新装備
巨大ミミズが最後に残した被害の後処理は不完全ながらも一区切りをつけた。
後処理と言っても服を洗うために水を使うわけにもいかない。そもそも水程度で粘液が落ちる気配もなく、着替えを済ませて他のものに匂いが映らないように袋に詰めて隔離しただけの話。
しかし、要所を部分的に守る胸当てなどの小型の防具の身をつけているアリスとソリッドは解決しても、チェシャの皮鎧は脱ぐわけにもいかず終始鼻が曲がっていた。
巨大ミミズの死体も魔力へと帰り、五人の体に幾分か流れ込む。
すると、天井に吊るされていた黒い球体から何かが押し出されたように飛び出す。慣れたように落ちたそれを拾い上げたボイドが満足そうにうなずき皆に掲げて見せた。
それはまさしく鍵の形をしていて、大きさはボイドが握りこぶしを作っても膨らみが出来ない程度。
「それが、鍵?」
「見ての通りだ。実際に鍵穴を見ていないからまだ分からないがこれで三つ揃ったな。」
「すぐに終わったはずなのに何だか疲れたわ……。早く帰らない?」
「そうだぜ、早くチェシャを何とかしないと俺らまで鼻が曲がっちまう。」
「……悪かったね。」
「あっ、そういう意味じゃねえって!」
唯一粘液でまみれたままの防具を着たままのチェシャが不貞腐れて黒門の外へと歩いて行く。
「チェシャ君、待ちたまえ。もうすぐ起きるはずだ。」
「え? なに──」
ボイドに呼び止められて振り返ったチェシャの言葉は言い切ることなく五人の姿とともに搔き消えた。彼らの視界は水晶で満ち溢れた洞窟から探索者で溢れる神の試練の入口に移り変わる。
夕暮れ時なので第一試練で慎重に立ち回る者や採取のみで日銭を稼ぐことに注力しているものが町へと帰ってきているところで今から迷宮に入ろうとする者は見当たらない。チェシャたちがよく目にした光景だった。
急に飛んできた彼らにはぎょっとした探索者たちが、チェシャから匂う異臭に顔を歪ませ急いで離れていく。
「……帰る。また明日。」
「わ、わたしも帰るね。また明日っ。」
目の前で人から引かれるのが答えたようで肩を落としながらとぼとぼと歩いて行くチェシャと彼を慌てて追ったアリスの二人が先に帰路に就く。
彼らを見送ったボイド達は顔を見合わせて誰からともなく吹き出した。
「くははっ。申し訳ないがあれは笑ってしまう。」
「オレも我慢すんのきつかったぜ、っぶはは。」
「ぷっ、笑っちゃだめよ二人とも。」
「クオリアだって笑ってるじゃねーかよ、ぷ、くく。」
抑えきれずに誰もが笑いを漏らし続ける。思い出し笑いを繰り返してボイドが笑いをこらえようと頬を引きつらせながらチェシャと同じ異臭を封印している皮袋を持ち上げる。
「ソリッド。これを洗濯屋に出してきてくれ。金はこいつで足りるよな?」
「オレいくらかかるとか知らねぇ。」
「なら、あたしが出してくるわ。ちょっと寄りたいところもあったし、今日は大したことしてなもの。」
「そうか? じゃあ頼んだ。私が出すべきところなんだが用が入ってな。」
「何の用なんだ?」
ソリッドが尋ねるとボイドはソリッドの持つ増幅器に目線を向けた。ソリッドが彼の視線を追って自身が身に着けているものに気付いて首を傾げる。
「ボイドの魔力じゃこいつは使えないんだろ?」
魔力バカと言われるソリッドでさえも増幅器を用いた最大出力は二発が限度。出力を下げればその限りではないにせよボイドが使うには魔力が圧倒的に足りない。
ボイドの持つ魔力は一般的な魔術師よりも少ない。一般的な魔術師というのは魔術学院を卒業したもので魔力の量は朝から晩まで迷宮に潜れば果てる程度。対してボイドは抗戦するたびには使えない程度の魔力量だった。
「ああ。別のものだ。いい加減お荷物を卒業しないとならん。」
「あら、あたしには何かないの?」
「お前はお前で何かこそこそやってるじゃないか。言えば費用くらい出したものを。」
「あはは……気づいてたの?」
「部下の動向は上司が把握しているものだ。」
「気持ち悪っ。」
「なんだとっ……!?」
悪戯がばれた子供のように気まずげに笑ったクオリアが顔を逸らして言い返し、ボイドは真面目に言った言葉で悪印象をもたれたことで肩を落とす。
肩を落として落ち込むボイドは気付かなかったが、彼女が照れるようなしぐさを見せたのはソリッドが目にした機会は少ない。故にクオリアが顔をそらすことの珍しさでソリッドは目を丸くしていた。
*
