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緑を大切に!  作者: 葉月
第一部 人と植物のハーフです
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第007話 優占種

 翌日、俺たち七人は昼前から北東の森にやってきた。

 先頭にミクラン、最後尾がアルメ、その間に俺と三人組という並びだ。


 今日は優占種探しを半場諦めて、散策は危険の少ない森の外縁部だけにすることにした。

 眼帯も外せない。

 がまんがまん。


 ミクランとアルメは大人並みの高身長だが、顔はしっかり子供顔だ。

 並の大人よりは余程腕が立つが、外見からはわからない。


 はたから見れば子供六人で森に入っていくようにしか見えないだろう。

 三人組がそれぞれの親をどのように説得したのかは聞いていない。


 三人組は森に入るのははじめてだ。

 もう少し大きくなると、家の手伝いで比較的安全な森に採集に入る子供もいる。


 季節の果物採集などは子供ができる仕事の中では比較的良い収入源として知られている。

 三人組もそれぞれ親から持たされたカゴを背負っていた。


「森の中って、なんだか不気味だね」


 メリカがキョロキョロと落ち着かない。


「ボク怖いよ」


 アドルはメリカに手を引いてもらっている。


「来たばかりだがもう帰りたくなったか」


 最後尾からアルメが揶揄う。


「そんなわけないだろ。ああ、楽しい。獣でも出てきたらいいのにな」

 グアイのお子様な強がりに吹き出しそうになる。


「獣が出るの?」


 メリカとアドルが立ち止まる。


「獣が出たって大丈夫だ。俺がやっつけてやる」


 グアイがいつの間にか拾っていた棒切れを振り上げる。

 アドルとメリカが不安そうに俺の顔を見る。

 グアイが乱暴に棒切れを振り回し、周囲の葉っぱに打ち付ける。

 やめさせた。


「たまに獣は出るけど、大丈夫。そのための護衛としてミクランとアルメがいるんだからな」


「ゴエイって?」


「守ってくれるってこと」


「ミクランとアルメって強いんだね」


「ああ、強い。そんなの前から知ってるだろ?」


「獣より強いなんて知らなかった。だって、獣って大人でも危険だってパパが言ってた」


 メリカが二人に尊敬の眼差しを向ける。


「あーあ、どうせなら“緑獣”が出ないかな。俺なら“緑獣”でもやっつけてやる」


 意地っ張りなグアイが嘯く。


「こんな領内の、それも街に近い森に“緑獣”はいない」


 同じく意地っ張りなアルメが言い返す。

 300歳とは思えない大人気の無さだ。


「そんなのわからないだろ。じゃあ、“緑の民”でもいいや。“緑の民”を捕まえてやる。大金持ちになれるぜ」


 グアイがわざわざ振り返ってアルメに言う。


「“緑獣”さえいない森に“緑の民”がいるわけがない。その以前に、お前みたいなお子様に“緑の民”が捕まるわけがない」


 後方で続く口喧嘩は治まるどこかどんどんエスカレートしていく。

 昨日の今日なのでアルメも手は出さないだろうが、気が気ではない。


「“緑の民”なんて弱っちいや。俺の方が強い」


「“緑の民”はお前より一万倍は強い」


「俺の方が百億倍強い」


 突然、すぐ近くの木々の影で鋭い音がして、驚いたグアイが悲鳴をあげ尻餅をついた。

 メリカとアドルが俺にしがみついた。


 音のする直前、先頭を歩いていたミクランの手に魔力が集まっていたことに、俺とアルメは気がついていた。

 口喧嘩に辟易したミクランが、魔法で驚かせたのだ。




 森の中を歩くのは、普通の道を歩くのよりもずっと体力を消耗する。

 足元が不安定な獣道。

 邪魔をする植物。


 大人でも苦労する道を、子供なら尚更だった。

 転ばないように、ゆっくり歩く。

 半時間ほど歩いても、さほど距離は進んでいない。


 三人組がポツポツと不平を漏らし出した頃、先頭を歩いているミクランが立ち止まった。

 遅れて三人組も立ち止まる。


 すぐには気がつかない。

 朝、三人組がカゴを背負って現れたので、ミクランはここに連れてきたのだろう。

 気が効くのだ。


 俺がやや大げさに前方に鎮座する大木を見上げた。

 釣られた三人組も見上げる。

