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極光の翼

 〈ベガルタ〉が左肩に装備されていたシールドを分離(パージ)し、地面に叩きつけられていた機体が再び上体を起こす。


「リア!?やめろ!」


 通信を行ってみたものの、返る声は無く相手が止まる気配も全くない。

 〈ベガルタ〉が腰の後ろのラックからヒートナイフを抜き放って振るう。鋭い斬撃を回避すべく〈ラーグルフ〉がタクティカルバイターを引き抜いて飛び退った。

 距離を取って巨大な鋏であったそれを元の大剣の状態へと戻す。

 ゆっくりと立ち上がる〈ベガルタ〉。その頭部の赤色化した二つの瞳を見て僕は唖然とする。


「あれは、カオスモードなのか……?」


 そう呟いたのも束の間、次の瞬間には急接近してきた〈ベガルタ〉が手にしたナイフで切りかかって来る。

 コクピットのある胸部周りや、各部関節を目掛けて迫る刃先を回避するが、後退せざるを得ない。

 少しずつ、けれど確実に機体が第九八番天蓋区画の南側に広がる断崖絶壁の縁へと追いやられていく。


「くッ、あの崖から落ちたらさすがのインパルスフレームでも無事じゃ……」


――牽制で構わねぇ!ロイ、一発かませ!


 脳内でレイが咆える。それに反応するかのように身体が動いた。

 〈ラーグルフ〉がタクティカルバイターを派手に振り下ろす。当然、〈ベガルタ〉はその一撃を軽々と回避した。

 振り下ろされた大剣が地面を抉り、砂煙が立ち込める。


「よし、土煙を煙幕代わりにこのまま距離を……」


 言って、操縦桿を操作しようとしたその瞬間だった。

 一瞬、背筋が凍るような戦慄を覚えて、その直後、僕は土煙を無視して突撃してきた〈ベガルタ〉に驚愕する。


「マジかよッ?!」


 僕よりも先にレイが反応した。

 〈ラーグルフ〉が大剣を手放して、突き出されたヒートナイフの刃を両手で挟み込むように受け止める。


「あっぶねぇ。気弱なお前にしちゃあ随分と大胆なことしてくるじゃねぇか!」


 レイの操作で〈ラーグルフ〉が右の膝を蹴り上げる。対して〈ベガルタ〉はナイフを持っていない左手でそれを受け止めて見せた。


 ――反応が早いッ!


「一瞬気を逸らせりゃ十分なんだよッ!」


 そう一瞬、向けられていたヒートナイフの刃先を逸らす時間さえ稼げれば動きようはある。

 〈ラーグルフ〉がナイフの軌道を逸らして突きの一撃を無力化し、そのまま組み合いに持ち込む。


「リア!速くそのモードを、カオスモードを解除するんだ!それは危険なモードだって君なら分かっているはずだろ?!」


 レイに代わって僕は通信を試みる。

 先程、アメリアは間違いなく正気に戻っていた。そんな彼女に今の機体の状態がどれだけ危険なのかわからないはずがない。


『…………ない』


 荒い呼吸とともに彼女が答える声がした。


『……でき、ないの』

「できない?」

『……ユアンが、システムに、細工してた、みたいで……』

「そんな、まさか……」


 刹那の思考で僕は今〈ベガルタ〉を動かしているのは彼女自身の意思ではなく、オートパイロットシステムであると思い至る。

 つまり、今のアメリアは操縦者としてではなく単なる情報処理の装置としてコクピットに積まれているのだ。


『……う、あぁ……』


 アメリアの苦痛の声。

 一時的に大人しくなっていた〈ベガルタ〉が再び暴れ出す。組み合っている両機の装甲同士が擦れ合う特徴的な音が鼓膜を突いた。


「……いけない!リア、抑えて……ぐあッ」


 膝蹴りを喰らった〈ラーグルフ〉が一歩、二歩と後退。続いて繰り出されるヒートダガーの一閃を横への移動で回避。その移動で、今まで崖側であった機体の位置を天蓋区画側へと変更する。

