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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第六試練:振るうは贋作の黒槍
162/221

看病

前回の投稿時に一話飛ばしで投稿してしまいました。

現在は修正済みです。

もし、一話前の話に違和感を感じた方はおそらく修正前かと思われますので、160部分をご確認ください。

「はい、口開けて」

「……」


 丸椅子に座っているチェシャが折り曲げられたベッドに背中を預けるアリスの口に向けて突き出した木のスプーン。中には同じく木製のお椀からすくったスープ。それを目の前にしたアリスはしばし己の羞恥心と自分で食べるには時間のかかる現状を天秤にかけて葛藤していた。

 グングニルの探索にせよ、第六試練にせよ女性陣が回復するまでは何もできないのは確定事項。空白期間をどうするかを相談した結果、各々で準備しておくという当たり障りのない結論に至った。強いて言えば、ボイドがチェシャにアリスの見舞いをしてやれと言っていたこと。

 その言葉通り、翌日の正午にチェシャがアリスの見舞いに訪れ、今に至る。事前にクオリアに指示されて、一見占めているように見えるカーテンもクオリアのベッドからは覗けるように少しだけ開けられていたりもする。


「食べないの?」

「た、食べるわよ……」


 一人で、と言いたいアリス。しかし、一人で食べるとなると時間がかかり看護師が食器の回収に来ても食べていることがほとんど。時間をおいて再度取りに来てくれるが、人並みの良心をもつアリスからすると毎度申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「じゃあ、あーん」

「ぁー……んっ」


 ぱくりとスプーンを咥えて、中身を飲み込む。汁物だから咀嚼も要らない。スープが彼女の喉を通り過ぎることにはすでにチェシャが口の前に第二陣を用意している。この距離ならば、スプーンを動かすより、アリスが食いつきに行く方が早い。それをチェシャも理解しているので、何も言わずスプーンを宙で停止させている。

 羞恥心はあったが、チェシャにからかう気は微塵もないのは理解している上、スプーンを固定させるのも腕が疲れる。チェシャを待たすのを悪いと思い、羞恥心を振り切って再びスプーンを口に。


「これ、美味しいの? 塩気も薄そうだけど」

「──んっ。味はほとんどない。野菜が唯一の味? かも」

「じゃあこれ」


 今度は薄くスライスされた白い根菜をすくい、アリスの口の前に持ってくる。だんだんと羞恥心が薄れてきたアリスはあっさりとそれを口に含んだ。


「どう?」

「どうも何も……うん。野菜の味。煮詰められてるからちょっと甘いかな」

「そっか」


 しばらく彼らの食事は無言で行われた。スープだけではなく、パンもセットで置かれていたがそれは既に食べ終えている。手づかみで食べられるものならアリスは不格好でも普段通りに食べることが出来る。しかし、何か道具を用いて食べるものは途端にペースが落ちてしまう。


「元気とは聞いたけど、治るのはいつ頃って?」

「動くだけならもうすぐ。辛いけど歩くことは出来るしね。もう車椅子は使ってないもん」

「そういえば……車椅子がないや」


 壁際に寄せられていた車椅子がないことにチェシャが初めて気づいた。


「腕の方が重症なの? 足の方が使いそうだけど」


 迷宮探索では足を酷使する。勿論ほとんど毎日するのだから慣れていくだろうが、柔軟などのケアを怠れば日に日に健などが弱ってしまう。


「そっちは慣れてきたから。でも、銃は反動があるから意外と腕も疲れるんだよね。この前はちょっと無理しちゃったから」

「ちょっとなの? あれ」


 あれという言葉が示しているのはアリスが一時的に槍で戦っていた時の話だ。誰にも追及されてはいない。ボイドは掌握魔力の話を聞いているのでどうにかしていることは察している。チェシャにも並ぶ動きに開いた口が塞がらなかったのが彼の印象に残っていたので、訝しげに尋ねた。


「あはは……」


 アリスとしてもあまり多用は出来ない奥の手。一人で迷宮を攻略するための手段だったが、今となっては仲間と窮地を脱するために使えることをアリスは嬉しく思っている。無論、奥の手。せっかく大きな外傷もなく生還したのに病院でこの様になるほどだ。無理をしてないなどと言い張ることは出来なかった。


「それ、俺のやつと雰囲気が同じ感じだった。多用したらどうなるわけ?」

「チェシャよりはましだよ。特別体への負担が大きいだけ。誰かさんみたいに後遺症はないもん」

「……そ」


 そう言われては言い返す言葉はない。チェシャは気まずさで目線をそらし、小さく頷くにとどめた。彼の方が見てくれは酷い。町中を移動するのに上半身を隠せるローブを着なければまともに動けない。これで顔まで変わってしまえば、さすがに不審者と認定されかねなかった。


