第004話 この世界について
この世界についてなどの細々した説明です。
物語はまったく進行しませんので、面倒なら読み飛ばすのもありかも。
5000文字程度です。
広大なエルフラック大陸の南東領域にエクアラセア神聖王国はある。
政治体制としては絶対君主制の下での貴族制が布かれている。
王国のほぼ中心に位置する王都は国の名前と同じエクアラセア。
王都周辺と幾つかの直轄領を除き、国土の大部分は貴族領となっている。
神聖不可侵なる王家により爵位を授けられた貴族たちが、それぞれの地位に相応しい規模の領地の管理を委託されている。
貴族領の行政は基本的にそれぞれの貴族たちに任されており、エクアラセア神聖王国の上級貴族である伯爵ともなれば、周辺小国の君主よりも遙かに力があった。
エクアラセア神聖王国は東側を外洋に接している。
そして、他の三方をそれぞれ別種の勢力と接していた。人間、魔物、“緑の民”である。
西側は人間の領域、大国マリポーサ帝国があった。
仮想敵国同士であるエクアラセア神聖王国とマリポーサ帝国の国力は拮抗している。
にもかかわらず、この200年あまり両国間に軍事的な衝突は発生していない。
これは、一つには魔物の存在が大きい。人間同士で争い、勢力が落ちると、それは魔物に侵攻の好機を与えることになる。
魔物に対し人間は力で劣っている。
魔物の猛威に対しては協力して事にあたる。
そうしなければ、人間という種そのものの存続に関わる事態になる。
両国の優秀な文官たちはその事を正しく理解していた。
また、二つの大国の間には、緩衝地帯のようにいくつもの小国が林立している。
これらの小国はどちらの大国にも飲み込まれまいとうまく立ち回っている。
小国群の効能は軍事的緩衝地帯を作っているだけではない。
公式には国交がない両大国の間に入ることで、両国間での人の往来を可能にしている。
これにより大国である両国の経済活動に必須である貿易を、多少の関税と手間を掛けることで行われている。
北側は魔物の領域だ。
古き魔王の一柱が治める土地と言い伝えられている。
長い国境線を形成するのは王国の直轄領ではなく幾つかの貴族領だが、これらの北部地域は広大な穀倉地帯として、王国の食料庫としての重要な役割を担っている。
そこで国境線沿いには王家によって十の砦が築かれ、それぞれに国軍が常駐することで魔物の侵略に備えている。
それでもなお、長い国境線の隅々までを安全に維持することは兵士たちだけでは不可能だった。
魔物は低級なものであれ、一般人には大きな脅威だ。
そこで王国は、魔物退治に報奨金を出すことでその解決を図った。その実務はハンターギルドに任されている。
エクアラセア神聖王国で活発な魔物の領域と大きく接しているのはこの北部地域だけである。
必然的にこの国にいるハンターの大部分はこの地域で活動している。
国境に近い街には、どの街にもハンターギルドの豪奢な建物があり、周囲には武器屋、防具屋、薬屋から宿屋や酒場などなどハンター相手のお決まりの店々が軒を連ねていた。
王国からの報奨金に加え、倒した魔物から獲得できる素材にも様々な使い道があり、ギルドで買取されていた。
これにより最低ランクのハンターたちでさえ、例えば、農民よりは高収入である。
もちろん、生き残れるだけの力があれば。
人の世においては、もはや伝説上の存在となっている古き魔王とその臣下たちの力は絶大で、人の身では到底太刀打ちできるものではないと伝えられており、別格である。
古い規定が履行されるなら、それら臣下の一体でも倒した者は伯爵に叙されることになる。
しかし過去数百年にわたり目撃さえされておらず、もはやあってないような規定である。
魔王領の奥深く、夏でも吹雪が吹き荒れる前人未到の高山帯を越えたその先に、彼らの居城があると伝えられている。
魔王領とされている北の領域は奥に進めば進むほど生息する魔物が強くなっていく。
そして現在の王国最高位のハンターパーティーでは高山帯の麓にも近づけなかった。
中位程度のハンターたちでは、その数百キロも手前が限界域。
空気の澄んだ冬の晴れた日なら、高山帯の影を遥か遠くに目視することができるかどうかというくらいのもので、つまり日常的に魔物たちを相手にするハンターたちにさえ古き魔王は物語の中の存在だった。
最後に三方目、エクアラセア神聖王国の南側には『森海』と呼ばれる広大な未開の地が広がっている。
人間によって確認できている範囲のすべてが森だった。
深い深い原生林の森という以外、この領域についてわかっていることはほとんどない。
国境沿いでさえあまり魔物が姿を見せないため、王国では暫定的にこの地を野生動物と“緑の民”の領域としている。
『森海』の外縁に関しては、東側から海沿いに大型船による探索されている。
数回に渡る調査団の派遣により、森海の広さはエクアラセア神聖王国の国土の実に七倍もあることがわかっているが、この報告を聞いた当時の国王はこの馬鹿げた調査結果を信じなかった。
そのように広大な領域の内陸部がどうなっているのかについては知る術もない。
この森に強い魔物がいないと考えている者は余程の楽天家だろう。
森の恵みが豊富にあり、彼らの食料となる野生動物や弱い魔物が十分に存在するために、広大な『森海』の外れにある人間の領域に出てくる必要がないだけだ。
『森海』はそれほどまでに広大であり、仮にその中に魔王の領域があると言われても容易に納得できる。
北側と同じ理屈で、南側の長い国境沿いに点在する街は、プラントハンターたちの活動拠点となっていた。
それぞれの街にはプラントハンターギルドの大きすぎる建物が目立つ位置に建ち、その周囲にはプラントハンターを当てにした店々が建ち並んでいる。
