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緑を大切に!  作者: 葉月
第二部 ”森海”の仲間たち
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第045話 翼竜狩り

 洞窟の外は雨が振っていた。


 カトレ族が避難している洞窟を奥に深く続いていた。

 複雑に分岐した通路の一つが山の中腹にあるカトレ族の村まで繋がっていた。


 村が翼竜の群れに襲われる前からカトレ族はこの洞窟の一部を貯蔵庫として利用し、また緊急時の脱出路としてその内部を詳細に把握していた。


 雨が振っている今、翼竜(ワイバーン)たちは山の中腹にある岩場に作った寝床に集まっている。

 翼竜の翼は羽根ではないので、濡れても関係ないと思うが、雷を恐れてのことかもしれない。


 偵察として先行したワーネリとマキシのペアが、翼竜たちが寝床にいることを確認していた。

 お調子者のマキシだが、一切の音を立てず獲物に忍び寄り素早く仕留めるその能力は周囲から評価されていた。

 ルンディの捜索に出ていたのも、族長であるラビアタがマキシの能力を高く評価しているためだ。


 洞窟の出口、先頭のノビリオが安全を確認し後ろに合図を送る。

 族長ラビアタの指示で翼竜退治に参加する三十八人が素早く洞窟から飛び出し、散り散りに建物の陰に身を隠す。


 建物のほとんどが大きく破壊されている。

 本来の姿を知るカトレ族の者たちは、手にした弓の持ち手を握る力が無意識に強くなる。


 雨雲は厚みを持っているが、山の天気は変わりやすい。

 時間を無駄にはできない。


 翼竜退治に参加しているのはカトレ族の精鋭四十人だ。

 空を飛ぶ翼竜に対抗できるのは弓の名手であるカトレ族だけだ。


 俺とフミ、ココス、ワーディ、ヴェナスは戦いには参加しない。

 “緑獣”たちも留守番だった。


 カトレ族の自慢の鳥たちも翼竜相手では分が悪い。

 そして同じ空を飛ぶもの同士、翼竜は鳥の存在を鋭敏に察知する。


 カトレ族の精鋭たちは、建物の影を巧みに利用しながら慎重に村の中を移動する。

 住み慣れた自分たちの村だ。

 その行動に迷いはない。



 村外れからしばらくは森が続いている。

 深い森の中を隠れるように進む彼らを見つけられる存在は稀だ。

 それでもラビアタたちは気を引き締め、油断することなく進む。


 先頭のノビリオとワルケリが立ち止まった。

 手信号を確認した後続は前進を止めた。


 便利な≪念話≫を使わないのは翼竜に察知されるのを防ぐためだ。

 魔物の生態はそれほど詳しくわかっているわけでないが、空を飛ぶ魔物は概して魔力の流れに敏感な種類が多いとされている。


 ≪念話≫による伝達に感づかれる危険性があった。

 気付かない可能性もあるが、避けられる賭けを敢えてすることはない。

 不便だが、作戦行動中の≪念話≫は禁止と決まっている。


 森の中、彼らの行く手を遮ったのは、大型のシカの群れだった。

 七十メートル先に八頭が群れていた。


 魔物ではなく襲われる心配はないが、シカは気配を察知する能力に長けている。

 翼竜の住処に近いこの場所で、こちらに気が付いたシカたちが逃げ出せば、その騒ぎを翼竜に察知される危険がある。


 族長ラビアタの指示で六人がノビリオたちの近くまで移動した。

