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廃品の使い道

 〈RAGE〉システムの負荷によって気を失ったアメリアが目を覚ますと、そこは知らない場所だった。

 幼い頃から見慣れた白塗りの壁と床、天井に取り付けられた照明が発する白の光は眩しすぎて少し嫌いだ。

 ここはどこだろうと考える。

 少なくとも第九八番天蓋区画のメネア連邦軍基地のどこかではあると思うのだけど……。

 体を動かそうとして、私は身体が拘束具で固定されていることを知る。

 おそらく古の拷問器具が元となった椅子型のものだ。私の身体はその器具に腰を下ろした状態で固定されている。

 細い金属のワイヤーを織り込んだベルトできついくらいに私の胸と胴体を縛っていて、鋼鉄の手枷で腕を固定、私が動かずことのできない脚まで丁寧に足枷を取り付けてあるものだから、胸の内で薄く嗤ってしまう。

 立方体の部屋に一ヶ所だけある出入り口のスライドドアが開いたのはその直後だ。

 数名の部下を引き連れて入ってきたのは知っている男だった。

 蒼海種(メール)の特徴を帯びた紺の髪と瞳を持つ長身の、軍服の襟元に大将の階級章を付けた男。


「まったく、グロードベントといいお前といい、お前らオーバーブレイブスは私の仕事を増やさなければ気が済まないのか?」


 皮肉に満ちた声で男が言う。


「…………」

「なんだ反応無しか。お前は本当に釣れないな。ヒューリス」

「……ユアン、エルディ。何の用……?」

「無論、事後の事情聴取にな」


 彼の紺の瞳がこちらを見据えて、そして僅かに細くなる。


「現在お前には捕虜脱走の幇助と、新型の譲渡の、二つの容疑が掛けられている。この事について何か言い訳があれば聞くが?」

「……」

「反論というのは己の罪を認める事になるが、いいのか?」

「……」


 一拍置いて彼が溜め息を吐く。それにはあからさまな苛立ちが込められていた。

 私としては言い訳などするまでもなく己の罪を認めているから黙っているだけなのだけれど……。


「話にならんな。自白剤を撃ち込む手もあるんだぞ?」

「……そうしたければ、すればいい」


 あえてユアンの目を見る事なく答える。

 どう言い訳を重ねたところで軍は結局私を罪人として処分する。

 それならば、くだらない問答を繰り返すよりも早々に使い捨てて貰った方がこちらとしても楽だ。


「本当にオーバーブレイブスは尺に触る奴らばかりだな」


 愚痴でも吐くように言い捨てるユアン。


「だが安心しろヒューリス。お前を殺しはしない。お前にはまだ私のもとで働いてもらう」


 彼の言葉に私は僅かながらに目を見開く。

 意外、というよりもありえない話だと思った。

 私は軍が禁忌としている情報を知っていて、今でもそれを使っている。

 そんな情報漏洩の源のような私を生かしておくなど正気の沙汰とは思えなかった。


「……どういう、こと?」

「言った通りだ」


 ユアンの後ろ、今まで後方で控えていた部下の一人が前に歩み出て彼に何かの機器らしきものを手渡す。

 少々形は歪だが、見たところ|バーチャルリアリティ〈VR〉体験用のゴーグルのように見えるそれ。

 ユアンがゆっくりと歩み寄りそれを私に取り付けると自動でサイズ合わせが行われて後頭部でロック音が鳴った。


「お前にはまだ働いてもらう」


 ゴーグル型の機器によって視界が遮られ、表情は見えなかったものの、彼の声は変わらず聞こえた。


「私の駒としてな」


 そして彼は薄い嗤いを含んだ声でそう言ったのだ。


 *


 アメリア・ヒューリスに必要処置を施したユアンは早々に拘束室を出て、別のある部屋へと向かう。

 軽い油圧機構の音とともに開いたスライドドアを抜けて薄暗い部屋に入るとそこにいた全ての士官たちが敬礼を向けてくる。

 それらに軽い敬礼で応じてから私は部屋の壁面に設置された複数のモニターに目を向けた。

