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蘇りし翼

 アメリアが僕の病室を訪れた日からさらに数日が経過し、ついに軍の上層部から処分が下された。

 結果は持っていた通り最悪で、僕は移送準備が整い次第、名称ではなくコード番号で呼ばれている謎の施設へと輸送されることになった。

 送られる施設について、僕にはその名前しか伝えられてはいないが、大体の想像は付く。

 コード番号で呼んでいるということはその建物の存在を公にしたくないということだ。十中八九、非人道的な研究をしている研究施設だろう。


「……結局、軍は僕を実験素材にすることを選んだみたいだ」


 消灯時間の過ぎた病院の病室で、小さな読書灯だけをつけて寝台に身を預けている僕はぽつりと呟いた。


「ポイント五〇七Sまで輸送だって、笑っちゃうよね」


 薄い笑い。傍から見れば独り言を言って楽しんでいる狂った人間のように見えるかもしれないが、そうではない。

 自分の中に潜むもう一人の人格と話しているだけだ。


――どうする? いっそここから逃げて銃撃でくたばっちまうか?


 あからさまな嗤いを含んだレイの声が脳内で反響する。


「確かにそれもありだな。というか、研究材料になるよりかよほどましだ」


 軽い冗談として返す。

 自決も悪い手ではないが、それでは負けを認めてしまったことになる気がして嫌だ。

 まだリンとの再開を果たせていない。僕が生きている限りその可能性はあって、だからこそ自分から可能性を捨ててしまうことだけは絶対にしたくなかった。


――クソッ、この首輪さえなけりゃあ、何とかなりそうなんだがな。


「ははっ、間違いないね」


 僕は今もなお首に巻き付いているチョーカー型の機器、その取り付け金具の部分に触れる。

 体温が伝わったそれには金属特有の冷たさは無く、生暖かい。


「本当に、これさえ無ければなぁ……」


 言いながら口から欠伸を漏らす。モニターの端に表示されたモニターを見るとちょうど深夜になったところだった。


「……そろそろ寝るか」


 半身しか覆っていなかった布団を上まで被り、最後まで点灯していた読書灯を消す。

 思っていたよりも早く、僕は眠りに落ちた。





「…………ィ」


 微かな物音を聞いた。


「……ロイ」


 二度目で微かに響くそれが人の声であると知る。


「……ロイ……起きて……」


 三度目。

 どうやら自分を呼んでいるらしいとは気づいたが、僕はまだ眠いのだ。

 あと少し、せめてあと五分だけでもと考えて、布団を被りなおす。

 静寂。

 声の主が諦めてくれたのだと思い込んだ僕が再び寝入る直前に、細く、適度な熱を持った何かが僕の首筋を撫でた。


「……?!」


 急所である頸動脈をなぞられて飛び起きる。

 直ぐに目に入ったのは寝台の傍に()()軍服を着込んだ若い女性士官のシルエット。

 彼女が頭部に付けたヘッドセット型のデバイスは線状の模様が緑色に発光し、暗い室内をぼんやりと照らしている。

 目の前に立つ者が誰であるのかはすぐに分かった。


「……リア?」

「……起きた……?」


 アメリアが言う。

 心地の良い睡眠の途中で起こされた僕は大きな欠伸を一つして、それからがりがりと後頭部を掻く。

 読書灯だけを点灯させ、無意識にモニターの端に表示された時刻に目を向ける。


 《AM:3:09》


 一度瞬く。起床の時刻にしては早すぎる気がした。


「まだこんな時間じゃないか。どうかしたの?」


 彼女は答えない。無言で自身の胸に抱いていたメネア連邦軍の軍服を差し出す。


「……着替えて」

「なんで……?」

「いいから……」

「いや、よくないと思うんだけど」


 一瞬の間。アメリアが押し付けるように軍服を寄越す。


「外で、待ってるから……」

「リア」


 特殊ホログラムで構成された壁を潜り抜けて出ていこうとする彼女を呼び止める。


「着替えても、僕は外へは出られない」


 振り返った彼女。微かに自慢気に笑っていた。

 アメリアは何も言わないまま自身の首を人差し指で指さす。

 僕もまたそれにつられて自身の首へと手を伸ばす。そこにはもう僕を檻に繋ぎとめていた首輪は無く、ロックの解除されたチョーカー型の機器が枕元に転がっていた。


「いつの間に……」


 少し考えて思い至る。

 先ほど僕を起こすときに彼女は僕の首に触れた。首輪のロックを解除するとしたらその時以外考えられない。

 唖然とする僕。それを見たアメリアが再び微笑む。


「でも、どうやって……」

「……秘密」


 人差し指を唇の前でぴんと立てた彼女はそう小声で言って、ホログラムの仕切りの向こう側へと消えた。

