つかの間の談笑
この話からノートパソコンでの執筆になっています。慣れていないのでもしかすると誤字が多いかもしれません。見つけたものは適時修正しますがご了承ください。
銃口を額に押し付けられ、シエットはふっと息を吐いて握っていた槍を手放した。
「負け負け、やられたよっ」
その言葉を聞いたアリスは胸を撫で下ろし、空の弾倉をシエットに見せる。
「えへ、実は弾切れだったんだよ」
「……はったり?」
「うん」
「はぁ……。でも、負けは負けよ。弾がなくたって、ここまでされちゃどうしようもないもの。いい意味で吹っ切れたわ」
シエットはアリスに馬乗りのように跨られている。動こうにもアリスに邪魔されてはどうしようもないため、その言葉は事実だった。そして、同時にアリスはシエットに跨ったままなことに気付き、慌てて飛び退く。
「あっ、ごめんなさい!」
「良いわよ。貴方軽いもの。それに……」
手をわきわきとさせて、シエットはアリスに飛びつく。
「こんなに柔らかいもんねっ!」
「えっ、ちょっ、やめ──」
言葉にならない困惑の声を上げるアリスはシエットにされるがままに身体中を揉みしだかられる。
「良いわねぇ、この感覚っ! ちょうど良い感じに鍛えてるこの肉っ!」
「肉って言わないで~!」
「でも~……胸は無いわよね」
「どうしてそこだけ冷静に言っちゃうの!?」
側から見れば、体を動かしたで汗に濡れた少女が絡み合っているという肉感的な光景。その光景のせいで、二人の試合を見届け、声をかけようと近寄ってきたチェシャが背を向けて去っていってしまったのだが、二人はその事実には気付かない。
シエットはバランス良く鍛えられ、締まった筋肉を持っているのに対し、アリスは足周り以外が柔らかく、筋肉も薄くついているのみ。とても探索者には見えない肉付きだった。
「あっ、そこは、あははははっ!?」
脇腹を触られ、声を上げるアリス。しかし、シエットは止まらない。彼女が満足する頃には二人の位置は模擬戦が終わる時と逆になっていた。
*
「ねぇ? チェシャはあの時どこ行ってたの?」
日が傾きかけ、青空の中にオレンジ色が混ざり始める頃。水で汗を流して着替えたアリスは一足先にシエットの家に帰っていたチェシャへ抗議の目線を飛ばす。
「……」
チェシャとしては答えに困る質問。無理もないことではあるのだが、彼は黙り込むのみ。しかし、二人は朝入っていた炬燵で対面に座っているので視線からは逃れることができない。さらに言えば今のアリスの服は見慣れないもの。やけに丁度フィットして似合っている朱色の服──セーターに先がひらひらしている白のロングスカート──の所為もあってか彼は顔を背け切れていない。
そんな二人の様子をシエットはニヤニヤしながら見ている。親子は似るようで、飲み物を運んできたセリカも同じ表情をしていた。
「……そっちこそ、帰ってくるのが遅かったけど何してたのさ」
チェシャは質問を質問で返すことでその場を凌ごうとする。手段はともかく質問自体は最もで、チェシャは昼過ぎにはシエットの家でセリカが作った昼食をご馳走になっていたのに、二人が帰ってきたのは夕方だったのだから。
「……ちょっとね」
「ちょっと所の時間じゃないでしょ」
今度はチェシャが訝しげな視線を飛ばす。
アリスは模擬戦の後、汗を流そうとしたが、着替えを持っていない事に気付き、一度チェシャの家の方に戻っていた。その話を聞いたチェシャの母サラは以前から彼女の趣味らしい裁縫による──それも娘が生まれた時の為に作っていたらしい衣服を着せ替え人形の如く試着を繰り返していた。
それならばシエットも、となる話なのだが、こちらは体格の問題。……主に一部分の問題によりサラの体格準拠に作られた服はアリスが適任だった。
それらの事実がアリスの先程チェシャに向けて飛ばした抗議、もしくは怒りの込められた視線の一因になっているのかもしれない。
「で、でもそれはチェシャのせいでもあるんだからっ」
「はぁ!?」
「チェシャが女の子ならこんなことには……」
