湧き上がる疑問
ソリッドは理解が出来ていないチェシャを見て不服そうな顔を浮かべるが、アリスの分かりやすい態度を目にして表情に活気が戻る。
「どうよ?」
実の所、ソリッドはこの機械の仕組みは分かっていない。これを扱うのに彼自身がそこそこの苦労をしたこと、製作者であるボイドが自信満々だったこと。二つの要因が彼を威張らせていた。
「これ、本当にボイドが作ったの?」
「あぁ。だが、魔術にしか増幅は出来なかった。私がまだ魔法の仕組みは理解が出来ていないせいだ。そのうち、魔法も反映させて見せるさ」
「……」
非常に残念がるボイドだが、アリスの顔は変わらない。
──人間の身で……出来るものなの?
彼女の内心を計り知ることが出来る者は、ここにはいない。
魔術というのは魔法の劣化品。具体的に言えば、魔法は数式を一から全ての過程を計算して事象を起こすようなもので、魔術はその数式の公式を無理矢理作り上げて、限られた数式のみを事象に変える。
そのせいで、魔術は火を起こすにしても形や、威力、発射方向、持続、等々、込められた魔力と書いた印で決められている。これが、魔法となれば同じものでも、使用者が多少の変化を与えることができる。
また、魔法の計算というのは全て脳内で完結せねばならず、人間には不可能な計算量である。
それをこの場にいる者で知っているのはアリスだけであり、そのことを改めて再認識してから彼女は眼孔を一杯に開けた顔をハッとあげた。
──ならば、魔法を使える自分は果たして人間なのか? と。
「なぁ、ボイドぉ。魔法のほうはいつ出来るんだ?」
「まだかかる。それだって、増幅の仕組みだけを無理矢理魔術に組み込んだだけなんだ。魔法となれば、その無理矢理な仕組みを全部理解しないと話にならん」
「増幅の仕組みなぁ……よくわかんねぇけど、結局一杯魔力使うならよ、こんなの使わねぇで普通にでっかい印書けば良いじゃねえか」
ソリッドが腕を大きく動かして円を描いた。
「バカを言うな。本来、魔術というのは印の大きさも込みなんだ。融通が効くものでも無い。魔力を多めに込めれば威力を上げられるが、多くの魔力を体内から体外に放出すること自体が危険なんだ。お前ほど頑丈じゃない奴には無理な話だ」
「あー、はいはい、分かったから難しい話はやめてくれっ」
早口で、勢いの乗ったボイドの言い分にソリッドはお手上げだと逃げるが、クオリアも追撃に加わる。
「あたしとしては、せっかく魔法も使えるんだから、勉強してほしいのだけど? わたしだってほんと、魔力が有ればこの盾ももっと上手く使えるのに……」
「うっ……」
追撃というほどクオリアの言っていることは厳しい物でなく、自虐も孕んだ会話の流れにすぎない。
けれど、彼女の自虐──淡い嫉妬も含んだそれはソリッドが良く知る物で、彼は顔を歪めた。
アリスの思考など露も知らぬ四人。しかし、隣にいたチェシャがアリスの雰囲気に疑問を感じて声をかける。
「どうしたの?」
「ううん。何も、ない」
「……そっか」
今問い詰めても得られるものはないと悟ったチェシャがあっさりと会話を終わらせ、ボイドに声をかける。
「そろそろ行く?」
「……あぁ、そうだな」
チェシャに言われて腕時計に目を落としたボイドは一つ頷いた後、テーブルにある自分のコーヒーを飲み干し、会話を切り上げて席を立つ。
「そろそろ出発しようか、馬車もそろそろ来る」
「オレまだ飲んでねぇ!」
カップに角砂糖を流し込まれたのを見たアリスがコーヒーを一気に飲み干しているソリッドをじっと見る。
そこまで砂糖を入れればコーヒーを飲む意味すら感じられない。それならばミルクを混ぜてカフェオレにした方がよっぽどいいはずなのにと、彼を観察するアリスは不思議そうな顔を浮かべていた。
「ん? どうかしたか?」
「ううん。美味しいのかなって」
「──んっん。いや、マズイぞ」
一気に飲み干した後にあっさりと述べるソリッド。行動と矛盾する言動にアリスは目を丸くする。
「え?」
「砂糖入れりゃ飲めると思ったけど……んー、無理だな」
「苦いよね」
「ああ。けど、飲めるようになりてぇからな」
