おつかい
連絡なく期間を空けてすみません。
数話分を連日で投稿します。今日を除き時刻はいつも通り0時です。
ボイドは両手に錬金砲を構え、チェシャ以外の二人とチェシャの猛攻を切り抜けてきた魚人たちを迎撃していた。しかし、踏ん張りどころだと意気込んでいた彼の仕事量は存外に少ない。チェシャと同じ武器を持って暴れまわる少女のおかげで。
アリスは戦場を踊るように駆ける。チェシャよりも小柄な体を存分に生かした姿勢の低さによる回避。すぐさま繰り出される鋭い反撃。魚人の脳天を貫き死体を一つ作り上げる。消える前の死体をどこにそんな力が眠っていたのかと疑うほどの勢いで蹴飛ばし、後方の魚人の態勢を崩し、無防備な腹へと追撃。槍を引き抜く前に切りかかってきた剣魚での一振りを槍を手放し飛び上がって避ける。だけに終わらず、鮮やかな宙返りからのかかと落とし。地に伏せた魚人の腹を引き抜いた槍で刺し穿つ。
いままで槍など握ったことのないはずの彼女が振るう一つ一つの動きが、チェシャと見劣りしないキレを伴っていた。体格と力の問題でチェシャよりも大ぶりな動きだったが、一撃必殺で魚人たちをほぼ一人で退けていた。異常な変化にボイドはため息を吐きたくなるのを抑えて、ソリッドも同様の反応を示していることを横目で確認する。
「……ソリッド、あっちを狙う。手伝え。」
「……あ、あぁ。」
困惑はともかく、状況は彼の想像よりは好転している。そうなれば彼の仕事はこれ以上の悪化を防ぐこと、リスクとリターンを天秤に量り、自分の不器用さを加味した上でアリスの周りにいる敵ではなく、チェシャから逃れてきた遠くの魚人をソリッドと共に迎撃することにした。故に、アリスの目に赤い光が灯っていることに誰も気付かなかった。
「ザコならよゆーだぜっ!」
「あまり調子に乗るな──……?」
獅子奮迅の活躍を見せるアリスのおかげで余裕があったボイドは高い地面に穴が開いていた場所を見つけた。彼の記憶にはそんな場所はなかったはずなのに。
──底に潜った海蛇、時間稼ぎのように現れた魚人、下に向けた穴……。
不審に思った彼の頭で行われた思考。導かれた仮説に突き動かされてアリスの援護はそのままに穴の近くに歩み寄る。人一人を落とすのには十分なサイズの穴。覗き込んでも底まで見通せないほどに深い。
「ソリッド。ここを一人で保てるか?」
「いいけどよ、なんでだ?」
「お前の仕事は考えることじゃない。」
「……わーったよ。三十秒。錬金砲も瓶入れて貸してくれ。」
「勿論だ。」
素早く両の錬金砲に火炎瓶を装填し、ソリッドに手渡す。そして、急いで穴の元へと駆け寄る。その動作でボイドの目的を察したソリッドは彼に危険が及びそうな魚人たちに狙いを移した。その分だけアリス側に集まる魚人も増える。
「アリスー! しばらくそっち手伝えねー! なんとか頼むぜ!」
ソリッドの警告にアリスが返事をする余裕はなかった。彼女の答えは加速した槍捌きのみ。
そんな彼女の働きに応えるためボイドも急いで作業を進める。バックパックから熱を発する魔術具の仕組みを流用した光源の魔術具を取り出し、魔力を流してから穴へと落とす。暗い穴を照らしながら落ちていった魔術具が底に着いたのを確認したボイドは望遠鏡で光源が照らした穴の先を探る。
そして、拡大された視界に血だらけの鱗が映り込む。はっきりとは視認できないが巨体は休息をとるようにとぐろを巻いているように見えた。
「やはりか……。」
製作者の意地悪さに腹を立てる。海蛇を追い込んだのは確かな事実。しかし、決戦の場にいるべき門番が簡単に逃げてしまうのは納得がいかなかった。そして、本当の決戦の場はこの深層と呼ぶべき更なる地下、正しく海の底だった。全員でここに潜りたいところだが、海蛇とまともに戦えるのはチェシャのみ。アリスも今の動きを見る限り戦力に数えられるとしても、さすがの彼女も彼のように鎧を纏っていないのだから風の息吹を突き破る荒業は出来ないはず。