 声を出さずに手の合図を介してそれぞれの獲物を決める。


 ラビアタの指示は、八人で八頭のシカを同時に仕留めること。

 シカの体にただ矢を当てればよいということではない、悲鳴を上げさせてはいけない。

 シカの小さな頭を的確に射抜く高度な技術が求められる状況だが八人に緊張の色はない。


 八人は草葉の擦れる音さえ立てず、慎重にシカに近づいていく。

 五十メートルの位置まで近づいたところで止まる。


 射慣れた距離だ。

 ノビリオの合図に合わせて八人は同時に弓を構えた。


 番えた矢は翼竜用の特注の矢ではない。

 矢尻の重量と形を特注の矢に合わせた練習用の矢だ。


 通常の魔物、ましてや動物に対しては十分な殺傷能力がある。

 流れるような動作で弦を引く。


 弓が軋み小さく音がたつ。

 八本の矢が空気を切り裂き、それぞれの的に吸い込まれるように命中した。

 矢はシカの頭蓋骨を容易く貫通した。


 力を失ったシカの体が倒れはじめる。

 その瞬間、それぞれのシカの首を二本目の矢が貫いた。


 万が一の失敗が許されない状況、八人は一の矢を放った直後に早業で二の矢も放っていた。

 放たれた矢が五十メートル先の的を射抜くのにかかる時間は僅かに一秒未満。


 頭を射抜かれたシカが体勢を崩す前に二の矢を首に当てる。

 このような妙技は弓に長けたカトレ族の中でも、精鋭である彼らにしかできない。




 カトレ族の精鋭たちは森を抜けて岩場までやってきた。

 先着していたワーネリとマキシが合流する。


 岩場は野球場なら四面は取れるほどの広い傾斜地だ。

 体長四,五メートルにもなる大型の魔物である翼竜たちは、厄介なことに広い岩場にそれぞれ好みの場所を見つけて眠っている。

 一か所に纏まっている翼竜たちを静かに包囲して一網打尽にするという目論見は脆くも崩れ去った。


 これまでに確認されている十七頭が揃っているのがせめてもの救いだ。

 ワーネリとマキシが命がけで把握した十七頭の位置を全員に共有する。

 状況を確認した後、いったん森の中まで下がった。


 四十人は事前に十八組に分けられている。

 十七人の代表が集まり作戦を考える。

 残りは周辺の警戒に当たる。


 遠距離射撃が得意なアメジが率いる一組だけは村を出た時点から別コースで標的にむかっており、この場にはいない。


「組に分かれて森の中を迂回し、岩場を包囲して一気に殲滅するという案はどうでしょうか」


「範囲が広すぎて≪念話≫なしでは連携が取れない。見通しも利かない斜面で、同士討ちになる危険がある」


「半包囲からの力押しというのは」


「それでは奥に位置する翼竜に逃げられる。飛び立った後向かってきてくれば返り討ちにできるが、そのまま逃げに徹されるとどうしようもない」


「ただの一頭足たりとも逃がすわけにはいきません」


 ラビアタの言葉に一同が頷く。村を破壊した翼竜に対する恨みは大きい。


「危険は大きくなりますが。各組に分かれ、それぞれが担当する翼竜が狙える位置まで移動。その際、まずは周囲の森の中を通って岩場全体を包囲。そこから気配を抑えて岩場を進み、出来るだけ翼竜まで近づき、合図で一斉に攻撃。一頭も逃さないためには、これしかありません。適切な射撃ポイントに入る前に翼竜に気づかれてしまった場合は、同士討ち覚悟で攻撃を開始」


