見えざる巨兵
機甲暦八一三年三月一六日。早朝。
アウルローゼの護衛を任された一機の〈ショーテル〉。そのコクピットの中で一人の共和国軍パイロットはようやく昇ってきた朝日が右側のサブスクリーンに映る様を見て欠伸を咬み殺す。
背後には静かに佇むアウルローゼとその敷地を囲うように設置された強化コンクリートの壁。
この施設の防衛任務が始まってから既に一週間が経とうとしている。
対象の所属不明機が現れる気配は無く、元からあまり乗り気ではなかった士官の士気も最近では著しく低下している。
かく言う彼も任務の為に娘の誕生会に参加できず不満を抱える一人だ。
「所属不明機、ねぇ……」
ぽつりと呟く。所属不明機にこのアウルローゼが襲撃を受けるとスラビア共和国軍の才女、ミランダ・グラス少佐は見立てているようだが、本当にそんなことがあるのだろうか。
「あーあ。早く帰りてぇ……」
愛しい娘の顔を思い浮かべつつ、愚痴をこぼす。
一瞬、目の前の景色が唐突に揺らいだような気がした。
「ん?」
蜃気楼だろうかと思う。スラビアの砂漠で蜃気楼が起こることは決して珍しいことではないが、身体に感じた怖気ともつかない違和感を拭い切れず、索敵レーダーへと目を向ける。
反応はない。
「……?!」
次の瞬間、彼の瞳は動揺に揺れた。
目には見えない。しかし、それは確かに目の前にいて、既に自機の懐へと入り込んでいる。鈍く響く駆動音がそれを伝えていた。
「光学迷彩!だが何故レーダーに映らない?!」
慌てて通信回線を開くが、ノイズという名の異音が聞こえるだけで応答がない。
「電波妨害か……!」
通信回線やレーダー、全ての電波機器を無効化できるほどの強力な電波妨害。それに気づいた時にはもう遅かった。
《ショーテル》のコクピットブロックを先端の折れた黒い刀が貫く。
自らの死を友軍の誰にも気づいてもらえぬまま、その共和国軍機は倒れた。
*
「ハハハハッ!こいつは傑作だァ!」
〈ラーグルフ〉のコクピットの中でオレは思わず嘲笑した。目の前には胸部を貫かれた共和国軍機(確か〈ショーテル〉と言ったか)が頽れている。
「マジでオレたちの存在に気づかねぇなんてなァ!」
いくらこちらが光学迷彩で姿を隠しているとはいえ、壊れかかったお粗末なものだ。こうも簡単に敵の接近を許すとは。相手の目が節穴ではないかと疑ってしまう。
――レイ、作戦通りに頼むよ。
「うるせぇな。今、その通りにやってんだろうが」
短い舌打ち。ロイの心配性にはつくづく腹が立つ。
ところでロイの言う作戦とは何か。今回のアウルローゼ襲撃を行うにあたって彼が施策したものだ。
もちろんオレもロイも戦士であって策士ではないので、色々と問題点の多い策なのだが……。
「まぁ、どんなクソ戦術でも暇潰しになりゃあそれでいい」
不敵な笑みを浮かべつつ、オレは操縦桿を前進位置に押し込む。
*
時間は半日ほど遡る。
〈十二番目の機神〉の亡骸に身を寄せる〈ラーグルフ〉のコクピット内で、僕が無限の動力を生み出す装置であるIDRが引き起こす電波妨害の自機への影響を少しでも少なくできないものかと試行錯誤していたときのことだ。
――オイ。
脳内でレイが呼びかけてくる。
雰囲気から何となく不機嫌なのは察せられた。
――ロイ、てめぇ。アウルローゼを潰しに行くってのは嘘か?
なるほど、そういうことかと頷く。どうやら僕が行くと言っていたにもかかわらずアウルローゼを攻める気配が無いので痺れを切らして聞いてきたということらしい。
「行くさ。機体の調整が済んだらね」
レイの短い舌打ち。
――こんだけ待たされたんだ。つまらねぇ茶番になったらタダじゃおかねぇぞ。
「そこら辺に関しては大丈夫だと思うよ。何せ連邦側から援軍が来てるらしいし」
あくまで調整を行う手を止めずに僕は言う。
はっ、とレイの嗤いが聞こえた気がした。
――連邦の援軍?練度の低いアレか?あんなもん援軍になりゃしねぇよ。
「……そう言っていられるのも今のうちさ。今回の襲撃はきっとレイも満足できる」
――何が言いたい?
