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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第五試練:渦巻くは覇者の息吹
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撤退

 蛙王の咆哮は蒼の森に轟いた。その場にいた五人の人間がたじろぐ程の声量と衝撃が木々を震わせる。


 そして、咆哮はただの雄叫びではなく、迷宮を不当に攻略せんとする者に理不尽を届ける号令。


 咆哮が揺らした木々からいくつもの影が飛び出していく。


 号令が呼び出したのは蛙王の僕達。カエル忍者に、剣魚の群れが五人を取り囲むように現れた。現れた彼らの矛先は魔力を蓄積させるソリッドに向けられていた。


「随分分かりやすい罰だな。」


 ボイドが朴を引き攣らせてぼやく。

 偶然遭遇する迷宮生物と違い、明確に一人を狙う群れの恐ろしさは語る必要もない。


 誰から動いたのだろうか。崩れ落ちるように迷宮生物の波が動き始めた。どれもソリッドに向かってだ。


「ソリッドそのまま溜めて、溜まったら退路に使え! 離脱するぞ! クオリアッ! 盾!」

「りょー、かいっ!」


 クオリアはボイドの指示に答えながら大盾を叩きつけて大きなアイリスの花を形成する。アイリスの花弁はなだれ込むように襲い掛かる迷宮生物の群れを受け止めるが、それと同時に花弁にピキリとひびが入った。


「あははー……さすがに無理ねこれは。」


 いくつもできたひびは多方面から中央に向かってどんどん侵食していく。それを諦めの混じった苦笑でクオリアが苦しそうに耐えている。


「クオリアっ、下がって!」


 クオリアの後方から飛んできたチェシャの声を聞いて、彼女は花の盾を放棄して地面を蹴った。入れ替わりで突っ込んできたチェシャはそのままの勢いで斧槍をフルスイング。


 旋風の如き勢い回転するチェシャによって迷宮生物は次々と切り裂かれ、返り血で鈍器と化すと今度は弾き飛ばしていった。けれども焼け石に水。回転の勢いが弱まった瞬間に剣魚の突撃を腹、右肩、左足に貰ってチェシャが血をまき散らしながら吹き飛ばされる


「チェシャ!」


 アリスが地面を転がり、横たわったチェシャに駆け寄っていく。駆け寄ると同時に彼の体に刺さった剣魚を撃ち抜き、残った弾をソリッドに向かって押し寄せる敵へ。


 ソリッドに向かう敵はボイドが魔力をすべて出し切る勢いで描いた脱力の魔術印、二重構造によるアレンジ版。そこから噴出される黒い霧があたりを覆って敵を減らすことはなくとも時間を稼いでいた。


「そり、っど……たまった、か……?」

「ああ。逃げるんだよな?」

「たのむ……わたしはもうもたない。にもつに、なるが……あとは──」


 半ばで潰えたボイドの言葉を聞き遂げたソリッドふっと息を吐く。ボイドが倒れたことで制御を失った黒い霧が消えうせ、その場でぐらついていた迷宮生物達が一斉に動き出した。


「オレの失敗だ。オレが──っ!」


 陽炎の揺らめきがさらに増す。同時に腕輪が円環に変化して、彼の魔術を待つ。しかし、円環は直線上に並ぶのではなく、彼を挟むように。さらに言えば二点、両方向から発射できるように設置した。


 何度も描いた二重円の印。それ以外は使わない。実践では安定しないし、彼の役割上使う頻度も少ない。


 慣れた手つきでソリッドは右手と左手、それぞれで爆炎の印を描き上げる。爆炎の印一本。だからこそ可能な技術。退路に向けたものと襲い来る迷宮生物の群れに向けたもの。二つから炎が吐き出され、円環をくぐってあたりを飲み込む膨大な爆炎と化して荒れ狂う。


 悲鳴か炎が燃え盛る音か、戦場に数え切れない音が生まれた。寒色で染まっていたはずの空間を暖色で染め上げ、寒色だったものを焼き払っていく。彼らを取り囲んでいた迷宮生物達の姿はかなり減っていた。


