戦う理由
『テメェ、リアだろ!』
機体同士が触れ合ったことにより、相手パイロットの声が有線通信で〈ベガルタ〉のコクピットの中に響く。
「……ッ?!」
私は操縦桿を強く握りしめたまま息を詰める。
忘れるはずのない声。
私をリアと呼ぶのは彼とオーバーブレイブスの一部の隊員だけで、シグルドは私をそうは呼ばない。
だから、間違いなく目の前の機体のパイロットは彼だ。
「……どう、して……?」
呆然と呟く。
かつて仲間だった彼と対峙していると分かったその瞬間、得体の知れない怖気が湧いた。
反射的に操縦桿から手を離す。
手にしていたロングレンジライフルを取り落とす〈ベガルタ〉。
『それはこっちの台詞だ。リア! 今までいったいどこに……?』
「それは……」
言い淀む。長期治癒カプセルでの治療を終えた後、私は一度も彼と会ってはいない。
私が生きているという情報は確かに彼に伝えられていて、会う機会はいくらでもあったはずなのに一度も顔を合わせなかった。私は意図的に彼を避けていたのだ。
その理由は今ではもうあまり覚えていないけれど、きっとあの頃の私は両足の使えなくなったことを彼に知られたくなかったのだと思う。
いや、今でも心の何処かにそう思っている自分がいるのかもしれない。
『どうしたァ?お得意のダンマリかァッ!』
先程よりも強い口調。彼の中にいるもう一人、レイの声だとすぐに分かったが、僅かに身が強張った。
唐突に身体のコントロールを奪われる気配。私の中にいるもう一人の人格が操縦桿を握り直す。
「どこだっていいでしょ。私だって忙しかったのよ」
私に代わってアリシアが言った。
「随分派手にやってるみたいねレイ。気分はどう?」
『ああ、いいぜ。最高だァ!』
有線通信に混ざる薄い笑い。珍しくレイが上機嫌であることは私にも感じられた。
「ねぇ、教えなさいよ。今貴方がこうして操縦桿を握ってるその理由を」
アリシアが言うと一瞬沈黙が流れる。次に答えたのはレイではなくロイだった。
「僕は、」
しかし、彼が全てを口にするその前に純白の機体は飛び退る。
直後、別方向から飛来した機関砲弾が砂の大地を抉った。
反射的に視線を向けたその先には三七ミリ機関砲を構えた複数のメネア連邦軍機〈エストック〉の姿。
間違いなくアウルローゼからの援軍だ。
『ヒュ……ス……尉! 大……夫……すか?』
今なお続いている通信妨害の影響で途切れ途切れではあったが、友軍機からの通信が確かに聞こえた。
その声からミサカ准尉だと察しがつく。
戦場において援軍が駆けつけてくれるというのは喜ばしい事であるはずなのに、何故か私の胸の内には複雑な心情だけが残った。
*
〈ラーグルフ〉のコクピットの中に相棒であるレイの舌打ちが響く。
「邪魔しやがって、雑兵どもがァ!」
左右の操縦桿と足元のペダルを巧みに操って迫り来る砲弾を回避。
視認できるだけでも敵の数は十機以上。この短時間にこれだけの〈インパルスフレーム〉を活動可能状態まで持って行った敵軍の士官たちに僕は驚嘆した。
その内の一機がアメリアの機体を庇うように立ち、残りは後方待機の四脚型〈ショーテル〉を残して接近してくる。
四脚型がその肩に担いだ大口径の滑腔砲を咆哮させ、飛来してきた砲弾を〈ラーグルフ〉が回避する。
続けて先行してきた〈エストック〉が放った機関砲弾も回避。
「くっ! この展開の仕方、包囲して殲滅する気か……うわっ?!」
砂漠特有の不安定な足場に〈ラーグルフ〉が足を取られてバランスを崩す。
咄嗟に跳躍。スラスターを噴射させる推進剤はとうの昔に使い切っているが、IDRの恩恵もあり、機体は不自由なく上空へと舞い上がった。
着地。粒子の細かい砂が巻き上げられて宙を舞う。
ここぞとばかりに斬りかかってきた一機の〈エストック〉、振るわれた高周波の刃を紙一重で避け、右腕のスモールシールドを展開する。
手甲となったそれが敵機の頭部を抉り飛ばした。
後ろへ倒れかけたそれの胸部装甲を引っ掴んで盾とする。
直後、別の〈エストック〉が機関砲を連射。
〈ラーグルフ〉に向けて迫っていたはずの機関砲弾が、不憫にも仲間の機体にとどめを刺した。
「残念、ハズレだァ!」
レイが操縦桿を前進位置へ。それに伴って〈ラーグルフ〉が急加速する。
メインスクリーンにはそれぞれに近接武装を構えて立つ共和国軍機と連邦軍機。
「悪いけど、君たちに用はない。通してもらうよ」
右腕のシールド展開に伴って背部にマウントしていた刀を擦れ違いざまに抜刀。流れるように揺れた漆黒の刃に〈ショーテル〉と〈エストック〉の腕が切り落とされて小爆発を起こした。
爆発による煙を抜けて〈ラーグルフ〉が前進。
迫り来る弾雨を回避しつつ、ある機体だけを目指して砂の大地を駆ける。
