絡繰り
私は夢の中から出ることが出来ずにいた。
先程からずっと変わらない、幼いころに過ごしていた研究施設の一室の景色。
白塗りの壁に囲まれた立方体の部屋は、まるで現実ではないことを証明するかのように所々揺らいでいる。
部屋の中には二人の子供がいて、髪の長さ以外の容姿は全く同じ。
一人は私で、もう一人は名も知らない誰か。
――私は、誰……?
先ほどからそればかりを考えている気がする。
確か目の前の少女に問われて、それからずっと答えを探している。
「……ワ、ワタ、ワタシ、ハ……」
唐突に目の前の少女が言う。それは分かりやすいほどに震えた声で、聞くだけで相手が混乱していると分かった。
「ワタシハ、“ ”……」
一度瞬く。少女が名前のようなものを呟いて、それがとてもなじみのあるような気がしたのだが、思い出せない。
「ねぇ……」
胸の内に生じた違和感の正体を知りたくて問いかけようとしたその時だった。
『アメリアを返せ』
今ここにいる二人のどちらのものでもない声が聞こえた。
低いわけではないが、決して高すぎない青年の声。何故だか酷く懐かしい。
――アメ、リア……。
その瞬間、自分の中で全てが繋がったような感覚があった。
「……私は、アメリア」
ゆっくりとかみしめるように自分の名を呟いてみる。
それを聞いた目の前の少女が一歩退き下がる。伸びきった前髪のせいで目元は見えないが、その顔は引きつっているように見えた。
「ワタシ、ワタシハ……」
自信を無くしたか細い声で少女は言う。そんな彼女に掛ける言葉は私の思いつく限り一つだけだ。
「貴方は、誰……?」
一瞬の沈黙。
「ワタ、シ、ワタシハ、ダレ……?」
自分自身を探し求めるその問いに、答える者は誰もいない。
直後、少女の身体に罅が入る。足先から、手先から、少女の身体が崩れて消えてゆく。
そして幼いころに見慣れた部屋の床が、壁が、天井が、少女と同じく崩れて消えてゆく。
その瞬間に私は夢から解放されたのだと理解した。
ゆっくりと瞼を上げる。
瞬きをして、すぐにそこが〈ベガルタ〉のコクピットであると気づく。
メインスクリーンには大きく〈IF-XXX〉の姿が映っていて、丁度手にしたダガーをサーベルラックに収納しているところだった。
「……ロイ……?」
『リア、起きた?』
青年の声。私は夢の中で聞いた声は彼のものだったのだと確信する。
「……どうして?」
『どうしてって言われてもな』
通信に混じる気恥ずかし気な笑い。
『約束しただろう。一緒に行こうってさ』
私は呆気にとられて二度ほど瞬く。
「……バカ」
折角逃げるための足を用意してあげたのに、そんなくだらない口約束のために戻ってきたのかと言ってやりたかったけれど、あいにくと私はそれほど口達者ではなくて、だから口を次いで出た言葉はかなり簡略化されてしまった。
「……でも、ありがと」
『いいよ礼なんて、僕が好きでやったんだから』
彼が微かに笑う気配。私は込み上げてくる安堵から長く息を吐く。
次の瞬間、唐突に感じた激しい頭痛。反射的に顔を顰めた。
「……う、ぐ……」
『リア?どうした?』
思わず左手を操縦桿から放して頭を押さえる。
〈RAGE〉システムの負荷だということはまず間違いないのだが、問題はその度合いだ。
明らかに負荷が大きい。通常の〈RAGE〉とは何かが違っている。
不意に以前モード変更を行った《突きの襲撃事件》のことを思い出した。
惹かれるようにサブモニターへと目を向ける。
「……なん、で……?」
頭痛に抗いながらも、驚愕のあまりに目を見開く。
そこには通常とは異なる深紅に染まったサブモニターがあった。
モニターの中央には悪い予想の通り、《CHAOS MODE》の文字が並ぶ。
偶然などでは決してないだろう。状況や発動のタイミングから考えても何者かが意図的にそうさせたに違いない。
そして〈RAGE〉システムの存在を知っていて尚且つそれができる人物は“彼”しかいない。
「……ユアン・エルディ……」
荒い呼吸を繰り返しつつ、サイドスクリーンに映る第九八番天蓋区画を睨みつける。
「いったい、何をしたの……!?」
クリアグリーンの保護装甲の下、システムに呑まれた〈ベガルタ〉の二つの瞳が赤い輝きを放った。
*
第九八番天蓋区画。
統括司令室に用意された皮張りのデスクチェアに深く腰掛けたユアンはコーヒーカップを片手に薄く微笑む。
「悪いとは思っていないぞ。ヒューリス」
手にしたステンレス製のカップを傾ける。
「仮の人格を無理矢理に植え付けて調整はしたが、以前の記憶を消せるわけではない。もし調整内容を破棄されてしまった場合のためにオートパイロットシステムに細工をさせてもらった」
彼女に届くことはないと分かっていてなお、一人そんな種明かしをして自己満足に浸る。
「AUTO・RAGEシステム。パイロットは黙って情報の処理だけしておけばいい。あとはシステムが勝手に目の前の敵を倒してくれる」
目の前のデスク上に展開されたホログラムモニターを見据える。
映るのは外部カメラ捉えたリアルタイムの映像。
丁度、暴れ出さんとする〈ベガルタ〉を〈IF-XXX〉が必死に抑えている所だった。
かつての仲間同士の潰し合い。自分でこの状況を作り上げたとは言え、哀れなものだと思う。
しかし、この方法が最も効率的なのもまた事実。
同士討ちであれば軍の機密を知り尽くした”危険人物”二人のうち、どちらかは必ず消すことができる。
さらに二人を同時に処理できる可能性を有しているとなればこれ以上の策はあるまい。
「さよならだ、上限越えの勇者達。ここがお前達の処分上だ」




