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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第六試練:振るうは贋作の黒槍
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琥珀の霧

 

「兄貴、手伝いの話ってのは本当ですかい?」

「……なにそれ、初耳だけど?」


 多くの探索者が出入りする試練の入り口から外れた場所。第二試練以降に飛ぶための転移装置の前で、アンセル達三人の探索者が無理やり壁に取り付けられた長椅子に腰かけている。

 クオリアと同じサイズかそれ以上の大盾を背負い、顎に無精ひげを生やした坊主の男性、ローダがアンセルに尋ね、横で唾付きのとんがり帽子の被り具合を指で確かめていた短い金髪の女性、セルリアがアンセルを睨んだ。

 セルリアの身長は成人男性のアンセルとローダの二人と同等で、女性の中では長身の部類に入る。目線が同じ高さなので、目の前で睨まれたアンセルは苦笑しながら口を開いた。


「俺ら、攻略ペースが落ちてるだろ? アルマちゃんにそれを相談したら、丁度彼女が担当している別のパーティの人が手伝ってくれるって話になったんだ」

「理由になってないわ。急に臨時の仲間を増やしたところで連携が崩れるだけじゃない」


 ギロリとさらに目つきを強くしたセルリアに、アンセルは肩をすくめつつも首を横に振った。


「彼曰く、支援に徹するから気にしないで良いって話だからさ。とりあえず一日だけ頼むよ」

「……ポジションは?」

「槍使いだから前衛、ローダも知ってる人さ、以前に助けてもらったあの少年だよ」

「あの子っすか!?」


 声を張り上げ、興奮したローダが立ち上がる。

 彼らが六人で手こずった相手をほとんど二人で倒したのはアンセルとローダ共に印象に残っていた。


「……ふん、そんな奴、アタシは知らないわよ。それに、欲しいのは火力が出せる後衛じゃなかったの?」

「それはそうだけど、お試しだからさ。頼むよ。な?」

「……分かったわよっ、見極めてやるから覚悟しておきなさい!」

「見極められるのは俺らじゃないんだけどなぁ」


 セルリアがまだ見ぬチェシャに何かの熱意を滾らせるのを見たアンセルは困り果ててローダと目を合わせると、お互いに苦笑した。


 それから十分後、待ち合わせていた時刻の五分前に武装したチェシャが現れた。彼の装備は黒くなった上半身を誤魔化すために、胸当て、膝当て、靴などを黒虎の革製に変えていた。鎧下も異形の皮膚に任せて着ていない。黒くなった皮膚は下手な刃物は通さないほど硬いからだ。だからと言って、防具を着なくていい訳ではないし、彼としては下着を着ていないのと同じ感覚なので、まだこの服装に慣れていなかった。


「おはよう」

「あぁ、おはよう。真っ黒だな」


 上から下まで真っ黒な装備で来たチェシャにアンセルが片手を上げて答える。チェシャも着たくて着ているわけでないないので、苦笑を返すにとどめた。


「あなたがチェシャ?」

「うん。そうだけど……何か恨みでも?」


 目つきを尖らせ、ズカズカと歩み寄ってきたセルリアにチェシャは思わず半歩引く。彼が尋ねるとセルリアは更に目を細めて口を開いた。


「恨みはないわ。けれど、信用もない。あなたがアタシ達の連携を崩しちゃう可能性の方が大きいもの」

「そう言われると何も言えないけど……。迷惑はかけないよ。最悪一人でも何とかする」

「──ッ! そう、なら……勝手にすれば」


 アンセル達三人がてこずっている相手だろうとチェシャ一人の敵ではない。逆説的にそう言われたセルリアは顔をひどく歪め、鼻息を鳴らすと転移装置の端末を操作し始めた。チェシャ自身は彼らを気遣ったつもりだったが、探索者同士の交流が少ないチェシャには彼らを傷つけてしまうことに考えが及べなかった。

 会話を聞いていたアンセルもチェシャの実力が自身と離れていることを知っている。彼の言葉が真実であるため、何も言わず、セルリアの肩を軽く叩くに留めた。


 *


 第三試練へと飛んだ四人は気球を使い、氷炎大空洞にまで移動していた。第三試練は久しぶりのため、防寒具をしっかりと用意していなかったチェシャは迷宮の中の外よりましな温度に顔を(ほころ)ばせていた。しかし、第一階層は本来ならば防具すら脱ぎ捨てたくなるほどの暑さのはず。

 ということは既にアンセルたちは第一階層の熱皮をすべて冷却し、第二階層への道を確保しているようだ。


「防寒具、もっと持ってくればよかった」

「チェシャ坊は今どこの試練を攻略してるっすか?」

「あー……」


 ローダの問いにチェシャは言い淀む、彼らの攻略実績は組合には残っているものの、公表はされていない。知っているのはそれこそ、チェシャ達の知り合いのみだ。話すかどうか迷ったが、チェシャは頼みを聞いてもらっている側なので、大人しく伝えることにした。


