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転入生

 五番格納庫で〈ラーグルフ〉と再会したその次の日の事。

 朝のホームルーム開始の鐘が鳴るとともに教室内が騒がしくなり、ロイは思わず読み進めていた文庫本から目を離す。

 見ればクラス担任の女性教師が学校の制服を身に纏った生徒一人を連れて教室へと入ってくるところだ。

 軽く波打った黒髪と長めの睫毛に縁取られた黄玉色(トパーズ)の瞳。同い年にしては小柄で華奢な体躯。

 どうやら彼が噂の転校生らしい。

 教壇の前に立ち、これからクラスメートとして接点を持つことになるであろう生徒達の顔を確かめるように教室を見渡す彼。ふと一瞬だけ目が合ったような気がした。

 目が合ったその瞬間に僅かに見開かれる彼の瞳。それが一体何を表していたのかを把握するにはその一瞬はあまりに短すぎた。


「みなさぁーん。今日は先日お伝えしていた通り、新しいお友達がこの学校にやってきましたよぉ~」


 いつもと変わらぬ調子で担任の教師が告げる。幾人かの生徒が嘆息し、さらに何人かの生徒が小さく笑った。

 若手の女性教師である彼女は美人だと評判だが、性格に関しては生徒たちの間で賛否が分かれていると聞く。

 というのも、彼女の生徒に対する態度は明らかに十代後半の者たちに対する態度ではないのだ。

 もっと幼い子供たちに話しかけるような優しく、それでいて語尾を伸ばした特徴的な口調。

 それを評価しようなどとは思わないけれども、もっと年下の者たちを相手にする方が向いているのではないかとは少しだけ思う。


「それでは、これからみんなと一緒に授業を受けることになる転校生ちゃんに自己紹介をしてもらいましょ〜」


 柔らかい笑みを浮かべて言う先生に転校生の彼も思わず苦笑い。

 それから少年は一度だけ深呼吸をして一歩前に出た。


「初めまして。わた……僕の名前はカトル・デュランです。分からないことだらけですが、これから頑張っていこうと思っていますのでよろしくお願いします。」


 簡単な自己紹介をして、最後に一礼をする。

 学生が行う礼にしては異様に整ったそれ。初対面の相手への礼儀として当たり前の動作であるはずなのに、何故か以前どこかで見たような不思議な感じがした。


「はい、みなさんカトル君と仲良くしてあげてくださいね~」


 口元に浮かべた笑みを崩すことなく先生が言った。

 それからすぐに彼女は唇に人差し指をあてがって、教室を見回し始め、それに釣られた何人かの生徒もまた、彼女の視線と同じ方向に首を回す。


「え~と、カトル君の席は……」


 一体何をしているのかと思ったのも束の間、彼女のこぼしたその言葉が答えを教えてくれた。

 どうやら転入生であるカトルをどこに座らせるのか迷っているようだ。

 それもそのはず、今クラスの机と椅子は全て使用されていて空きはなく、転入生であるカトルが座る席がない。転校初日に席が無いというのも可哀相な話ではあるが、そもそもこの工業士官学校では転校生が来ること自体が異例だ。学校側も転校生への対応には不慣れだろうし、机と椅子の用意が間に合っていなくても不思議ではない。


「そいつどこに座らせんだよ。机に空きなんかねぇじゃねぇか」


 どの学校にも一人くらいはいるであろう感じの悪い生徒が口を挟む。言動は個々の自由だから、それをとやかく言ったりするつもりはないけれど、転校生がいる前でのそう言った物言いはあまり好かれないのではと思う。

 案の定、教室内は気まずい雰囲気が漂い始め、それを感じ取ったらしい先生が初めて表情を曇らせた。


「うーん。これは新たに机と椅子を持ってきてもらうしかなさそうですね~。それとアッシュ君。そういう言葉遣いはしないようにっていつも言っているでしょう?先生、怒っちゃいますよ?」

「いやセンセ。あんたいつも怒る怒るって言って結局怒らねぇじゃねぇか」


 感じの悪い生徒が低く嗤う。当然、彼も教室内において一定の影響力を有しているわけで、その取巻きたる数人の生徒が一緒になって嗤った。

 これにはさすがの担任教師も溜め息を一つ。僕はこのクラスの担任に彼女は向いていないのではないかと思いつつ、再び手元の文庫本へと視線を落とす。


「あの、先生……」


 文庫本を読み進めながら耳だけを傾けていると、気まずい雰囲気が漂い続ける教室で転入生であるカトルが恐る恐る声を上げたのが聞こえた。


「もし机を運び込むのでしたら、彼の横に置いてもらうことはできますか?」


 途端に静寂に包まれる教室。そして何故か周りからの視線を感じた僕は渋々顔を上げて驚愕した。

 いつの間にかカトルが細い人差し指で僕の方を指差していて、それに引かれたクラス全員の視線が僕の方に集中していたのだ。

 すぐにカトルの言っていた"彼"が僕のことだったのだと気づく。


「……え、僕?」


 僕は思わず自分で自分を指差した。



 そして担任教師の取り計らいで白塗りの机が運び込まれ、僕の隣に置かれる。

 何故カトルがわざわざ僕の隣を指名したのか。それは僕にとっては疑問でしかなくて、それを聞こうと機会を伺っていたのだけれど、彼が席に付いたのとほぼ同時に一限目の授業が始まってしまった。

