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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第一試練:響くは獣王の雄叫び
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探索・深緑の森・3

 

 朝、チェシャはハルクの家の庭で槍を振るっていた。槍を動かす度、体を動かす度、赤髪から汗が舞う。


「朝からがんばるね」


 その後ろから声をかけたのは亜麻色の髪の少女アイス。彼女の髪は顔を洗った直後でまだ括られていない。


「どうしたの? こんな早くからそんな準備万端なんて」


 普段はそうでないのか、チェシャが意外そうに言う。


「ちょっと試したいことがあって……手伝ってくれる?」



 *


 再び、深緑の森に潜る五人は第一階層を順調に進み、第二階層への階段を降りていた。


「昨日は寝てしまってすまなかった」

「別にいいよ。寧ろ頑張ってた。だから、今日もよろしく」

「そこは容赦ないんだな」

「あったりまえよ、流石に数が多いし、さぼりを抱えてるほど余裕じゃ無いわよ」

「そうだ、そうだー」


 クオリアの言葉にソリッドも便乗するが、彼女はぎろりとソリッドに視線を移した。


「ソリッドは早く黒虎に攻撃当ててくれる?」

「オレだけじゃなくてアイスにも言えよぉ!」

「こんな可愛い子に戦いなんて危ないものさせるわけにはいかないわよ。ねー?」

「う、うん」


 打ち解けてきたと言うべきか、行動とは別に言動は軽く、雰囲気は明るかった。


「茶番はさておき、アイス君。君の提案だが、とりあえず第二階層で試す形で良いか?」

「ええ、ぶっつけ本番は怖いしそっちでお願い」


 階段を降り切って、再び広がる森。


「階段前からお出ましとは」


 そして、そこに現れる二匹の黒虎。


「さっきすれ違った探索者はこれに追われてたんじゃ無い? ボロボロだったし、急いでたし」


 チェシャが考察を述べる。二階層への階段を降りる途中、ぼろぼろの探索者の一党とすれ違っていた。

 基本的に探索者同士は不干渉。あくまでそれだけだ。


「私も同意見だが、全く、周りも考えて欲しいものだ」

「でも、今はちょうど良い!チェシャ!」

「りょーかいっ」


 チェシャが駆ける。そして、アイスもそれに追随する。


 一匹の黒虎がチェシャに相対し、その鋭利な爪で引き裂きに来る。


「──っ!」


 息を短く吐きながら、槍をフルスイング。チェシャ自身も隙を晒しながら黒虎の爪を大きく弾く。


「そこっ!」


 チェシャの背後から出てきたアイスが一瞬の無防備を晒した黒虎に射撃。


 本来ならば立て直して避けられるそれを近接武器のリーチ並みの近さから発射されては避けることなどままならず、それを受ける黒虎。


 血を流しながら倒れたそれを見ずに、縦に並んだもう一匹に駆ける二人。

 黒虎は後ろに隠れる相手を嫌ってか、その列を横に回り込むようにステップ。


 すると今度はアイスが先頭になって駆ける。


 近接武器を持たない彼女から突撃してくるのは遠距離攻撃を持たない黒虎にとっては獲物に過ぎない。


 チェシャよりも大学の小さなアイスを見て、好機と口を大きく開き飛びかかる黒虎。

 その口はアリスの小柄な体ならば簡単に食いちぎりそうだ。


 対するアイスは僅かに怯えながらも急停止、からの屈んで発砲。

 黒虎の腹の下から弾丸が襲いかかり、腹から血を噴出させる。


 しかし、腹に弾丸を食らっても速度が落ちるだけで黒虎の体勢は変わらない。

 アイスの頭の上から出てきた槍が、顔に命中。動きを強制的に止める。


 力なく崩れさり、体を霧散させる黒虎。

 それを見届けてから勝利の証と言わんばかりに二人はハイタッチを交わした。


「はぁ〜……怖かったっ!」


 目の前で黒虎の口を開けた姿を見たアイスが、体を震わす。


「よくやろうと思ったね」

「これだけ近ければ外さないから」


 その二人に駆け寄る三人。


「素晴らしい精度だな。度胸と連携が要るのに……一匹目はともかく、二匹目のやつは流石にこっちが心配にはなったが」


 ボイドが二人を褒める。


「ボイドー。オレも出来るかな」

「お前は役割的に向いてない。あれは遊撃手として動くアイス君だからで、お前は砲台だ」

「くそぉー」


 ボイドは褒めていたのだが、ソリッドにとってはあまり嬉しくなく、不満げに声を漏らす。


「これなら第三階層でも戦えるわね」

「確かにそうだが、もう少し経験を積もう。この階層で出来るだけ様々なパターンを試すべきだ。命は一つしかない」


