第026話 神聖騎士団
シーモアは馬を駆り大通りを走る。
彼の後ろには勇壮な隊列が続く。
領都リンナエスの街は外敵からの侵攻を考慮されていない。
北の街道から続く大通りはまっすぐに街の中心地にある領主の屋敷まで伸びている。
今は大雨で視界が利かないが、晴れていて明るければ目的地である領主の屋敷の屋根が遠目に見える。
大雨の影響で大通りを歩く人影はほとんどいない。
馬の蹄が道を叩く音に、家の外を覗いた領民たちは一様に目をみはった。
シーモアは屋根の上に視線を流した。
屋根の影に隠れてシーモアを見張っているワーディとヴェナスへの牽制だった。
二人は気配を巧みに隠蔽していたがシーモアから隠れることはできなかった。
リンナエス家の鼠だろうとシーモアは判断した。
それなりに腕は立つようだが、シーモアの相手ではない。
予定通り、とシーモアが思ったのもつかの間、雨が止んだ。
分厚く街の空を覆っていた雨雲が急速に四散していく。
雨が宮廷魔導師アマリロの精霊魔法によるものだと知らされていた隊員たちに衝撃が走った。
アマリロに魔法を中断しないといけないほどの不測の事態がおこっている。
シーモアは馬の手綱を緩めた。
アマリロへの≪念話≫は繋がらない。
「シーモア様、どうしますか?」
近づいてきた副長がシーモアに指示を仰いだ。
神聖騎士団としてシーモアの倍以上の歳月を過ごしている歴戦の猛者だ。
シーモアはこの副長を頼りにしていた。
「どう考える」
「何らかの妨害があるのは確かでしょうが、アマリロ殿に害を成せるほどの敵がこのような辺境領にいるとは考えられません。それにアマリロ殿の周囲は、弟子の宮廷魔法使いが固めており盤石。万が一のこともありますまい」
副長の意見を聞くまでもなく、アマリロに何か問題が生じたことに疑いようはない。
そして副長の言ったように、それが作戦を中止する程の事態とも考えにくい。
ただし、敵の力量が不明である以上、作戦を続行するなら速やかに進めるべきだ。
雨が止んだ大通りには既に人影が見えはじめている。
シーモアは決断した。
「このまま作戦を続行する。ただし、雨が止み通りに領民が出はじめている。無辜の民に被害を出しては我らエクアラセア神聖王国の守護たる神聖騎士団の名折れである。隊列を整え、旗章を掲げよ」
シーモアの指示に隊員たちが声を揃える。
騎士たちはシーモアを先頭に三列縦隊を組み、足並みを揃え威風堂々と大通りを進みはじめる。
雨雲の様子を確認しようといち早く通りに顔を出した領民たちは、神聖騎士団の輝く甲冑に目を奪われ、声も出さずに彼らが通り過ぎるのを眺めた。
グアイは窓の外を恨めしく眺めていたが、嬉しい誤算にニンマリする。
あれほど分厚い雨雲は滅多に見れないんだけれど。
グアイは家の外に飛び出した。
雨雲に隙間からすっかり暗くなってしまった空が見える。
もう雨は降りそうにない。
お日様はすっかり隠れてしまったが、街の中は建ち並ぶ家屋から漏れ出る様々な光で明るさを保っていた。
グアイは市場まで急いだ。
グアイがいつもの場所で大通りを歩く人々を眺めていると、メリカとアドルもやってきた。
領都リンナエスの治安は良好だが、子供の出歩く時間帯ではない。
三人組はカルロスのことが気になって集まってきたのだ。
昨日、カルたちはあの古代遺跡の探索に入った。
連れて行ってくれなかったことは不満だが、危険だからという正当な理由があり諦めるしかなかった。
カルロスたちは森の帰りにはいつもこの大通りを通った。
だから昨日も三人組はこの場所にずっと陣取っていた。
けれど、カルロスたちは通らなかった。
心配性のアドルは別として、グアイとメリカはそれほど心配していない。
カルロスを除いてみんな信じられないくらい強いからだ。
遺跡探検の土産話が聞きたかった。
今日も、朝から三人でこの場所で待っていた。
そして今日もカルたちは通らなかった。
あんな小さな遺跡なのに、探検というのはそれほどにも時間がかかるものだろうか。
アレクセイとセディに連れられたカルロスとフミは、目立たないように別の小道を使って屋敷に帰り着いている。
大人であればいくらでも確認方法があっただろうが、子供であるグアイたちにはそれがなかった。
