プロトグングニル
「スカーサハ、第二ロックは終わったわ」
『お疲れ様です。アリス嬢』
女王蜂を倒したせいか、五層からの帰り道にいた蜂は全て地に落ちていた。お陰で楽に転移装置までたどり着いた五人は質問のためにコントロールルームへ戻ってきた。
「皆疲れているから早速本題に入るが最終プログラムとは一体なんだ?」
ソリッド、クオリア、チェシャの三人は壁に背をつけて、全員ぐったりとしている。スカーサハの元へ行って話を聞いたところであまり分からないのも理由の一つではあるのだが。
『簡単に言えば、このグングニルを用いて現れた厄災と相打ちにさせます』
「……すると、どうなるんだ?」
相打ち。手段があることにボイドは小さく息を吐くが、最後の手段にしてはまだマシな方に見えた。
だから彼が危惧したのは作戦のデメリット。
『それは、周辺被害という意味ですか?』
「……? あぁ、そうだ」
聞き返すなどと言う行動をスカーサハが取る事はなかった。そのことにボイドは疑問を感じながら頷く。
『間違いなく辺り一帯は滅ぶでしょう』
「辺り一帯とはどの程度だ?」
『この大陸にいる限り無事はあり得ない。その程度です』
「……」
深い驚きはない。聞かされていた通り。人が言うことと、システムが述べるのとでは意味合いが異なるかもしれないが、事実は変わっていない。
加えて、一つの大陸を程度で済ませる思考ロジックはやはり人間とかけ離れているとボイドが改めて認識する。
「じゃあ。ロックを解除すれば、魔力吸収機構の元まで辿り着ける筈だが、そこでどうしなければならないんだ?」
『それはアリス嬢に任せれば良いかと』
一度深呼吸を挟んでから尋ねた彼の問いには濁した答えが返ってきた。たかがシステムが不明瞭な答えを出したことにボイドは怪訝そうに画面を睨み、そのまま視線をアリスに移した。
「と言っているが、これは話せない案件か?」
リーダーとして、指揮者として、先の行動が分かっていないのは困る。不満げなボイドの視線がアリスを言外に訴えかける。
「……少し、時間を貰えるかしら?」
「構わない」
ボイドの許しを得て、アリスは前に記憶を復元する為に入った部屋へ歩き、ドアをくぐって姿を消した。
「何かあったの?」
不満げなボイドを見て、チェシャが尋ねる。
「休まなくても良いのか?」
「戦うわけでも、警戒しなきゃならないわけでもないから」
「ふっ、そうか……」
呆気なく言うチェシャにボイドは苦笑して、不満げな表情を消した。
「だがな……ここじゃ話せん。また後で話すつもりだ」
「そっか。分かった」
ボイドがそう言うならと頷いてから踵を返したチェシャの背中に合成音声が話しかける。
『チェシャ様。少し、話を聞いてもらえますか?』
スカーサハの声には音質は変わっていないのに何処か人間のような、感情の籠った抑揚があった。そのことにボイドがまたもや怪訝な顔をする。
「なに?」
『サブオーダー“彼女から彼女を失くすな”に基づき実行』
また抑揚のない無機質な声になったスカーサハが意味深な何かを唱える。
「……?」
声の変わりように流石のチェシャも気付いて小首を傾げる。しかし、声の変化はそれだけで、また抑揚の付いた声になったスカーサハが話し始めた。
「これをお受け取りください」
コントロールルームの大きな機械のハッチらしきものが開いて、中からアームがチェシャへと伸びる。アームの手には機械仕掛けの槍が握られていた。
機械仕掛けではあるが、変な繋ぎ目はなく、銀色に鈍く輝く金属製の一般的なものより太い槍である。それを機械仕掛けだと思わせるのは槍の穂先の手前、ギリギリ柄と呼べる部分に付いているボタンだった。
「これは?」
チェシャがその槍を持ちにくそうに受け取る。親指が他の指先に届かないほどに太いからだ。
『プロトグングニル、グングニルの試作品です』
「んー、うん。つまり?」
『小型の兵器のような物です』
「何でこれを? ……あれ?」
