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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
帰郷:越えるはかつての憧憬
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憧憬

「……ん」


 カーテンから覗く朝日の光がチェシャの降り注ぐ。

 彼の体はじっとりと汗ばんでいて、布団が張り付いていた。


「気持ち悪」


 布団を押し退けて起き上がり、カーテンを開ける。差し込んでくる朝のお告げ、眩しさに目を細めながらうんと伸びをした。


「体、洗わないとな」


 しわくちゃな布団を畳み、見た目が綺麗になったベットを見て満足げにチェシャは頷く。


「うし」


 部屋を出る。時間的にナーザは起きているはずだが、気配はしなかった。


「もうみんな起きてるかな」


 ──寝坊しちゃったな。


 父と会話をした後、チェシャはベットに潜り込んだのは良かったものの、眠れたわけではなかった。


「はぁ~……」


 気持ちを切り替えたはずなのに相変わらずな自分にため息が溢れる。


 ──自分に苛立つ。


 かぶりをふる。とにかく動かなければ始まらなかった。


「行こ」


 チェシャは階段を降りていく。

 一階に降りて、居間の扉を開けた瞬間に、ドアノブに手をかける姿勢で固まっているアリスと対面する。


「……おはよ」


 チェシャは片手を軽くあげる。アリスも我に帰ると同じ仕草で挨拶を返した。


「おはよ、起きてこないから心配した」

「ごめん」

「いいよ、それより、ご飯食べよ」

「まだ食べてないの?」

「今サラさんが作ってくれたところ、起きないから起こしに行こうと思って」


 それがアリスが扉の前にいた理由だった。

 チェシャが食卓に目を向けると、目玉焼きと白パンが並んでいる。


「ナーザとお父さんはもう外に行ったわよ」


 エプロンを外したサラは着ていたそれを畳みながら言った。


「そっか、早く行かないと」


 チェシャは早歩きで席に着こうとして、ふと立ちどまる。

 今更ながらに自分が汗を掻いていることを思い出した。


「ごめん、汗かいてるからちょっと体拭いてくる」

「冷めない内に食べなさいよ」

「うん」


 香ばしく立ち登る匂いに鼻腔をくすぐられながらチェシャは洗面所に姿を消した。



 *


「来たか」


 支度を終えて家の裏手に出た所に父さんはいた。訓練用の槍を携えていて、すぐ横の地面に同じものが突き刺さっている。


「遅れてごめん」

「……長旅もある。見たところ、向こうでサボっていた訳でもないのだから問題はない」


 不器用な優しさを感じた。別に父さんは特段厳しい人でもなかった。だからこそ、あの時かけられた言葉に納得は出来なかった。


「ありがと、それが俺の?」


 突き刺さっている槍を指さす。

 先に潰れた槍、模擬戦用の代物だ。


「ああ。そのつもりだった」

「どういう意味?」

「ナーザに圧勝できるなら、真剣ですべきかと思ってな」

「……」


「嫌ならこっちでも良い」


 チラリと後ろを見た。ナーザに母さん、それにアリス。


「良いよ、真剣でも」

「そうか。得物は何処に?」

「父さんと同じので良い」

「分かった」


 父さんは家に戻って狩りで使う槍を2本持ってくる。その内の一本を無言で差し出してきた。

 素直に受け取って、おもむろに距離を取る。やはり、軽かった。


「どちらかが一本を取るまでだ。……余計な心配は要らん、全力で来い」

「分かってる」


 余裕ぶっているのかは分からなかったけど、焦る父さんの顔を見たかった。それに、相棒にこれ以上情けない姿を見せるつもりもない。


 でも、そんな邪念よりも。


 子供の頃からの憧れ、大きな魔物にさえも槍一つで渡り合う父さん。それはまるで御伽噺(英雄譚)の主人公みたいで。


 俺はどこまでそこに近づいたのか知りたかった。


 血湧き肉躍る。なんて、有り得るのか不思議だったけど、今の俺はそんな感じ。

 体の中で何かが荒ぶって、それに振り回されるように気分が高揚する。実際のところ、“タガ”が外れる予兆でもあるけど、今は気にせず、全力で。


「──っ!」


 地面を蹴る。父さんの眉がピクリと動いた。正直、自分でもここまで強くなるとは思わなかった。ズルみたいだけど、でも、頑張った証。恥じる必要は、ないと思う。


 距離は埋められた。

 槍を父さんに向ける。先手必勝、思い切り突き出す。


 ──ギィィィン!


 槍の穂先で逸らされて、同時に近距離から至近距離へと詰められる。


 槍が振り上げられる。諦めて逸らされた方向に転がって避ける。

 薙ぎ払い、地に伏せる。


 ──ヒュンッ!


