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緑を大切に!  作者: 葉月
第一部 人と植物のハーフです
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第002話 ミクランとアルメ

 瞬く間に時間が経過していく。


 手を揚げると視界の下の方から出てくる自分の腕を≪診る≫。

 腕は淡い光に包まれている。

 俺にも魔力があるということだ。

 その使い道についてはまだ想像もつかないが、魔力があるというだけでもニヤける。


 日に何度も、飽きもせず意味もなく腕を上げては魔力の淡い光を確認してしまう。

 赤ん坊が自分の手を眺めている機嫌良く過ごしている、そばの椅子に腰掛けているセディからはそんな風に見えているだろう。

 後で知ったことだが、魔力を消費して魔法を発現させる俺のこの行動は魔力量の底上げと魔力制御の鍛錬になっていたようだ。


 窓の外はまだ明るかった。

 青い空に綿あめみたいな雲が漂っている。

 セディはベッドの脇に椅子を置き、編み物に精を出している。


 平和だ。


 暇だ。


 あれから随分経つが、アンネとエリーの代わりとなるメイドが来る気配はない。領主として多忙な父アレクセイは朝と夜くらいしかこの部屋にはやってこない。


 セディは自らが“緑の民(みどりのたみ)”であることをアレクセイ以外の者たちには秘密にしていた。

 領主の息子が誕生したといのに、挨拶に訪れる者さえいない。正確にはたくさんいるのだろうけれど、俺の前にやってきて顔見せする者はいない。

 あれ以来俺の周囲には父と母以外は誰一人として近づいていない。


 “()()()()()()()()”である俺がこの世界の人にすんなりと受け入れられそうにないことは俺の目を見たときのエリーの反応や今の状況から想像に易い。

 “緑の民”はプラントハンターに狙われる存在だという。俺もまたプラントハンターから狙われる存在なのだろう。

 “緑の民”と人の間に生まれた子供。

 存在の希少性ならどんな絶滅危惧種も目じゃない。


 そういえば、“緑の民”は俺を受け入れてくれるのだろうか。もしも“緑の民”からも受け入れられないというなら、前途は真っ暗だ。

 いやいや、想像だけで弱気になるのはよくない。俺はこの世界でも前世と同じく植物たちのために生きると決めているのだ。ならば受け入れて貰えるよう努力するだけだ。


 俺にはやる気がみなぎっていた。

 今ならきっと成功するだろう。


 四肢にぐっと力を加える。

 体がわずかに持ち上がった。


 いけそうだ。

 俺はフルパワーを出した。


「ふげっ」


 変な声が出た。

 だが、俺ははじめての寝返りに成功した。

 それと同時に俺の顔は布団に押し付けられた。


 迂闊だった。

 息ができない。


 やばい。

 赤ん坊の世界には危険がいっぱいだ。


 セディは気がついてくれているのか。

 確認することはできない。

 俺に迷いはなかった。


 泣いた。


 ふっと体が浮き上がる。

 セディに抱き上げられたのだ。


 セディが何か喋っているが、泣いているので聞き取ることはできなかった。

 きっとセディは驚きと喜びが混じった美しい表情を向けてくれているはずだが、泣いている俺は目を閉じているのでそれさえも見ることはできない。

 残念だ。


 ドカドカといつもの足音を立ててアレクセイが部屋に入ってきた。明るい時間帯にこの部屋にやって来ることが、最近にしてはとても珍しい。


「セディ、今戻った」


「お帰りなさいませ。アレク、ちょうど今、カルがはじめて寝返りをしたのですよ」


 俺はまだ泣いていた。

 一旦泣きはじめると自分でも止めることはできない。

 赤ん坊の悲しい性だ。


「おおそうか、そうか、寝返ったか。よくやったカルロス。それはそうと、セディ、お前に会いたいという者たちを連れてきているのだが」


 アレクセイが豪快に俺の頭を撫でつけながら言うには、屋敷の門の近くで身を隠すようにコソコソ話をしていた二人組がいたので気になって声を掛けたところ、その二人組はセディに用事があると答えた。


