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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第五試練:渦巻くは覇者の息吹
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呪いの跡

 病院内の個室の一つ。白で統一されたベッド、布団、カーテン、棚、来客用の丸椅子に机に囲まれた赤髪の少年は布団の中で退屈そうに窓の外を見ていた。真昼の太陽や、青空に浮かぶ白い雲の行く先を目で追って、雲を貫き伸びる塔にまで目線がたどり着くと不満そうに息を吐いた。


「……元気だって言ってるのになぁ。」


 緊急治療を済ませたチェシャに外傷はほとんど残っていない。治療に使ったお金もボイド達がどうしても出すとのことで五人の共有財産から半分、ボイド達のポケットマネーから半分という割合で払われていた。彼が居る病室も共同ではなく個室。もちろん安くはない。

 しかし、その過保護の理由は彼の背中にあった。


 服を着ているので今は見えないが、彼が黒騎士の姿となった時の同じように背中の中央部分が黒く硬い皮膚に変化している。そして、それが元に戻る気配もないので四人、主にアリスの力説によってチェシャは半ば強制的に病室に居た。


 彼が塔を見てはため息を吐くのは四人は休むのではなく迷宮に赴いているから。しかも第五試練。そんな日が十日も経っているのでチェシャの鬱憤も溜まりに溜まっているのだ。さらに、ご丁寧なことに毎晩アリスがチェシャのもとを訪れて今日の出来事を報告していた。

 もちろんそれは彼にとってもありがたいことだったが、蒼の森の黒い門の先にいた変わった忍者カエルや、巨大な池を水面に浮かぶ(はす)で渡る迷宮に居た水面を走るダチョウの存在。


 そんなものを聞いて吞気に病院でぐうたらしていられるような性格ではないチェシャが大人しくしていられるかといえばもちろん否。しかし、抜け出そうにも彼の武器はない。斧槍は投げ捨てたし、黒槍は今は使えないし、携帯用の手槍だけでは心許ない。八百万のザクロが作っているらしいミスリルの槍もアリスに釘を刺されて引き渡してもらえなかった。


 あまりの過保護さに店ではうなだれたチェシャも、病院で目を覚めた時のアリスの号泣を思い出しては彼女に強く言えなかった。


「これ、多分治んないしなぁ。」


 チェシャは棚の引き出しから簡素な手鏡を取り出し、背中をまくって様子を見る。変わらず残る黒い皮膚を確認すると手鏡を布団に放り投げた。チェシャ自身は承知の上の代償。一時的に不完全な黒騎士への変化することと引き換えに急速に人外へと至る呪文。言葉通り呪いの文。

 しかし、それを伝えては彼が目覚めた後のアリスからして次の呪文が許可されると思わなかったチェシャが代償の所以を隠していた。

 皆を、アリスを守るために呪いを行使したチェシャとチェシャを守りたいがゆえに引き留めるアリス。綺麗な対比が出来ている。


「隠してちゃ無理かぁ。」


 チェシャは今日も夜まで代償の存在を伝えるか否かで悩み続けるのだった。


 *


 一方そのころ、チェシャ以外の四人は第五試練に存在する三つ目の小迷宮、水晶で満たされた洞窟を探索していた。


「ソリッド、お願い!」


 銃弾で通路の大部分を占拠する水晶の甲殻をもつ(さそり)を引き寄せながらソリッドのもとへと誘導するアリス。クオリアとボイドはアリスたちが相手をする蠍とは違う個体、反対側の通路から襲い来るものを迎撃している。つまるところ、挟み撃ちにあっていた。


「……爆発(explosion)……連鎖(chain)……射撃(shot)──!」


 ソリッドの詠唱を聞いたアリスがバク転でソリッドを飛び越えながら彼の背後へ、その後にドォォン──!と指南性の与えられた爆発がソリッドの手から噴火のごとく解き放たれる。猛烈な衝撃と熱が蠍の水晶の甲殻を消し飛ばし、風穴を開ける。即効性はないものの、威力だけは間違いなく五人の中で随一の一撃をただの硬さが売りの迷宮生物ごときが耐えられるわけがない。死体と化して力なく崩れる蠍に目もくれず、ソリッドは急いでクオリアが相手をする蠍に向けて駆ける。


 クオリアとボイドに有効打がないから、というのも彼が急ぐ理由の一つだが、もっと大きいものがあた。


「やっば、来たよ。」


 険しい顔のアリスの視線の先には数匹の蜂、どこかで見た機甲虫ではなく水晶の蜂。大きさも侮れないとはいえ拳大と大したことのないもの。しかし。


 ィィィィン──!


 アリスたちには辛うじて聞こえる高さの高周波。うるさいというよりは煩わしいと思うくらいのそれが鳴り響く。既に蜂たちは柄の銃撃を終えたアリスによって二匹に減らされていた。


 イィィィィン──!