 頭の上を鋭い風が通り過ぎた。


 それだけを確認して立ち上がる。懐かしさに思わず笑みが溢れた。

 短く持った槍で短剣の刺突の如く、至近距離の突き出し。


 腕を取られて、横へ投げられる。受け身をとってすぐさま再攻撃。

 この一年で伸びたのは速度。その強みを押し付けないと勝てない。


 疾駆、からの刺突。今度は足元を狙う。後ろに飛ばれる。反撃の突きは後ろに飛んでは浅くなる、冷静に横にステップを踏んで距離を離さず槍を薙ぐ。


 中距離戦。


 父さんは近くに寄られるのが嫌なのか、槍を長く持たず、槍を振う間隔を短くしてくる。

 近寄れない。単純な刺突はやっぱり意味がない。


 同じく槍を短く持って接近する。当然飛んできた迎撃の刺突。


 素早く槍を振り上げる。


 ──カァァン!


 弾いた。

 けど、短く持っているから弾いたところで隙は多くない。成果は間合いを縮めたこと。


 今度は薙ぎ払い。一歩引く。


 服を掠める。布地が舞う。けど、それだけ。


 地面を蹴飛ばして、一気に詰めて槍を突き出す。狙いは頭──。

 半身で避けられる。と思っていたから──。


 緩んだ力で突き出された槍を引き戻して本命の腹。ナーザからの借り物。


「甘い」


 片手で掴まれた。ここまで同じなのは笑うしかないや。


「へへっ」

「何が楽しい?」

「なんとなく」


 拮抗する力。揺れる槍。前はこうはいかなかった。

 ああ、滾ってきた。


「っ。……ふっ」


 沸いてきた力で槍を引き戻す。呆気に取られた父さんが声を上げたけど、すぐに口角を上げた。

 何もやられてないよね?


「本番だ。ついて来い」


 父さんの露出している皮膚が黒い異形に覆われた。頭部分は何もなかったけど、まるであの時の黒騎士と同じだった。


 なんとなく分かった。俺もそれになれるのだと、黒騎士が言っていた守り手とやらは知らないけど、そのステージがあるんだって。


 この昂りを解放しながらも自分を離してはいけない。


「やってやろうじゃん」


 いつもコントロールの為に張り詰めさせていた自分を離す。俺が俺じゃなくなる、そんな感覚。

 それに身を預ける。


 まるで自分を遠くから見ているみたいだった。でも、だからこそ、自分の腕が黒い鱗みたいなものが覆っていることに気づいた。


「もう、そこまでか。やるじゃないか」


 遠くなる意識の中、父さんの声が聞こえた。

 体の感覚が感じられなくなる。それに反比例するように黒い異形はあちこちに広がっていく。

 残った理性で意識を父さんに向けて、体を動かす。


 地面が爆砕する。


 ──ギィィィン!


 普段の俺では到底出せない速度の振り下ろしが止められて、槍と槍が激突した。


「……?」


 父さんが眉を潜めた。多分、俺の意識がないことに気づいたのかな。

 体は勝手に動く。まさに乱舞とばかりに槍を右に左に薙ぎ払う。


 それら全てを父さんは迎撃し、反撃の突きさえも繰り出してくる。けど、防御に意識を割いているせいか、浅い反撃は俺の黒を突き破れない。


「チェシャ?」


 防御する素振りさえ見せない俺に父さんが遂に疑問の声を上げた。


 荒れ狂う視界。正直酔いそうで見ていられない。

 でも、ここで視界さえも離せば、完全に切り離される。そんな気がした。


「ちっ!」


 父さんの舌打ちが聞こえた。


 自分が情けない。

 あれだけ意気揚々と挑んだのに、勝負以前の問題じゃないか。


 なんの意図もなく、淡々とそれでいて暴力的に振るわれる槍の嵐。けれど、そんなものが同格以上の相手に通じるはずもない。


 父さんがそれの迎撃に慣れ始めた。飛んでくる反撃が俺にさえ痛みを感じさせ始める。

 お陰で少し意識は回復する。まあ、何も変わらないけど。


「期待はずれ、か?」


 恐れていた言葉。でも、否定する気にもなれなかった。だって、当然だ。

 最早自分の体ですらないこの状況で否定の言葉だって上げられないんだから。


 そんな後ろ暗い感情が移ったのか、それとも蓄積された痛みのせいか、俺の体の動きが鈍ってくる。


 打撃。


 ついに父さんの反撃の薙ぎ払いが真芯を捉え、俺の体をくの字に曲げる。


 次に蹴り飛ばされ、木の幹に打ち付けられた。

 痛みはもうあまり感じないけど、勝手に動く体には致命的らしくて、体は動かなくなる。


 ──あーあ、終わりかな。


 視界が安定する。


 結局のところ体は強くなっても心は弱いまま。

 何も変わってないじゃないか、変わったとしても見せかけの強さだけにすぎない。


 心残りは無かった──


 父さんが目の前に立った。槍を持ち上げる。頭でも叩いて失神させるつもりだろう。


 今なら死にやしないしな。


 槍が頂点に達した。


「────!」


 聞き取れない誰かの言葉。

 でも、何故か無視出来ない声に、血が、沸いた。




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