 それから素早く渡された軍服に着替え、病室を出た僕はアメリアの案内に従って病院を抜け出して隣接する軍基地へと入り、さらに奥へと進む。

 夜中にも関わらず基地の内部は照明が灯されていて、明るい。

 途中、巡回中の兵士の姿を見かけたが、彼らはアメリアの姿を見たとたんに避けるように散っていくばかりで、敬礼すら交わさない。

 それに違和感を感じない訳ではなかったが、アメリア本人が詮索して欲しくなさそうな雰囲気を醸し出していたので、あえて聞かないことにした。

 そして彼女は僕を連れてエレベーターへと乗り込む。


「リア、僕をどこへ連れて行く気?」


 二人きりのエレベーターの中、下方へと向かうために感じる身体の浮き上がるような感覚に身を預けつつアメリアに尋ねる。

 ちらりとこちらを窺う彼女の瞳。


「……地下」

「いや、エレベーターの動きで地下なのは分かるんだけど……」


 少し悩む。


「僕が聞きたいのはその地下に何があるのかってこと」

「……」


 彼女は答えない。

 エレベーターが目的の階に到着したことを告げる電子音が鳴り、固く閉ざされていた鋼のスライドドアがほとんど遅延なく開いた。

 開いた扉から見えたのは非常灯だけが灯る薄暗い通路。見る限り、人の姿はない。

 アメリアはついて来いとでも言うように僕を一瞥し、薄暗い通路へと踏み出す。

 一瞬躊躇った僕は、一度深呼吸をし、そして彼女の後を追った。

 軍基地の下に存在する謎の地下空間。そこは僕が思っていたよりもずっと広く、通路は入り組んでいて、迷っているのではないかと錯覚しそうなほどだ。


「……ロイは、こんなところにいちゃいけない」


 唐突に半歩先を行くアメリアが言った。


「リア……?」

「翼のないルシフェルなんて、ロイじゃない」


 アメリアが立ち止まる。続いて僕も足を止めた。

 気づけば目の前には不自然に亀裂の入った壁。分厚い金属製のそれは一目でスライド式のゲートだと分かった。


「……だから、私は貴方をここまで連れてきた」


 言いながらゲート横の壁面に埋め込まれた電子モニターを操作するアメリア。

 何か特殊なコマンドを使ったらしく、彼女は指紋認証無しでセキュリティを突破して見せた。

 短い駆動音と共にゲートが開く。


「……!」


 僕は思わず目を見開く。

 ゲートの向こう側の空間は白系統の灯で照らされていて明るい。

 どうやら吹き抜け構造の上階部分に出るためのゲートだったようで、目の前には移動のための通路が橋のように伸びている。

 そしてその空間の最奥に()()は静かに佇んでいた。


「インパルス、フレーム……?」


 ぽつりとその名を呟く。

 純白の装甲を身に纏った〈インパルスフレーム〉。しかし、〈ラーグルフ〉ではない。

 気づけば僕は歩き出していた。

 まっすぐにその機体のコクピットへと続く鉄橋のような通路を、僕は、眼前のその機体に吸い寄せられるように進んで行く。

 そして機体の目の前、真っ直ぐに伸びていた通路が機体を避けるように”T”の字に分かれた所まで来て、足を止めた。

 ゆっくりと機体を見上げる。

 真新しい白の装甲は鋭角的かつ薄型で、頭部の二つの瞳を保護する装甲は澄んだクリアブルー。

 細身の身体の各部からは油圧調整用と思われるホースやチューブが伸びており、その機体がロールアウト前であると分かる。


「新型か?」

「IF-XXX。名前は、まだない……」


 遅れて通路を歩いてきたアメリアが落ち着いた声で機体番号を告げた。


「……世代移行計画に基づいて作られた、第七世代インパルスフレーム。その、プロトタイプ」


 横に並んだ彼女がこちらを真っ直ぐに見つめる。


「これが、貴方の新しい機体」

「第七世代……?」


 僕は再び、注意深くその機体を見た。


「似てるな、ラーグルフに」


 短く吐いた息。それと共に言う。

 色が白なのはおそらく外装の塗装を行なっていないためだろう。

 しかし、目の前の機体の装甲の薄さと全体的に鋭利なフォルムは何となく僕の以前の機体と似ている気がした。


「……当たり前」


 アメリアが言う。


「この機体、モデルはラーグルフ、だから」

「……え?」

「第七世代は、IDRを標準装備する設計。だから、この機体は今までずっと、未完成のまま放置されてきた」

「IDRを標準装備?」


 僕はその不可能に近い設計に眉を寄せる。

 不朽駆動炉(IDR)。無限の動力を生み出し、補給という概念を消し去って、機械の理屈を根本から覆してしまった装置。

 しかし、それはこの世界を統べる十八機の〈機神〉にのみ搭載されているもので、その製造方法は不明のままだ。

 そんなものを標準装備品として設計してしまってはいつまで経ってもロールアウトできまい。