「ああ、来てくれたのですね」


 セディがその細い指で俺の頬を優しく突いた。

 “緑の民”であるセディは、その秘密を守るため領主夫人としての公務を除いてプライベートでは極力人間との関わりを避けている。そんなセディに来客など俺が生まれてからもはじめてのことだ。


「それが、その二人は()()()が違う。用件はお前に直接会って伝えると答えてくれなかったのだが………、とにかく所持品検査には素直に応じ、武器はもちろん怪しいものは一切所持していなかったので、もうそこまで連れてきている」


 セディが首を傾げる。


 見かけ通りに豪快な性格のアレクセイだが、知らない相手に対して些か無用心ではないだろうか。武器は持っていないとしても、この世界には魔法がある。

 まあ、心配したところで、赤ん坊の俺には手足をバタつかせるくらいしかできないのだが。


「あらカル。機嫌が良いでちゅね」


 案の定、セディに俺の意図は伝わらない。

 セディは俺から目を上げ扉の外に真剣な視線を向ける。


「ここへ通してください」


「ここに?」


 セディの言葉にアレクセイが驚く。

 俺は精一杯手足をバタつかせる。


「はい、その二人なら大丈夫です」


「知っておる者か?」


「知り合いではありませんが、気配でわかりました。その二人は“緑の民”です」


「しかし目の色が」


「はい。そういった特殊な能力を持つ者なのでしょう」


「では、お前が呼び寄せた“緑の民”なのだな。しかし知り合いではないと」


「呼び寄せたわけではありません。古い友人にお願いして紹介してもらったのです。それにほら、こんなに手足をバタつかせて。カルも早く会いたがっていますわ」


 赤ん坊の身ではジェスチャーさえ難しい。



 俺はセディの腕の中で顔の位置をずらし、扉を見つめる。

 アレクセイはやや緊張した面持ちで扉を開け、廊下に待たせていた二人を呼び寄せた。

 二人の人影が部屋の中に入ってくる。距離があり俺の視力では輪郭しかわからない。


 ぼんやりと見えるそれは、大人の女性。セディよりは高く、アレクセイよりはやや低い。

 二つの影は重量感のない足音を立て、ゆっくりと近づいてくる。セディ以外にはじめて会う“緑の民”。


 俺の緊張は最高潮に高まっているのだが、赤ん坊なので身構えることさえできない。

 険しい顔つきにさえなっていないだろう。きっとだらしない笑顔だ。


 ようやく俺にも二人組の容姿が確認できた。


 子供だった。


 セディより大きなその子たちは、顔つきも体つきも子供のそれだ。

 透き通った綺麗な目は大きく、四肢には適度な丸みが残っている。


 小学生の集団登校で頭一つ飛び出して、小さなランドセルを背負っている大きな女の子。

 前世の記憶からそんな映像が浮かんだ。

 夏のヒマワリが似合うだろう。


「はじめましてセディ様」


 薄ピンクの髪の女の子が丁寧な口上と共に流れるようなしなやかな動作でお辞儀をした。

 その横で、派手な黄色い髪の女の子が慌ててぺこりと頭を下げる。


 頭を上げた二人は、俺の左右の目の色を確認して、ただでさえ大きなその瞳を更に大きくした。

 二人とも目の色はブルーだった。


「よくいらしてくれました。お待ちしていましたよ。ここまでの道中に問題はありませんでしたか?きっと二人とも人の領域に出てくるのははじめてでしょう?」


 セディが二人を歓迎し、労う。


 俺は目を凝らして二人を≪診る≫。

 二人の全身は淡く光り、胸の中心に強い光を放つ“植物核”が見えた。

 不思議と緊張は消え、代わりに嬉しさがこみ上げてきた。

 セディの言った通りこの二人は“緑の民”だ。魔力を蓄えた植物が人の姿をした存在。

 こんなにも早くセディ以外の“緑の民”に会えるとは期待してもいなかった。


 二人の“植物核”の輝きはセディのそれよりも遥かに強かった。

 はっきりと強く感じるが、その差が十倍なのか百倍なのかはよくわからない。光量の比較というのは難しいものだ。


 セディは俺を産んでその力の多くを失ったと、いつぞやセディとアレクセイが話しているのを聞いた覚えがある。輝きの強さが力の強さを表しているとするなら。この二人の輝きが標準で、セディの輝きが弱々しいということなのかもしれない。