 パッと笑顔になった。


「エリオの実だ!」


 グアイが声を上げた。

 目の前にはエリオことビワの巨木が大きく枝を広げていた。

 大木が自らの陣地を主張しているためか、森の中にしては周囲が少し開けている。


「すごい、こんなに大きなエリオの木ははじめて」


 天辺までは見えないが、幹の太さから十メートルくらいはありそうだ。

 そんな大木にオレンジ色をしたエリオの実がびっしりと実っていた。


 濃緑の葉とのコントラストが美しい。


「まだ時期が少し早いから、熟している果実だけを丁寧に選り分けて採らないといけない」


 エリオの実は森の生き物にとっても重要な食糧となっている。

 少し早いこの時期だから競争率が低く、比較的安全に採集できる。


 ミクランはそこまで考えていたようだ。

 葉にも薬効があり、お茶として利用できるが、今日は実だけでもカゴが足りないくらいだ。


「木登りができる者は?」


 ミクランの呼びかけにグアイの手が勢い良く挙がった。

 木に登ってエリオの実を摘む役がミクラン、アルメ、グアイの三人。

 下で待機して、三人が落とすエリオの実をキャッチする役が俺、メリカ、アドルの三人と決まった。


 グアイが張り切って木に登りはじめる。

 心配性のミクランが下について様子を伺っていたが、グアイは太い幹を器用に登っていく。たくさんの実がついた立派な横枝まで一気に登り切った。


 グアイが俺たちを見下ろす。

 グアイの視線の先にはアルメがいた。

 グアイが得意気な顔をした。


 アルメがヒョイっとジャンプして、グアイの横にちょこんと立った。


 グアイが驚く。

 ミクランも別の枝までジャンプした。


 採集がはじめった。

 下にいる俺たちはしばらくする事がない。


「すごいジャンプだったね。僕もあんな風にジャンプしたいな」


 少しの間は上の作業を見上げていたアドルだったが、飽きてきたのか話はじめた。


「まあ、えっと、俺の護衛だからな。あれくらいは当然だ」


 実を言うと、俺自身もミクランとアルメの能力にまだそれほど詳しいわけではなかった。

 俺の魔法のレッスンの時には、ミクランが放出系の魔法を、アルメが身体強化系の魔法をそれぞれ教えてくれているが、まったく成果は出ていない。


 見た目はそっくりな二人だがそれぞれに得手不得手がある。

 全力を出した時の二人の強さについては未知数で、それを目撃するような機会は領主の息子の平々凡々とした日常においてはなかった。


「きっといつも魔力がいっぱい詰まった果物や野菜を食べてるんだわ」


 メリカの言葉にアドルが頷く。


「僕も果物や野菜をいっぱい食べたら、あんな風にジャンプできるのかな」


「アドル、食べ物からの魔力摂取で出せる力は人によって違うのよ。それに何の力も出ない人の方が多いんだから、足じゃなくてもどこの力でも出せたらすごいことなのよ。それに効率よく魔力接種ができる魔力のいっぱい詰まった果物や野菜は高くてとても買えないわ」


 アドルに対しては何かとお姉さん振るメリカだ。


 魔力に高い適性を持つ魔法使いと呼ばれる人たち以外でも、人は誰でも魔力を宿す植物を食べることでその魔力を吸収することができる。

 特に果物は、植物が子を残すために作るものであるから魔力が多く蓄えられており、果物を食べることで効率の良い魔力摂取が可能だった。


 ただし、植物から摂取できる魔力は多くはない。

 多くはないが、生活においては十分に役に立つ程度ではあった。


 食べ物を通しての魔力の摂取は、誰でも可能だが、誰でもその摂取した魔力を利用できるというわけはない。

 魔力を利用できる、つまり魔法を発現させることが出来る者の方が少数だ。


 十人に一人くらいの割合で、人より少し腕の力が強い、少し早く走れる、少し高くジャンプできるなどという程度の力を出せる。

 これらの能力は、初級の身体強化魔法に分類されている。


 より高度な魔力の行使ができる者は、その魔力量に比例して飛躍的に少なくなり、最低限、魔法使いと呼ばれる程度の力を出せる者となると数万人一人だ。


 三人組は勘違いしているが、ミクランとアルメのジャンプ力などの人並み外れた力は、仕組みとしては身体強化魔法と同じだが、人のそれとは異なり、“緑の民”として彼女たちが持つ素の力だ。


