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緑を大切に!  作者: 葉月
第一部 人と植物のハーフです
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第010話 魔法の訓練

 

 ラジェルストレミア(サルスベリ)の硬く滑らかな樹皮がグアイの木剣を弾き返した。

 涼しげな薄桃色の花が僅かに揺れたように見えたのは贔屓目だったかもしれない。


「イタタタ、手が痺れた」


 グアイの泣き言が聞こえてくる。

 全身から汗が噴き出している。


 グアイに剣の稽古をつけているのはヴェナスだ。

 グアイの剣の腕は短期間で劇的に上達している。


 グアイに剣技のセンスがあるのか、ヴェナスの指導が上手いのか、その両方か。

 単にズブの素人だったために、ちょっとしたコツで差が出やすいのか。


 エリオの森はすっかり夏の装いに変わっている。

 エクアラセア神聖王国の南の端にあるリンナエス男爵領、亜熱帯に属するこの地域にもささやかな四季が見られる。


 葉の緑を背景に、赤やオレンジ、黄色に、白、カラフルな花々がそこかしこに咲いている景色は、春とさして変わらない。

 それでも、いくらかの観察眼を持つ者が見れば咲いている花の種類が違っていることに気がつくだろう。


 エリオの実を特産品に計画は保留となっている。

 エリオが森の優占種だということは、あの場にいた者たちだけの秘密。

 エリオの木は森のあちこちに生えている。


 エリオの実を特産品にすると、領民が森の至る所に入り込むことになり、いろいろと都合が悪くなる。

 さしあたって男爵領に特産品を誕生させるより、エリオの森を自分たち専用にしておくメリットを優先した。


「カル様、よそ見はいけません。魔法を発現させるには集中力が肝です」


 俺カルロス・リンナエスは魔導師エリオから魔法の特訓を受けている最中だ。

 朝から夕方まで日の出ている間はほとんど毎日のように通っている。

 が、ここまで数週間に及んでいる特訓も一向に成果が見られなかった。

 俺がよそ見をしているわけである。


「カル様は、その年齢で魔力量ではこの私を既に凌駕しております。きっかけさえ掴めれば、瞬く間に魔法の技量は上達し、王国は優に及ばず大陸中に名を馳せ、歴史に残る魔導師になることは間違いありません」