 当然、殆ど会話をする時間などあるわけもなく、とりあえず名前だけ名乗っておくと、授業開始の挨拶の直前、号令が掛かる中で彼は控えめな会釈だけを返してきた。

 一限目と二限目は二時間続きの数学で個人的には最悪のスケジュール。先生が電子黒板に書いていく公式をせっせと電子端末に記録していく作業の繰り返し。ところが今日の授業はいつもと少しだけ違った。


 授業中にカトルの座る隣の席から視線を感じるのだ。それも一度や二度ではなく何度も。

 何事かと思って隣を見返してみるのだが、その時には決まってカトルはこちらを見ていない。

 結局、気になって授業どころではなかった。

 三限目は自らが選択している科目の授業だったので僕は同じく機械操縦を選択しているディーヴァルとともにシュミレーター実習室へ移動。機械整備を予め選択していたらしいカトルはミレイナに連れられて整備棟の方へ歩いて行ったので、この時間も僕たちが会話する機会は得られなかった。


 昼食の時に話せばいい。そう思っていたが、昼休みにはまた別の問題が発生する。

 カトルの席を取り囲むようにクラスメートたちが押し寄せてきて、我先にと彼に質問を浴びせる。

 前の席に座るミレイナに話さなくていいのかと尋ねられたけれど、三限目の間に仲良くなったらしい生徒たちが昼休み終了前ぎりぎりまで話し込んでいて、とても僕が話しかけられるような状況ではなかった。

 昼休憩後の授業。四限目の公用語学と五限目の二次選択科目(僕の場合は戦術基礎)も同じように話す機会はなくて、とうとう最後の六限目、機工暦の授業になってしまった。


「えー、今から二百年ほど前ですかね。機工暦六○三年、第六番天蓋区画が機神三番目のアルデバランの襲撃を受け……」


 電子黒板の前では一度定年を迎えて退職し、再雇用で昨年から再びこの学校に勤務している白髪の男性教師がとうの昔に絶滅したはずの紙製の教科書を片手に授業を進めている。

 彼は授業中に教室を徘徊することもなくただ教員用の椅子に腰かけて時代遅れの教科書を読み上げるだけなので、生徒たちは授業の間好き放題している。

 ある者は読書に耽り、ある者は机の下や机の上に置いた電子端末でゲームに興じ、またある者は他の授業で出された宿題に勤しんでいる。

 僕はというと電子黒板の内容を電子端末に記録するだけして窓の外を見ながら妄想に耽る。


「……イ君」


 スクリーンで出来た偽物の空を眺めつつ、いつか見た本物の空の蒼を思い出していると不意に名前を呼ばれたような気がした。

 僕がそちらに目を向けると困った様子のカトルがこちらを見つめている。


「カトル?どうしたの?」

「えっと、先生がさっきから機神っていう単語をよく使っているけど機神って何?」

「……え?」


 カトルの言葉に思わず間の抜けた返事をしてしまった。

 〈機神〉は人間が箱庭の中で暮らすことになった元凶とも言える存在、この世界に住む人々ならば誰一人として知らないはずが無いのだ。


「君は機神を知らないの?」

「機神……どこかで聞いたような気がするんだけど思い出せないなぁ」

「電子端末で検索すればすぐに出てくると思うよ。有名な物だから」


 そう言って教えるとカトルは慣れない手つきで電子端末を操作し始め、最終的に検索画面にすらたどり着けずに首を捻り出した。

 見兼ねた僕は彼に電子端末での検索の方法を教えてやる。

 この電子端末も対して珍しいものではない。天蓋区画に住んでいれば誰もが一度は手にする普通のものだ。

 僕は電子端末の扱いに慣れていない様子の彼を横目に見つめて、感じた違和感を押し殺した。

 少しして〈機神〉について調べ終えたらしいカトルが丁寧にその情報を端末自体に記録させながら感心したように頷く。


「なるほど、厄災のことなんだね」

「厄、災?」


 彼の呟きに今度は僕が首を傾げた。

 いつもなら他人の呟きに口など挟まない僕だが、カトルの言う"厄災"という言葉には妙に心を惹かれた。

 根拠はないが、ただなんとなく以前に聞いた事がある言葉のような気がしたのだ。


「あ、えっと、厄災っていうのは……」

「いいさ、話さなくて。きっと住んでいた国が違うから呼び方も違うだけなんだろう」


 話しづらいとでも言うように眉尻を下げて言いかけたカトルを僕は首を振って制した。

 文化の違い。公用語は万国共通語ではあるが、一部の国や地域では呼び方が異なるものが存在すると聞いたことがある。そしてそれらの呼び方に敏感な地域では口にするだけで罪人扱いされることもあるのだとか。

 きっと彼が言い淀んだのもそういった理由からなのだろう。


「ごめん……」

「謝らなくていいって。けど、代わりに一つ聞いてもいいかな?」


 自分でも思うくらいに唐突に僕は彼に尋ねた。

 この機会を逃せば次は明日以降になってしまう。彼が僕の隣の席を希望したのは今日のことだから、そうなってしまってからでは話を切り出しにくい。


「何を?」


 カトルが黄玉の瞳を一度瞬かせる。


「どうして君は……」

「はい、じゃあここのところをグロードベント君、読んでくれるかな?」


 言い終えるその前に先生の声が響いて、言葉をかき消してしまう。

 深く嘆息。教師が悪いというわけではないけれど、どうしてこうもタイミングが悪いのだろう。

 結局、僕は彼に問いかけをする機会を無くしてしまったのだった。

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