 この世界での名前は知らないが、前の世界でいえば、ピンクの髪の女の子はパフィオペディラム・ミクランサム、黄色の髪の女の子がパフィオペディラム・アルメニアカムだ。


 パフィオペディルム属は花に食虫植物のような袋を持つ風変わりな植物の一群で、この種の仲間ばかりを育てている熱狂的な愛好家たちがいた。


 スミレやヒマワリといった超メジャー植物たちとの出会いを期待していたのだが、パフィオペディルムはコチョウランやカトレアなどと同じラン科だ。

 ラン科は花を咲かせる植物では最大の種数を誇るグループで、実に植物全体の1割近くを占めているのでマイナーというには語弊がある。

 確率論でいえば、ラン科の“緑の民”に出会うのは順当とさえいえる。


『ミクランとアルメ』

 そう二人の名を頭の中で復唱した途端、セディが僅かに驚いた表情をした。


「そう、お二人はミクランさんとアルメさんとおっしゃるのね。どちらミクランさんで、どちらがアルメさんかしら」


「私がミクランで、こちらがアルメです。でも、どうしてご存じなのでしょうか?」


 セディの言葉に二人揃って困惑している。


「あら、今そうおっしゃったでしょ。頭に直接伝わってきましたよ。≪念話(ねんわ)≫の魔法を使ったのですね」


「いえ、私たちは何も」


「そんなはずは、先ほどはっきりと私の頭の中にあなた方の名前が伝わってきましたよ」


 ミクランとアルメは顔を見合わせる。

 鏡を挟む様にして同時に首を傾げた。


「セディ様、それは私たちではありません。初対面でお顔を合わせているのに≪念話≫で名乗るなど、そのような失礼は致しません」


 代表してミクランが答えた。

 横でアルメがやや大げさに頷いている。


 三人の会話を聞き流し、俺は物思いに耽っていたので気がつかなかった。


『ミクランサムだからミクランで、アルメニアカムだからアルメか。素直なネーミングだな。ということは、植物名も共通なのか。ラン科パフィオペディラム属の二人だけど、髪の色以外は双子のようにそっくりだ』