明らかに苛立ちの念を含んだレイの言葉に僕は一度作業をする手を止めた。
それから膝の間辺りにあるサブモニターを軽く操作。メインスクリーンにアウルローゼとその周辺の地図が表示される。
「策をね。考えておいたんだ。君に楽しんでもらうためのシナリオだと思ってくれていい」
――シナリオだァ?
緩く頷きつつサブモニターを操作、事前に塾考して導き出しておいた侵入ルートが表示される。
「襲撃は早朝、朝日が昇り始めた頃に行う。連邦からの援軍はきっと事が起きてからじゃないと動かないだろうから、見張りはもともとの護衛機のみ」
追加で右側のサブスクリーンに〈エストック〉と〈ショーテル〉の詳細を表示。
「まずはこの護衛機を殲滅。もちろん光学迷彩で気づかれないようにする」
――バカかお前。いくらクソ雑魚の部隊だろうがレーダーぐらい……。
言いかけたレイが不自然に言葉を切る。
僕は薄く笑った。
「気づいた?」
――ロイ、テメェまさか……。
「そうさ。せっかくIDRなんて便利なものを積んでるんだ。その特徴も余すところなく使わせてもらうさ」
IDRには一つ大きな特徴がある。
起動時に半径五キロメートル前後の範囲に強力な電波妨害をもたらすのだ。それは一般に広範囲電波妨害と呼ばれ、長きに渡って〈機神〉と戦う者たちを苦しめてきた。
それが今は自分の手の中にある。これを利用しないという選択肢はあるまい。
索敵レーダーは電波を発射し、対象から跳ね返ってきた反電波を利用して敵や味方の位置を知るものが多い。
それが強力な電波妨害を受ければ索敵レーダーもその他通信機器諸共ただのガラクタと成り果てる事だろう。
つまり……。
「今の僕たちは透明人間になれる」
僕自身の中に居る彼に少し自信を含んだ声で言って見せた。
――それで?透明人間になって、それで終わりかァ?
しばしの間をおいてレイが返した言葉はそれだった。
僕は薄く微笑む。彼が質問をしてくるということはこの作戦に期待しているか、少なくとも興味があるということだ。
「まさか、これで終わったりしたら君は怒るだろう?」
サブモニターを操作。メインスクリーンに表示されたアウルローゼの地図。その収容施設周辺にいくつかの印が立つ。
――なんだこいつは?
「今、印を立てたのは少なくともインパルスフレームを格納できるだけの広さを持った格納庫。アウルローゼ敷地内に全部で五つ。護衛機の殲滅が完了したら次はこれを潰す。もちろん敵のIFが出てくる前に」
――刀で、か?
冗談だろとでも言うようにレイが嗤う。確かに彼の言うとおり、今の〈ラーグルフ〉の武装は刃の折れた刀が一本のみで、それだけで五つの格納庫を短時間に無力化するのは不可能だ。
しかし、戦場においてそれは問題にもならない。
「武器が無いなら、奪えばいい。ミサイルランチャーの一つや二つ、くすねるのなんて簡単だろう?」
戦場は武器を手にする者がそれを使う場所、つまりは武器、武装の巣窟だ。
たとえこちらが手ぶらであったとしても向こうから武器を運んで来てくれる。
「万一、火力不足でも格納庫を倒壊させるだけでいいんだ。時間さえ稼げればそれでいい」
そう時間稼ぎが目的なのだ。格納庫が倒壊し、中の〈インパルス・フレーム〉がその瓦礫の下敷きになれば、瓦礫の撤去や追加の整備で発進は遅れる。少なくとも五分以上は稼ぎたいが、叶わなかった場合は別の手を考えるだけのこと。
「まぁ、ただ問題があるとすればあのことかな」
溜め息混じりに言う。無意識に頰を掻いていたことには後から気づいた。