「今は第六試練。ちょっと仲間が入院中だから攻略は進んでないけど」

「ろ、六っすか? 聞き間違いっすよね? 今の最高進度は四のはずっすよ」

「ん……と、ちょっと訳あって公表を控えてもらってる」


 チェシャ自身はなぜ公表を控えてもらっているかは知らない。ボイドの指示によるものだからだ。

 これ以上は話せないので、チェシャは口をつぐむ。彼の様子を見たローダも何かの事情があると察し、愛想笑いで流した。


「はは、そっすか。そりゃぁあれだけ強いのも頷けるっす。ちなみに、支援ってのは何をするおつもりで?」

「この中で魔術を使えるのはローダさん以外の二人?」

「そうっすよ。兄貴は拘束の魔術しか使えないっすけど、セルリアは水以外ならだいたい使えるし、火に関しちゃ、それはもう最強っすから」

「分かった。迷宮生物がでたら実践するよ」

「はぁ……」


 結局、教えてもらえなかったローダは曖昧に頷きを返すのみだった。

 丁度その時、先頭で索敵をしていたアンセルが片手をあげて、皆を制止させる。彼の目線の先には十字路を横断する冷気を纏う狛犬──氷獣の姿。


「先に言っておくけど、火が通る相手はあなたの支援なんかいらないから」


 チェシャの方を見ずに淡々と言い切ったセルリアは指揮棒のような杖を構える。杖先がじんわりと魔力の光が灯された。その状態から鮮やかに二重円を描く。そこで終わればソリッドがよく使っている爆炎の魔術と同じなのだが、さらに円を四つ、二重円の内側に収まるように描き上げた。

 魔術印を描き終えたセルリアがにっと口端を吊り上げた瞬間、印から火柱が打ち出される。ソリッドが使う荒く豪快な炎とは違う、定規を使って線を引いたようなきれいな直線をなぞる火柱だ。


 命中。氷獣は冷気を周囲にばら撒きながらしばらく悶えていたが、やがて火柱が氷獣を貫く。圧倒的な火力が氷獣を焼き切った。胴体に穴をあけられた氷獣はぐったりと地面に倒れ込んで霧散する。

 チェシャが繊細かつ強力な魔術に目を白黒させていると、自慢げに鼻で笑うセルリアが振り向いた。


「言ったでしょう?」


 チェシャには頷くほかなかった。

 そこからはセルリアの独壇場だ。火が使える限りは彼女の一撃を耐えれる迷宮生物はこの階層にはいない。そして、第一階層の熱皮を冷却し、迷宮の温度を下げることで、開通する第二階層へ水が張られた道も出来ている。

 あっという間に四人は第二階層へとたどり着いた。


「第二階層はどのくらい進んでいるの?」

「まだ、全然。冷却されてる熱皮をもとに戻すのはセルリアがやってくれるけど、それにも魔力は使うし、炎獣が厳しいんだ」


 アンセルが頬をかく、確かに先程の火柱を起こした魔術の火力は見事なものの、炎獣に効果は薄い。チェシャ達が第三試練の門番である大蛇を倒した時のようにさらなる火力でごり押しをする方法もあるが、あれは魔力量が桁外れなソリッドにしかできない。


「……厳しいって言ってるんだけどね」

「早速っすか。どうしやす?」


 索敵をするアンセルが炎を纏う狛犬──獣の姿を見つけて、顔を引きつらせる。

 先程は自信満々でふるまっていたセルリアも不満げに鼻を鳴らした。


「セルリアさん、火の次に得意なのは?」

「……風、かしら。風の刃を飛ばす魔術よ。でも、あいつの皮は結構硬いし、あんまり通らないわ。いつもは二人に傷を入れてもらってそこに集中して撃ってる」

「分かった。ちょっと待ってて。こっち来たら言って欲しい」

「え、ちょっと──」


 チェシャが槍を背中に仕舞うと、目を閉じて黙り込む。突然の行動にセルリアがチェシャに声をかけようとするも、チェシャが集中しているのを見て、伸ばしかけた手を戻して大人しく待つ。

 しばらくすると、チェシャの体から琥珀色の魔力が漏れ出した。霧のように広がっていくそれはセルリアの方に流れていき、彼女の周囲を覆う。


「固定は……できないや。──おまたせ、これであいつに魔術を撃ってもらってもいい?」

「はぁ? ……分かったわ」


 今度こそ声を上げたセルリアだったが、不思議と力が滾る感覚が根拠のない自信を与えてくるのを感じ、魔術印を描き始める。彼女の指揮棒の杖が円を描き、中央から双曲線を描く、円の中に縦に伸びた二つの楕円が入った印を完成させる。

 完成した魔術印が琥珀色に発光し、風の刃を放った。琥珀色の軌跡を残して空を切り裂き進む不可視の風刃が炎獣の体──その首元に触れる。


 何事もなく、炎獣の体を通り抜ける風刃。残された炎獣、その体が遅れて切り口から血を噴き出しながらズレて、分断される。


 ドンッ──と炎獣の頭が地面に落ちた音がして、まもなく分かたれた二つの体が魔力に還った。


「「……」」


 三人が唖然とその光景を見ていた。セルリアが使う風刃の魔術にここまでの能力はない。炎獣相手ではせいぜい、鋭い刃物が浅く傷をつけるぐらいの事象が限界だ。魔術を使った当事者はいつの間にか体から滾る力が消え失せていることに気付いて我に返る。

 そして、すぐに後ろを振り返り、深く息を吐き出しているチェシャに詰め寄った。


「あ、アンタッ! 何したの!?」

「だから、支援。──ごめん、思ったより疲れたから何度も出来ないけど……これで証明できた?」

「……ええ、認めるわ。むしろこちらが頼みたいくらいにありがたいもの。……それに──ごめんなさい、疑って」


 セルリアは素直に頷いた後、頭を下げた。チェシャはセルリアが素直に頭を下げたことに目をぱちくりとさせる。一瞬の間をおいて、かぶりを振ったチェシャが口を開く。


「……ううん。いきなり来るって言ったら疑うのも無理ないから。それで、方針はどうするの?」


 アンセル達の目的が迷宮の攻略、ひいては試練の踏破であることを察しているチェシャが一撃必殺で最短経路を進むか、迂回してでも戦闘を避けて進むかを固まっているアンセルに尋ねる。

 声をかけられたことでようやく我に返ったアンセルがにっと口端を吊り上げた。


「進むしかないに決まってるね」



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