「ミクランとアルメは魔法使いなの?」


 アドルが俺に尋ねた。


「まあ、そうだな。二人は魔法使いともいえるな」


 そう誤解してもらった方が良いだろう。

 二人が“緑の民”だとは教えられない。


「ミクランとアルメは魔法使いだったんだ。すごい」


「俺も魔力だけならたっぷりあるんだけどな」


 対抗意識からつい見余計な一言を口にしてしまう。


「カルも魔法使いなの?」


「それが、俺のはまだよくわからないんだ。二人に習って魔法の練習はしているけど、全然魔法が使えるようにならない」


「タカラノモチグサレだね」


 メリカが子供らしい残酷さを発揮する。

 気にしているだけにグサッとくる。


「ああ、このままじゃ、宝の持ち腐れだ。何とかしないとな」


「大丈夫だよ。きっと。カル様も大人になったら魔法が使えるようになるよ。まだちょっと小さいだけだから。心配しないで」


 メリカが励ましてくれた。

 ちょっとうれしくなる。


 こんな年齢から飴と鞭を使い分けている。

 掌の上で転がされている気分だ。


「そうだな。それに、お前たちにも、そのうちすごい力が見つかるかもな」


「ホントに?カル、ホントにそう思う?」


 アドルが喜んだ。

 男の子は単純で良い。


「ああ、きっとアドルにも、メリカにも、グアイにも。みんなにすごい力があるさ」


 中身が大人の俺には照れくさいセリフだったが、この三人組には夢を持っていてもらいたかった。


 その時、頭上から声がかかった。


「おーい。そろそろエリオの実を落とすよ。準備はいい?」


「あーっ待ってー。すぐに準備するから」


 慌てて俺たちは配置についた。


 熟した柔らかいエリオの実を、なるべく傷をつけないようにと、俺たちは真剣になった。

 しばらくは夢中になってエリオの実を収穫した。


 三つのカゴがエリオの実でいっぱいになった。

 まずグアイが恐々と降りてきて、その後でミクランとアルメが二人同時にぴょんっと飛び降りてきた。


「いっぱい採れたね」


 アドルがはしゃいだ。


「持って帰れるかな」


 メリカが心配する。

 エリオの実でいっぱいになったカゴは、とても子供が背負える重量ではなくなっていた。


「そうだな。ちょっと採りすぎたかな。帰りはミクランとアルメに頼もう」


 ミクランとアルメが頷いた。


「そんな心配よりも。さあ、食べるぞ」


 俺の合図で三人組が一斉にエリオの実を手に取った。

 丁寧に薄皮を剥くと、熟した甘い匂いが周囲に漂う。


「おいしい」


 三つの声が重なる。


「こんなにおいしいエリオの実ははじめて」


「ああ、このエリオはいつも食べてるエリオよりも美味しいな。やっぱり苦労して自分で採った物は美味しく感じるなぁ」


 俺が感慨にふけっていると、ミクランがいつもの淡々とした口調で訂正する。


「カル様、それは違います。食べてみてわかりましたが、このエリオの実の美味しさは明らかに他の森で採れるエリオの実よりも美味しいです。甘味が高く、風味も際立っています」


「どうしてだろう」


「実の中に含まれている魔力量が通常よりも多いようです。その影響で糖分や風味が増して美味しく感じるのだと思われます」


「ということは?」


「はい、この森の優占種がこのエリオです」


「すごいよ、ミクラン。もしかしてエリオの実がこの森の優占種だとわかって俺たちをここに案内したのか?」


「いいえ、そうではありません。まったくの偶然です。私も非常に驚いています」


 ポーカーフェイスで少しも驚いているようには見えない。


「エリオはロサに連なるものですから、確率としては多少高いでしょうが、それでも運が良かったとしか思えません」


 ロサはバラのことだから、エリオ=ビワがバラ科の植物だという話だ。


「エリオがロサの仲間だと、どうして確率が高くなるんだ?」


「ロサは優占種になりやすいんだよ」


 アルメが口を挟んだ。


「植物の中には比較的優占種になりやすい種とそうでない種が存在します。そしてロサの一門に属する種はどれも優占種になりやすいとされています。パフィ族が含まれるオッドの一門も族ごとに多少の違いはあるものの、比較的優占種になりやすいとされています。また、どの一族でも同じ一族は比較的近い地域にある森にまとまって優占種となる傾向があります」


