探索・深緑の森・2
黒虎が絡む組み合わせはクオリアとボイドが動きを止め、アイスが仕留めることで安定するようになった。
第二階層では黒虎二匹かカエルと黒虎の組み合わせでしか危険な二匹は出ない。勢い付いて五人は第三階層まで足を進めた。
しかし。
「動けない……」
二匹の大ガエルの舌に槍と右足を絡めとられ、必死に倒れないようにするチェシャ。
「二匹っ、はっ、流石に、キツいっ!」
片手剣を取り出す暇もなく、大盾を両手に持って黒虎からの攻撃を捌くクオリア。右手には引っ掻かれた傷ができていた。
「ボイド! こいつはオレがどうにかするからクオリアの所!」
アイスとソリッドは前衛二人が抑えられなくなった黒虎を相手取っていた。
ソリッドが機械のグローブを振り回し、アイスが牽制を入れることでなんとか凌いでいる。
グローブと呼ぶにはあまりにも重厚なそれは格好がつかない乱暴な牽制でも黒虎には危険に映るようだ。
「もう頭が痛いんだが……」
頭を押さえながらボイドは印を書き上げ、球体を放つ。その球体の黒は少し灰色に近かった。
その球体はクオリアに纏わり付く黒虎二体を地に伏せさせる。
クオリアはこれに慣れたようで、一瞬体を崩すもすぐに持ち直して剣を取り出し、一匹に突き刺し、絶命させる。
その間に持ち直したもう一匹には逃げられてしまった。
「しゃーねぇ! アイス、一瞬頼む!」
ソリッドがその場を飛び退き火炎瓶の中身ををグローブ内に流し込む。
「えっ!? 無理無理むりー!」
矛先をアイスに変えて飛びかかる黒虎に弾丸を乱射しながらひたすら逃げるアイス。
「っと、くらいな!」
身を挺した時間稼ぎはソリッドの攻撃を命中させる事を成功させる。
「このっ、お返しっ!」
体が炎に包まれて、黒虎が地面に擦り付けようとしている。
止まっている的に命中させるのは彼女には容易であり、銃弾は黒虎を絶命させた。
これによりアイスの手が空き、チェシャに絡みつく二つの舌に弾丸を二発。
舌を弾き飛ばし、チェシャの身を自由にさせた。
「ないすっ」
大ガエルには追撃せず、クオリアと戦う黒虎に槍を突き出す。
一瞬でも二体一が形成された。
チェシャの槍とクオリアの剣を凌ぎきれず、体を切りつけられ、動きが鈍る。
そこをチェシャが止めをさす。
大ガエル自身には殺傷性は無いので、ゆっくり傷を負わせ、時間をかけてその場を乗り切った。
「ボイド、これは……無理。戻ろ……」
息絶え絶えなチェシャの提案に三人も頷く。
「勿論だ。この数は流石にな。私も魔力の使いすぎで頭が痛い」
すぐに最小限の戦闘で五人は街へと帰還した。
*
セントラルに着いたのはまだ夕方だったため、作戦会議もしてしまおうという事にもなり、そのままバー・アリエルに一行は向かった。
「今回の議題は、黒虎が三匹出た時だ。諸君、案を頼む。私は寝る」
満身創痍なボイドは机に突っ伏して力尽きた。
すぐに寝息を立て始めたあたり相当疲れているらしい。
「無理もないわね。普段まともに運動しない人が魔術をバリバリ使って探索もすれば、ね」
クオリアがどこからか持ってきた薄手の毛布をボイドにかぶせる。
せっかく魔術を使えるのだからもっと頑張って欲しいと、クオリアは思っていた。
だが、普段の運動量を踏まえれば労うには値する。
「それ、どこから持ってきたの?」
「これ? サイモンさんがかけてやれってくれたわ」
アイスがサイモンの方を見る。
彼は白い歯を見せながらにっと気のいい笑顔を返してくれた。
「オレ、しょーじき探索者舐めてたよ。戦うだけでお金稼げるってさ。でもあれじゃ探索者ばっかにならねぇわけだよな」
真剣な顔をして話し出すソリッド。
それをクオリアが意外そうに驚く。
「あなたも真剣に考えるほどなのね」
「クオリアてめぇ、バカにするのも大概にしろよな!?」
冗談とお互い分かっているのか、言っている言葉に対してその語気は軽い。お決まりの流れは場の雰囲気を明るくさせてくれる。