 配下にしてすぐにわかったことだが、エリオはその美男子風の見た目に反して、少々暑苦しい性格をしている。

 知性的だがどこかずれている、隙の多い魔導師だった。

 基本的に善人だが、その気の使い方にもおかしなところが多々みられた。


 ミクランとアルメは俺の特訓がはじまると同時に、メリカを連れて森の散策に出ている。

 ワーディも付いている。

 それに、この森の中なら≪念話≫で連絡が取り合える。


 俺の魔法の鍛錬に関してこれまでのミクランとアルメに代わりエリオに一任されている。

 つまり、エリオの魔導士としての力量は皆が認めている。


「きっかけね。これだけ魔力量があるのに、何一つ魔法を発現させられないというのも情けないな」


「あっ、見て見て、でたよ」


 アドルが両方の手の平を丁寧に重ねて作った器の中に、水が湧き出ている。


 エリオの見立てにより、アドルと、そしてメリカにも魔法使いとしての素質があることがわかった。

 グアイは素質なしで、剣の稽古に励んでいる。


「上出来です。アドル。そのまま続けてください」


 エリオが優しい口調で指示を出す。


 アドルは俺と一緒にエリオから魔法の指導を受けている。

 メリカは女の子同士で気が合うのか、ミクランとアルメに教わっていることが多い。


 この師弟関係は明確なものではなく、エリオはメリカにも指導をするし、アドルの方もミクランやアルメからも教わっている。


 魔力量では俺が断トツだったが、メリカも彼女の年齢にしては優秀な方で、しっかりと適切な修行をすれば、魔法使いになれる可能性が高いというのがエリオの見立てだ。

 メリカはもう魔法使いになった気でいる。


 アドルの魔力量はそれほど多くはない。

 修行しても魔法使いにはなれないというのが、エリオの見立てだった。


 ただし、二人とも子供なので未知数な部分も多く、この後の成長曲線の描き方次第だそうだ。

 魔法使いにも早熟型とか晩成型とかがあるそうだ。


 魔力量が少ないアドルは、センスがあった。

 エリオの特訓により幾つかの魔法を既に成功させている。


 特に炎系の魔法に適性があるようで、野生動物くらいはもう一人で追い返せる。

 これで魔法使いにはなれないというのだから、この世界の魔法使いの定義はかなり厳しいのだろう。


 アドルは俺と同じ五歳児。

 目の前で魔法を成功させる光景が羨ましくないといえば嘘になるし、兄弟子としての立場もない。


「カル様、既に二つの特別な魔法を習得しているではありませんか」


「あれって、魔法なのか」


 エリオがいうのは、“緑の民”の種を見定める能力と、“緑獣”を従える能力のことだ。

 この二つ以外にも、凡庸な魔法としては≪念話≫も使える。

 ただし相手が“緑の民”だけの限定仕様だ。


「極めて特殊なものですが、立派な魔法です」


「でも、魔力が減る感じがしないけどな」


「それはカル様の魔力量が膨大であるがゆえ、消費していることに気がつかないだけです」


 つまり俺が鈍感だという指摘。

 あの二つの魔法の習得にはエリオの言うきっかけが確かにあった。


「俺もメリカやアドルのように、魔法っぽい魔法が使ってみたいな」


「カル様の二つの魔法は、一見何もしていないかの如く真に地味な魔法ですが、他に誰も使える者のいない唯一無二の魔法です。ど派手で効果誰の目にもわかりやすく民衆受けが良いだけの魔法など、我々、配下の魔導士や魔法使いたちに任せておけば良いのです」


≪念話≫も地味だしな。

 溜息が漏れる。


「でもなあ。それだと特訓する必要がないんじゃないか」


「今のカル様に特訓は必要です。日々の特訓で、新たな魔法の習得には微塵の進歩も見られませんが、魔力量まだまだ増大しております。どこまで伸びるのか末恐ろしいほどです。これを特訓の成果と言わずして、何を持って成果と言えるでしょうか」


 心地よい風が抜け、エリオが放つ暑苦しさを和らげてくれる。

 風を追った視線の先で、赤い絨毯を揺れていた。


 デロニクス・レギアの大木がその広い樹冠いっぱいに真っ赤な花を咲かせている。

 前の世界ではホウオウボクという名で呼ばれていた。

 マメ科に特徴的な繊細な葉が涼しげだ。


 アドルの手の器から水が滴り落ちている。

 ホウオウボクは鳳凰木、かなり強そうな名前だ。


「エリオは魔導師だが、他の“緑の民”に会う機会も多いのか?」


「私は時だけは長く生きており魔法に長けておりますが、生まれ出たこの森からただの一度もとも外に出たことはありません。物好きにもこの森を訪れる“緑の民”が稀におりましたが、100年に一度あるかどうか。それもこの森の周囲に人の支配が及んでからは、とんとなくなりました」


 つまりエリオはボッチ。

 気の使い方がおかしい原因は長すぎたボッチ生活に原因あるのかもしれない。

 そう思えば、不憫なやつだ。


「いや、すまなかった。あそこに鳳凰木が咲いているだろ」


「ホウオウボクとは?」


「デロニクス・レギアだ。とにかく。真っ赤で派手に咲いているだろ。名前といい、見た目といい、ものすごく強そうだなと思ったわけだ」


「デロニクスには会ったことはありません。他の“緑の民”のことを知りたいのなら、パフィ族の姫巫女であるミクランとアルメの方が私よりはよっぽど詳しいのではないでしょうか」


「それはそうだな。あの二人もああ見えて長生きだったな。見た目が幼いので、これまでそういう発想がでてこなかった」


「見た目が幼いとは、姫巫女が聞いたら怒るでしょうな。デロニクスでよいことを思いつきました。あちらに移動しましょう。アドルも一緒についてきなさい」



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