不気味な青年
「話を聞こうか」
顔に薄い笑みを浮かべたまま真っ直ぐにこちらを見つめて言う黒髪緑眼の青年に、ミランダは背筋を冷たい何かが這うような感覚を覚える。
こちらは銃を構えているのだ。既に初弾は銃身内にセットされ、引き金を引けばいつでも撃てる状態。普通この状況であれば人は怯えるはずで、慣れていたとしても多少の緊張感は抱くと思うのだが、彼はまるで玩具の鉄砲でも眺めるかのごとく余裕の表情でこちらを見据えている。
ただ単純に気味が悪い。それとも私が引き金を引くはずないと高を括っているのだろうか。
どう話を切り出していいものかと悩んで、数秒の後にゆっくりと口を開く。
「貴方、本当に連邦からこちらに派遣されてきた士官?」
「もちろん……と、言ったら?」
「共和国軍が連邦側から受け取っている派遣者リストとのデータ照合にご協力願います」
「ははっ、真面目な人だな。そんなことをしなくてもとっくに気づいてるんだろう?」
青年が浅く笑う。正式な士官であることを認める気は始めから無いようだ。
「貴方何者?例の所属不明機との関係は?」
「所属不明機……?」
彼は態とらしく首を傾げ、ややあってからああと合点いったように声を漏らした。
「ラーグルフは僕の機体だよ。今日もあれに乗ってここまで来たんだ」
「貴方が、あの機体のパイロット……」
自分の推測が当たっていたことに安堵感を覚え、そしてすぐに違和感を感じて彼の足先から脳天まで視線を走らせる。
動きやすいと評判の軍靴を履き、細身の身体を包むのはメネア連邦軍の軍服、澄んだ緑玉の瞳と黒髪。青年の身体には何一つ”獣”としての特徴が見当たらなかった。
「人間……」
「人間以外の何に見える?」
問われて私は返す言葉を失う。彼は間違いなく“人間”だったのだ。
推測では〈ラーグルフ〉の搭乗者は”獣”であるはずで、だからこそ仲間を救うためにスラビアの各施設を襲撃しているのだと、そう思っていたのだ。
「どうして……人間が獣を……」
「またか、飽きたよ。その質問」
青年は態とらしい溜め息をついてみせる。
「別に、僕は自分の目的のために動いているだけなんだけどな」
言いながら頭を掻いて、それから再び口を開く。
「でもさ、おかしいと思わない?」
「……へ?」
いきなり問われて私はきょとんとする。“何が”と思わざるを得ない。
彼は予想の範疇だと言わんばかりに嗤って、それから目を眇めた。
「ほら、“何が”って顔してる。その時点でもうおかしいなんて思ってないし気づいてすらいないんだ」
彼が一歩前に出る。ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「動かないで、それ以上近づくと撃つわ」
若干下げかけていた銃を再び構え直す。それでも彼は足を止めない。一歩ずつ確実に私へと迫って来る。
「自分たちの都合で獣達を管理してそんなに楽しい?」
「……ッ?!」
「僕の言ってることが分からないだろう?貴女たちにとってはそれが当たり前だから」
構えた拳銃の銃口が歩み寄って来た彼の胸元に触れる。ゼロ距離。
「貴方たちは獣を捕まえ、都合のいい駒として使っている。それなのにそれを見て何とも思わないのかって聞いてるんだ」
彼はあくまで淡々と告げる。その感情の籠っていない声が私には恐ろしく感じられた。
人間でありながら己を含む全ての人間を見下しているような矛盾に満ちた瞳。私は思わず竦みそうになった足を叱咤して無理矢理維持する。
「変なことばかり言って、本当に撃つわよ?」
強く、威嚇の意を込めて言った。彼は蔑むように目を細めて、長い溜め息を一つ。
「変なこと……そうか、その程度か。残念だよ。僕を撃ちたいなら好きにすれば?」
「何を言って……」
「本気さ、撃てばいいだろう?」
薄い嗤い。私は固く結んだ口の奥で奥歯を噛み締める。
今引き金を引けば確実に殺せる。この面倒な任務に終止符を打つことが出来る。控えめな深呼吸、引き金に人差し指を掛ける。この指を手前に引けば終わり。そのはずなのに指が動かない。最後の一押しを行うことができない。
