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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第五試練:渦巻くは覇者の息吹
132/221

どうして

 チェシャを除く四人が彼を探して再び蒼の森を訪れる。森はソリッドの炎に荒らされたせいで彼らが降り立った場所から一本道に道がずっと伸びている。細い分かれ道も淘汰されたことで迷宮という言葉が似合わない場所になっていた。


「警戒しながら進もうか。クオリアが先と──」

「ボイド、ここなんか変だぞ」


 指示を出そうとしたボイドにソリッドが口をはさむ。不服そうにソリッドの言葉を聞いた彼は辺りを見渡した。しかし、外見上の変化は彼らが荒らした一本道だけ。些細なこととはいえないにしても、それ以上の変化は感じられない。その結論に達したボイドは首を傾げた。


「……何がだ?」

「なんて言っていいかわかんねーけど、空気が薄い? って感じ」

「あっ、私も感じた。多分……魔力が少ないのかな」


 アリスも同意見を示したことからクオリアが焦りを見せたが魔力関連のことと知ると途端に気を抜いていた。その様子をを視界の端に映しながらもボイドが改めて周囲を観察する。今度は外見上ではなく自身の感覚を用いた魔力濃度を気にしながら。


「確かに言われてみれば……」

「あたしにはさっぱりよ。具体的にはどうなってる訳?」


 確証が得れたわけではないようで、自信のなさそうにボイドは言う。異変に気付いたのは人外に属するアリスとソリッド、意識して初めて気づいたボイド、素質がないゆえに知覚さえできないクオリア。辻褄はあっていた。


「魔力は体内にあるものと外界では異なる。だから魔力の多いところでは湿度の高い場所にいる感覚と近い。……だが、多いというのはよっぽどだ。質量があるわけでもなければ、感触もないからな」

「……アリス君は魔力の素質があるのか? ソリッドは分かるんだが……」



 説明してから神妙な顔でボイドが呟きながら思考を巡らせる。

 ソリッドは戦人(ウォーモンガー)だから。同じ理屈ならアリスはなにかしらがあることになる。第四試練にいた森人の村長、ヤヴンがアリスに言及していたのも踏まえれば、と。対するアリスは痛いところを突かれたといわんばかりに苦い顔をしている。


「今はそんなことはどうでもいいでしょう? あたしにはわかんない話だけど重要なのはどうして異変が起きてるか。違う?」

「ああ、すまん。予定通りこのまま現場に直進、アリス君もしあいつが出てきたら対処は任せていいな?」

「うん、任せて」


 話題がそれたことに胸をなでおろし、同時に落ち着けた胸に拳でトンと音を鳴らして意を示す。

 方針も改めて固まったところで四人は足を進め始める。先頭を歩くのがクオリア、最後尾はソリッド。ボイド達三人の動きにアリスを添えた形だった。お陰で一人かけていても進行に支障はない。


「なんもいねーな」


 数分歩いたときにソリッドが呟く。彼の言う通り迷宮生物は一度も現れない。茂みが揺れることもないし、どこからか剣魚が飛来することもない。このまま行けば十分二十分で蛙王と遭遇した広場にたどり着くだろう。


「おかしな話じゃない。迷宮生物は魔力で出来ているんだからその魔力が薄いならば出てこないさ」

「たしかに。でもよ、昨日出てきた奴らすげぇ多かったぜ? 残っている奴がいるだろ」

「……それもそうだが、蛙王に使役されているなら普段のように徘徊する個体は少ないんじゃないか?」

「ふーん、よくわかんねえけど、結果的には楽だな」

「──はあ」


 理解する気がないソリッドにため息をつくボイド。彼らが話している後ろでアリスは不安げな表情をしていた。アリスがボイド達に話したのはチェシャが時間稼ぎをしてくれたということ。実際にはチェシャは黒騎士の姿となり、蛙王を殺しに行くつもりで迷宮生物の集団に飛び込んでいった。蛙王に目をつけられたならチェシャを探すために森の中を徘徊する個体がいるはず。

 その考えが行き着く先を想像したアリスはすぐさまかぶりを振った。しかし振り払おうとした考えはアリスの前から聞こえてきた声で再び引き戻される。


「ねえ、アリスちゃん。チェシャ君って槍は一本しか持ってなかったわよね?」

「……携帯用の手槍なら持ってたはず」

「手槍、じゃあ両手槍はやっぱり一本よね」

「クオリア、何か見つけたのか?」

「あの木、見て」


 クオリアが指さした方向の樹林、そのうち一つ木の幹に彼らが見たことのある黒いだけの簡素な槍が浅く刺さっていた。まるで何かを串刺しにしていたかのように刺さり具合は木に対して甘い。そして、穂先は血で染まっている。誰のものかは言うまでもなく皆が悟った。


「これは……」


 ボイドでも簡単に引き抜けるほどの浅さ。木から抜き取った槍をじっくりと観察する。

 穂先とは反対側の柄の先は尖っていて、不自然なくらいすべてが黒い。材質も木にしては硬く、金属にしては柔らかい。誰かが作ったにしては出来も粗悪。穂先だけはとにかく鋭利とまさに即席の槍だった。


「第四試練のやつと同じね。チェシャくんもあれに成れるんだっけ」

「……うん」

「先に行こう、恐らくほかにもあるだろう」


 四人は広場に向けて足を速める。進めば進むほど鉄臭い臭いと槍の数が増えていく。どれもすでに乾ききった血が付着していて、飛び散った血が木々に、枝葉に、草花にも飛び散っていた。寒色で染まっていたはずの森に赤黒いものも混ざり、幻想的だったあの森は見る影もない。