 これによって、崖から落下する可能性は消え去ったわけだが、相手の反応速度に押されているこの状況では安堵の息を吐く余裕もない。


「大剣を……!」


 移動の途中で地面に突き刺さったままのタクティカルバイターを回収すべく手を伸ばすものの、〈ベガルタ〉の猛攻に阻まれ、断念する。

 ヒートダガーを構えた〈ベガルタ〉が再突撃。立て続けに繰り出された斬撃を回避しようとするが、通常の〈RAGE〉で得られる反応速度では〈CHAOS MODE〉のそれに対応できるはずがなくて、やむを得ずヒートダガーを抜き放って斬撃を受け止めた。


「くそッ!何か手は……?」

『……ロ、イ』


 必死に考える僕を、アメリアが呼ぶ。


「リア。待ってて、今助ける」

『……もう、いいから』


 その声はいつもの彼女のそれよりももっと小さくて、弱くて、どこか寂しそうな感じがした。

 そしてその声音に僕が嫌な予感を覚えたのは言うまでも無い。


『……私を、殺して』


 ひゅ、と僕は息を呑む。

 それは一番聞きたくない言葉で、けれど彼女なら言いそうな言葉だった。

 アメリアは優しい。だから、自分が死ぬことで他の誰かが救われるなら躊躇いもなくそれができてしまう。

 一方で僕はというと、救いようがないほどに我儘で、どうしても彼女を助けて自分も生き残りたいと考えてしまうのだ。


「そんなこと、できない!」

『……ロイ』

「僕がなんのためにここまで来たと思ってる?リア、君を連れて行くためだ!だから、ここで君を死なせたりなんてするもんか!」


 硬い操縦桿を無理矢理前へ。

 防御姿勢で相手の刃を受け止めていた〈ラーグルフ〉が半ば強引に一歩前へ出る。


「君を助けて、僕も生きる!我儘だろうと関係ない。僕は自分のやりたいことをやるだけだ」


 だから、と続ける。


「リア、もう少しだけ僕の我儘に付き合ってくれないか?」


 一瞬の間。そして彼女が微笑む気配。


『……しょうがない、な』


 アメリアが言って、その直後。

 唐突に〈ベガルタ〉は停止した。

 赤く輝いていた二つのカメラアイが数回の点滅を繰り返して消灯し、力尽きたように膝を付く機体。


「……止まった?」


 再度機体に目を向けるも、再び動き出す気配はない。


「リア?」


 呼びかけてみるが、返事はない。


「リア、返事をしてくれ!リア!」


 沈黙。

 頭の中で起こりうる最悪の事態の想像をしてしまい、それを認めないと言わんばかりに彼女を呼び続ける。


「リア。ねぇアメリア。何か言ってくれよ」


 沈黙。

 次第に荒くなってゆく呼吸、それを抑えようと強く歯噛みする。


「そんな嘘だろ。嘘だと言ってくれよ。リア!」


 それでも、返る声は無い。


「リアアアアァァァァアアアアッ!」

『…………う――さい。聞こえ――る』

「へ?」

『……機体の、稼働限界。ちゃんと生きてるから、大丈夫』


 聞いた瞬間に僕は安堵して大きく息を吐き、それと同時に恥ずかしさに頬を染める。


「すぐに返事をしてくれよ。てっきりもう会えないかと思ったじゃないか……」

『…………』

「リア?」

『……この音、何?』


 警戒を促すような彼女の声音に、僕もまた耳を覚ます。

 確かに、低く、重い破砕音のような音が下方から響いて、さらにそれがだんだんと大きくなってきている。


「地響き……いや、地割れか!?」


 反射的に地面を見やる。すでに地面には罅が入りつつあって、それらはすべて地面に突き刺さったタクティカルバイターへと伸びている。


「しまった。さっきの一撃で、地面が……!」


 瞬時に地割れの起こり得る範囲と機体の位置を把握。〈ラーグルフ〉は地割れが起きても軽く飛び退れば対応は可能だ。

 しかし、問題は機体の位置がより崖側に近い〈ベガルタ〉の方である。もし崖崩れが起きればほぼ確実に落下してしまう上に、退避しようにも稼働限界を迎えたその機体は一歩踏み出すことすらできない。