メインスクリーンに映るのはモスグリーンとダークグレーの長距離狙撃型〈インパルスフレーム〉。
かつて戦場で共に戦った彼女が乗っている機体。
オーバーブレイブス壊滅以降会えていなかった彼女が今、敵として僕の前にいる。
「久々に会えたのに。敵どうしなんて……」
思わず歯噛みする。
「何故なんだ。リア!」
*
〈ベガルタ〉のコクピットの中、メインスクリーンに映った高速で接近してくる純白の機体を見据え、私は操縦桿を握る腕に力を込める。
『ヒューリス中尉、後退して狙撃体勢を整えてください』
傍らに立つミサカ機から有線で通信。彼の乗る〈エストック〉が私の返事を待つことなく一歩前に出て抜刀。
手にした長剣を振るうミサカ機。
しかし、純白の機体が直前でしゃがみ込み、突き出した長剣が敵機の頭部装甲を掠めて空を貫く。
直後、下から上へと漆黒の刃が振れ、〈エストック〉の両腕が肘関節から切り飛ばされて宙を舞った。
無力化したミサカ機に蹴りを叩き込んで転倒させ、けれどとどめを刺すことはせずに〈ラーグルフ〉はこちらを見る。
保護装甲が無く、剥き出しのままの〈インパルスフレーム〉の瞳が僅かに光を帯びた気がした。
〈ラーグルフ〉が動いた。
一瞬のうちに距離を詰め、折れた刀を振るう。
しかし、振り下ろすその速度は遅い。手加減しているのだとすぐに分かる。
その一閃をダガーで受けた。
『リア、どうして君がここにいる?!」
「……そう言う貴方は、どうして……?」
都合の悪い質問に答えを見つけられず、そのまま問い返す。
言ってからずるいことをしたと思った。
『決まってる。僕は自分の目的のためにここにいる』
「……目、的……?」
『うん。約束した人がいるんだ。絶対に会いに行くって。そのために僕は今ここで戦ってる』
「…………そう、なんだ」
私は無意識に操縦桿を握る腕の力を緩めた。
力負けした〈ベガルタ〉が〈ラーグルフ〉に押される。
何故だか酷く虚ろな気分だった。
当たり前のように戦う理由を得ている彼が羨ましかったのかもしれないし、戦う理由を答える事ができない自分自身に失望したのかもしれない。
唐突に理由のないまま戦う事がとても辛いことのように思えたのだ。
「……行って」
ぽつりと呟く。
「約束した人の所へ……」
『……リア?』
「ここでの目的はもう、果たしてる、でしょ……?」
言って操縦桿を後退位置へと引くと〈ベガルタ〉が一歩後ろへと退がる。
狙撃を行う前、彼はこの戦域を離脱しようとしていたように見えた。
それはつまりアウルローゼでの目的は既に達成されているということで、同時に彼の合わなければならない人物はここにはいないということだ。
後退しようとする〈ベガルタ〉。けれどもその腕を彼の機体が掴む。当然、彼の機体に腕は一本しかないのでその手に握っていた刀は地面へと落ちる。
私は困惑した。
唯一の武装である刀を放り捨ててまで私を捕まえておく理由なんて無いはずなのに……。
『分かってる。君に言われなくたってそうするさ』
少しだけ低い声音で彼が言う。
『けど、その前に聞きたいことがある』
「……?」
『どうして君は、そんなにも寂しそうなんだ?』
思わず息を詰めた。彼はいつもこうだ。私自身が必死に隠している感情を簡単に言い当てる。
『君にも戦う理由があって、だからこそ、こうして僕と戦っているんじゃないのか?』
「それは……」
『なのにどうして、君の狙撃には殺意がない?』
「……」
答えられない。当然のことだ。なにせ私はここで彼と戦う理由を何一つ持ち合わせてはいないのだから。
『リア。君は本当は、戦いたくなんかないんじゃないか?』
とどめだと言わんばかりに彼が言った。
そしてその言葉はこれ以上ないくらいに的確で私の心を強く揺さぶる。
『もしもこれが本当に君のやりたいことだと言うのなら、僕は止めない。けど、そうじゃないなら言ってくれ』
〈ラーグルフ〉が〈ベガルタ〉の手を引く。機体同士の距離が一歩分近くなった。
『リア。君は、何がしたいんだ?』
「……私は、」
言いかけて、けれど口を閉ざす。
自分の思いを口にするのはやはり怖い。言えば否定されそうで、それがどうしよもなく怖いのだ。
けれどもここで私が何も言わずに終わってしまったら、きっと彼はどこか遠くへ行ってしまう。もう二度と会えなくなってしまう。
そんな予感がしたから、私はちっぽけな勇気を振り絞って、たった一つ抱いた望みを口にした。
「……私は、ロイと、一緒に居たい」
仮にもし彼の傍にいることができるなら、戦うことになってもいいと、私は心の底から強く思った。
一瞬の間を置いて、彼が笑う。
『よく言ったね、リア。僕と、一緒に行こう」
「……うん」
その言葉に私もまた控えめな笑いを返す。
久々に作り笑いではないまともな笑い方が出来た気がした。