 反響ではなく、こだまのように、返事のように高周波が帰ってくる。音は鳴りながらこちらに近づいてくる。その音は獲物を見つけた事を伝える死の知らせ。


「チッ。爆発(explosion)射撃(shot)!」


 短縮詠唱。使い慣れた式を暗算し、ステップを踏まずに答えを終わらせる。唱え終えたソリッドの手のひらから起きた爆発が蠍に風穴を開ける。クオリアの退避は住んでいなかったが、彼女には爆風しか飛ばないので、自身の大盾で防いでいた。


「ちょ、危ないじゃないの。」

「そっちには強く飛んでこねーよ。」


 蜂達は四人に襲い掛からず、一定の距離を保って高周波を鳴らすのみ。最初に見つけた蜂は既にアリスの手によって殲滅したものの新たな高周波が近づいている。


「安地まで戻るぞ。」

「ここまで来たのにぃ!?」

「どこにあるか分からない先の安置を見つけるなんてリスクのある真似をチェシャ君のいない今するわけがないだろう?」

「……分かってるわよ、言ってみただけ。戻りましょ。」


 四人は進んできた道を一目散に戻っていく。彼らが走る間にも高周波があちこちから響き続け、同時に何かを削るような大きな切削音も聞こえてきた。その音もまた、彼らに向かって近づいてきている。


「余裕はある。こけるなよ。」

「──あいつ何とかして倒せねーのか? 逃げ回るの怠いんだけど。」

「外ならまだしもここはあいつの庭だ。」

「最初は上から出てきたもんな。ほんとこえーや。」


 四人は急いで走ってはいたものの言葉の端々や、彼らの態度には余裕が見える。まるで何度も行った作業のように慣れている。普段であれば体力管理を間違えるか、そもそも最大値が足りないボイドも随分と余裕そうだ。


 一、二分走った彼らはコバルトブルーの水晶で埋まった洞窟の中に不自然に存在する黒色の水晶の横穴を見つけて飛び込む。人一人が屈まないと入るのが高さの横穴に飛び込んだ彼らは十歩ほど奥まで進むと、切削音が近づいているにも関わらず揃って力を抜いて壁に体を預けた。


「ふぃ~。」

「本当に疲れる場所だな。」

「でも、体力付いたんじゃない?」

「最近はマシになってきたさ。……。」


 一瞬会話を交わした彼らは近づいてくる切削音、横穴の入口のほうを見る。そこには周りの水晶など構わずに噛み砕いて口に入れながら四人に突き進む大口があった。巨大で鋭利な牙をのぞかせる巨大な口は順調に彼らに向かて進んできたが、横穴の黒い水晶には歯が立たず牙が弾かれて、しばらく口を開閉させたのちに大口は向きを変えずに後方へとバックしていった。


「今度こそ落ち着いたな。これで、何度目だ?」

「多分七。」

「横穴に逃げ込めるって知ってても毎回ぞわってするわね……心臓に悪いこと悪いこと。」

「文句は製作者にでも言え。」


 四人が見つけた東に位置する三つ目の小迷宮。全体的に蒼で染まる第五試練の中で入口が黒い水晶でできた洞窟という分かりやすいものだったここは、あの謎の大口含め三体の迷宮生物が生息していて、ソリッドの攻撃と相性が良い蠍を難なく倒しながら進む彼らに現れた攻撃的でない水晶の蜂。四人が音を鳴らすだけで何もしてこない蜂に警戒していると、突然その蜂ごと水晶を食らって上から大口が現れた。そのまま四人も食らわんと迫ってくる大口から入口まで逃げるというループを三回。

 三回の繰り返しで洞窟内に存在する入り口と同じ黒い水晶の横穴に逃げ込めるのではとボイドが提案しようやく進み始めたのが今までの経緯。


 蠍は硬さはあれど攻撃性は低く、こちらがどこかに攻撃する限り防御を優先するので抑えるのも用意で蜂も“大口”を呼ぶ以外は何もしないと、ある意味“大口”が暴れまわるだけの迷宮の中にある三つ目の“鍵”を四人は求めていた。


「進むたびに戻っては進捗がないな……。」


 ボイドは地図を広げながらじれったそうにぼやく、地図には彼らのいる横穴には赤く印が入れられていて、それと同じものが彼らの通った道に三つ存在した。地図の書き方は行き止まりでもないのに不自然なところで止まっていたりと何度も引き返した形跡が残っていた。


「他の誰かがこんな地図見たら笑うぜ絶対。」

「仕方ないだろ。戻るたびに中央に行けそうな道に切り替えているんだ。」

「そこまで道にこだわる必要あるの? 池のやつはほとんど直行できたけど、森の所みたいに遠回りが正解みたいなのあるかもしれないでしょ?」

「一理あるが、今の所それで中央には近づけているし、あのでかい口がもしかすると黒門のほうからきている可能性もある。」

「ふーん。確かにあの口の所為で滅茶苦茶になってるものね。形が変わる迷宮って面倒。」

「でも、その道のおかげで早いんだよね?」

「アリスちゃん、口がいなければ戻る必要ないのよ?」

「あ、そっか。」


 しばらく方針の相談と休憩がてらの雑談で数分間過ごした彼らは横穴から出て探索を再開した。

 それは、チェシャのいない探索の最終日でもあった。


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