「環境の影響かな。まあバラバラに生まれたら集まるだけでも一苦労だしな。そういうことなら、この近隣の他の森では、優占種にロサの仲間が多いということになるのか。優占種探しの手がかりになるな」


 俺の言葉にミクランが僅かに眉を寄せた。


「それが、本来ロサの一門が多く集まるのはここより随分と北の地域なのです。このエリオは、ロサの仲間としてはいわゆるはみ出し者なのかもしれません」


「確かに、ロサの自生地というと涼しい場所だな。こんな亜熱帯の森とはイメージが合わない」


 俺はイングリッシュガーデンに咲き誇る勇壮なバラの花を思い浮かべる。

 他にも川沿いをピンクに覆い尽くすソメイヨシノから甘酸っぱいイチゴまで、会ったこともないロサの一門だが、多才なのだろうなという気がする。

 いつか会ってみたいものだ。


「ということで、カル様が期待していたように、“緑の民”がまだこの森の中に潜んでいるという可能性がでてきました」


「えっ、そうなのか?」


 ミクランが説明をしてくれた。

 ここから北のロサの一門に合流するためには、エクアラセア神聖王国という人の領域を縦断しなければならない。

 そのような危険を冒すよりは、ここに留まろうと考えたとしても不思議ではない。


「それはラッキーだな」


「カル様、実はちょっとした懸念があります」


 ミクランが珍しく言い出しにくそうに貯めを持った。


「なに?」


「南の雄であるオッドの一門と北の雄であるロサの一門の不仲は有名です。さらに今回のエリオはロサ一門のはみ出し者の可能性が高く、はみ出し者には癖のある者が多いと相場が決まっております」


 ロサとオッドが不仲。

 ロサがバラで、オッドがラン。


 バラとランは前世で趣味園芸のド定番だった。

 バラ科の植物は90属2500種、バラや桜などの花ものから、イチゴ、桃、りんご、梨などの果物まで含むスターグループだ。

 対するラン科は花ものが中心ながら750属30000種とも言われる他に類を見ない特大グループ。

 例外的だが、香料でメジャーなバニラもランの仲間としては見逃せない。


「不仲とは言っても、それはどの程度のものなんだ。まさか戦争状態とか?」


「いえ、さすがにそこまでの事では」


 ミクランが煮え切らない返事をする。

 植物ならなんでも好きな俺としては、同じ“緑の民”同士、仲良くやれば良いのにと思うが、いろいろ事情もあるんだろう。


「“緑の民”の中で人との関わり方について、融和派、強硬派、中立の三つに分かれています。誰かが中心となって呼びかけたわけではなく、長い年月をかけて自然に分かれていった結果です。その中で、パフィ族の長が人との融和を試みたように、オッドの一門が融和派の主流となっています。それに対して、ロサの一門が強硬派の主流です。“緑の民”同士で、お互いに争うことは滅多にありませんが、犬猿の仲といえるでしょう」


 ミクランの遠慮した物言いは、俺に半分流れている人の血に対するものだ。


「つまり人間が原因なのか。それなら尚更、“緑の民”同士で争うなんて馬鹿げている。それに、万が一の時は、ミクランとアルメがいるから大丈夫だろう」


「大丈夫じゃないよ」


 アルメが言葉とは裏腹に明るく断言する。


「カル様、果物に魔力が多く含まれるように、果物系植物から生まれる緑の民はそれぞれが並外れた魔法の使い手であることが多いのです。仮に敵対するとなった場合、我々の力ではカル様をお守りすることは非常に困難だと予想されます」


「そっか………、まあ、会えるかどうかもわからないんだし、もし会えたら、そこで考えたらいいかな」


 俺は努めて明るい声を出した。

 ミクランはいつも心配が過剰だと思う。


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