「……。」
ボイドは望遠鏡を下げて周囲を見渡した。泡の球体の外周部には赤黒い槍がいくつも突き刺さっている。地面に刺さっているものといないもの、前者は魚人を貫き、放置されたもの。後者は投擲されたものだろう。飢えた獣が肉を食い散らかした跡のような光景が広がっていた。それを優しくしたのがアリスの戦場。似た者同士仲がいいのだなと人外の戦いに一瞬よぎった思考を振り払い、ソリッドの元へ戻る。
「おせぇし、連れてくんな──よっ!」
錬金砲を受け取ると同時にソリッドが描きあげた爆炎の印がボイドを追ってきた魚人を剣魚ごと焼き払う。白衣の裾が焦げるほどの熱の余波を感じて目を細めたボイドは同じく周囲の魚人への迎撃を再開する。
「んで? どうだったんだ?」
「門番はここより下にいるみたいだ。放っておくとせっかくの傷も回復されるだろうな。」
「おいおい……じゃあどうするんだよ。」
「そこでだ──」
*
本能に引きずられそうになりながらもそれに抗い、中央で戦う三人の元へと行こうとする魚人を優先的に攻撃する。魚人との戦闘は返り血を浴びることも多く、血に反応して何度か意識を奪われそうになったもののアリスが槍で戦う様子を見て我に返った。
──槍、使えたっけ?
黒騎士となったチェシャでは魚人は雑魚でしかない。故に出来た脳の余力が彼に思考させる。記憶にあったのは八百万の店内にあった短剣を危なっかしい手つきで触っていた光景。少なくとも第一試練でのアリスはとても武器の扱いに長けている様子ではなかった。考えれば考えるほど分からなくなるアリスの秘密。いくら考えても答えのない問いを諦め、魚人を一体串刺しにして新たな槍を生み出すさながらボイド達の様子を横目に見る。
そして、意味ありげにこちらに視線を送り続けるボイドに気付いた。目が合ったことに気付いた彼はチェシャに手招きする。手招きするボイドの両の手に錬金砲がないが、代わりにチェシャに向かって駆け寄って来るソリッドの手に握られていた。
ボイドの意図を理解したチェシャはソリッドと場所を変わる前に突き立てていた予備の黒槍を少なくなりつつある魚人に投擲してその場を下がる。
「お願い。」
「任せとけっ!」
錬金砲を乱射しながら魚人の集団を相手取り始めたソリッドを尻目にボイドの元へまでチェシャは下がってきた。
「どうしたの?」
「あそこにある穴は見えるか?」
「ん。見える……あぁ。」
ボイドが指を指した場所に穴があることを確認したチェシャが頷きを返す。どうじに彼の一時強化された魔力感知が穴の中にいる存在を感じ取っていた。
「分かるのか?」
「なんとなく。倒しに行くんだよね?」
「そうだ。だが、私たちはここで奴らの足止めだ。クオリアのこともある。悔しいが満身創痍の私たちではチェシャ君の足を引っ張りかねない……すまないが──頼めるか?」
「それが俺の仕事だし、寝てた分は取り返すから。」
「ありがとう。」
ボイドはチェシャの働きがすでに十分であることを理解しつつも口には出さずお礼と共に彼を送り出す。チェシャは片手をあげてそれに応えてからひょいと穴に飛び込んでいった。まるでおつかいを頼まれた時のような気軽さで。
「……まったく、自分が嫌になるな。」
「──はぁ、はぁ……終わったなら来てくれよぉ!」
「すまない! すぐ行く。」
身の毛もよだつ威圧感を発する海蛇の元へ行かなくて済んだことへの安堵とそんな海蛇の元へ向かったチェシャの助けに成れないことへの罪悪感。所詮凡人だという実感に苛まれつつも自分の出来る仕事をこなすためボイドは指に魔力を灯した。
六章については最後の投稿の後書きに記載致します。




