探索・深緑の森
第一試練の壁、試練の北部に位置する大迷宮、深緑の森に来た五人。
大迷宮といえど、森であることには代わりなく、強いて言えば緑の密度が濃いと思える程度だ。
「大迷宮って言っても変わらないのね」
そんな事情の元、開口一番アイスの一言。彼女は少し残念そうだった。
「第一試練のテーマが森だからだろうな。色々と興味が湧くが今は調べようが無いな」
「こんなところまで来て好奇心発揮しなくていいわよ。あと、ソリッド、食い過ぎはダメって言ったじゃない」
クオリアが男二人に呆れる。
「チェシャを見習いなさいよ」
一番前で槍を片手に周囲を警戒する様はこの中では最も似合っている。もちろん、三人にとってお決まりの流れであり、口論もなくすぐに顔を引き締めた。
「来る。多分二体」
探索者も少なく、接敵は早かった。
チェシャが槍を構えた茂みから大ネズミが二体現れる。
「オレにかかりゃ楽勝よ!」
「お前のそれを使うほど強く無いし無駄遣いだ。三人に任せろ」
「クオリア、一体はよろしく」
「任された!」
ボイドがソリッドを抑え、クオリアとチェシャが短いやり取りを交わした。
疾走。
チェシャの槍のなぎ払いを大ネズミは跳躍して躱す。
が、彼はそれを見越していたかのように槍を短く持っている。
先程の一撃は牽制だった。コンスタントに第二撃を大ネズミの着地点に突き出す。
飛んでから移動することなど体が大きくてもネズミには出来るわけもなく、体から鉄を生やす。
しかし、普段よりも浅い突きは大ネズミを絶命には至らせない。
「これで終わり」
しかし、槍に突き刺されたまま身動きは出来ず地面に押しつけられる。
槍を捻じられ、血を吹き出して大ネズミは絶命した。
「楽勝だねぇ。アイスちゃん! 援護よろしくっ!」
クオリアは大ネズミの体当たりを巧みに大盾で捌く。
「りょーかいっ!」
盾に弾かれて尻餅をつくように姿勢を崩した大ネズミを鉄の玉が貫いた。
「よしっ!」
「油断しないっ」
ガッツポーズを取るアイスに注意を入れながら、剣をまだ生きている大ネズミに突き刺す。
「あ、ごめんなさい」
「次から気をつければ大丈夫よ」
「アイス君、弾は足りているかい?」
腰につけているポーチを確認してから言葉を返した。
「うん、でもあんまり乱用できないかも、後三十ぐらいしか無いから」
「ふむ、ならばこれを渡しておこう。次から足りなくなりそうなときには早めに言ってくれ、用意しておく」
「ありがとう!」
アイスの武器に使われる弾が入った箱を渡すボイド。
「チェシャ君、地図は預かっているが、ルートは階段の最短ルートかい?」
「ん……。かな。二階までは行きたい、その後は様子見てから」
「了解した。ルートはこちらから伝えるから警戒に意識を使ってくれ」
「わかった」
その後、大ネズミ二匹の組み合わせに二回遭遇したが、どちらも先手を取ったため苦労はなかった。
「ホーンラビットか……」
チェシャとクオリアが先行するなか、二人の先にはホーンラビットが二匹。
「アイスに崩してもらってからでいいかな」
チェシャからの提案に頷くアイス。
「みっつ数えてから撃つからよろしく。3、」
チェシャが足音を殺しながら飛び出す。
「2、」
クオリアがその背後に続く。
「1……」
ホーンラビットがチェシャに気づく。
「っ!」
放たれる鉄の玉。それはホーンラビットを穿つことは無かったが、角に命中し仰け反らせる。
その無防備な姿にチェシャが力を込めた突きを入れる。
串刺しにされ、悲鳴を上げながら脱力するホーンラビット。しかし、敵は二匹、もう一匹が突撃してくる。
「はーい、いらっしゃーい」
チェシャの槍が機能を失っている所をクオリアが盾で割って入り防ぐ。
正面衝突でお互いに仰け反るが、多対一ならば結果が出る。
もう一度放たれた鉄の玉がホーンラビットの体を射抜き、クオリアがそれに追い討ちをかけて、霧散させた。
「角が邪魔ね……」
玉を込め直すアイスが鬱陶しそうにする。
「でもあれで十分。ありがとう」
「わたしよりもこれが強いのよ」
嬉しそうにしながらも彼女の武器を掲げた。
「あー! オレも早くうちてーよ! ボイド! オレはいつ戦えるんだ!?」
「大ガエルと黒虎がでてからだな。それまでは温存だ」
