交渉
「それで、どうやってアメリアを連れ戻すつもりだ?」
日没後。夕食の最中にジンは唐突に聞いてきた。
ちなみに今夜の夕食は彼が捕らえた野鳥の串焼で、彼がいつも持ち歩いているらしい辛味の効いた粉末調味料をかけて食べるのだが、これがまた美味い。
「まずはラーグルフ……僕の乗ってきた新型を餌に交渉してみようと思う。上手くいけば争わずにアメリアを連れてこれるかもしれない」
咀嚼していた串焼き肉を飲み込んでから僕は言う。
それを聞いたジンが僅かに眉を上げたように感じたので僕は逆に眉を潜めた。
「どうかした?」
「いや。ただお前の口からも争いをせずにとかいう言葉が出るものなんだなと思ってな」
「ジンは僕をなんだと思ってるのさ」
「戦闘狂」
「酷い誤解だ」
僕自身はそうでないと思ってはいるけれど、レイに関しては戦闘狂と言われてもおかしくないような気がしたので苦笑いを返す。
「それにしても交渉ねぇ。意外と無理あんじゃねぇか?第一、連絡のツテもねえだろ?」
熾した火を挟んで向かい側に胡坐をかいているジンがもっともな理由を突き付けてくる。
もちろん僕だって連絡手段もないのに交渉しようなどと無謀を言っているわけではない。
確実な手段を確保しているからこそ交渉という手段を提示しているのだ。
「問題ないよ。ラーグルフはもともと連邦軍の機体。連絡は簡単さ。ただ送信電波を探知されると面倒だからビーコンを経由させないとだね」
「なるほどな。ただ、ビーコンを経由させたとして、それでも探知を遅らせるだけだろうぜ。連絡をするたびに移動はした方がいい」
「ああ、もちろんそのつもりだけど……」
話の流れで頷きを返した僕だったが、違和感を覚えてジンを見る。
知りすぎていると思った。ジンは獣という存在でありながら人間の生み出した物についてよく知っている。
ビーコンとは天蓋区画どうしの通信の円滑化のために打ち上げられてる衛星のことだが、はたして獣が今の会話の流れでそれを理解して返答することができるのだろうか。
さらにジンの返答が思わず納得できてしまうほど的確となると不思議にもなる。
「なんだ?」
僕が見つめていたのを不審に思ったのかジンが言う。
「いや、ジンは人間に詳しいな」
「そりゃ、長いこと斥候やってからな」
「……は?」
「あー、言ってなかったか。俺は元々人間の情報を集める斥候だったのさ。この戦闘服も仕事用だ」
言って、ジンは自身が身に纏う服の裾をつまんで見せる。
「じゃあ、君がアウルローゼにいたのは……」
「仕事でしくじった」
「やっぱりそうなのか……」
「そういうわけで、一応メネア連邦の秘匿回線も知ってたりするが、使うか?」
彼の問いに僕は思わず口の端を吊り上げた。
秘匿回線。この場合は天蓋区画の統括指令にダイレクトメッセージを送ることができる回線のことだろう。
「そんな便利な物を使わない手はないよ」
*
第九八番天蓋区画、統括指令室にて。
積りに積もった仕事を放り出して、コーヒーの入ったマグカップを手に休憩していた時のことである。
常に展開されているパーソナルコンピュータのホログラムモニターの端にメールを知らせるアイコンが表示されたのを見てユアンは目を細める。
秘匿回線を通じてのダイレクトメッセージ。考えられる可能性は上からの指令か、もしくは秘書からの伝言くらいだが……。
少し迷って、文面を開く。
「……む」
思わず眉を寄せた。
メールの送り主は上層部でも秘書でもなく予想もしていない人物だったのだ。
《第九八番天蓋区画統括指令ユアン・エルディ殿。こちらには奪取した新型のインパルスフレーム、IF-XXXをそちらに返却する用意がある》
そんな怪しい文から始まるメール。
私はさらに眉を寄せつつ画面を下にスクロール。
《ただし、返却する条件として貴軍のインパルスフレームパイロットであるアメリア・ヒューリスをこちらに引き渡していただきたい》
思わず笑ってしまう。
なるほど、そういうことか。
《このメールに対する返信は不要。一月十五日の正午に提示した座標にて待つ》
メールの最後にはそんな文と共にファイルが添付されており、開くと九八番天蓋区画周辺の地図が表示される。
地図の一点、赤いブリップで示された地点がある。
交渉場所ということなのだろうが、やけに天蓋区画に寄っている。それこそ近すぎるほどに。
「決められた時間と場所。来たところを袋叩きにしてしまおうと思えばできなくもないが……」
少しばかり考える。
私は決して疑い深いわけではないが、だからと言って今回のような罠とも知れぬ交渉に応じると即決できるほど楽観的な人間でもない。
統括指令という立場である以上、自分の命令で人が死ぬという可能性は常にあるわけで、それは私の望むところではないのだ。
