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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第六試練:振るうは贋作の黒槍
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掌握魔力

「窓際の机に寄せて欲しい」

「了解した」


 談話室にまでやってきたボイドは車椅子をいくつかある四角い机の窓際にある一つに近づける。寒い季節に吹く冷えた風がカーテンを煽り、談話室を通り抜けて廊下へと消えていく。通り抜けた風に身を震わせたボイドが、白衣のボタンを普段は開けている襟付近まで留めて、四角い机に備え付けられた丸椅子に腰掛ける。


「これで大丈夫か?」

「ええ。ありがとう」

「で、話というのは?」


 わざわざチェシャやソリッドを遠ざけてする話。ボイドはろくな話でないことを予感していた。


「ちょっと待ってね」

「……? ああ」


 言うや否や顔を伏せたアリスに首を傾げるボイド。しかし、窓際、つまるところ廊下を通りすがる人からもっとも離れている場所である意味を彼女が顔を上げた時に気付いた。


「その……目は?」


 アリスの目は赤かった。その目に既視感を感じたボイドが記憶を探り、つい先日黒騎士と化したチェシャのものとそっくりであることに気付いた。


「掌握魔力って知ってる?」

「……いや、知らないな」


 パーティの中で最も知見を蓄積しているボイドもその単語については何も知らなかった。尋ねてきたアリスの声色に期待が籠っていたのもあり、期待に応えられなかったことを悔しそうに首を横に振る。


「そう……」

「それがどうかしたのか?」

「チェシャのあの姿は掌握魔力というのを物質化したものらしいの。私の目も関係してる」

「掌握魔力というのはよく分からないが、魔力であることは変わりないのか?」

「ええ。基本的には」

「魔力を物質化? そんなことが出来るのか?」


 そう疑問をあげつつもボイドの中ではいくつかの謎が氷解していた。黒騎士となったチェシャが半永久的に出せる黒槍。アリスが使う(magic)拳銃(revolver)が発射する弾。クオリアが使うアイリスの花弁の盾。どれもボイドからすれば魔力を使っているが、術式を介さずに無から有を作る存在。

 それも魔力を変容させたものであれば納得はいった。無から有ではなく物質化。

 魔術が魔力を代償に何かを生み出すものだとしたら、魔力の物質化は魔力そのものをものとして扱うことだったのだ。


「ただの魔力じゃ無理よ。掌握魔力じゃないとダメ」

「そもそも掌握魔力とはなんだ?」

「簡単に言えばその人専用の魔力。わたしも詳しくは分からないけどその人の魂の色で染められた魔力みたい」


 まるで人から聞いてことのように話すアリスにボイドが違和感を感じたが、スカーサハから聞いていたか思い出した知識の中にあったのだろうと勝手に結論付ける。


「魂の、色?」

「そこも良く知らない。でも、この前のチェシャの魔力みたいに分かりやすく変化するわ」

「あれか……」


 琥珀色の魔力。琥珀色の槍。確かに分かりやすい例だった。


「クオリアの盾もそうなのか? それとも魔術具だから当てはまらない?」

「うーん……」

「くっ……」


 アリスが考え込む動作と呼応するように彼女の赤い光を灯す瞳がちかちかと明滅する。その様子がシュールだったので思わず笑いを漏らすボイドに集中しているアリスは気付かなかった。


「多分そうかも。ただ盾を作るなら魔術具でも……あそこまで硬いのは厳しいけど、たぶん出来る。でも、この前の砕けたた破片が反撃するなんてことは掌握魔力のものじゃないと無理かも」