「ボイドの魔術、あんまり何度も使えないんだね」
チェシャが思い返すように言う。
「さっき自分でも言っていた通り、あたし達は戦闘専門、彼は研究者だしね」
ボイドがみじろぎしたせいでズレた毛布を優しく掛け直しながらクオリアは答える。
「とりあえず、整理しない?」
手をパンと叩いてアイスが注目を集める。
「黒虎が三匹出た時は、一匹はチェシャが相手できて、倒せないけどクオリアも相手できる。もう一匹をどうするかって話よね?」
「オレにも魔術、使えたらなぁ」
「ソリッドも良くやってる。でも、後ろにいても短剣ぐらいは使えたほうが良いかも」
チェシャが慰めながら提案する。
後衛が詰められると無力すぎるのは少し問題だった。
特にこのパーティは前衛が二人。一度に三体以上の相手は厳しいのだ。
「そうか、オレもなんか武器持った方がいいのか。何が良いかな………」
「でもあんな早い相手に短剣なんかを当てる自信、ないよ?」
アイスが短剣を振る真似をしながら疑問を呈す。
「嵩張らないし、いざって時には使えるからどっちにしても持ってた方がいい。帰りに買いに行こう」
「うん」
その様子を見ていたクオリアが口を開く。
「……気になってたけど、チェシャ君とアイスちゃんって今宿を取ってるの?」
「ううん、チェシャも部屋を借りてるチェシャのお師匠さん? の家の部屋を借りてる」
「そ、そう」
年頃の男女が一つ屋根の下。
何か言いたげにクオリアが。唇を小さく震わす。
しばらくして諦めたように項垂れると、静かに首を横に振った。
「三匹ならさぁ。静かにオレかアイスが奇襲して一匹倒せばいいんじゃねぇの?」
「ありだけど……。四匹だと詰む。あと奇襲できなくても無理」
「四匹も出るのか?」
「そういう楽観視が一番死ぬんだってさ」
誰かの言葉を借りるようにチェシャは言い返した。
それが正論かどうかはともかく思うところはあるようで、ソリッドは口を閉じた。
「あたしかチェシャがどうにかして早く倒すのが一番かしらね」
「結局案はねぇのか」
「強いて言うならボイドにもう少し体力が有ればねぇ。これからの課題ね」
特に効果的な案は見つからず、今日のところは一度解散となった。
*
チェシャとアイスは帰り際に探索者組合に寄り、アイス用に解体用のナイフを共同で払った。
「わたしが出すって言ったのに」
「それをできるくらい稼げるようになってから言って」
「むぅ」
頬を膨らます。だが、言い返すこともなく、ため息をついた。
そして、躊躇いを見せた後、口を開く。
「どうして出会って間もないわたしなんかを良くするの?」
ある意味当然の疑問だった。
少なくとも他人に養える余裕を持っている人、というのは多くはない。それをアイスが知っているかはともかく、当然かどうかは別だからだ。
その問いにチェシャは少し間を置いてから言葉を返した。
「俺もさ、ここに来たばっかだそんな詳しいわけじゃないけど、父さんが言ってたんだ。”仲間は大切にしろ、その時に与えたものはいつか自分にも帰ってくる。”って」
「仲間ってのは俺も良く分かんない。今まで村から遠出した事無かったし、村のみんなは仲間って言うより家族……みたいなものだけど」
一旦言葉を区切ったチェシャがまた言葉を練るために間を置く。
「……だから、父さんが言っていることを試してる。今の仲間、ボイド、ソリッド、クオリア、そしてアイスも。それが、俺にとっての修行」
「だからどうしてって言われたら別に助けたいとかそういうのはあんまりない。でもアイスがここに居るのは俺のせいもある。だから、今はとりあえず、出来るだけ助ける。……放っておくのは違う気がしたから」
一文一文、ゆっくりと独白したチェシャ。
それを静かに聞いていたアイスは何を思ったのか、並んで歩くのやめて、数歩程先に行く。
そして、振り返らずに。
「そっか」
とだけ言った。
その彼女の横顔は夕陽が明るく、赤く照らしていた。