「……撃てるわけねぇ」
唐突に目の前の青年の口調が変わる。その別人のような表情を見た瞬間に私は絶句した。緑玉の瞳は鋭く、口元には狂気じみた笑みを浮かべている。
「あ、貴方……?!」
「そんな殺意の欠片もない目のままで撃てるわけがねぇっつってんだよ」
青年が躊躇いもなく私の胸倉を掴み上げ、顔を寄せる。取り落とした拳銃がタイルの床に落ち音を立てた。暴発しなかったのは幸いだったが、至近距離で睨みつけられているこの状況では安堵の息を吐く余裕もない。
「撃つ覚悟がねぇなら銃なんか持つんじゃねぇ」
青年が自身のベルトに着けたホルスターから一丁の拳銃を抜き、安全装置を解除しスライドを引く。銃口がこちらを向いた。
「さよならだァ!」
銃声。
後方から飛来した銃弾が私の腿を掠めて、壁に穴を穿つ。撃ったのは目の前の青年ではなかった。
銃弾の掠めた左の太腿に痛みが走り、立つことが出来なくなってその場にへたり込む。
「銃を捨てて手を上げろ!」
聞き覚えのある声に振り返る。そこには共和国軍の軍服に身を包み、こちらに向けて拳銃を構える焔赤種の青年士官の姿があった。
燃えるような赤髪はいつも通りにぼさぼさで、しかしその瞳は普段とは比べ物にならない程に鋭い。
「アーガスト少尉……」
ぽつりと呟いた私、少尉は見向きもせずに一歩前へ出る。
「聞こえなかったのか?銃を捨てろと言ったんだ」
「ハッ!面白れぇ、オレと殺り合おうってか!」
「それでもいいが、死ぬのはお前だぞ」
少尉がどこか余裕を感じさせる笑みを見せる。それに示し合わせたかの如く、騒々しい足音が近づき、共和国軍の兵士たちが到着。その肩に担いでいたアサルトライフルを一斉に構える。
目の前の青年が短く舌打ちし、顔を顰める。
どうみても勝ち目はない。しかし、彼は決して拳銃を捨てはしなかった。
「なるほど、こいつぁ分が悪い」
一度、怪しい笑みを浮かべた彼はあらぬ方向へと銃を向け、そして発砲した。
近くの非常灯が撃ち抜かれ、消灯。暗闇に目が慣れるまでの数秒間、状況の把握ができなくなる。
「な?!追え!絶対逃がすなよ!」
アーガスト少尉の声。続いてアサルトライフルを担いだ兵士たちが駆けてゆく音。
やがてその足音が遠のいて幾分か静かになった頃合いを見計らって、私は深呼吸をした。まだ少し体が震えている。
「少佐、大丈夫っすか?」
携帯端末のライトを点けつつ彼が言った。丁度暗闇に慣れてきていた目に眩しい白系統の光を浴びせられて、私は目を細くする。
「大丈夫なように、見えるのかしら?」
ちらりと腿の傷に目をやって言った。今までは恐怖が勝っていたためにあまり感じなかった痛みが少しずつ鮮明になってくる。
「それはマジ申し訳なかったっす」
「……いいのよ。足を負傷していたら人質として使い物にならないもの。少尉もそれが目的だったんでしょう?」
「…………」
「それにしても少尉にあれだけ銃の腕があるとは思ってなかったわ。結構やるのね貴方」
そこまで言って私は彼の異変に気付いた。先ほどから黙ったままで、焦っているような、はたまた怖がっているような曖昧な表情を浮かべている。
「なに?違うの?」
「いや、えっと……」
深紅の瞳が傍に逸れる。あからさまな苦笑いが見て取れた。
「本当は牽制のつもりで撃ったんすけど、それが誤って少佐に……」
「……へ?」
「いや、俺、射撃はあんま得意じゃないし、当てるつもりはなかったんすよ」
そこまで聞いて私は全てを理解した。謎の寒気を覚えて自身の身体を抱く。
意図的にそうしたのではなく誤射だったということは当たり所次第で私は死んでいたということだ。そう考えると笑ってなどいられない。
「少尉」
「はい?」
「クビにしてもいいかしら」
「……いやほんとそれだけはやめてくださいお願いします」
「なら訓練兵からやりなおしね」
「……」
そのときの少尉の顔からは完全に生気が抜けていた。