「どうして?」
甘いものが好みなアリスは小首を傾げる。わざわざ苦手なものを自分から取ろうとする考えを理解できなかった。
「……大人っぽいからな」
「ふふっ」
彼らしいような、らしくないようなソリッドの言い分にアリスは吹き出した。当人も自覚しているらしく、少し赤くなった顔を背けた。
しかし、背けた先にはニヤニヤした顔をするチェシャとクオリア。
「なんだよっ!」
「ん。なんにも」
「そうそう、何もないわよ~?」
「じゃあその顔辞めろよっ!」
いつもなら仲裁に入るボイドも思う所があったのか、流れを止めずに、会計をしながら暖かい目で様子を見ていた。
*
昼下がり、ココノテ村の転移装置から5人はグングニルのコントロールルームに転移して、スカーサハの元へ来ていた。
「こんにちは、スカーサハ」
アリスが最初に声をかけながら端末に近づいて操作を始める。第二ロックのある第六層の地図を書き写すためだった。
「アリス嬢、皆様、こんにちは」
合成音声のような作られた声がアリスと四人にに返答する。そこで、スカーサハの呼び方が少し異なることにボイドが首を傾げた。
「……? あぁ、こんにちは。少し聞きたいことがあるのだが、大丈夫か?」
『マスター命令を損なわない程度で有れば』
ボイドがスカーサハに応答して、確認を取る。残りの3人はアリスが端末を操作するのを暇潰しも兼ねて覗いていた。
「まず、ロックを解除すれば魔力吸収機構の元へ行ける。これは確かなのか?」
『はい』
「そこへ行って、どうすればこの件は解決する?」
半透明な板にアリスが写している地図に加えて、何かしらの文字が走り回る。まるでそれは迷っているようだった。だが、機械であるスカーサハには検索、実行の二つのプロセスしか存在しないはず。ボイドは首を傾げたが追及することはなかった。
やがて、文字が消えて音声が返ってくる。
『最終プログラムを実行します』
返ってきた答えは時間を要した割には簡潔なもの。
「そのプログラムとは?」
『権限レベル不足のため開示できません』
今度の答えには間は無かった。が、答えを終えたにも関わらず、板には文字が動き回っていた。
「……」
その様子を見て、ボイドは一度静観する。
『権限レベル不足ですが、第二ロックの解除後であれば、一部の開示は可能です』
と、スカーサハは自身の発言を付け足した。ボイドは神妙な顔をして、メモ帳に何かを書き込んでから顔を上げる。
「そうか、なら……」
と言って、アリス達に目を向ける。まだ地図を写しているようだ。
「第一ロックには防衛機関が存在したが、第二ロックにもその類はあるのか?」
突如現れた戦車、それに襲われたことを思い出したボイドはスカーサハに尋ねた。
『アリス嬢がいる場合、基本的にロック解除を妨げる固定防衛機関はありません。補足。グングニル内を徘徊する防衛機関はその限りではありません』
「そうか……。なら、その固定防衛機関が動く原因は?」
あの時は何かのセンサーが起動して、それがチェシャを見つけた時に戦車が現れた。そして、戦車はチェシャを狙い続けた。
であれば、チェシャの持つ何かが原因である。少し考えればすぐに行き着く結論でもあった。
『動く原因としては、コントロールルーム側が移動を許可している生命体以外が重要エリアに侵入した場合が主に挙げられます』
「許可?」
『私が認識しているものです。この場であればアリス嬢以外の四人の皆様となります』
「……その他の原因は?」
スカーサハが悩むように電子の半透明な板に文字や図が走らせる。二人の間の沈黙のせいで、あーだこーだと会話しながら地図を書いているアリス達の声が良く響いた。
『その他となるとあまりにも多くのパターンが存在する為、解答としては不適切ですが……今までで起きたパターンの内先程上げた原因の次となると、魔物が侵入した場合となります』
「……ふむ」
ボイドは一つ、小さく頷いた。そして、左手に持っていたメモ帳のページをめくり、何かを書き込む。
“新人類というのは魔物の遺伝子を取り込んだ存在の可能性のある人種”──と。