「そう聞くとずいぶん万能なんだな」

「出来ることはその人の、本質的願望? によって変わるみたい……」

「願望……」


 長い付き合いであるクオリアの願望。ボイドに思いついたのは彼女が敬愛していた主への贖罪。守り切れなかったことへの罪悪感の払拭。もしくは次こそは守り切るという決意。


 ──だから、砕けても抗ったのか。


 花弁の盾が砕けた、だからなんだと体力が残る限り抗う決意の証明があの花弁の逆襲。それは彼女の意思を表していたのだろう。


「なるほど。確かに理解できる話だ」

「なら良かった。えっと、本題はそこじゃないの」


 改まって車椅子に座りなおしたアリスが言う。まだ残っている体の痛みで身をよじり、姿勢はすぐに崩れる。格好つかない形だったが、彼女に倣ってボイドもまた背筋を正した。


「ボイドならどうにかしてチェシャを治せないかな?」

「……すまないが、それはチェシャ君が席を外す必要はあったのか? むしろ当人も知っておくべき話だと思うが」

「……俺のことはいいからって言いそうだもん」

「はは、それはそうかもしれんな」


 この二人はどちらもお互いを気にしすぎじゃないかと苦笑するが、ボイドはそれが彼らの美点であることを重々承知していた。そして、彼の頭の中では今聞いた魔力の物質化を解除する方法を模索が始まる。


「出来るとも出来ないとも現時点では断定は出来ないな」

「……」


 目を伏せるアリス。残念そうにはしているが、彼女の予想通りでもあった。

 こればかりはいくらスカーサハに聞いても答えは得られなかったし、彼女の知識にも案はなかった。


「だが、不明じゃなくなったなら可能性は十分にあるさ」


 アリスがハッと顔を上げる。目の前にはにやりと口端を吊り上げ、自身に満ちたボイドの笑顔。


「ほんとう!?」

「期待させて申し訳ないが、あくまで可能性だ。私もついさっきまでは不治の病みたいなものだと思っていたからな。が、それも今の話を聞けばその物質化を解除して、魔力に戻すことが出来れば──」

「治る、かも?」

「そういうことだ」


 表情を明るくさせるアリスにボイドは微笑みかける。しかし、嬉しさでいえばボイドも同等の大きさを抱いていた。


 それはアリスのように治療の可能性を夢見て希望をもつ素直なものではない。海蛇のときにチェシャにかけた負担を、与えてしまった傷を取り返す機会が来たこと。ボイドの中で渦巻く罪悪感を消す道が出来たこと。そんな後ろめたさを含んだ感情を彼がそれを純粋な少女を目の前にして表には出来なかった。


「そっ、かぁ……」

「私も尽力させてもらうつもりだ。それに掌握魔力についても気になることは山程あるからな」

「わたしも出来ることならなんでも手伝うわ」

「ああ、頼む。それはさておき……」

「……?」


 ボイドが眉をひそめて言葉を区切る。首をかしげるアリスだったが、ボイドの顔をよく見ると彼にしては珍しい自信に満ちた活気のある笑顔ではなく、気持ち悪さのあるにやついた笑みを浮かべていた。


「君たちの仲はどういう状況なんだ? 少なくとも、君がチェシャ君のことを想っているのは今の話でもよく分かったが」

「……」


 先程の空気は一転、顔を一気に赤らめたアリスが顔を俯ける。なまじクオリアのようにからかい交じりというよりは真面目に気になっている聞き方だから、クオリアやシェリーにからかわれたのを怒鳴ってうやむやにすることもしにくかった。


「すまないが、面白がっているのは事実だ。多分、クオリアとの肴にでもするだろうが、それとは別に真面目に聞いている。君の中での優先順位を狂わせるものかどうかをな」


 アリスが顔を上げる。ボイドの表情に面白がるような雰囲気はなかった。真面目な話をするときのそれだ。


「優先順位?」

「あの不思議な森の小迷宮のことだ。ソリッドの口振りに腹を立てたのはもちろん理解しているが、チェシャ君が危機に瀕して、いや死んでいてもおかしくないからあれだけ憤ったのだろう?」

「そう、かな」

「君達が仲良くあることは喜ばしいことだ。無事にことが片付けば、ぜひとも幸せになってほしいくらいにな。それとは別に君には課せられた使命があるのだろう? きっと私たちが簡単に力になれないほど重い使命が」


 厄災の阻止という事実の再確認。アリスが未来へと疑似的に渡ってきた所以。


「……あるけど、みんなが手伝ってくれるなら大丈夫だよ」

「その根拠はなんだ?」

「根拠、って?」

「私にはとても思えないんだ。厄災を倒す術があると」

「……そんなのわたしにもわかんないよ」

「ない。わけではないだろう?」

「ややこしいね」


 アリスが頬を引きつらせて苦く笑う。


「はぐらかさないでくれ」

「わたしじゃ、魔力吸収機構(スイーパー)をどうにかできないって言いたいの?」


 ──ロックを解除すれば、魔力吸収機構(スイーパー)の元まで辿り着ける筈だが、そこでどうしなければならないんだ?