 あるいは〈一番目のシリウス〉から奪取したIDRを積んでいた〈ラーグルフ〉が大破していなければ一機は完成することができたのかもしれないが……。

 そこまで考えてふと思う。

 アウルローゼでの戦闘の後、〈ラーグルフ〉はどこへ消えたのだろうか。

 もし、IDRが無事で、それをメネア連邦が回収したのだとしたら目の前の機体にそのIDRが移植されている可能性は十分にある。


「まさか……」


 どうやら僕の推測は当たっていたらしく、アメリアが軽い頷きを返す。


「……ロイが撃破した、一番目の機神。そのIDRは今、この機体に搭載されてる」

「そう、だったのか」


 僕はゆっくりと息づく。

 恐らくこの機体は一番目の機神のIDRを移植するにあたって、外装も〈ラーグルフ〉を参考にしたのだろう。

 だからアウルローゼでの戦闘から半年という比較的早い時間で完成まで漕ぎ着けることができたのだ。


「……ロイ」


 アメリアの声。それは今までよりも少し重い。


「この機体の元はラーグルフ。だから、()()も搭載されてる……」

「……RAGEか」


 彼女が頷く。

 〈ラーグルフ〉を参考にしているのだからもしやとは思っていたが、やはりそうらしい。

 〈RAGE〉システムの機構もまた、IDRと同様に移植されたようだ。


「……この機体は、危険」


 アメリアは自身が頭に着けているものとは別にもう一つ、〈RAGE〉用のヘッドセット型のデバイスを取り出して差し出す。

 一眼で僕の使っていた物であると分かった。

 少しだけ迷って、それを受け取る。


「……だから、犠牲者が出る前に、持って行って」

「リア……」

「そしたらロイも、合わなきゃいけない人の所へ、行けるでしょ……?」

「リアは、どうするんだ?」

「……え」


 一瞬、虚を突かれた表情を見せたアメリア。構わずに僕は続ける。


「一緒に来なくていいのか?」

「……わ、私は」

「そこまでだ!」


 唐突に後方から響いた第三者の声。反射的な動きで振り返る。

 見れば黒髪黒目の青年士官が一人、こちらに銃を向けて立っている。

 メネア連邦使用の自動拳銃を構える右手に左手を添えた基本的な構え、身体の重心にもブレがない。真面目そうな人だと直感的に思った。


「……ミサカ准尉」


 隣で僅かに目を見開いているアメリアが言った。どうやら知人らしい。


「ヒューリス大尉!今すぐ捕虜を引き渡してください。このままでは貴方は本当に罪人になりますよ」

「……」


 ミサカというらしい准尉の言葉にアメリアは答えず、代わりにこちらに視線を寄越した。


「ロイ、行って。この格納庫の強制射出装置を使えば、直接区画外へ出られる」

「……そんな」

「大丈夫。ロイが脱出するまでの時間くらいは、稼ぐから……」


 微かに唇の端を上げて微笑んで見せるアメリア。

 僕は強く歯噛みした。


――なんでだよ。一緒にって言ってたじゃないか……。


 そして両手の拳を強く握る。


――これじゃあ、格好つけて一緒に行こうって言った僕が、馬鹿みたいだ……。


 脳裏に浮かんだ言葉。本当は言いたくて堪らなかったけれど、何故か喉の奥に詰まって出てこない。


「……リア、ごめん」


 小さく言って、僕は新型のコクピット目指して駆けた。


「ま、待てッ!」


 後方からミサカ准尉の声、視界の端にアメリアが僕を庇うように両手を広げて立っている姿が映る。

 軽い跳躍。あらかじめ開いていたコクピットに滑り込む。

 〈ラーグルフ〉のそれよりも若干ゆとりのあるシートに腰掛けると、邪魔にならないように収納されていたサブモニターが展開。

 起動した画面に迷わず手を押し付ける。初回の指紋登録が完了して機体システム全体が起動し、駆動音と共にコクピットハッチが閉まる。

 一瞬の間を置いて起動したメインスクリーンが点灯して目の前にアメリアとミサカ准尉が対峙する姿が映る。

 ちらりとこちらに視線を寄越すアメリア。僅かに頷いたように見えた。


「分かってる。君から貰った翼と好機、無駄にはしないさ」


 素早くサブモニターを操作。数ある項目の中から《強制射出》のコマンドを見つけ出す。


「IF-XXX、いや……」


 サブモニターの端に移った機体番号を読み上げて、軽く首を振る。

 やはりしっくりこない。この機体にはもっとふさわしい名前があると、そう思った。

 一呼吸置いて、ゆっくりと口を開く。


「ラーグルフ、射出!」


 〈ラーグルフ〉の頭部、クリアブルーの保護装甲の下の二つの瞳が生を帯びたように眩しく輝いた。

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