兵器と言われた途端にチェシャは嫌そうに半目になって機械仕掛けの槍を見る。彼にとって槍は狩りの道具であり、兵器と言われて受け入れ難かった。しかし、つい最近で聞いた話に似たような話があったことを思いだした彼が動きを止める。
──ふむ……別の方法が出来たのか? ともかく、そいつをどうにかするためにできたのが初期型の“グングニル”──人間が槍として持てる程度の大きさだった。
そう、確かにチェシャの父フェリスが話していたのだ。
『前マスターからのオーダー、加えて、ワタシの判断からチェシャ様にお渡しすることになりました』
機械的な客観的な話し方なのに、主語が入っている歪さ。しかし、チェシャはそれに気付く事はなく、何となくの納得と共に槍に紐を通して背中に背負う。
一方で、先程からスカーサハを訝しげに見ているボイドが口を挟んだ。
「グングニルの試作品と言ったな。何かしらの機構が入っているのか?」
『厄災に対する初期案として考案された対魔力消滅兵器です。周囲の魔力を吸収する魔法式を刻んだ柄、吸収した魔力を最も消費魔量の大きい時空魔法の魔法式を刻みましたが……』
そこで半透明な板である画面にプロトグングニルの柄と穂先が分離した図が表示された。図には不定形な化け物の絵とプロトグングニルが並んでいる。
プロトグングニルは何層かの断面図に分かれて表示されていた。平面に魔術印を刻んだ一般的な魔術具とは違い、層を跨いで複雑かつ立体的な刻印が施されていて、現在では不可能な技術を施された跡が残っていた。
『厄災の発する魔圧に耐える為使用した超硬合金では刻まれた魔法式を発動させるのに必要な魔力が非常に多く、まだ魔力に慣れていない人類が使うには不可能だった為です』
「じゃあ、今なら──」
『数があればその選択肢は有り得ました』
ボイドの声を合成音声が遮る。
「数?」
『この槍一つが消せる魔力はさして多くは有りません。そして、過去に作られたプロトグングニルは殆どが機能していません。これが現存しているのは一番最初に作られ、見本としてワタシが保存していたからです』
「なら、迷宮生物を倒すのには?」
所詮は試作品と言い張るスカーサハ。それでも渡したのなら、意義ほあるのだろうとボイドは推測し、別の質問を投げかける。
『十分な威力を誇るかと、しかし、厳密には時空魔法を使用する魔力として強制吸収するだけな為、魔力生物以外には効果は有りません。それに、この槍は起動時に魔圧が発生します。チェシャ様が使う分には問題有りませんが、一般人であれば挽肉にされる危険性もあります』
「そうか……」
「……? とりあえず、普通に使えば良いんだよね?」
それとなく話を聞いていたチェシャが尋ねる。いつもならばボイドに任せていた話も、一度聞いたことのある話とあれば無視は出来なかった。
「あぁ。超硬合金だからな、雑に扱うならこれ以上のものは無い」
「わかった」
そこで、アリスが入っていった部屋から何か大きなものを落としたようなガタンッ、という大きな音が鳴った。音は幾度か鳴り、収まるとスカーサハが話を切り出してくる。
『それと』
「……何だ?」
『現在、アリス嬢には少し、酷な事実をお伝えしています』
「事実というのがどんなものかは教えてはくれないのか?」
ボイドは少し尖らせた声色で返答する。急にボイドが凄みだしたので、横にいたチェシャが不思議そうにするが、ボイドは気にも留めなかった。
『権限レベルが足りませんのでお伝えできません。しかし、ボイド様であれば推測できる内容かと』
「……はぁ。それで、私たちにどうしろと?」
スカーサハの言い分からして、何かを求めている事は分かりやすかった。
『アリス嬢のケアを、最悪、この大陸から出ていってもらっても構いません』
「アリス君が魔力吸収機構を諦めると?」
『ワタシではアリス嬢の考えを解することは出来ないためです』
「……だろうな」
ドアが開き、今にも泣きそうで、悲しそうで、どこかへ消えてしまいそうな弱弱しいアリスの姿を見たボイドが嘆息してスカーサハの言葉に同意を示した。