「逃げろーっ!」


 あらん限りの力を振り絞ってソリッドは叫ぶ。ボイドを担ぐ彼の足取りはおぼつかず、息も絶え絶えだ。これ以上の戦闘をする余裕は彼にない。


「ナイスよソリッド、そいつ貸しなさい。走れるわよね?」

「……ああ。ありがとう。」


 クオリアにボイドを託してソリッドは荒い息を吐きながら爆炎が焼き尽くした森だった場所を突き進む。幸い南側にいたので直線距離でいえば元々大した距離ではない。近道をしようとして危機に陥り近道のおかげで危機から脱することが出来そうだ。


「っあ!」


 足払いのように低い位置を薙ぎ払った赤い鞭が突如クオリアを襲った。背負っていたボイドは宙へと放り出され、クオリアも膝をつく。赤い鞭の持ち主は追ってきた迷宮生物、忍者カエル。


「こんな時にっ……!」


 この場にチェシャとアリスはいない。ソリッドも瀕死。つまるところ、攻撃要因がいない。その事実に打ちひしがれて顔を歪ませるクオリアは剣を抜き果敢に忍者カエルに攻めかかる。


 しかし、彼女が距離を詰めようとすれば無視して酸弾を吐きながら後ろへと下がり距離を作る。忍者カエルの狙いは基本的にはソリッドだ。クオリアが彼をかばう必要がある以上距離を詰めることはできない。だが、逃げるためにボイドを拾う余裕もない。


「ソリッド。炎はまだ出せる?」

「……あいつを焼くだけなら。」

「十分よ。」


 勝機の糸口が見えたことにクオリアが微笑む。ソリッドの指が魔術印を描き出したことを見た忍者カエルがすぐさま舌で妨害にかかる。


「甘いわね。」


 クオリアの大盾が舌を弾く。攻撃が不得手でも防御はクオリアの本職、そんじょそこらの迷宮生物一匹の攻撃など通すはずもない。


 攻撃転じた隙をついて、ソリッドが反撃の火炎をお見舞いする。倒したか否かは気にせず合図もなしに二人は撤退行動を再開。逃げ道をひた走る。


「あぐっ!?」


 そのクオリアのわき腹から血が噴き出る。


 一度敵を退けた。それで警戒が緩んだクオリアの背後を次は剣魚が襲い掛かっていた。脇腹に刺さった剣魚を剣で一閃するが、止まることのない迷宮生物の怒号と追撃の気配。クオリアは舌打ちをしながらとにかく逃げ道を進む。ソリッドは彼女に続くが援護をする余裕はない。自身の無力さに嘆くほかはできなかった。


 それから二度の剣魚の攻撃を受けて、二人とも瀕死になりながら入口にまでたどり着く。幸いなことに入り口にはクオリアと似たように血だらけになったアリスが待っていた。


「クオリア! ソリッド! ボイドも……みんな無事だった!」


 無事に落ち合えたことに破顔するアリス。そして、クオリアたちを追っていた剣魚たちを銃撃で蹴散らし、船に乗り込む。船に乗るや直ぐにアリスが船底に取り付けた魔石式のプロペラを起動させて船を出す。しかし、船に乗っているのは四人のみ。


「アリスちゃん? チェシャくんは……?」


 無言で櫂を漕いで船の進む向きを変えるアリスは答えない。代わりに彼女の顔が苦痛で歪んだようなくしゃくしゃな、半分泣いている顔がクオリアの問いに答えていた。


 アリスの表情をみたクオリアは黙りこくる。アリスだけが入り口にいたということはチェシャは入り口付近にはいない可能性が大いにある状態。救出に向かったところで今の彼らではろくに戦えもしない。共倒れになるだけだ。それに、アリスもクオリアも話を続ける体力がもう残っていない。


 ソリッドは言葉を発する気力も体力もなかった。意識があるだけ良いほうと言えるだろう。


 重症二名、気絶一名、無気力状態一名。


 そんな彼らに残された行動は、やはり撤退しかなかった。

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