対策・深緑の森
寝る場所が離れている五人にとって、バー・アリエルはいい会議場所になっていた。
「コーヒー、ミルク。それぞれおまちどうさん。ここに置いとくよ」
「ありがとう」
チェシャがサイモンが机に置いたトレーから五つのグラスやマグをそれぞれの前に置いていく。
コーヒーを注文しているのはボイドのみだ。彼は別で注文している角砂糖を放り込む。メモ帳を問いだしながら砂糖を溶かしていた。
「しっかし、どうしてわざわざここにくるんだい? 酒場にしても喫茶店にしてもここ以外に行きやすい所あるだろう?」
それをメモ帳を見ていたボイドが不思議そうな顔をしながら答える。
「それは店主が言うことなのか?」
「それは言わぬが花よ」
「ねぇねぇ、ボイドとサイモンさんって知り合いなの?」
気楽そうに話す二人を見てアイスが問う。彼らの間にはどこか慣れ親しんだ雰囲気があった。
「そうだな、昔にしてもそうだが、研究所関連で色々世話になっている」
「へー。だからこの店を知ってたんだ」
「私としてもチェシャ君がここに来たことがあるのは意外だったよ」
どうやらボイドとサイモンの間にはかなりの親交があるらしい。
「それは良いけどよぉ。んぐ」
「先に口の中を片付けなさいよ」
サンドイッチに食らいついていたソリッドが声を上げ、行儀の悪い彼をクオリアが注意する。
サンドイッチは先に注文していたものだ。コーヒーと合うぞとボイドから勧められたものの、ソリッドはかたくなに拒否していた。
「分かって──んぐっ、んっん。二階層からどうすんだよ。オレもあのすばしっこいのに当てれる自信ねぇからよ」
「お前……そんなこと考えてたのか」
「いくらなんでも酷くねぇか?」
驚くボイドにさしものソリッドも不満げに口を尖らせた。
しかし、ムキになって文句を言わない辺り、彼自身にも自覚はあるのだろう。
加えて、この一連も彼らの中では定例化している流れらしく、ボイドも軽く笑い流す。
そして、メモ帳を見ながら話を進めた。
「とりあえず、昨日のうちに考えた打開策は一つが後衛組、アイス君とソリッドが黒虎に攻撃を当てれることだ。これが出来れば話が早いが……」
「ごめん……」
「いや、あれに攻撃を当てるのは初心者でなくとも厳しいのは分かっている。気にするな」
アイスに慰めを入れてから続きを語る。
彼女の持つ武器は反動がすさまじい。
ボイドも一度試したことがあったが、まともに狙いをつけることすらできなかった。むしろ、どうしてアイスがあそこまで命中させられるのか疑問に思っていた。
「二つ目としては何らかの道具を用いて弱らせるとかだな。毒アゲハの鱗粉で作る粉末型の毒薬が現実的か」
「あれってちょっと高くなかったっけ?」
鱗粉を集めたことのあるチェシャが言及する。組合の登録料が銀貨一枚の千ゼル。
これで宿に二食付きで一日、二日泊まれる。
そして毒アゲハの鱗粉製の毒薬が金貨一枚の一万ゼル。流石に割りに合わない。
「そうだ。だから番人に挑む際に体力を温存するには効果的だと思ってな」
「じゃあ探索するには無駄遣いってことね」
「無駄ではないが正直やりたくはない。で、三つ目だ。私の魔術を使う」
「あれ、燃費悪いんじゃなかったの?」
親指と小指以外の三本を立てるボイド。
相当やりたくないのか、ぴんと張られた指と対照的に眉が顰められている。
彼の魔術を知るクオリアが思い返すように宙を見上げて小首を傾げた。
「良くはないが、今のところ私が戦闘に関わっていないのは戦力的に勿体無いだろう?今回は調査のために余力を割く必要もない」
「魔術って?」
「ああ、アイス君は知らなかったか。簡単に話すならそうだな……」
少し考えの間を置いて口を開く。
「……説明が難しいが、簡単に言えば魔力で特定の印、絵の様なものを描くことで、それに応じた現象を起こせる」
「へぇ〜。どんなのが使えるの?」
「残念ながら探索じゃ描き慣れている二つしか使えんが、今提案しているのは……チェシャ君、そこに立ってもらえるかい?」
