引けない引き金
「ヒューリス大尉。どうしてですか?」
拳銃を構えたままミサカは目の前の上官に向けて問う。
銃口の向いた先では己の想い人である翠緑種の彼女が真っ直ぐにこちらを見つめて立っている。
本来車椅子を使わなければ移動できない彼女がこうして立てているのはやはり、彼女が〈インパルスフレーム〉を操縦できることに関係しているのだろうか。
「答えてくださいヒューリス大尉!どうしてこんなことを……!」
「……私は、自分のしたいと思ったことを、しただけ」
「そんなの理由になりません、これは立派な軍規違反です!」
「……知ってる」
こくり、と彼女が頷く。
「だったらどうして……!」
「あの機体……」
彼女の可憐な唇が動く。こちらを見つめたままの眼差しは心なしかいつもより鋭い。
「あの機体は、危険」
「先ほどの白いインパルスフレームが、ですか?」
彼女は珍しく強く頷いた。
「あれは、人間が作り出しちゃ、いけなかったもの。これから、どれだけの犠牲が出るか、分からない」
「だから、犠牲者が出る前に機体を持っていってもらったと、そう言いたいんですか貴女は……!」
一瞬の沈黙。そして彼女がゆっくりと頷く。
俺は奥歯を強く、強く噛み締めて、それまでぴんと伸ばしたままだった右手の人差し指を握った拳銃の引き金に掛ける。
「そんなの捕虜を解放していい理由にはなりませんよ。第一、その捕虜が機体を悪用する可能性だって……」
「ない」
きっぱりと彼女は言った。
即答だった。
それも聞いているこちらが驚いてしまうくらいに強くて、勇ましい声音。
「ロイは絶対に、そんなことしない」
「昔の仲間だからって贔屓しないでくださいっ!貴女とロイ・グロードベントの関係はもう知っています!」
彼女が一度瞬く。それが驚きの表れであるということはすぐに分かった。
「残念ですが、今の大尉は裏切り者と言わざるを得ませんよ」
「……なら、なんで撃たないの……?」
ゆっくりとこちらに歩み寄るアメリア。
そうして正規の訓練を受けた軍人であれば絶対に外すことのない距離まで来て足を止める。
「准尉の言う通り、私のやったことは、軍規違反。その場で銃殺しても、問題、ない」
「ッ……」
「……撃って、いいよ」
彼女が両手を左右に広げて見せる。今この手に握る拳銃の引き金を引けば、よほどの失敗をしない限り、一発で彼女の心臓を撃ち抜ける。
しかし……。
「お、俺は……」
後方に半歩退く。
先ほどからなんども引き金を引こうとはしているのだが、その度に今まで彼女と共に過ごしてきた思い出の記憶が脳裏を過って邪魔をしてくるのだ。
「俺はッ!」
邪魔ばかりしてくる余計な記憶の断片を振り払って、自分自身を一喝。
再度、狂いが無いように拳銃を構え直す。
「……ありがとね。ミサカ准尉」
「……ッ?!」
唐突に言われた。銃を構えていた腕から力が抜けそうになり、慌てて保持する。
「どういう、意味ですか?」
「……そのままの、意味。貴方がいたから、私は今まで、頑張れ……た」
直後、彼女が自身の頭をを抑え、体勢を崩す。
「大尉?!」
「……う、大丈夫」
もたつく足で何とか体勢を維持する彼女。
すぐにでも駆け寄って、助けになりたかったが、俺の腕は相変わらず銃を構えたまま小刻みに震え、脚も硬直したまま動いてくれない。
「……准尉。貴方は、私の数少ない友達の一人だよ」
言って彼女は笑った。僅かに唇の端を持ち上げただけのそれは決して分かりやすいものではなかったけれど、不の感情を全く孕んでいない純粋な彼女の微笑みを俺は初めて見た気がした。
言い終えた彼女の身体から力が抜けてふらりと傾く。
「ヒューリス大尉!」
気付けば俺は握っていた銃を捨てて駆けだしていた。
何故か気を失って、重力になされるがまま倒れかけた彼女の華奢な体をすんでのところで受け止める。
自分よりも僅かに高い体温、その身体は驚くほどに軽い。
「大尉。俺には貴女を撃つことなんてできません。だけど、貴女のしたことは軍規に違反していて、だから……」
一呼吸置く。
「アメリア・ヒューリス大尉、貴女の身柄を拘束します」