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囚われた天使


「あー、やっと、終わった」


 一日中続いた身体検査から解放されたロイは覇気のない声で呟いてあてがわれた病室の寝台へとうつ伏せに倒れ込む。

 メネア連邦軍の捕虜となった僕の一時的な滞在場所として用意されたこの病室には四つの寝台があり、他の入院患者と相部屋だ。

 相部屋といっても、互いのベッドの間は特殊ホログラムで区切られているので他の患者の様子は見えないし、各寝台の傍にはモニターも完備されているので不自由はしていない。

 強いて欠点を挙げるなら欠点は防音が完璧ではないことくらいか。

 寝返りをうって仰向けになる。病院特有の白系統の照明の光が直接目に入り、思わず目を細めた。


「まさか、こんなに時間を取られるなんて。捕虜って意外に忙しいな」


 病院側の説明では半日もかからずに終わるような簡単な身体検査だと聞いていたのだが、まさか丸一日持っていかれるとは思ってもいなかった。

 とは言えその原因に心当たりが無いわけではない。

 恐らく身体検査を受けたのが()だったからなのだろう。

 何せ幼いころに隅の隅まで弄繰り回されている身体である。常人と同じ体なわけがない。


「フッ、いつ死んでもおかしくない身体ってことかな」


 軽く嗤いながら右腕を掲げて緩く拳を握ってみる。


――生きてんだからそれでいいだろ?