 ラビアタの皆の顔を見ながら作戦を告げた。

 反対する者はいない。


「直接頭が狙えない時は、一人が首を狙う。翼竜が頭を持ち上げた所を二人目が射抜く」


「首も狙えなければ?」


「その時は、翼を射抜いて飛べないようにするべきだな」



 十七組は慎重に森を移動し、岩場を包囲した。

 十七組はそれぞれのタイミングで岩場に侵入していく。

 ベテランほど早く移動を開始したのは、彼らがより内側にいる翼竜を担当するためだ。


 ワーネリ・マキシ組の獲物は岩場のほとんど中心で眠っていた。

 二人がそこにたどり着くためには三頭の翼竜の傍を気づかれないようにやり過ごさなければならない。

 そして、乱戦になってしまった際は、八方から矢が飛んでくる一番危ない位置になる。


「信用されてますね」


 マキシがワーネリに小声で泣き言をいう。


「俺じゃなくて、お前だよ」


 マキシはその言葉を冗談だと受け取った。


 二人は気配を抑えて、慎重に岩場を進んだ。

 間もなく、一頭目の翼竜が確認できた。

 後に続いているターメがいる組の獲物だ。


 マキシが後ろを振り返ると、ターメがウインクを返した。

 マキシは恨めしそうに先に進む。


 ワーネリ組はターメ組の獲物を大きく迂回する。

 外側は翼竜の密度も低く、迂回するのも楽だった。

 雨で滑りやすくなった岩場を音も立てずに進む。

 油断はできないが、危なげなくやり過ごした。


 しばらく進むと二頭目の翼竜が見えてくる。

 翼竜はだらしなく平らな岩に頭をのせて眠っていた。


 頭が高い位置にある。

 目を開くだけで発見されてしまうためやり過ごさなければならないワーネリ達には大変だが、射るには狙いやすく絶好の的といえる。


 二人は大きめの岩の陰に隠れて迂回ルートを検討する。

 そこに運の良いプルプラ組が追い付いてきた。

 プルプラたちはここから狙うことに決めた。


 身も隠せ、射線も通った絶好の位置だ。

 マキシが出した獲物の交代希望を意味するジェスチャーに、プルプラは舌を出して答えた。


 二人は移動を開始する。

 一頭目の翼竜ほど大きくは迂回できない。


 翼竜まではおよそ二十メートル。

 眠っている翼竜が目を開くだけで見つかってしまう位置を、二人は小さな足音さえ立てぬように気を使い、慎重に歩みを進める。


 最大級の緊張をしているワーネリとマキシの二人だが、恐怖はなかった。

 翼竜が目を開いても、襲われることはない。


 目を閉じた翼竜の眉間を岩陰からプルプラの弓が狙っている。

 仲間の腕を信用するのは絶対条件だ。

 翼竜が目を開けばプルプラは迷わず射るだろう。

 その時ワーネリとマキシは自分たちの目標に目掛けて危険を顧みず全力疾走で岩場を駆け抜ける羽目になる。



 三頭目の翼竜は翼の下に顔を埋めて眠っていた。

 ワーネリ組の運が勝ったようだ。


 三頭目を獲物にしているのはワルケリとノビリオの組だ。

 見た目は子供の二人組だが、この作戦でも森の中での先導を任されたように、その腕は確かだ。


 ワルケリ組はワーネリ組とは別ルートで獲物を目指している。

 ワーネリ組の進んできたルートでは、安全な射場が確保できないからだ。

 斜面を少し登った岩陰にそろそろ現れるはずだったが、まだ到着していない。


 ワーネリ組は小さな岩に身を寄せて、ワルケリ組の到着を待つ。

 この翼竜はほとんど目の前を擦り抜けることになっている。


 この作戦の要所だ。

 気づかれずに抜けられる可能性は五分五分。


 見つかった際、ワーネリとマキシはそのまま翼竜の目の前を素通りし自分たちの獲物に突撃、その騒ぎが全体の作戦開始の合図となる予定だった。

 つまり、ワルケリ組の弓が三頭目の翼竜を狙った状態でないと、ワーネリ達はこれ以上先に進めなかった。


 ワーネリが後ろを振り返る。

 二頭目に抜けてきた翼竜の頭が見えた。

 後ろから襲われる心配がないとはいえ、緊張を強いられる。


 マキシが空を見上げる。

 ワーネリの肩を叩いて伝える。


 雨雲が薄くなり空が明るくなりはじめている。

 ワーネリがマキシに向け、太陽の描く軌道を模して二度指を動かす。時間が押している時に使う一般的な仕草だ。