「え……? ア、アリス?」
しかし、チェシャはアリスの事情など欠片も知らないので、彼女の反論に対して困惑の声を上げる。
嚙み合わない以前に情報が足りていない二人の会話は傍観者となっているシエットとセリカを大いににやけさせるのみ。
「待って、私が男の子なら──」
「本当にどうしたんだよっ!?」
「ぷははははっ!」
ここでついにシエットが吹き出した。それと同時に混乱状態といっても過言ではなかったアリスが我に返る。
「……わ、忘れてっ!」
それっきりアリスは黙り込み炬燵に体を預けて伏せてしまう。。彼女に対してかける言葉が見つからなかったチェシャは後ろで腹を抱えているシエットに近寄った。
「あの後、何してたの?」
「サラさんの着せ替え人形になってたのよ。アタシも驚いたわ。まさかあんなにあるなんて」
「やっぱりサラさんが作ってた服?」
「そうそう、あのセーターもうちの村の羊毛を染めたやつでしょうし」
「母さんの服ってことですか?」
母娘で交わされる会話にチェシャが疑問を上げる。
「ちょっと違うわ。だって、サイズが違うでしょ? 今アリスちゃんが着ている服はサラさんが着れないもの」
「確かに。アリスは母さんの服は絶対に着れないです」
「ねえ!? 聞こえてるっ!」
高身長のサラのサイズではない。つまり、暗に小さいといわれたアリスはこたつに体を預けたまま、顔を三人に向けて叫ぶ。
「別に背が小さいことに問題はないでしょ?」
「その顔に問題があるのっ!」
そして、どう考えても悪意のある悪戯な笑みを浮かべるチェシャに向けて、アリスはこたつから引っ張り出した指を指す。
「くひひ。まあ、似合ってるんだしいいでしょ」
「そ、そうかな」
抑えようとして抑えきれなかったチェシャの笑い声もあり、アリスは訝しげに彼を見つめる。が、噓には聞こえなさそうな彼の誉め言葉で再びこたつに顔を伏せた。
「……」
最初はにやけていたシエットはいつの間にかその顔を物欲しげなものに変えていた。
「ん? どうしたの?」
「なにも? 妙なとこだけ気が付くわね」
「その言い方は何かあるやつじゃん。……ほらっ。今ならチェシャにいが聞いてやるぞ~?」
「昔の話を引っ張り出さないでよ……」
「あ~! そういえば言ってたわね。チェシャにいっ、チェシャにいって。懐かしいわねぇ。あの頃は可愛かったのに今となっては……」
「ですよねぇ」
「うぬぬぬぬぅぅぅ」
二人のいじりにシエットは拳をプルプルと震わせる。アリスがするならあまり怖くないが、体格のいいシエットがするととても様になっていた。しかし、それは二人の笑い声を大きくするものでしかない
「からかうのはこのくらいにしておこうかしら。それで、チェシャ君たちはいつごろに帰るのかしら?」
「暗くなる前にとは言ってあるんですけど……」
チェシャは窓の向こうを覗く。積雪の月は日が落ちるのが早い。オレンジ色から青空がもう消え去っている。
「そろそろ帰ったほうがいいかもしれません。アリスも、放っておくと寝てしまいそうなので」
チェシャはちらりとアリスを見る。彼女は顔を伏せたまま微動だにしない。
耳を澄ませてみると穏やかな寝息が聞こえて来た。
「ん? ……もしかして寝た?」
「みたいね」
アリスの様子を確認したシエット。チェシャはため息をついてから寝ている彼女を優しく揺らす。
「探索での体力はどこに行ったんだ……?」
「それは知らないけど、アタシとやった後は疲れてるみたいだったわね」
「それはそうよ」
当たり前のようにいったセリカにチェシャが振り返る。
「アリスちゃんには慣れない場所よ、ここは。チェシャ君も昨日、一昨日はバタバタしていたのもあるでしょうし、長旅もある。ゆっくり休める時間取ってあげた?」
「それは……」
図星だったようで、黙りこくるチェシャ。
ここに来てからは彼女を気にかける余裕など全くと言っていいほどなく、むしろアリスに自分が気にかけてもらっていた。
「……しっかり休ませなさいよ?」
念押しするシエットにチェシャは重々しく頷いた。