*
鈍い金属音と共に、〈ラーグルフ〉の握る黒い刃を持つ刀がアウルローゼの護衛にあたっていた〈エストック〉の胸を突く。
敵機の頭部、クリアな保護装甲に覆われた瞳から光が失われた。
「ハハッ!十五メートルの巨人が透明人間ってのは筋書きとしちゃあ上等だァ!」
高らかに嗤いつつオレは操縦桿を操作し、敵機の胸部に突き刺さったままの刀を〈ラーグルフ〉が乱雑に引き抜いて光学迷彩の内側へ。
その間にも目視で周囲を確認。稼働している敵機がいないことを確認する。
「終わったぜ。相棒……」
少々惜しい気もしたが、操縦桿から手を放し、身体をロイへと明け渡す。
「オーケー、レイ」
入れ替わりで身体を受け取ったロイが一度深呼吸を挟んで操縦桿を握り直した。
「それじゃ、セカンドフェイズ開始だ」
近くに頽れた四脚型の〈ショーテル〉。まるで潰れた蜘蛛の死骸のようにも見えるそれから多連装型のミサイルランチャーを奪い取り、上方へ向けて構える。
急な放物線を描くようにミサイルを発射すればアウルローゼとその敷地を囲うように設置された強化コンクリートの壁など障害にすらならない。
しかし、この場合破壊目標を目視できるわけではないので照準合わせの正確さが求められる。
そこまで考えてふと思い、そして気づいた。
――なるほど、お前が言ってたあのことってのはこういうことかよ……。
彼の目を通して見えるのは〈ラーグルフ〉のデジタルスクリーン。
表示されている画面を見るに敵機から拝借してきた連装ミサイルランチャーの照準をアウルローゼ敷地内にある格納庫の座標に合わせようとして、難儀しているらしい。
一応照準はアウルローゼの敷地内に入ってはいるが、目標であるはずの格納庫を捉えていない。
ロイの照準は射撃があまり得意な方ではないオレから見ても明らかにずれていた。
そう、オレの相棒である彼は射撃というものが下手なのだ。それこそ目も当てられないほどに。
――ロイ、お前。真面目にやってんのかァ?
オレの言葉にロイが固まる。僅かな間を置いてゆっくりと頷いた。
――日頃システムのアシストに頼りまくってんのが丸分かりじゃねぇか。
嘲笑する。大抵の〈インパルスフレーム〉には射撃の際にシステムアシストが入ることが多いが、それはあくまで相手が明確に見えている時の話。
発射したミサイルに鋭い弧を描かせて上空から落とす今の〈ラーグルフ〉の構えではシステムアシストは意味をなさない。
「う、うるさいな。今位置ずれを修正するところなんだよ」
――あんまり時間をかけ過ぎるとバレちまうぜ?
放った皮肉に返る返事は無い。聞き流したというよりは届いていないように思えた。
それほど集中して、真面目に取り組んでいてもやはり照準はずれたままだ。
――こういう時、リアシアのやつらなら上手くやんだろうなァ。
ふと柄にもなく以前共に戦っていた仲間のことを思い出して、そのあだ名呟いてみる。
今必死に座標を合わせようとしている馬鹿真面目な奴より余程射撃の腕は良かった。
実際、オレもロイもその射撃に随分と助けられたし、当てにもしていた。
「畜生……」
ロイが溜め息とともに毒付く。
「リアならきっと、もっと上手くやるんだろうさ」
自嘲気味な嗤い。
「けど僕には無理だ。下手過ぎて話にならない」
そう言って取り出すのは銀色に輝くヘッドセット型のデバイスだ。
ロイは慣れた動作でそれを身につけてから、
「RAGEを使う。今の僕よりはマシな射撃ができるだろう?」
――ハッ、違いねぇ……!