 黒槍は串刺しの跡だけでなく、鈍器のように叩きつけて絵具をぶちまけたがごとく血が飛び散っているものもある。凄惨、無残、混沌。一言で表すには荒れに荒れすぎていた。


「随分……暴れまわったようだな」

「あたし達を追ってきてた奴もいたけど、もしかしてかなり少なかったのかしら」

「見てないから何とも言えんが、こんな嵐みたいなのが居る時に不届きものに裁きを、なんて言ってられないに違いない」

「……やっぱチェシャはつえーな。──った!?」


 どこか暗い色のある言葉を聞いたアリスが突然ソリッドの頭を殴りつけた。予想外の一撃にソリッドが目を白黒させながらアリスに胡乱げな目を向けて、様々な感情が入り混じるアリスの顔を目にしたとたんに竦みあがった。

 瞳には輝きが失せ、何かを堪えるように唇を噛んでいる。昨日ろくなものを食べなかったアリスの体調が唇にも影響し、荒れていた唇から血の雫が顎にまで伝って蒼の森を(けが)した。


「お、おいアリス?」


 アリスはずかずかとソリッドに歩み寄り彼の胸ぐらを掴んで自身の眼前にまで引き寄せる。ボイド達が誰一人として想像しなかった行動と溢れ出る気迫に三人が押し黙った。


「チェシャがどんな、どんな想いで残ったか知らないのッ!?」

「お、落ち着けよ」


 引き寄せた時にお互いの額をぶつけた痛みにはちっとも構わず、どこから出しているのかと疑うほど普段とかけ離れた低く、荒々しい声が森に響いた。

 感情の濁流、少女らしい一面は影も見えない。どこにそんな力があったのかというくらい簡単に自身よりも背が高いソリッドの体をガクンガクンと揺らす。


「ソリッドだって十分恵まれているでしょう? 十分な力もあるのに、ないものねだりをしたって変わらないッ、自分の役割に甘えて使う魔術を増やすこともしない、そんな貴方がチェシャの何が分かるの?」

「ッ──だからおち──」  


 その揺れに抵抗しながらなんとかなだめようとするソリッドの声は激昂するアリスに遠く届かない。彼の声さえも封殺されている。もしくはアリスのいうことに思うところがあったのか。

 昨日の撤退劇はソリッドが爆炎の魔術印を幾度も描いていたから出来たこと。しかし、彼に豊富な手札があったなら、人外らしい桁外れの魔力と魔法を使うこともできる脳と体のスペックも合わさってもっといい手段があったのかもしれないというのは実に皮肉な話だった。


「チェシャはずっと、ずっと怖がってたッ! でもあの場を切り抜けるにはそれしかなかったッ……。だから、だからわたしは──ッ!」

「あ、アリス?」


 俯いたアリスの話はどこか逸れている。ソリッドに向いていた矛先は反対方向を向いているような。矛先が鈍り、胸ぐらを握る力が緩んだことで余裕のできたソリッドが疑問の声を上げると、どんよりと暗く濁った眼から出た視線が再びソリッドに突き刺ささり、再び胸ぐらを掴む力が戻って来た。


「──どうしてそこまで気にせずにいられるの? どうして貴方には失敗を取り返すために焦るのに、行動には出ないの? どうして──」

「辞めるんだアリス君、今するべき話ではないっ!」

「離してッ!」


 募る疑問と不満にその他諸々のマイナス感情。栓が壊れた蛇口のごとく溢れ出すどす黒い膿を吐き出すアリス。さすがに看過できなかったボイドが後ろから羽交い絞めにしてソリッドからアリスを引きはがす。それでもなおアリスはボイドの腕の中でもがき、ハイライトのない瞳は変わらずソリッドを映している。


「君も気が立ちすぎだ。これだけ暴れたならチェシャ君を追う迷宮生物も少ないはずだし、もともとの狙いはソリッドだ。チェシャ君が尻尾を巻いて逃げたなら無理に追う可能性も低い」

「でも、それは──ッ!」

「ああ……分かっているさ。しかし、このパーティの方針を決めるのは私だ。その私がソリッドを止めなかった。だから、責められるべきは私だ。何か言いたいことがあるのなら私が聞こう」

「……」


 アリスにはソリッドに対する激情があっても、ボイドを責めるものは無かった。彼女の感情と理性が相反し、ひとまず落ち着きを見せた。


「とにかく、話はチェシャ君を見つけてからだ」

「ん……」


 ちらりとソリッドに向けた視線にはまだ刺々しいものだったが、素直にボイドの言葉に頷き、大人しく最後尾で警戒に戻る。


「ソリッド、話は後だ。とにかく今は仕事を果たせ」

「……おう」


「ごめんね、ボイド。止められなくって」

「正直なところ、アリス君がチェシャ君に対しどんな感情をどの程度抱いているかは知らないからな。お前が止めなかったってことはそういう事、なんだろう?」

「あはは、否定はしないわ。それにあたしもアリスちゃんの言ってることに思うところがあってね……。あはは、ちょっと胸が痛いわね」


 無駄話してるとまたどやされるわねと、クオリアは小声の会話を切り上げて先頭でぎこちなく警戒態勢に移る。ボイドは遠くを見つめた後に意識を入れなおす。

 彼女の言葉は三人に良くも悪くも爪痕を残した。



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