チェシャの疲労は蓄積している。


「……大丈夫なの? 今日、結構使ってるわよね?」

「……心配、してくれるんだ」


 肩で息をしていたチェシャが深い息を一つ吐いてから尋ねてきたセルリアに言葉を返す。


「も、勿論でしょう? この迷宮の攻略は今のアタシには厳しい。アンタに頼る以上、可能な限り労るのは当たり前のことよ」


 一瞬照れたように赤面するも、首を振るって顔の熱を追い払い、チェシャに水筒を差し出した。


「兄貴兄貴、あっしは感動してるっす。セルリアが他人に優しくするなんて初めて見たっすよ」

「あはは。それだけ彼が上だって認めたからだろうね。それにしても、ずいぶん典型的な……」

「そこっ! うるさいわ」

「ごめんごめん。で、チェシャ。保険も含めて何回できる?」


 キッと目をとがらせ、刺すような視線を飛ばしてきたセルリアに頭を下げつつ、アンセルがチェシャに尋ねる。チェシャは飲み終わって蓋をした水筒を手に持ったまま思案し、口を開いた。


「……限界までなら後三回。もう階段は近くだから問題はないと思う。門番には挑むんだっけ?」

「ああ。あんたに頼れる間に攻略しておきたい。ってのが本音だね」

「前にも言ったけど、門番はあまり手伝わないから」

「分かってるよ。危険な時に助けてくれるだけでも十分だ」


 チェシャとしては門番戦も手伝うつもりだったが、彼らのためにならないと気付き、昨日からそう伝えていた。


 ──二回目、どうなるか知らないし。


 彼らの経験の機会を潰すのも理由の一つ、しかし、他にも理由はある。

 それが、二回目以降に門番に挑むとどうなるかという話。すでに誰かがやっていてもおかしくない話なのだが、わざわざ命の危険を冒して実験する意味もない。故に今まで知られていない話だった。

 強いて言えば、門番よりも少し弱い神の悪意は二度以上倒されている。しかし、それは神の悪意が魔石を必ず落とすという目に見えた利点があるからだ。

 故に、利益があるか分からない試練の門番は避けられる存在だった。


 ──ズルとか嫌いだと思うし、何回も倒したことのある門番で強くなるのは止められそう。


 勿論、利益はゼロではない。試練の門番の撃破は器──その人の潜在能力を目に見えて成長させることが出来る。しかし、神の試練が数の暴力の攻略を嫌うのと同じで、一種のズルである二回目以降の撃破を大人しく迷宮が許容するのかチェシャは信用できていなかった。

 故に、撤退時のみ手伝うという話が決まっていた。


「チェシャ坊が言ってたズルになるからっすよね? それぐらい許してくれ──ってか、あっしら四人すよ? ズルどころかハンデ満載っすよ」

「確かに。それでもだめなのか?」

「手伝えるなら手伝ったよ。でも、それでそっちに迷惑をかけるのは悪いから」


 ローダが口を尖らせて不満そうに言う。その不満を拾い上げたアンセルがチェシャに再度尋ねるもチェシャは首を横に振るのみ。


 そうこうしているうちに、第三階層へとつながる道へとたどり着いた。

 本来ならば氷塊が道を塞いでいたはずの横幅が広い道は溶けた水で地面が濡れているだけだった。


「本当に溶けるのね……」

「これだけ暑けりゃ当然っすよ」


 滴り落ちる汗を拭いながらローダが言った。アンセル達が能動的に温度を上げた第二階層は熱皮が存在する第一階層と変わらない温度になっている。


「チェシャ。この下にはでっかい空洞があるんだよね?」

「うん、懐かしいな。部屋中の大きな蜥蜴から火を吐かれた」

「懐かしめるは大概っすね。兄貴、対策はあるんすか?」


 美化されているからか、実にいい思い出というようなチェシャに眉を寄せたローダがアンセルに尋ねる。しかし、彼の質問にアンセルは腕を組んで口を結んでしまった。


「……え、なしっすか?」

「バレないようにこっそり歩く。バレたら耐火性の装備で少しでも時間を稼いで逃げる。これが対策と言えるならある」

「それは……なしっすね」

「まあ、こっそり歩けばいいって分かってるんだからマシでしょう。諦めなさいローダ」

「マジで言ってるっすか!?」


 ローダが声を張り上げるも、セルリアとアンセルはさっさと階段を下りていく。チェシャはローダを憐れむも、リーダーのアンセルが行くというなら、チェシャが止める理由はなかった。しかし、無視も可哀そうなので、ローダを安心させる言葉を探す。


「俺らも一度これで通ってるからなんとかなるよ」

「そ、そうっすか……。あーもう、分かったっすよ! あっしの漢気、見せてやりやす!」


 あまりにもチェシャがあっさりと言うので、不覚にも何とかなりそうだと思ってしまったローダにはそれ以上反論の言葉が浮かばず、吹っ切れた彼がパンと頬を叩き、階段を下りて行った二人を追って行った。


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