 いつの間にかセディが俺を見つめていた。


「カル、あなたなのね?」


 セディが俺に問いかけた。

 目が合う。


 ミクランとアルメ、それにアレクセイまでもが俺に注目している。

 俺はゆっくりと二度瞬きをした。


「カル様というのね。かわいい、イェイ」


 空気を読まないアルメが両手をグーにして控えめにあげた。


「カルロスだ」


 アレクセイが真面目な口調で的外れな補足をした。



『えっと、どういうこと?』


「カル、やっぱりカルなのね」


 セディの言葉に状況のわからない他の三人は怪訝な表情になる。

 しかし俺にはわかった。

 セディは俺の言葉に反応している。


『つまり、これは、そういう能力ということだよな』


 セディは俺の左目を凝視している。


『俺の考えたことがセディには伝わっている。さっきセディが口にした≪念話≫という魔法か』


「ママです」


『えっ』


「セディではありません。ママと呼びなさい」


『お母さん…』


「いえ、ママです」


『はい、…ママ』


 セディはにっこりと微笑んだ。

 ずっと傾げたままのミクランとアルメの首は更に角度を増していた。後で首が痛くならなければいいけれど。アレクセイも怪訝な表情だ。

 会話の一方が≪念話≫、もう一方が言葉を発声となると周囲にいる者は訳がわからない。


「カルが≪念話≫の魔法で私に話しかけていたのです」

 セディが満面の笑みで説明した。

 その言葉に三人は驚きの声をあげる。


「まさか、まだ赤ん坊だぞ」


「驚くのも無理はないわ。でも本当のことです。カルがミクランとアルメの名を私に教えてくれました。カル、パパにも何か≪念話≫を送ってごらんなさい」


 セディに促され俺はアレクセイにむけて念じた。


「何事もないが」


 アレクセイが眉間にしわを寄せる。

 怒っているのではなく、俺からの≪念話≫を受信しようと真剣なのだろう。


「ほらカル、ママにしたようにアレクセイにむけて≪念話≫を送ってごらんなさい」


 俺はアレクセイを見つめながら、もう一度念じた。


「何も届かんな」


「カル?もしかしてもう疲れてしまったのかしら。まだ赤ん坊ですから」


『そうか。魔力が足りないのかもしれないな』


「カル。伝わりましたよ」


『えっ、どういうこと?』


「どういうことでしょうか」


『アレクセイには伝えられない。セディにだけ伝えられる。そういう能力なんだろうか』


 魔法に対する知識がないので判断のしようがない。


「セディではありません。ママです。それにアレクセイのことはパパと呼ぶように」


『はい。ママ』

 抱え上げる腕にいつもより強い力が加わるのを察知した俺は大慌てで返事をした。


「カルの≪念話≫は、まだ私にしか伝えられないようです。残念ですわねアレク」


「そうか、それは確かに残念だが、カルはまだこんな小さいのだ。無理はなかろう。セディに伝えられるというだけでも大したものだ。カルが純粋な人ならばありえないことだ。人の赤子であればまだまともな思考すら出来ぬであろう。これも“緑の民”の血が成せる技か」


 アレクセイは俺に微笑み返す。説明してくれたのかもしれない。


「カル様、私にはどう?試してみて」


 アルメが物怖じせず提案する。

 俺はアルメの方に視線を向けようとした。

 気が付いたセディが半身を捻って抱きかかえている俺の体をアルメの方に向けてくれた。


『アルメ。君はパフィオペディラム・アルメニアカムであっているかい?』


 アルメが両頬に手を当てて喜ぶ。


「届きました!すごい。カル様!……でも、どうして私たちの事を知っている?」


『知っていたんじゃない。わかったんだ』


「わかった?そんな能力、聞いたことない」


 アルメが隣に立つミクランに顔を向けると、そのまま首を45度傾げた。アルメに釣られてミクランも同じように首を傾けた。


『仕草は可愛いんだけど、でかいなあ』


「デカくない。普通ですう」


『わわっ、伝わっちゃったのか。まだうまくコントロールできないんだな。あれ、というこれも伝わっているのか?』


 アルメが頬を膨らます。

 気にしているのかもしれない。


「伝わってる。カル様。それより、どういう能力?イェイ」


『考えたことが駄々洩れって………、えっと、その前にちょくちょく押し込んでくる、その“イェイ”ってなんなのかな?』


 気になることは確認しておいたほうがよい。


「『イェイ』を語尾につける、王都の女の子の間で流行っていると聞いた。パフィ族の情報網は優秀」


 アルメの言葉にセディがぽかんとした。彼女にしては珍しい表情だ。


「アルメさん。ここアレクセイ男爵領はエクアラセア神聖王国の南の外れ、いわば辺境です。王都での流行もここまでは届きません。そのような言い回しをする方はいらっしゃらないわ」


「私は“緑の民”、親しみ易さを演出する必要があると思った。失敗か?」


 選んだ方法はともかく、アルメが良い子だということはわかった。


『いや、まあ、いいんじゃないか。個性的だし』


 アルメが短くリズミカルに発声する“イェイ”が、その表情と仕草と似あっていて可愛らしいのは間違いない。


「そうか、よかった。イェイ」


 アルメは子供らしい大きな笑みを浮かべる。

 気に入っていたようだ。


「アルメ。そろそろ交代してください。カル様。次はどうぞ私にお試しください」


 ミクランがタイミングよく催促してきた。俺の≪念話≫はアルメにしか聞こえていないはず。アルメの独り言からよく判断できたものだ。


 ミクランができる姉、アルメがやんちゃな妹という組み合わせのようだ。俺は、アルメの時のような下手な質問をしないように気を引き締めた。


『テステステス。ミクラン。聞こえていますか』


「はい、カル様。カル様の温かい思いがミクランのここに伝わってきました」


 ミクランが頬を染めて、両手を胸に添えた。

 いや、なんだろうこの反応は、単純にできる姉とはちょっと違うみたいだ。



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