「──クオリアから聞いたけど」

「ん」


 話を変えてくれたことに感謝しながらチェシャが逸らした視線をもとに戻す。


「天使に会ったんだって?」

「会った。すごい綺麗な女の子に羽が生えてた」

「……へぇ」


 興奮気味に話すチェシャに向けられるアリスの目が鋭く細められる。そんな分かりやすいアリスの反応をチェシャは気に留めない。が、気付いていた。天使の話もわざと修飾を増やしたのだ。


「あと、桜って木から落ちてくる花びらも綺麗だった。絶対驚くよ」

「桜──。……新しい迷宮か試練に行く度に驚いている気がするわ」

「新しいものばっかりだしね」

「……そうね」

「……知ってるの? 桜」


 桜というワードを聞いた途端不機嫌そうなアリスの表情が引き締められた。チェシャはそのことに驚きも示さず、尋ねかける。


「どうして、そう思うの?」

「ボイドが文献の記録には残ってるって。だから、もしかするとアリスの時代にはあるかもしれない」

「……チェシャって変なところだけは頭が回るよね」


 観念したようにアリスがふっと息を漏らす。特段隠すことでもないので、余計な労力を使わないで済んだことに安堵していた。むしろ遠く離れた場所に来て溢れた郷愁が薄れる気もした。


「それ、誉め言葉には聞こえないけど」

「だって、誉めてないし」

「言ったなっ──」


 チェシャがアリスの頬を親指とその他の指で挟み込んだ瞬間。手押し荷台のタイヤが回る音。そして、病室のドアが開かれる。我に返った二人は一瞬で各々の席に着いた。別に悪いことをしていたわけではないが、今に思い返すと見られでもしたらと二人が羞恥に震える。すぐ後にカーテンを入ってきた看護師からは確かに逃れられたが、一部始終をカーテンの隙間からクオリアが覗いていたことは二人とも知らなかった。



 *



「──もうっ、いかにもって感じよねっ!」

「興味深いのは否定せん。だが、覗き見は趣味が悪いぞ?」


 時刻は夕暮れ、病室での面会時間もあと十数分しかない。少ない残り時間でボイドはクオリアから昼間の話を聞かされていた。向かい側のアリスに詳しい内容を聞かれぬよう器用に小声で叫ぶクオリアを見てボイドが苦笑する。


「あたしも若い頃にあんな体験したかったなぁぁ!」

「代わりに誰もがうらやむ地位を持っていただろうに」

「恵まれたものをもったからこそ富や名声じゃどうにもならないことがあることを知ってしまったのよ……」


 額に手を当て、首を振りながら芝居がかった口調でクオリアは言う。話始めてからずっとこの調子だった。そこで止めないボイドもボイドなのだが、彼らの娯楽は多くない。身近な人の恋バナは格好の餌だった。


「地味に深そうなのがこれまたな……」

「あたしの永久就職先を見つけたわっ。あの子たちの恋路を邪魔する奴をぶっ飛ばすことねっ!」

「せめて守る方にしてくれ」


 呆れるボイドの表情は非常に柔らかい。冗談交じりのクオリアの物言いがとても楽しそうなのを邪魔したくはなった。それに、ボイドには邪魔をする奴の心当たりがあった。


 ──話ぐらいなら、聞いてもらうべきか?


「クオリア」

「……あら、真面目ぶって。どうしたの?」

「その就職先に心当たりがあると言ったら?」

「急におかしな話をするのも貴方らしいわね」


 微笑んだ後、佇まいを整えたクオリア。


「まず、このことは他言無用だ」

「結構重要な話なのね。なら──」

「……?」

「今度にしましょう? 貴方の様子からして今後に関わるタイプの話でしょうし、それをあと数分しかない今にすることじゃないわ」


 どこまでもボイドのことを理解している発言に、彼は両手を軽く上げて降参のポーズを取った。クオリアはお見通しとばかりに微笑むのみ。ボイドは丸椅子から立ち上がり、今しがた使っていた丸椅子を積み上げられている場所に戻して、普段使いの斜めがけ鞄を担いだ。


「なら、この話はお前が退院してからするよしよう。後数日なんだな?」

「ええ。アリスちゃんもそうだけどやっぱり人間から順調に離れてるみたいだわ。治る速度が段違いだって。お医者さんが言ってたもの」

「幸いなことだ。なら私たちは大人しく準備でもしていようか、新しく発見された小迷宮にでも行ってみるかな」

「いいわねそれ。言ってきたら感想とお土産よろしくね」


 クオリアのおねだりにボイドはふっと笑うと片手をあげて答え、丁寧にカーテンを最後まで閉めてから病室を出ていった。もう夕食の時間なので、カーテンをどれだけ閉めようとすぐに開けられることには変わりないのだが、相変わらず几帳面な同僚兼上司にクオリアはくつくつと笑いをこぼすのだった。



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