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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第五試練:渦巻くは覇者の息吹
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深海

 大きな水柱を立ててクオリアが地下三階の池に着水。すでに陸に上がっている彼女以外の四人はその様子を確認すると、示し合わすように頷いてチェシャとソリッドが池に飛び込む。

 水に落ちたクオリアの鼻からポコポコと泡が浮き上がって水面で破裂する。池に飛び込んだ二人はそれを目印に彼女がいる場所まで泳いで池へと潜った。池の中にも光る水晶があるせいで池の中は明るい。クオリアの姿は二人の目にすぐ映った。


 水中で二人は顔を見合わせるとクオリアへ向かって泳ぐ。彼女の元にたどり着いたそれぞれ彼女の腕を片方ずつ持って、水面に向かって反転。急いで陸へと向かう。鎧のせいで簡単にはいかなかったがクオリアを引き上げるのは二度目。彼らも手馴れていた。


「「ぷはっ」」

「ぱはぁぁぁ……! はぁっ、はぁっ、生きた心地しないわほんと。」


 アリスとボイドが待つ陸地まで無事に三人は浮き上がり、げんなりとした顔のクオリアを二人に預ける。


「……大丈夫か?」

「昨日よりは……ましね。」

「あはは……。二人もお疲れ様。」

「おうよ。そのうち乾くんだろうけどよ、濡れるのって慣れねぇな。」

「炎使ってたら勝手に乾く。」

「……確かに。」


 クオリアを引き渡したチェシャとソリッドも自分でも陸へと上がって濡れた服を絞っている。クオリアの息が整うまで軽い休息を取った彼らは改めておそらく最下層であろう地下三階の景色を見渡した。


 相変わらずの水壁が形作る迷宮。しかし、水晶の光量に加えて天井に生えている水晶の密度の二つが減っているのだ。その結果できるのは水底のような場所。彼らは知らないであろう深海のような暗い世界。水晶の密度も単にばらばらなのではない。通路がある天井にだけびっしりと寄せられている。加えて水晶は天井にある窪みに埋め込まれている形で生えているものだから降り注ぐ光はほとんど水壁には差し込まない。通路だけが二階と変わらぬ明るさを保っていた。


「これ、奇襲にもっと警戒、いるよね?」

「……そうだな。」


 暗い水壁を見てげんなりとするチェシャにボイドは前衛にかかる負担を想像して頷いた。同時にボイドはもし睡眠を二階ではなく三階で取ろうとした場合を想像して胸をなでおろした。所詮結果論に過ぎないが、視界の悪いこの場所で休息をとっていたなら、見張り役にかかる負担が大きく十分な休息をとれなかったに違いない。


 池があった広間を出て水壁の通路を歩く五人の足は遅い。正確には先頭のチェシャの足が遅く、その影響が後ろにも出ている。けれど、それを指摘する人もいない。皆、この暗い道を先導して歩くことの負担を分かっているからだ。


「……大丈夫?」

「……大丈夫……多分。」

「たぶんって……。」


 代わりに、険しい顔のまま歩くチェシャを案じたアリスが彼に声をかけた。チェシャは振り返らぬまま芯のない声で返事を返すが、当然アリスは彼の答えに眉をひそめる。


「慣れるまで、これで。」

「そ。」


 今度は芯の通った自信のある声。心底納得がいかないと冷たく一文字を相槌だけを打つアリス。後ろの三人は二人の会話にひやひやしながら警戒を続ける。


「──ん?」

「どうした? ソリッド。」

「……多分気のせいだ。」

「……? そうか。」


 ソリッドは赤い光を見た気がした。しかし、あまりに一瞬のことだったので気のせいは気のせいとボイドに首を振る。


「──っ! 来るよっ。」


 彼らの会話から一拍置いて水流が水壁の中で暴れる音を捉えたアリスが暗い水壁に向かって銃を構えた。彼女に遅れて四人も各々の得物を彼女の銃口が狙う場所と同じ場所へ構える。


 水飛沫、暗がりから跳ねる。飛び出した影が水晶の光に晒されて剣魚の姿形をあらわにした。


 ここで不幸だったことを述べるならば、暗がり故にアリスが気付いた時点で剣魚の上顎は水から飛び出していた。そして、遅れて気付いた四人が得物を構えた時点でことは起こっていたのだ。


 水飛沫とほぼ同時に上がった銃声。近距離射撃が剣魚の上顎とかち合って、スパッと弾丸が綺麗な断面を見せて両断された。


「──っ!」


 その一部始終を全て解したアリスの目がいっぱいに開かれ、広がった彼女の視界が腕と腕についた丸盾で覆われた。


「ぐっ──! うっ──!」


 血飛沫。いともあっさりと彼女をかばった腕と盾は剣魚の上顎に貫かれる。腕と盾の持ち主であるチェシャが痛みに顔を歪ませながらも、瞳には戦意を滾らせて身動きの取れなくなった剣魚を槍で貫いた。

 生暖かい液体で顔を汚したアリスは思わずその場に立ち尽くす。


「っううぅぅぅ──。」


 そして、痛みに呻くチェシャを見て我に返り、彼の元へ駆け寄った。


「チェシャ──!」


 どくどくと彼の腕から血が流れて、腕から手へと伝い地面を汚す。鋭い剣魚の上顎がなまじ細いせいで傷口は小さいが、風穴があいているのだから血が止まるはずもない。


「患部を見せろ。」

「んっ。」

「骨ごと、か。繋がってはいるが……、とにかく、出血を……。ソリッド! 包帯をよこせっ!」

「お、おう!」

「警戒でいいわよね?」

「ああ。」


 チェシャを中心にバタバタと動き出すボイド達。アリスはやることが見つからず、クオリアのいる方向と反対側を警戒する。


「ごめん、ボイド。しくじった。」

「仕方がない、今は大人しくしていろ。左手は使えなさそうか?」

「っ。力入れるのは、無理。」


 チェシャが指を動かして握り拳を作ろうとしたが、指先が一瞬動いただけで彼は痛みで力を抜いてしまう。少なくとも、使い物にならないだろう。


「そうか……。」

「ほいっ! 消毒液と、包帯!」

「よし。」


 ソリッドから道具を受け取ったボイドが手早く処置を行う。消毒液を綿ので出来た細棒に付けて、患部を消毒して包帯を巻きつける。本当にただの応急処置だ。肉はともかく骨を持っていかれては自然治癒に頼るのも難しい。本来ならチェシャがいつ絶叫したっておかしくはないのだ。座り込んで処置を受ける彼の顔はただただ苦痛でひどく歪んでいた。


「んぐっ──。うぅっ──。つぅぅ──。ふうぅ──。」


 包帯がチェシャの腕を一周する度に彼が痛みで呻き、呼応するように四人の顔も曇る。


「とりあえず、これでしまいだ。」


 包帯を巻き付け終えたボイドが立ち上がって仕切り直すように手を叩くが場の空気はそんなことではどうしようもないくらいに重かった。

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