 ──それはアリス嬢に任せれば良いかと。


 ボイドの質問に対するスカーサハの答え。人工知能にしては明瞭でない濁した答え。


「そうじゃない。……君は私たちに隠していることがある。そうだな?」

「誰だって秘密の一つや二つはあるわ」

「ああ。しかし、その秘密は今後に関わることだ。追求しなくて済むならしないが、今は無視できない。改めて聞こう。君は今後に関することで何か大事なことを隠していないか?」

「仮にそうだとして、話せるなら話しているわ」

「なぜ話せないんだ?」


 ボイドの中でアリスが何かを隠していることは確定されていた。アリスのまごついた返事を無視して、会話の主導権を握り続ける。窓から入り込む冷風がボイドの白衣をはためかせ、彼に威厳を与えていた。


「……仮の話って言ったじゃない」

「嘘だろう。それにだ──」

「……?」


 厳しい目つきでアリスを追及していたボイドが一転、申し訳なさそうに目を伏せる。少し考え込む素振りを見せた彼は息を大きく吸い込み、吐き出す。深呼吸を一巡した彼は伏せていた目を持ち上げて、アリスの目をしっかりと見つめながら口を開いた。


「……すまない。君の日記の解読を進めていたんだ。だから知っている、魔力吸収機構(スイーパー)にまでたどり着いた君が何をするつもりなのかを」

「──っ!」


 アリスの双眸がいっぱいに広がる。その反応を見たボイドも申し訳なさそうに目を伏せ、残念そうに肩を落とした。グングニルで見つけたアリスが書いたと思われる日記。当時は最低限の情報を抜き出すため、またプライベートに関わりすぎる情報は見ないようにしていたボイド。しかし、ここ数日に出来た空白の期間と彼の感が日記の解読を第七試練への準備の傍らで推し進めた。そして見つけたとある記述。

 その記述は半分は予想通りで、もう半分は信じたくはない内容だった。


「本当なんだな」

「あはは、……バレちゃった」

「私がこの件を皆に言いふらすつもりはない。それが私に出来る最大限の譲歩だ」

「ありがと」


 アリスは力なく笑う。ひどく痛々しい笑顔にボイドが深く、ため息を吐いた。


「礼を言うのは本来こちらだ。君が頭を下げることじゃない。それに本題は別だ」

「……」

「君は……やり遂げられるのか?」

「出来る出来ないじゃないの。やらなきゃいけない。それだけ」


 アリスは淡々と述べる。震えた声で。

そんな彼女に代案を出せればいいのだが、今のボイドには何も浮かんでいない。だから、彼は見て見ぬふりをする。


「言いたいことは分かる。厄災が出た時の被害に比べればはるかに軽い。だが、チェシャ君に限らない。周りの人間が易々とそれを許容するのか?」

「でも、ボイドは許容してるんでしょ? 一番、リスクリターンを見てるから」

「はは……痛いところを突くじゃないか」


 今度はボイドが力なく乾いた笑みを浮かべる番だった。冷風が止み、はためいていた白衣の裾が地面に着く。


「ボイドなら分かるでしょ? これが一番だって」

「ああ。だがな」


 一度言葉を区切ったボイドは乾いた唇を震わせる。病院に来てから一度も水分を取っていないことを思い出して、喉の渇きを自覚するも荷物は病室においたまま。せめてと舌で唇を濡らした彼は言葉を再開する。


「私は、許容しているだけだ。賛成などとは言っていない」

「そう、だね。賛成されるとは思ってない」

「──すぅ……ふぅ」


 ボイドは静かに苛立った。アリスを止められない自分に、アリスが考える策よりもいい案を出せない自分に、どうにもならないことにとうに気付いている残酷な自分に。それでも、理を追及する者として感情は制御しないといけない。大きな呼吸をした彼は肩を落として、席を立つ。


「頭を冷やす。部屋に戻るのは少し待ってくれ」

「うん」


 ボイドが追及を諦め、窓の縁に肘をつく。冷風が彼の体を冷やす。


 こうでもしなければ彼自身の無力さへの怒りの熱が抑えられなかった。

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