 映っているのはもちろんヒューリスを拘束している室内の映像。

 そう、ここは彼女の|調〈・〉|整〈・〉を行うにあたって監視を行うための部屋だ。


「被験体の様子は?」

「依然変わりありません」


 私の問いにパソコンのホログラムモニターと向き合う士官の一人が答える。

 そんな彼に頷きを一つ返して再び壁面のモニターに目を向けた。

 椅子型の拘束具に座ったままのヒューリスは沈黙したまま動かず、モニターに映る彼女の姿はまるで静止画のようだ。


「よし、では始めてくれ」


 私のその一言で士官たちが皆動き出す。瞬く間に準備は整って、すぐに事の開始までボタン一つというところまで来た。


「司令。本当によろしいのですか?」


 開始直前、実行役を任された士官が改まった様子で訪ねてきたので視線だけをそちらに向ける。


「……よろしい、とは?」

「いえ、あの、今回使用するのは未だ開発途中のシステムで、生体実験を行なっていい段階では……」

「構わんよ」


 彼がいい終えるその前に私は言った。


「何か勘違いをしているようだが、彼女は、いや彼女たちは人ではない」

「人ではない、ですか?」

「そうだ。人の持つ限界を越えるべく作られた兵器。その成れの果てが()()だ」


 言って、モニターに映る彼女を軽く顎で指す。


「し、しかし……」

「安心しろ。もともと壊れているものを修理しようとしているだけのことだ。もし失敗しても責任を負うことはない」

「……了解」


 どうやら決心がついたらしい。士官は真剣な面持ちで再びパソコンのホログラムモニターと向き合う。

 私も改めてモニターの中のそれへと向き直った。


「再調整開始だ」



 *


 白い壁と床、純白の光を放つ天井の照明、立方体の部屋にはむき出しのトイレと小さな寝台が一つ。

 幼いころに嫌というほど見た、私が過ごしていた部屋の景色。

 私は多分、夢を見ている。

 そう思ったのは自分が施設にいた時の、子供の頃の姿に戻っていると気づいたからだ。

 そして部屋にはもう一人、少女がいた。

 少し離れたところに対峙している彼女。緩く巻いた淡緑色の髪は伸びきって、その伸びた前髪の影になって瞳は隠れてしまっているが、恐らくは私と全く同じ容姿をした誰か。


「……あなたは、だれ?」


 気づけば私は目の前の少女に向って、そう問うていた。

 子供の姿のせいか発せられた声はいつもより少しだけ高い。


「アナタハ、ダアレ?」


 彼女が問い返してくる。

 その声は私と同じものだったけれども、聞いていると自分が分からなくなっていくような妙な感じがした。


「わたしは、アメリア。あなたはアリシ……」

「アナタハ、ワタシ」


 言い終えるその前に彼女が言う。

 その瞬間に脳内にノイズのような雑音が響く。目の前の彼女の声を聞くことが急に怖くなって、だけど何故か無意識に聞き入ってしまう。


「ワタシハ、アナタ」

「……?」

「アナタガワタシ、ワタシガアナタ、アナタハワタシ、ワタシハ()()()、」

「……ま、待って、今……」


 気づいて咄嗟に指摘しようと口を開いたが、すぐに手遅れだと悟る。

 彼女はもう、止まらない。


「ワタシハワタシ」


 脳内に響くノイズが強くなってその頻度を増す。


「ワタシハアメリア、ワタシガアメリア」


 思考が酷く乱れる。聞いているうちに段々と本当にそうなのではないかと錯覚する。

 一拍おいて、彼女は嗤った。声のない、ただ口の端を吊り上げただけの嗤い。

 そして無垢な子供さながらに首を傾げる。


「アナタハダアレ?」


 ひゅ、と息を呑んだ。

 しばしの沈黙。


「…………わたし、は……」


 必死に思い出そうと思考を巡らせる。けれども、先ほどまで何も考えずに言えていたはずの自分の名はもう思い出せなくて……。


「……わたしは、だれ……?」

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