 ここは第九八番天蓋区画を長年の守護し、機神ですらも登ることのできない世界でも有数の高さを誇る絶壁の縁。〈インパルスフレーム〉はスラスター出力の問題から跳躍することはできても飛翔することはできないため、この高さを安全に降下しようとするとパラシュートパックの装備が必須となる。

 つまるところ何の対策も無しに落下すればまず無事では済まない。

 地面に入っていた細かな罅は瞬く間に亀裂へと変わり、地割れの音はそれに従って大きくなる。

 崖が崩れたのはその直後だった。


「リアッ!」


 〈ラーグルフ〉が動く。左手で〈ベガルタ〉の右手を掴み、右手を崖の縁に掛ける。

 タクティカルバイターやヒートナイフが崩れた地面と共に崖下へと落ちていき、二機の〈インパルスフレーム〉だけが辛うじて残った。

 コクピット内に鳴り響く警告音。サブモニターに表示された機体図の両腕の部分が赤く点滅して過荷重であることを知らせる。


『ロイ。どうして……!?』

「何度も言わせないでよ。君を死なせたりしない!」

『……でも、このままじゃロイも』

「何とかする!」


 無理矢理に機体腕部の出力を上げる。当然〈ベガルタ〉を引き上げることは出来なくて、機体の軋む音だけが増した。


「絶対大丈夫だ。僕が必ず、引き上げてみせるから……!」

『…………ロイ』

「何?」

『手を、放して』

「だ、駄目だ!」

『放して』


 珍しく強気の声でそう言われて僕は黙る。彼女が本気なのだということを通信越しに強く感じた。


『ロイの機体だけなら、崖上に上がれる。二人とも死ぬより、絶対いい』

「…………」

『迎えに来てくれて、ありがと。死なせないって言ってくれて、嬉しかった』

「……よせ、リア」


 段々と〈ラーグルフ〉の掴む〈ベガルタ〉の手がずれ落ちてゆく。


『もう、充分だよ』


 〈ベガルタ〉の手が〈ラーグルフ〉の手をすり抜けた。

 機体が自由落下の法則に従ってがけ下へと落ちてゆく。僕は一度奥歯を噛み締めた。


「確かに、全滅よりは一人生き残った方がいい」


 静かに呟いて僕は操縦桿を握りしめる。


「だけど、一人より二人の方がいいに決まってるッ!」


 次の瞬間、〈ラーグルフ〉が崖を蹴り込んで降下した。

 スラスターを作動させて更に下方へと加速、瞬く間に〈ベガルタ〉へと追いつくと、機体を抱え込んで全てのスラスターを下向きにする。

 機体一機程度なら軽々と跳躍させられるほどの出力を有する〈ラーグルフ〉のスラスターだが、重量が機体二機分となるとそうはいかない。

 最大出力で稼働させたとしても落下速度を少しばかり抑えるのが関の山だ。


「まだだッ!」


 素早く操縦桿を操作。左腕で〈ベガルタ〉を抱える〈ラーグルフ〉が空いている右腕でヒートダガーを抜き放つ。

 それを岸壁に突き立てて更なる減速を図る。

 派手な破砕音とともにダガーの刃に切り崩された岸壁の欠片が下方へと落下してゆく。

 ダガーによる減速効果は確かにあったが、ほんの一瞬だけだった。

 瞬間的に過大な荷重を受けたその刃がたちまち罅割れ、砕け散る。

 再び自由落下の法則に従って加速しながら落ちてゆく二機。


「くッ!こうなったら、いっそこのまま……」


 下方に広がる地面を睨みつけ、そして僕は歯噛みする。


――駄目だ。まだ落下速度が速すぎる。このまま落下したら僕もリアも無事じゃすまない。絶対こんなところで死ぬわけにはいかないのに!