 間もなく雨が止む。

 そして、雨が止めば今は眠っている翼竜たちが活動を再開するだろう。


 ワルケリ組はまだ到着していない。

 ワーネリとマキシは顔を見合わせ、力強く頷きあった。


 二人は身を隠していた小さな岩陰から出て、三頭目の翼竜にむかう。

 手には矢を番えた状態で弓を持っている。

 息を吐くタイミングにさえ気を使い、慎重に歩みを進める。


 翼竜の手前まできたところで、もう雨は止んでいた。

 二人は流行る気持ちを抑え、僅かな音さえ立てないようにゆっくりと足を運ぶ。


『グゥルル…ルㇽ……』


 翼竜が声を発した。その頭はまだ翼の下だ。


 ワーネリがマキシに視線で合図を送った。

 マキシが首を振る。

 ワーネリが目で睨みをきかせつつ、再度同じ合図を送る。


 マキシが走った。

 翼竜の大きな翼が動く。

 ワーネリが弓を構える。


 翼竜がその太く長い首でワーネリを横殴りにする。

 ワーネリが吹き飛ばされ岩に激突した。


『グゥルルルル』


 矢が翼竜の右の翼を貫いた。

 はじめから翼を狙ったのか、翼に阻まれたのかはわからないが、致命傷にはならない。

 射場に遅れて到着したワルケリが慌てて射った矢だ。


 翼竜が頭を持ち上げ、左右の翼で大きく羽ばたく。

 それと同時に、あちこちから翼竜たちの上げる叫び声が響いた。


 二本の矢がほぼ同時に翼竜に突き立った。

 一本が額、もう一本が顎の下部だ。

 ワルケリとノビリオの攻撃だ。


 矢は硬い鱗を貫通しているが、致命傷には至っていない。

 ほとんど間を置かず、更に二本の矢が刺さる。

 額に二本目、首に一本。


 翼竜は叫び声を上げながら、矢の攻撃を避けようとするかのごとく首を大きく振り動かす。

 傷口から血が飛び散る。


 悪足掻きも虚しく、翼竜の頭と首に次々と矢が刺さる。

 的を外す矢は一本さえなかった。

 翼竜は倒れた。


 ワルケリとノビリオが岩肌を駆け下りる。

 岩陰で倒れているワーネリを見つけた。


「俺は大丈夫だ。マキシのフォローへ」


 ワルケリとノビリオは迷わずに、マキシの後を追った。 


 ワーネリはゆっくりと上半身を起こし、岩を背に座った。

『接ぎ木』で強化された両腕をじっと見つめた。

 強化前だったら翼竜の重い一撃には耐えられなかっただろう。



 マキシがそこに到着した時、四匹目の翼竜、ワーネリとマキシに割り当てられていた翼竜の足がちょうど地面から離れた。

 六メートル級の大物。

 この群れのボスと目されている個体だ。

 その大きな翼に押された空気が小石を吹き飛ばす。


『ギョエェェェェ』


 高く舞い上がった翼竜の一鳴きが空気を震わせる。


 マキシは弓を構える。

 ゆっくりと息を吸い込み、弦を引く。


 翼竜はマキシに狙いを定め一直線に滑空してくる。

 マキシは息を止め、狙いを定める。

 矢を放つ。

 その瞬間、足元が揺れた。

 地震だ。


 的を外した矢は彼方へ飛んでいく。

 マキシが顔を顰める。

 運が悪かった。

 次の矢を射るには時間が足りない。


 重力により滑空速度が増していく翼竜の目がギラリと光る。

 それは愚かな獲物の獲得を確信した目だった。


『ギギャギャャャャャ』


 空中で翼竜の体が大きくぶれた。

 マキシの眼前、硬い岩肌に翼竜は背中から激突した。

 マキシは岩に駆け上がる。


 翼竜は最後の力を振り絞って首を持ち上げる。

 その首には等間隔に五本の矢が刺さっていた。


 マキシは力いっぱい弓を引く。

 目の前、翼竜が大きく口を開く。


「悪いな。俺には助けてくれる仲間たちがいるんだ」


 マキシは矢を射った。

 翼竜は口蓋から脳髄を貫かれ、絶命した。


 マキシが斜面に沿うように視線を上げる。

 視線の遥か先、緑が切れた小さな崖の上に五つの影が立っている。

 別行動を取っていたアメジたちだ。


 影から飛び出した五本の矢がキレイな放物線を描く。

 断末魔の咆哮が空に響いた。




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