南側の国境線が北側の国境線と大きく異なる点として、砦が築かれておらず、国軍も駐屯していない。
これは過去に“緑の民”と“緑獣”が侵略してきたという事実がないためだった。
国民の潜在的な脅威ではないため、“緑の民”と“緑獣”には魔物に対して設けられているような報奨金制度も存在しない。
ただし、“緑獣”から得られる素材は、魔物から得られる素材と同じように有用で、プラントハンターギルドで買取が行われている。
魔物よりも生息数が少ないため、常に需要に足して供給が不足しており、その買取価格は概して高めだった。
そしてこの世界のもっとも重要な点として、この世界の植物には魔力が宿っている。
日々魔力を生み出し吐き出し続ける植物たちは、生み出した魔力のすべてを空気中に吐き出すわけではない。
その植物体内に少しずつ魔力を蓄えていく。
長い時間をかけて膨大な魔力を宿した植物は“緑獣”や“緑の民”に姿を変えるが、それほどまではいかなくとも、魔力含有量の多い植物は様々な用途で利用が可能だった。
こうした魔力含有量の多い植物はプラントハンターギルドで高い値段で買い取られた。
滅多に姿を現さない“緑獣”や、まず見ることがない“緑の民”を専門に狩っているプラントハンターは王国中を探しても極一部だ。
ほとんどのプラントハンターたちは、魔力含有量の多い植物本体やその果実などを採集して生計を立てている。
プラントハンターたちの主な活動が植物採集だからといって、彼らの力量がハンターたちに劣るということはない。
そもそも最初の登録がどちらであれ、駆け出しを過ぎる頃にはもう一方のギルドにも登録し、兼任するのが通常だった。
ハンターが魔物を退治しに北の領域に踏み込むとする。一般人には入り込めないそこには魔力含有量の多い植物が残っている。
逆に、魔力含有量の多い植物を求めて『森海』に分け入るとする。そこには当然のように魔物たちが待ち構えている。
※
エクアラセア神聖王国の南の国境線の一角にアレクセイ・リンナエス男爵が治めている男爵領はあった。
領主のアレクセイは王国中にその名を知られる稀代のプラントハンターだ。
年齢は五十が目前だったが、鍛え抜かれた精悍な肉体は一線で活躍しているプラントハンターのそれであり、露程も年齢を感じさせなかった。
アレクセイは元々、領地も持たない中央のしがない騎士伯の長男だった。
病死した親から爵位を継いだのが今から十年前のことで、王都での騎士泊への叙任式を終えた彼は、その翌日に、それまで当主ではないという理由で溜めこまれていたプラントハンターとしての類まれなる功績により男爵に陞爵された。
ほとんどのプラントハンターが植物採集を主な生業としていることからもわかる通り、これは極めて異例なことであった。
プラントハンターギルドの理事にも名を連ねているが、まだ現役のプラントハンターであるアレクセイは名誉理事という扱いで、何らギルドの仕事があるわけではなかった。
アレクセイには陞爵と同時に領地も与えられた。
その与えられた領地が諸事情から王国の直轄地となっていた現在の男爵領で、元は後継者を持たぬまま急死したペギー・オニール男爵の領地だった。
南の国境沿いの領地、つまりは辺境の土地という事情から、広さは平均的な男爵領よりははるかに大きかったが、その大半はそのままでは生産性の無い未開の土地だ。
『森海』に隣接する領地というのは、プラントハンターであるアレクセイにとっては願ってもいない好条件の領地だったが、他の貴族たちからすれば農業しかない辺境の地である。
男爵への陞爵と同時に領地を与えられたアレクセイに対し、表立って異を唱える貴族はいなかった。
リンナエス男爵領の産業は主に二つ。
一つは農業、領民の七割は農業に従事している。
広い土地があるなら開発をすれば良いというのは素人の浅はかな考えで、無計画に開拓を進め領民が住むようになると、治安維持のコストが跳ね上がる。
開拓地からすぐに税が取れるわけではないので、持ち出しばかりが嵩み、採算が合わない。
男爵領の大半が与えられた当時と変わらず今も未開墾のまま置かれているのはこういった理由からだった。
もう一つの産業はプラントハンター関連だ。
人数ではたった数パーセントにしかならないが、産業としての規模は全体の二割にも達している。
ギルドとその周辺は王都並みとは言えないまでも、昼夜問わずに賑わいをみせている。
国民の暮らしぶりは王都から離れるほど貧しくなっていくのが常で、農業が主である領民の暮らしぶりは平均して貧しいものではあったが、プラントハンター関連産業が賑わっているお陰で日常的に飢えの心配をするというほどではなかった。
日常的に飢えの心配があるのとないのでは大きな違いがある。
稀代のプラントハンターであることと、領主として有能であるかどうかは関係のないことだったが、領民たちにとって幸いだったことに、アレクセイの領主としての力量はまずまず及第であった。
男爵領はこの十年間で栄えはしなかったが、領民が飢えることもなかった。
アレクセイが男爵になって間もなく娶ったセディに関して、領民たちはあまり多くを知らされてはいない。
ただ、アレクセイが男爵に陞爵された当時の、プラントハンターとしてのパーティーメンバーだったという説明であり、領民たちにそれを疑う理由はなかった。
一つには絶世の美女であり、一つには両目が見えないということで、必要以上に領民からの注目を集める彼女だが、まだこの領地にやってきて十年という経過期間の短さから、五年前に男爵の跡取りとなる長男カルロスを産んだ前後にさえも、その美しい外見が微塵も変化していないということに気がつく領民はいなかった。