「ん? 良いよ」
チェシャは椅子を引いて立ち上がる。
チェシャには魔術は扱えない。さらに言えば、見たこともない。
そのためあっさりと承諾した言葉とは裏腹に、目をキラキラとさせてボイドが指で指示した地点に立つ。
「薄めの方がいいな……。こんなものか」
ボイドの指先が淡く光り、指先は幾何学的な模様とそれを囲む円を描く。やがてそれは黒い球体を生み出し、チェシャの近くへと飛んでいく。
「なにこれ」
球体に触れたチェシャが言うのと同時に球体が弾ける。
「うぐっ。力が抜け?」
急に重荷を背負ったかのように体を崩すチェシャ。しかし、すぐに慣れたように持ち直す。それでも少し息苦しそうだ。というよりは思い通りに力が入らない風に見える。
「これを習ったのは昔だからな、あまり覚えては無いが、今破裂した球体には周りのエネルギーを奪う、とかだったかな。まあそこそこ強い現象だから私自身もかなりの魔力を消費するが、まあ見てのとおり強力だ」
「魔力が保たないのはちゃんと日頃から練習しないからじゃないの?」
じと目で、ボイドを見るクオリア。魔術を使うにはそれなりの才を要するが今までの彼には積極的に練習しないほど無用の代物だった。
「私は魔術師じゃない、研究者だ」
「くぅぅ! オレも魔術、つかってみてぇなぁ!」
「魔術を習うには金が要るからな、だが、お前のそれも同等のことが出来るじゃないか」
「そうだけどよぉ……」
ソリッドは何か言いたげではあったが大人しく黙り込む。
「休憩を挟みながらなこれを黒虎に使いながら探索するのは可能だろう、遭遇頻度を考えながらこれでいくのはどうだろうか?」
「それしか今は無いし、いいんじゃない?」
「だね」
かくして、作戦を練り直した一行は深緑の森へリベンジをすることになった。
*
「黒虎二匹。一匹は引きつけるからよろしく」
索敵をするチェシャがそれだけを告げて飛び出す。黒虎の感が優れていて遠距離の攻撃の効果が期待できない故である。
「クオリア、私が印を描く間にうまく引きつけてくれ。力が抜けたら無理せず盾に隠れろ」
「任された!」
大盾に持ち替えたクオリアが片手を挙げて応じてからチェシャに続く。
「アイス君はチェシャの援護を、そして、クオリアの黒虎が弱ったら止めを。黒虎が二匹の時はこれからこの形で行く」
「分かったわ」
アイスはチェシャの黒虎の方へ駆け寄っていく。
「ソリッド、お前はこれを渡しておくから、誰かがピンチになれば迷わず撃て」
「おうよ!」
火炎瓶を受け取るソリッドは錬金砲の蓋を開けて、瓶の蓋も開けて直前まで準備を整えた。
「さて、上手くいくかは神のみぞ知るか」
そう言いながらボイドは出来上がった球体をクオリアが相手をする黒虎に飛ばす。
ゆったりとくる球体に一瞬反応したが、遅さゆえ、あっさり射線から外れてクオリアへ噛み付く。
そして、クオリアと黒虎の両方が球体に近づいた瞬間、四散。両者は地面に崩れる。
「そこっ!」
倒れた黒虎の頭に撃ち放たれる弾丸。
それは見事に命中、血を吹き出しながら起き上がろうとしていた体を脱力させた。
一方チェシャの方は、お互いがお互いを牽制しながら円を描いてゆっくりと回っている。
一匹がやられて焦ったのか、じりじりと動き出す黒虎。
数歩の間合いまで近づいた瞬間、黒虎が土を蹴り上げて、飛び出した。
飛びかかりによる噛みつきをチェシャは槍の柄を間に食い込ませ対象をすり替える。
噛みつきに全力を注いで無防備になった腹を蹴る。
キャンと甲高い悲鳴を上げて地面に落ちた黒虎にすぐさま追い討ちをかけて仕留めた。
「これなら大丈夫そうか?」
「そうね。あたしもこの感覚に慣れれば動けなくなることもないでしょうし、一番安全だわ」
「オレは暇だけどな!」
「落ち着け、お前は秘密兵器寄りだ。乱用してどうする」
「そうだけどよぉ……」
その見たことある光景を見て、チェシャとアイスは声を挙げて笑った。