「なら早くそいつらでてこい!」
「……言っておくが、そいつらに出会わない方がいいんだぞ」
ボイドはため息を吐いた。
一階層では何度か接敵することはあったが、大ガエルと黒虎には出会わないため、特に何もなく進んでいる。
「そこを曲がれば階段だ」
そして、無事に二階層への階段までたどりついた。相変わらず森の中に不自然にできた人工感を隠さない階段が地下へと続いている。
「とりあえず一階層が終わったが、体力的にはどうだ?」
「このくらいなら大丈夫だけど、こっからかな」
チェシャの答えにクオリアも頷く。
「そうか、とりあえず大ガエルと黒虎でどれくらいの消費があるから確認したい。二階層で探す方針でいいか?」
最もな提案に四人は同意した。
*
「やばっ、取られた」
五人が二階層に潜った矢先、問題の大ガエルと黒虎の組み合わせに遭遇した。
鉢合わせとなったため咄嗟に動いたのはチェシャだけだったものの、チェシャと黒虎は互角に渡り合っていた。
しかし、そのチェシャが大ガエルの伸びた舌に槍を絡めとられる。
そこへ襲いかかる黒虎はクオリアが大盾で防ぐ。
しかし、俊敏な動きにクオリアが少し振り回されている。
アイスも黒虎に攻撃するが、見事に三連続で避けられた。
「ソリッド、先にカエルだ!」
「よっしゃあ! くらいなカエルゥ! オレの炎をよっ!」
重厚なグローブ型の機械から放たれる火炎放射。
槍を絡めとっていた為、飛び退く事もできずに炎上して焦げた姿でその場に倒れた。
「よし、空いた!」
自由になったチェシャが、クオリアに加勢する。
二人がかりで動きを抑制された黒虎はアイスからの攻撃で、動きが鈍くなり、チェシャにとどめをさされて霧散した。
「カエル、嫌い」
「カエルはいたら優先的に攻撃すべきだな。ソリッド、火炎瓶を渡しておくからカエルがいたらすぐに撃て」
「りょーかい! 任せときな!」
自己判断で撃てるようになったソリッドが満面の笑みでそれを受け取る。
「しかし...問題は黒虎が二匹以上出ると厄介だな。竣敏な上に一度被害が出ればこちらが危うい」
「次からならあたしが一匹なら一人で止められるわ」
「……さっきの様子だとそうは見えないぞ?」
「素直に受け止めようとしたからよ。もう少し攻めないと無理そうだわ。ボイド、丸盾に変えてくれる?」
身の丈ほどの大盾をボイドに預けた。ただでさえ何を詰めているのか分からないくらい大きいバックパックと合わせて大盾を担ぐので、大荷物だ。
「これ重いからあまり持ちたく無いが……仕方ないか」
大盾と交換に今度は比較的取り回しの良いラウンドシールドをボイドから受け取ったクオリアが腕に付ける。
「これならいつでも大丈夫よ!」
そうして、数分後。
「やっぱきつい!」
また大ガエルと黒虎の組み合わせが。
とはいえ、クオリアも善戦しており、剣で牽制しながら丸盾で、攻撃を捌いている。クオリアが二体のうち一体を抑え込められるならば話は簡単になる。
「ソリッドぉ!」
「言われなくても!」
またもや槍を絡めとられたチェシャが叫ぶ。それが届く頃にはもう炎を吹き出すソリッドの武器。
炎でもがく所をチェシャが追い討ちを入れて霧散する。
「速い……」
アイスは必死に狙いを定めるも、常に動き回りながら緩急を付ける黒虎に隙を見いだせない。
「点はダメか」
その相手に対してチェシャは点での攻撃ではなく、なぎ払いによる線にでの攻撃で黒虎を追い詰める。
鬱陶しく感じたのか、黒虎は距離を取ろうと大きく後ろに跳躍して──。
「アイス!」
「もっちろん!」
空中では自由な動きは出来ない。アイスの武器は黒虎の着地点に向けられ、弾が放たれる。
命中した弾は黒虎に血と苦痛の声を吐かせた。
動きが鈍ってしまえば点の攻撃も刺さり、チェシャの槍によって体を霧散させた。
「いけるけど、しんどいわねこれ」
クオリアが深呼吸する。
「やはり黒虎二体がキツそうだな。カエルも物理的な攻撃はあまり受け付けないようだしな」
「うん、槍がうまく刺さらなかった」
「ただ、この様子なら黒虎と大ガエルは二階層から出るみたいだな。クオリアも疲労しているし、一度対策を立てるか」
四人はこれに賛成し、一度帰還することになった。