 徐々に迫る地面。スラスターの出力は既に全開。二本装備していたヒートダガーも一本は大剣と共に崖下へ落ち、もう一本は砕け散った。

 減速の術はもうない。


「せめて、リアだけでも……」


 そう思い、空中で〈ラーグルフ〉の位置を〈ベガルタ〉の下へ移動させる。

 こんなことをしたところで結局は変わらないかもしれないが、直接地面に叩きつけられるよりかは良いだろう。


「……ああ」


 目を閉じる。

 何故だかとても恥ずかしかった。大口を叩いて自ら崖を飛び降りたくせに、結局はアメリアを救えず、自分も死ぬ。


――格好わる……。





 僕は全てが純白に包まれた空間にいた。それが夢の中なのか、それとも僕自身が作り出した想像の世界なのかははっきりしなかったけれど、現実ではないということだけははっきりわかった。

 死の直前のその刹那に見る夢のようなものを仮に走馬灯と言うならば、今僕がいる空間はきっとそれなのだろう。

 僕の前にはかつて共に戦ったオーバーブレイブス隊の仲間達の姿。

 当然、アメリアとシグルドの二人の姿は無い。


「ロイ、もう諦めちゃうんスか?」


 蒼海種(メール)の男性パイロット軽く呆れた笑いと共に言う。彼はよく笑う気持ちのいい人物だったが、今回向けてきた笑みは少し癪に障った。


「僕だって諦めたくなんかない。だけど、もう……」

「もうできることは無い、か?」


 白銀種(アルジャン)の女性パイロットが僕の言葉を先読みして言う。

 彼女の言葉は正確に的を射ていて、まさに図星だった。

 何故だか胸の内から悔しさが溢れ出して僕は歯噛みする。


「まぁ、そう言ってやるな二人とも」


 微かな笑いを含んだ声で割り込んできたのは鮮やかな赤が特徴的な焔赤種(フラム)の巨漢。

 彼は真っ直ぐにこちらに歩み寄り、目の前で足を止める。


「……隊長」


 僕と頭一つ分の身長差がある彼を見上げるように見つめる。


「ロイ、よく頑張ったな」


 隊長である彼はそう言って僕の肩に手を置く。右肩に掛かる重みに何故か懐かしさを覚えた。


「後は任せろ」


 隊長が笑う。

 豪快に白い歯を覗かせる癖のある笑い方。

 次の瞬間に純白の世界は消え去った。




 僕は目を開ける。

 機体は残り数秒で地面に衝突する地点まで来ていたが、不自然に空中で停止していた。

 ふと僕は目の前に見えるはずのないあるものを見て一度瞬く。

 それは淡く輝く小さな光の粒。

 ぼんやりと優しい光を放つそれを僕はかつてリンと見ていた。


「……霊、塊……?」


 呟いた瞬間にそれは直上へと舞い上がり、コクピットの装甲をすり抜けて飛び出す。

 僕は思わず目を見張った。

 何千何万という霊魂達がこちらに集まり、機体を取り囲んでいたのだ。

 〈ラーグルフ〉のバックパックの装甲がずれ動いて、僕自身も存在を知らなかった六つの追加スラスターが展開。

 無数の霊魂はそのスラスターに収束していきそれぞれに一枚ずつ大きな翼を形作る。

 一つ一つの小さな光が集まることによって光を増し、純白の極光が辺りに広がる。


「ルシフェル」


 思わず呟いてみる。

 かつての人々が創造したという六枚羽の天使の姿に今の〈ラーグルフ〉はとても良く似ていた。

 聞いたところによるとその天使は光をもたらす者であるらしい。

 まさしくその通りだと僕は一人納得した。

 〈ラーグルフ〉が奇跡によって得た六つの翼で一度羽ばたく。

 機体は〈ベガルタ〉を抱いたまま軽く舞い上がり、それからゆっくりと地面に着地する。

 霊魂は次第に散り始め、巨大な光の翼は程なくして消えた。

 そして〈ラーグルフ〉のバックパックの装甲がずれ動いて閉まり、奇跡の現象は完全に収束する。

 僕は最後に一粒だけ残った霊魂がゆっくりと天へと昇って行くのを見つけ、微笑みを向けた。


「ありがとうございます。隊長」


 遠のいていく霊魂が僅かに輝きを増す。

 焔赤種(フラム)の巨漢が豪快に笑いを返してきたような感じがした。

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