 脳内に響く僕と同じ声音。僕自身の中にいるもう一人、レイの声だ。


「まあ、そうだね」


 唐突に来訪者を知らせる呼び鈴の電子音がなった。僕は一瞬眉を寄せる。


「……ったく。誰だよ。いくら捕虜とは言え休みは欲しいんだけど」


 ぼやきつつ疲れ切って重い上半身を起こす僕。すぐに特殊ホログラムの壁の向こうに立つ相手から返答があった。


「それは私が言いたいものだよロイ・グロードベント。君がスラビアで面倒ごとを起こさなければ私の仕事も少しは減った」


 言いながらホログラムを潜り抜けて来たのは三十代後半ぐらいの男性士官だった。

 蒼海種(メール)の特徴を帯びた紺の髪と瞳。その長身をしっかりと包み込む軍服の襟元に輝く階級章が大将のものだったので、僕は少しばかり驚いて一度瞬く。

 おそらくこの天蓋区画においては最も階級の高い人物だろう。

 そしてそんな彼が任されている役職はすぐに想像できた。


「この区画の統括指令が僕なんかに何の用?」

「ユアン・エルディだ。その態度は些か問題だな。グロードベント元上級大尉」

「関係ないよ。僕はもう、軍人じゃないんだから」


 突き放すように言い捨てた僕をユアンと名乗った男は真っ直ぐに見つめる。


「なら君は、一般人でありながら軍用インパルスフレームを動かした違法行為については認めるのだな?」

「一般人ね。まぁ、そういうことになるのかな。とりあえず軍用インパルスフレームを無許可で動かしたことは認めるよ」


 けどさ、と続けて僕は彼の顔を見た。

 表情の読み取りにくい無機質な顔。あるいは意図的に隠しているのか。


「貴方が聞きたいのはそんな事じゃないだろ?」

「察しがいいな。君みたいな人間は嫌いじゃない」


 言って、ユアンは両の瞳を僅かに細める。


「何故あんな事をした?」

「あんな事?」

「とぼけるな。タカクラマン砂漠での襲撃、あれは何だ?」

「何だって、貴方もそれを聞くのか」


 僕は態と大きく溜息を吐く。

 スラビアの施設で”獣”が強制労働を強いられているのは一般人でも知っているような常識だ。

 ユアンほどの階級を持つ軍の要人であれば襲撃された施設の全てで強制労働が行われていたという情報はすぐに入ってくるはずで、それなのに僕の目的に気づこうともしない。

 目の前の統括指令にとっても”獣”という存在は所詮ただの労働力程度のものなのだろう。


「答えろ。ロイ・グロードベント」


 ユアンからの催促。僕はとうとう真面目に答えるのが馬鹿らしくなって軽く嗤った。


「ははっ。別に襲撃に意味なんてないさ。ただ世の中が混乱して平和ボケした人間が恐怖を思い出してくれればと思ったんだよ」


 ユアンはしばらく何も言わずにこちらを見つめていたが、やがて溜息にも似た息をこぼした。


「そんな理由で騒動を起こしていたのか。お前のその悪巫山戯で一体何人が死んだと思っている?」

「……そう思うなら。何故僕を殺さない?軍がこうして僕を生かしておく理由は無いはずだろう?」


 一瞬、ユアンの表情が微かに歪んだ。しかし、その表情が表す意味を察するには、その一瞬はあまりにも短かった。


「……お前の処分はスラビアとの検討の後に決定する。それまではお前を殺せない」

「僕が逃亡するリスクを無視しても、か?」


 またしてもユアンの表情が変わる。今度は少し嗤ったように見えた。


「逃亡か、その可能性は考えていなかった。あり得ないからな」

「有り得ない……?」

「お前の首に付いているそれさ」


 言いながらユアンが指差すのは僕の首。正確には僕の首に巻かれているチョーカー型の何かだ。

 治癒カプセルを出てすぐに取り付けられたそれは半透明の青いフィルムで構成され、取り付け金具の部分だけが金属光沢で銀色に輝いている。

 脈拍などの医療データを収集する機器らしいが、入院患者の中にはこの機器をつけていない者も多い。

 何か裏があるとは思ってはいたが……。


「その機器は医療データの収集機であり、お前が捕虜であるという証だ」

「……証」

「そうだ。その機器は絶えず軍のコンピュータに自身の位置座標を送信している。どこへ逃げようが我々は簡単にその位置を割り出せる」

「そういうことか……」


 頷きながら、若干の伸縮性を持ったチョーカーを摘んで引いてみる。


「あまり機器を摘んだりはしない方がいいぞ」

「どうして?」

「機器を外そうとすると電撃を与える仕組みだ。当人にその意思がなくてもシステムがそう判断してしまえば数時間は意識が飛ぶことになる」

「……なるほどね。勝手には外せないってことか」


 機器から手を離す。


「これでお前が逃げられないということは理解できたか?」

「ああ、十分にね」

「ならば私はもう行く。仕事が終わっていないのでな」


 そう言って病院を出て行こうとしたユアンだったが、唐突に足を止めてこちらを振り返る。


「最後にもう一度聞くが、お前の行った襲撃には本当に意味はなかったのか?」


 一度瞬く。一瞬、ユアンが僕の目的に気づいているのではという疑惑が脳裏を過った。


「じゃあ逆に聞くけどさ、貴方は今回の襲撃になんの意味があったと思う?」

「……」


 押し黙るユアン。

 もしこの問いに彼が答えられたなら、彼が”獣”という存在をどう捉えているかに関わらず、僕は全てを話す気になれたかもしれない。

 しかし彼は黙ったまま視線を傍へと逸らす。いや、逸らしてしまったと言うべきか。

 その仕草を見て、彼が襲撃の目的に気づいてはいないことを確信した。


「答えられるわけないよ。だって意味なんて無いんだからさ」

「……失望したぞ堕天使(ルシフェル)


 不満の色を滲ませた声でそう吐き捨てるユアン。


「お前には必ず審判が下る。精々この檻の中でその時を待つがいい」


 彼はそう言い残して特殊ホログラムの壁の向こうへと消える。

 僕は彼が遠ざかっていくその足音が聞こえなくなるのを待って、改めて溜息をついた。


「僕だって、とっくに失望してるさ。僕を含めた全人類にね」





 そして治癒カプセルによる治療を終えてから一週間が経った。

 その日は珍しく事情聴取や身体検査など様々な要件で引っ張り回されることもなく、暇を持て余した僕は病室の寝台に身を預け、いずれ下されるであろう処分の内容について考えていた。


「僕の処分実行が思ってたより遅い。情報を搾れるだけ搾り取って殺すんじゃなかったのか……?」


 仰向けの体制で天井を見上げたまま、小声で呟く。


「ねぇ、君はどう思う?レイ」


 自分の中に潜むもう一人へと問いかける。


――フン。んなことオレが知るかよ。


 すぐに返答があった。予想はしていたけれど、やはり彼の答えは何の参考にもならない。


――だが、処分が決まるまでただ大人しく待ってるだけってのはクソほど面白くねぇ。


 レイが言う。最近戦っていないせいか、その声は少しばかり不満気だ。


――レイ。最初に言っとくけど逃げるのは無理だからね?