簡単なサブモニターの操作で〈RAGE〉と呼ばれるシステムが起動。コマンド文とともにそのシステムの名前を表す文字が表示される。
頭に装着したヘッドセット型のデバイス、そのヘッドバンドとも言うべき部位にあしらわれた線上の模様がシステムの起動を検知して緑色に発光。
システムの起動によってロイだけでなくオレも〈ラーグルフ〉の操作系への介入ができるようになったので即座にミサイルランチャーの照準におけるずれを修正してやった。
それに気づいたらしいロイが目を丸くする。
――まったく見てらんねぇんだよ、お前は。
「流石だな」
――無駄口ばっか叩いてねぇで、さっさと殺っちまえ。
「分かってるよ」
一度深呼吸する。もう一度ミサイルの着弾地点の座標に狂いがないかを確認し、そして撃発。
発射された誘導式ミサイルが早朝の空へと舞い上がった。
*
「もう何よぅ。こんな朝っぱらから……」
突然アウルローゼを襲った爆音と衝撃にミランダは手入れの途中だったリーフゴールドの髪を放り出して臨時に設けられた作戦指令室へと駆け込んだ。
規則的にディスプレイ複合型のデスクが並べられた部屋には多くの士官たちがその机に向かい、慌ただしくキーボードを操作したり、通信端末を片手に連絡を試みたりしている。
「グラス少佐!」
壁一面を埋めるほどの大型モニターと睨めっこしていた共和国軍男性士官が焦りを露わに振り返る。
「何事なの?」
「分かりません。突然格納庫が爆撃されて……」
再び多数の爆発音と共に大地が揺れる。
「今度は何?!」
「……ッ!おそらくですが、ミサイル攻撃の第二波と思われます」
「なんで爆発が起こる前に報告できないの?!索敵班は何をやっているのよ!」
寝起きで機嫌が良くないこともあり、思わず怒号を散らしてしまう。
途端に士官達の顔が恐怖と困惑に歪んだ。
「いや、その……少佐……」
おずおずと言葉を紡ぐ男性士官の方に視線を向ける。
別に睨み付けたつもりは無かったのだけれど、彼は顔を蒼白にして固まってしまった。
「何?」
「……いえ、あの、敵が電波妨害を行なっているようでして、レーダーを含む全電波機器が使用不能に……」
そう言われて初めてレーダーによる索敵結果を表示しているディスプレイを見た。それには敵どころか味方の反応すら無い。
――やられた。こちらの目を潰して雲隠れする気ね。
すぐに視線を別のモニターへ。外部の監視カメラから、複数の映像がリアルタイムで表示されている。すでに破壊されたらしいカメラからの映像は表示されずモニターは所々虫食い状態になってしまっているが、外の様子を確認できないほどではない。
電波機器が使用不能ということは施設の外に連絡を取って被害状況を確認することができないということだ。
つまり、今外部の情報を得られるのは有線接続されているこの監視カメラの映像のみ。
――やっぱり格納庫を爆撃して戦力を減らすつもりなのね。
アウルローゼは収容施設であるので〈インパルスフレーム〉を格納できるようなスペースは設けられていない。
そのため機体のほぼ全てを敷地内に設けられた格納庫に収容しているのだが、それ自体も部隊の駐留目的で建設された急場凌ぎのものばかりなので崩れやすい。
仮に使用可能な機体があったとしても、格納庫の残骸の下敷きになっていてすぐには動けまい。
それも兼ねての爆撃ということなのだろう。
「……?」
ふと左上に表示された監視カメラの映像に違和感を感じて注視する。
それはアウルローゼの二階付近の外壁から下を見下ろすような角度で取り付けられたもので、また、倒壊した格納庫の一つを写しているものでもあった。
作業用の重機を持ち出してきて瓦礫撤去に勤しむ整備士や士官達の間を真っ直ぐにアウルローゼへと走ってくる若い男性士官の姿がある。
黒髪に澄んだ緑玉の瞳。
身に纏っているのはメネア連邦軍の制服だが、見たことのない顔だなと直感的に思った。
メネア連邦側から援軍が来ると聞いて、派遣される士官の名簿リスト全てに目を通したつもりだが、はたして彼のような人物はいただろうか?
画面の中の彼がちらりと監視カメラに視線を寄越す。そのどこか翳のある緑玉の瞳と目が合った気がして一瞬寒気を覚えた。
「……緑?」
私は気づく。
緑という色の身体的特徴は世界的に見てもかなり珍しい。
焔赤種が多いスラビア共和国ではまず見かけないし、多種族国家のメネア連邦でも運が良ければ出会えるかもしれないという程度のものだ。
そして私は先日その種に出会ってしまっていた。
頭髪も瞳もその珍しい色で統一された混じり気のない翠緑種の女性士官。
彼女が車椅子を使用していたこともあり、その姿は深く私の記憶に刻まれていた。
そして彼女以外に緑という色の身体的特徴を持つ連邦士官はここにはいないはずなのだ。
「……誰なの、彼」
既に私の足は彼を追わんとして駆け出していた。
それに気づいた共和国軍士官が慌てた様子で引き止める。
「ちょ、少佐?!どこへ行かれるんです?!」
「今すぐ行かなければいけないところがあるの」
「この場は?!」
「貴方に任せるわ」
「えぇ?!」
士官はその後も納得できない様子で不平を垂れていたが、それは私が指令室出てスライドドアが閉まると聞こえなくなった。