だからありとあらゆる可能性を考慮し、できるだけ犠牲が少なくて済む策を模索する。
最も少ない犠牲で奪取された機体を取り返す、もしくは破壊する方法を探して思考を巡らせていると、唐突に名案が浮かんだ。
ふ、と思わず口からこぼれた笑いを抑える。
「まぁいい。ここはお前の茶番に付き合ってやろうじゃないか。ロイ・グロードベント」
*
一月十五日。
指定時刻の半刻前に僕は〈ラーグルフ〉を駆って予定の場所へと到着した。
「以外と時間かからなかったな」
〈ラーグルフ〉を直立状態のまま停止させつつ、独り言を漏らす。
九八番天蓋区画は太古の昔に地面が隆起してできた絶壁の崖の上に立ち、北側を深い密林と山脈に囲まれているために辿り着くのが難しい。
遅れまいと時間に余裕を持って出て来たのはいいが、いささか早すぎたようだ。
ちなみにジンはというと、彼は彼でやるべきことを終わらせるとかで一旦別行動となっている。
コクピット内に響く警告音。僕はメインスクリーンに映る九八番天蓋区画へと目を向ける。
見れば相手側がこちらの到着に気づいたようで護衛任務中だった〈エストック〉数機が警戒態勢に入ったところだった。
無論問題はない。相手側からの警戒は予想の範疇で、そのためにあえて交渉場所を相手の射程の少し外側に指定しているのだ。もし撃ってきたとしても回避するのは容易い。
「さぁ、どう出る?ユアン、エルディ」
指定時刻までの時間は、もうあまり長くない。
*
奪取されたはずの〈IF-XXX〉が天蓋区画外部のカメラによって捉えられたのは指定時刻の半刻前だった。
IDRによる通信妨害の影響でレーダーが使えず、気づいたときにはもう指定座標に立っていたというのだから、やはりあの新型は恐ろしい。
「まるで小さな機神だな」
今回の交渉のために臨時に設けられた指令室でユアンは呟く。
同じ部屋には複数の士官たちがいて、モニターを前に忙しなく対応を進めているがやはり遅い。
その理由はおそらく、この九八番は数ある天蓋区画の中でも珍しく〈機神〉に襲撃された過去を持たないからだろう。
南側を世界でも有数の高さを誇る絶壁、北側を陸路では越えることの難しい山脈に挟み込まれた第九八番天蓋区画では、その地形が壁となって長く〈機神〉による襲撃を防いできた。まさに自然が作り出した天然の要塞だ。
しかし、今回〈機神〉と同じくIDRを動力源とする機体を相手にこの天蓋区画では発見や、その後の対応が明らかに遅れている。
これでは実際の〈機神〉が現れた場合に対応できまい。
私は密かに対機神を想定した訓練をしようと心に決める。
「指令。例の交渉、刻限が迫っておりますが……」
士官の一人が言い、私はそれまでの思考を一旦振り払ってゆっくりと頷いた。
「分かっている」
それから後ろに控える人物へと目を向ける。
今ではあまり見かけない旧型の車椅子に腰掛けた翠緑種のパイロット。
そう、相手から要求されている品物だ。
「そろそろ時間だ。出られるか?ヒューリス」
一瞬の間を置いて、それは控えめに頷く。
「……了解」
それから慣れた手つきで車椅子を回すと、指令室を出て行った。
「従順だな」
思わず頬が緩む。
「踊れ、私の操り人形」
*
交渉の開始予定時刻を過ぎ、けれどメネア連邦軍側に動きは無くて、交渉決裂かと思い始めていた時だった。
見覚えのある〈インパルスフレーム〉が一機、天蓋区画を出てこちらに向かってくる。
モスグリーンとダークグレーの装甲にバイザー型のスコープカメラを取り付けた特徴的な頭部。
全身に強襲外装を装着していて少々分かりにくいが、その背に背負ったロングレンジライフルが彼女の機体であると証明している。
モスグリーンの機体は〈ラーグルフ〉の間合いの少し外側となるように距離を取って対峙する。
少し変だと思った。
目の前の機体に乗っているのが本当にアメリアなら僕に攻撃の意思がないことは確信できるはずで、わざわざこちらの間合いを気にする必要もないだろう。
「リア、だよね……?」
思わずスピーカーを作動させ、問いかける。
『……肯定。私はアメリア。私がアメリア・ヒューリス』
すぐに返った返答に僕は眉を寄せた。確かに声は彼女のもので間違いないのだが、何故か違和感を感じる。
その違和感の正体は分からない。けれど、ただ何となくいつもとは違うと、そう感じるのだ。
アメリア機が動く。強襲外装として両側の腰部サイドアーマーに増設されたウェポンコンテナから銃剣付きのショートバレルライフル二丁を引き抜いて銃口をこちらに向けた。
僕は唖然とする。
「どういうことなんだアメリア。交渉のためにここへ来たんじゃないのか?」
『……疑問。“交渉”は受けた命令と合致しない。私が受けた命令は奪取されたIF-XXXの破壊……』
「……なに?」
『結論、任務遂行のために戦闘行動を開始する』