 相棒にそう告げつつ、自分の首に巻かれているチョーカー型の機器触れる。

 以前ユアンが言っていた捕虜の証だというその機器。

 外す方法がないかと少し探りを入れてみたが、どうやらこの機器を外す権限を与えられているのは軍の中でも上級かつ、信頼のできるごく一部の人間だけらしい。

 つまり僕がここから逃亡するのは事実上不可能ということだ。

 唐突に呼び鈴の電子音が鳴った。

 僕は軽く息を吐く。またかと思う。おそらく病院の検査員だろう。僕の身体検査に伴って、彼らはよく僕のもとを訪れるのだ。


「……どうぞ」


 渋々答える。けれども、展開されたホログラムを潜ってきたのは検査員などではなく、翠緑種(ヴェルトゥー)の女性士官だった。

 軽い足取りで歩み寄ってきた彼女は、以前と同じように〈RAGE〉システム用のデバイスを頭につけている。


「なんだ、リアだったのか」


 僕はなぜ彼女がデバイスを頭につけているのか内心疑問に思いつつも、それを表に出すことはせずに言った。

 彼女はその翡翠色の瞳で僕をじっと見つめ、ややあってから口を開く。


「……気分は、どう?」

「悪くはないよ。傷もほぼ完治してる」

「……そう。よかった」


 彼女がぽつりと言って、それから沈黙が落ちる。


「……一〇三番天蓋区画でラーグルフに乗っていたのは、ロイ?」


 しばし続いた沈黙を破ったのは意外にもアメリアだった。

 第一〇三番天蓋区画ということは僕がリンを逃がすために囮を買って出た例の戦闘のことだろう。

 僕はゆっくりと頷いて見せる。


「僕だよ。それを知ってるってことはやっぱり君もいたんだ」


 彼女もまた控えめに頷いて見せた。


「そうか。だったら僕はリアにお礼を言わないとだね」

「……?」


 きょとんとするアメリア。翡翠色の瞳が一度瞬く。


「助けてくれただろう? まさか覚えてないの?」


 彼女は覚えていないようで、終いには首を傾げ始めたものだから、僕はショックを隠し切れない。


「ほ、ほら、僕がシリウスと戦ってた時に支援砲撃してくれたじゃないか。あれは君がやってくれたんだよね?」

「……あ」


 彼女が反応する。やっと思い出してくれたようだ。


「……あれは、支援じゃない」

「じゃあなんなのさ?」

「……一人で機神に挑んだ馬鹿に、警鐘鳴らしただけ」

「馬鹿って、勝ったんだからいいじゃないか」


 僕がそう言うとアメリアは無言でじっとこちらを見つめる。

 表情は変わっていない。しかし、その瞳が本気で言っているのかと、そう訴えかけてきていた。


「……いや、その、無茶をしたのは悪かったと思ってる」


 あの時〈ラーグルフ〉は損傷し、不完全な状態だった。そんな機体状況で〈機神〉と張り合おうなど無謀もいいところだ。

 僕は改めて自分がしていたことの恐ろしさを知った。


「大丈夫、もうあんな無茶はしないって」


 苦笑とともに彼女に言う。彼女は僅かに両の眉を寄せた。


「……嘘」

「ほんとさ。……だって僕はもう戦うことはないだろうから」

「どうして……?」

「どうしてって、少し考えればわかるよ。僕は多分、殺される」


 僕は浅く嗤う。

 今の状況はメネア連邦軍にとっては願ってもないほどの好機のはずだ。

 以前から軍は〈RAGE〉システムについて知る者を消したがっていた。そして今その一人が反逆罪を抱えて捉えられている。この好機を軍が見逃すとはとても思えない。

 良くて銃殺、悪くて実験の被検体というところか。


明けの明星(ルシフェル)だったころの僕にはもう戻れない」

「……」

「オーバーブレイブスもこれでリアとシグルドの二人になるな」

「……ロイは、」


 彼女が口を開く。珍しくどこか力強さを感じる声だった。


「ロイは、これでいいの……?」

「いいわけないよ。だって僕は……」


 僕は強く、強く拳を握る。

 リンに必ず戻ると約束してしまった。当然こんな所で死ぬわけにはいかない。

 けれど、自分は所詮ただのパイロットだったに過ぎなくて、そして機体を失った今、もはやパイロットですらなくなってしまった。

 ただ死を待つだけで何一つできることなどない。考えれば考えるほど自分は無力で、それが堪らなく悔しいのだ。


「……ロイ、本気」

「あたりまえだよ。本気じゃなければ軍を敵に回したりするもんか」

「……分かった」


 彼女が一度頷く。その口元に浮かぶのは微かだが確かな笑い。

 そのまま部屋を去っていこうとするアメリア慌てて呼び止めた。


「リア、一体何をする気?」


 彼女が振り返る。宝石のような翡翠色の瞳と再び目が合う。


「待ってて、私が、何とかしてみせる、から……」


 そう言い残して彼女は特殊ホログラムの向こう側へと消えた。

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