 ボイドはクオリアに同意しながらも堅実的な意見を主張する。


 堅実的とはいえ、正論なのは間違いないため、五人は暫く第二階層を探索することになった。



 *


「しゃあー! リベンジだぁぁ!」


 再び第三階層を探索する一行。

 遭遇するのは黒虎三匹と大ガエル一匹。


「焦るなよソリッド、私たちで大ガエルを止める。黒虎二匹はチェシャとアイス。もう一匹はクオリア、頼んだ。散開!」


 ボイドの声を皮切りに一斉に場は動く。


 ソリッドが大ガエルに接近して、ナイフを突きつけ、行動を遮る。その後ろでボイドは印を書き始めた。


 クオリアは何度も繰り返した対面に余裕を持って黒虎を捌く。


「牽制、よろしく」

「うん!」


 飛びかかってくる二匹にアイスは地に伏せ、チェシャは槍を長く持ってフルスイングで一周。一匹に当たって失速しながら、もう一匹には避けられる。


 跳ね飛ばした一匹に伏せたアイスがそのまま何発か発砲。


 全弾命中とはいかずともそれによって黒虎は動きを止めて霧散し始めた。


 二匹目の無防備なアイスへの攻撃はチェシャが割り込み、槍を口に噛ませて防ぐ。


 ──怖っ!


 チェシャが守ってくれると分かっている。それでと目の前で恐ろしい牙がガチンと鳴らされるのはやはり怖い。


 恐怖を振り切り、すぐさま立ち上がったアリスは弾を詰め替える。


 チェシャは槍を短く持って取り回しを良くして、黒虎に的確に傷を負わしていく。


 黒虎の動きも鈍り、距離も近い。

 アイスは外しようのない止めの一撃を与えた。


 その間にボイドが動きを鈍らせた大ガエルをソリッドが丸焼きにし終えていた。


 残り一匹はチェシャとクオリアとアイスが丁寧に倒して霧散させた。


「二人ともお疲れ様っ」


 チェシャとアイスの背を叩きながら労うクオリア。


「ありがと、クオリアもお疲れ様」

「ソリッドとボイドもね」


 チェシャはクオリアの労いに親指をたてて答えると三人の方に来たボイドとソリッドに労いをかける。


「急造とは思えないほどのコンビネーションだな。これは頼りになる」

「うん、これなら行けると思う」

「だが、無理は禁物だ。稼ぎのこともある。ここなら人も少ないだろうから採取物も多いはずだ。ある程度採れたら一度撤退しよう」


 門番に挑むわけでもないのだから、無理もいらないため、戦闘は控えめに採取を優先に行うこととなった。



 *


「たいりょう、たいりょう!」


 第一試練の中で最も危険なエリア。

 それすなわち人の手が付いていない素材の宝庫でもあった。


 自然豊かなここは多少採られようとしばらくすればまた沢山の果実や植物を作り出す。

 採取したそれらを抱えてご満悦なソリッドの姿。


「抱えてないでこっちに寄越せ、それで戦えるわけないだろう」


 バックパックからさらに空の肩掛け鞄を取り出してソリッドの持つ採取物を要求する。


「ボイドー、このオレンジのやつ、一つ食って良い?」

「それは……皮を剥けば食べれるな、手でも頑張れば剥ける」

「じゃあこれだけ……うわ、汁がベトベトじゃん!」

「果汁がベタついていない方が珍しいぞ」

「くっそー、騙された!」

「騙すも何も無いんじゃないの……?」


 思わずツッコミを入れながらアイスは口に手を当てて笑う。


「こっちもこの木の幹、分割すれば持って帰れるかしら?」


 携帯用の斧で手頃なサイズの木を刈っていたクオリアが振り返る。


「それも持って帰れる範囲で持って帰ろう」

「りょーかい!」

「ボイド、敵いる。多分黒二匹とカエル二匹」


 採取に勤しむ四人達とは別に周囲の警戒を担っていたチェシャが報告する。

 彼の視界には報告通り、二匹の黒虎と同じく二匹の大ガエル。


「こちらに気付いているか?」

「気づいてない」

「階段も近い、あれの温存も要らないな。ソリッド、これを使え」


 そう言っていつもの火炎放射用の瓶ではなく、中身が黄色く濁った瓶を投げ渡した。


「お、良いのか?」

「一本ならな。周りに人もいない、ぶっ放せ」

「任せな!」


 ソリッドはその中身を機械グローブに流し込む。

 すると、グローブが駆動音を立てて震えだす。

 その音はラクダもどきを思い出させる騒音だった。


「大丈夫なの? あれ」


 その様子を見て心配そうにするアイス。


「中身が中身だからな……それに、あれの被害を受けるのはあいつらだ。気にすることはない」

「しゃあー! とっておきだぁ!」


 狙いを定めてボタンを押すソリッド。


 発射されたのは不定形な黄色い物体。それは黒虎の近くに着弾する。


 黒虎がそれに気付いて警戒する瞬間。


 ドォン!


 それが爆ぜた。


 ドドォン!