三人組が夕食の話題で盛り上がっていると、周囲にざわめきが起こった。
通りにいた人たちが揃って大通りの先に目を向けている。
「なんだろう」
メリカの疑問にアドルが明るい声を出す。
「カルたちかな」
グアイはさっと立ち上がって見通しの効くところへ移動した。
メリカとアドルが慌てて後から追いかけた。
グアイの目に飛び込んできたのは、雨粒が街の明かりを反射して煌めく純白の全身鎧。
勇壮な騎士団が隊列を整え大通りを行進してくる。
それは物語の中のような光景だった。
グアイの目が大きく開き、心臓が高鳴った。
吸い込んだ息を吐くことができない。
「なあに?」
アルメが心配そうに聞く。
「神聖騎士団だぁ!!」
グアイにはわかった。
彼らが掲げる旗章は赤地に浮かぶ黄金の獅子。
それはグアイだけでなく王国中の男の子が知っている。
彼らの憧れだった。
「僕も見たい」
追いついたアドルがグアイの横に並ぶ。
その瞳はグアイと同じように大きく輝いている。
「領主様の屋敷に行くんだね」
「あっ!!!カルが遺跡で何かすごい発見をしたんだ!」
「そうかなあ」
「きっとそうだ」
「カルたちは、もう帰ってたんだね」
「よかった」
シーモアは顔をまっすぐ前を向け威厳ある態度で馬を進める。
その姿に男は憧れを抱き、女はうっとりとした表情を浮かべる。
隊列は既に街の中心街まで進んでいる。
人通りが多い。
馬が立てる音で隊列に気がついた人々が急いで道を開ける。
大通りの両側には人の壁ができていた。
「多いな」
「我々は目立ちますからな。こんな田舎です。話を聞きつけた者から次々に集まってくるでしょう」
「子供まで」
シーモアの目に映っているのはグアイたちだった。
はっきりとわかる憧れの表情。
シーモアと目があったことに気がついたのか、その男の子は隣の男の子と手を握って飛び跳ねた。
「日没後とはいえ、まだ賑やかな時間帯です」
「帰路の対策は抜かるなよ」
「心得ております。リンナエス男爵家は民衆に人気があるとのこと。我々の任務内容が知れれば、この領民たちが暴徒と化す恐れがあります」
副長の話を聞きながら、シーモアの頭の中には先ほどの子供たちが浮かんでいた。
平民出のシーモアの子供時代もあの子供たちと似たようなものだった。
神聖騎士団に憧れ目を輝かせていた。
今日の我々の姿に夢を抱きいつか神聖騎士団に入団してくる者がいるかもしれない。
シーモアは首を振った。
感傷的になってはいけない。
もう決めたことだ。
※
街の北西、精霊魔導師アマリロが描いた立体魔法陣の中央で紅蓮の炎を全身纏わせた深紅の魔人が立ち上がる。
魔人の全身から発する熱を持った光で夜の平原が赤色に染まる。
アマリロの求めに応じて顕現化した火の最上位精霊イフリートだ。
それは魔力障壁を張ることができないような弱者は近づくことさえ許されない圧倒的な力の塊。
アマリロの口から笑みが漏れる。
神聖王国随一の精霊魔法の使い手であるアマリロにとっても、この炎の化身イフリートは最大攻撃力を誇る精霊だ。
長く平和が続いている治世で行使する機会はそうそう巡ってくるものではなかった。
破壊力がありすぎるからだ。
しかし、幸いなことに敵の魔導師は街から離れた森の中に潜んでいる。
民衆に被害は出ない。
民衆の被害は極力避ける。
これは宮廷魔導師であるアマリロにとっては当然の前提条件だった。
敵の反撃を許さほど苛烈な一撃で勝負を決める。
敵の魔法攻撃を紙一重で避けたアマリロはそう考えた。
「イフリートよ。その力を存分に奮え『爆炎溶解煉獄』!」
イフリートから発せられる圧倒的な炎の渦がイフリートを覆い隠す。
イフリートの身体が崩れ炎と同化する。
炎の化身を形作っていたすべての力によって生み出された極高温の炎の塊が標的に向け高速で発射された。
狙いは正確だった。
イフリートだったその灼熱の塊はエリオの森の遺跡の広場に着弾した。
巨大な爆発が生じ、地響きが起こった。
数千度の超高温が遺跡の石はもちろん地面さえ溶かす。
遺跡の周辺の森の植物は瞬時に蒸発し僅かな燃えカスさえも残らない。
周辺の森は強烈な爆風で放射状に吹き飛ばされた後、熱風を浴びて燃え上がった。
魔力を帯びた劫火は水分を多く含む生木さえ容易く燃やし尽くした。