リィンと響いたベルの音。
バーアリエルに入店したボイド、クオリア、ソリッドの三人。カウンターで出迎えたシェリーが彼らの姿を見て、目を見開くも直ぐに力の抜けたいつもの姿勢に戻って先には入店していたチェシャ達の席に手を向けた。
「お二人さん、来てますよ。」
「了解した。注文は……コーヒー二つとミルクで頼む。」
「承りました~。」
ベルの音でボイド達の来店に気付いていたチェシャとアリスも彼ら──特にクオリアとボイドの装備──を見てチェシャは目を輝かせ、アリスは不思議そうにする。
二人がそんな様子になるのも無理はなく、ボイドの腰に差しているのはかつてソリッドが持っていた錬金砲、その小型版。それも二丁。腕に嵌めて使う前とは違ってマスケット銃に発射口を別で取り付けた細長い形をしている。
クオリアが来ている鎧も合金の鋼色をした全身鎧が大盾と同じく純白で染められ紫のアイリスの花の意匠が左胸と背中に施されている鎧に様変わりしていた。
「ボイドっ、それ見たい!」
「二人とも、どうしたの?」
ボイドの錬金砲に目が釘付けなチェシャが彼に駆け寄り、アリスは苦笑しながら席から立ち上がる。態度は違えど新しい装備に興味が沸いている二人。
店に来る前のソリッドと同じ反応を見せる二人にボイドは誇らしげに新しい錬金砲を腰から外して見せた。
「威力を落として持ち運びに重点を置いた。増幅器の仕組みも流用しているから準備をすればまあまあな威力は出る。魔力を食うから基本的には前と変わらん使い方になるがな。」
「これ、どこから瓶の中身を入れるの?」
「そこが改良点だ。」
よくぞ聞いたと言わんばかりに錬金砲を逆さにしてから引き金の近くにある栓を引き抜き、砲身の下部を取り外す。
そこには弾倉に詰まった弾丸のように細長い瓶が差し込まれていた。瓶の中身はボコボコと泡立つ赤色の液体が封入されている。
「これ、蓋が閉まってるのにどうやって撃つ気?」
「迷宮でまた見せるが蓋が少し特殊なんだ。こっちならあらかじめ装填できる。前と同じように液体を流し込むことでも使えるようにはなっている。」
砲身の上部にある蓋を外しながら説明することボイド。
チェシャは彼の説明を熱心に聞きながら手に持ったり構えたりと良い反応を見せているのでボイドの口角も吊り上がっていた。
勿論、そんな物騒なものを構えられているのだからカウンターにいるシェリーは気が気でない。
普段は半分ほど閉じている目をぱっちりと開け、コーヒー豆を煎りながら心配そうに耳をそばだてていた。
「逃げ出してきたころにお金が無くってね売っちゃったんだけどここまで流れてきたみたいで買っちゃった訳。」
「へぇ~。でも、クオリアってあっちの国から逃げてきたんでしょ? これ着てたらバレちゃわない?」
「だから、花の意匠を入れてもらったのよ。ここにはあっちの国の象徴、鳥のシンボルがあったからそれだけ消してるわ。」
盛り上がる男性陣の傍らでアリスとクオリアが新しい鎧について話をしていた。
鎧を取り戻した過程は実のところかなり複雑でお金に余裕のできたクオリアがサイモンの仲介で知り合った商人に依頼。
無論、身分を悟られないよう追っ手を演出して行い、手に入れた鎧を今度はミスリルの加工でお世話になったザクロに依頼。
意匠が施された部位を全て溶かしてインゴットにしてから余っていたミスリルとの合金で再鍛造と随分面倒な回収方法になっていた。
鎧関係の話はボイドにしかしていない。目の間前の少女に心配されぬようクオリアは噓を混ぜて説明をする。
「やっぱり思い出が残ってるの?」
「そうね……沢山あったわ。」
懐かしそうにクオリアは虚空に目を向けた。敬愛する主人を失ったのは彼女にはつらい思い出であり同時に新たな旅路の入り口でもあった。懐かしい思い出だと言い切れるくらいには既にクオリアの中で折り合いはついている。
「そっか。まだあっちの話聞きたいことあるからまた教えてね。」
「良いわよ。ボイドから大通りのパンケーキの店を奢ってもらう言質も取ったし、お茶しながらしましょうね。」
「ほんとっ!? あそこ、行きたかったんだぁ!」
「……っよし、そろそろ今日の話をしよう。今日中に大迷宮にはたどり着きたいからな。」
隣から聞こえてきた話にボイドが苦い顔を浮かべ話を打ち切ろうと両手をパンと叩く。丁度シェリーが注文をトレーに乗せて運んできたので、五人は改めて席について打ち合わせを始めるのだった。