 飛び散ったそれをまた爆ぜる。その繰り返しを短時間に何度も。


 まるで小さい花火のようなそれは黒虎にも及び黒虎の体の一部を吹き飛ばしながら次第に収まっていった。


「……」


 唖然とするチェシャとアイス。


「とまあ、あんな感じになるな。これに関しては得られる効果も大きいがお金が一瞬で消え失せるからな……」

「そういうことを言いたいじゃないわよ二人は……」


 呆れるクオリアは二人に同情する。

 あれは戦闘というより殲滅に近いのだから。

 楽はできても思うところはあるだろう。


「ん? そうなのか。それより、まだ大ガエルが残っているから頼むよ」

「分かった」


 切り替えて大ガエルを倒しにいくチェシャ。

 対して先程の爆撃に萎縮している大ガエルの動きは非常に悪く、簡単に倒された。


 黒虎の体は分離されたからか、頭しか残っていない黒虎が霧散せずに残っている。チェシャは複雑そうに牙を解体した。



 *

 今日もまた無事に帰還したチェシャ達。

 ボイドの秘密兵器によって倒された黒虎の牙を納品するためにバー・アリエルにやって来ていた。


「おお、こいつはかなり綺麗じゃねぇか。どうやって取ったんだ?」

「ノーコメント」


 傷ひとつない牙を見て喜ぶサイモンにチェシャはまた複雑そうな顔をして返事した。

 狩りよりも殲滅に近い攻撃で得た素材が綺麗と言うのも皮肉らしい。


「おっと探索者なら一つや二つ隠し球があるもんな。言わなくて良いぜ、こいつはちゃんと渡しとくよ。あと、ついでに鱗粉の報酬もここで渡しとくな」

「ん、ありがとう」


 普通に売るよりは少し多めの金額と少量の粉末製の毒薬が入った小袋。

 それらを受け取ったチェシャが鞄にしまってから四人のいる席に着いた。


「門番までのルートも一応確認できた。そこまでに遭遇する迷宮生物もなんとかなる算段もついた。そろそろ門番に挑もうかと思っているのだが、どうだ?」


 ボイドが話を始める。


「今日の採取物で稼げたし、色々新調して整えたら、行っても良いかな」


 チェシャの肯定の意見。


「そうね。あたしも予備の大盾は欲しいわね」

「オレはいつでもばっちこいだ!」


 二人の肯定。


「わたしも……大丈夫よ」


 少し言い淀むがボイドはそれに気づかなかったようで、首を縦に振って満足そうにする。


「なら、明日は準備のために休みを入れよう。チェシャ君、組合で門番の情報を調べておいてくれ。こちらにもあるにはあるが、組合からの方が信憑性が高い」

「分かった」

「なら今日は解散だな。次集まるのは明後日だ。その時は頑張るとしよう」


 四人はそれぞれ頷きを返した。




 *


「チェシャさん、今日はどのようなご用ですか?」


 翌日、探索者組合にてアルマに第一試練の門番について聞きに来たチェシャ。


「昨日深緑の森の第三階層まで潜った。だから明日には門番に挑むつもり、今日はその情報を聞きに来た」

「……もう、第三階層にまで到達したんですね。黒虎が複数出現するので、かなりの探索者さんが諦める一因ですが、それを短期間で攻略するなんて」

「仲間のおかげ、だよ」


 チェシャは誇らしげに言い切った。


「ふふ、良いお仲間に出会ったんですね。そうですか、では少しお待ちください」


 アルマは席を立ち、資料室に入っていった。

 そして、少し待つと紙を抱えて帰ってくる。


「こちらが、第一試練の門番。獣王ゼルケルクスです」


 紙に描かれた姿は巨大な熊の如き大きな体格。

 赤いライオンの様な鬣。

 手から伸びるのは鋭利な爪。

 そして、二足歩行である事。


「これ、どのくらい大きいの?」

「私も見たことが無いため具体的なことは分からないのですが、対峙した人曰く、小さな家くらいはあると」


 アルマが身振り手振りで大きさを説明しようとするが、彼女の体格もアイス相応。

 微笑ましいものにしか見えない。

 頰が緩むのをチェシャはなんとか堪えながら言葉を返す。


「家、か。ビッグディアーよりも大きいね」

「ええ。その強さはその大きな体のタフさ、そして長い腕から繰り出される長いリーチの鋭利な爪による攻撃です。また咆哮には人に耳にしたものに恐怖を与えると」

「さらに、追い詰められると黒虎を呼ぶそうです。数は不明ですが、三体以上は確認できていません。後、注意事項なのですが……」


 そこまで言ったアルマはチェシャの様子を見る。これ以上彼に話を覚えてもらうのは難しそうだった、


「また写し、もらっても良い?」

「ふふ、実はもう作ってます」


 三度目であるため、わかってきたアルマが持ってきた紙の束から手書きの写しを渡してきた。


「超能力?」

「何度目だと思ってるんですか?」


 さしものアルマも苦笑する他なかった。


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