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彼女の味方でありたくて

ヒューリス中尉とともにアウルローゼの屋上まで来た俺は思わず感嘆の声を上げた。

眼下にはメネア連邦側の密林とスラビア共和国側の砂漠が隣り合わせになった珍しい地形が広がり、上空には突き抜けるような蒼と沈みかけた太陽の傾きによる紅とが混じり合った美しい空が広がる。

ミランダというスラビア共和国軍の女性士官が言っていた通り、アウルローゼの屋上から見る景色はまさに絶景と言えた。


吹き抜ける風が俺と中尉の髪を揺らす。

気候は砂漠気候であるスラビア共和国寄りで照りつける太陽の日差しが眩しく、そして暑い。

それも相まってのことか、地上十階の高さを吹き抜ける風がとても心地よく感じられた。


「……すごい」

「絶景ですね」


屋上階の端を囲うように設けられた転落防止のフェンスの手前まで彼女とともに進み、そして足を止める。

段々と傾きを増して行く太陽、空の蒼もそれに伴って紅く染められてゆく。


「……ごめんなさい」


太陽の下部が地平線に触れた頃、長く続いていた沈黙を破ってヒューリス中尉が言った。


「何がです?」

「……貴方の、頰の傷。私のせいで……」

「ああ、これですか」


頰の傷にガーゼ越しに触れる。痛みはほとんど無かった。


「中尉が責任を感じることありませんよ。あれは手を出してしまった俺の責任です」

「……違うの」

「?」

「私さえ、いなければ。あんなことには……」

「ヒューリス中尉……」


夕日を見つめたまま瞳を揺らす彼女を見て、俺は返す言葉が見つけられず押し黙る。

あの子供の喧嘩じみた殴り合いの引き金となったその根底に彼女の存在があったことは紛れも無い事実で、彼女自身もそれを理解しているからこそ、その責任を余計に重く受け止めてしまっているような、そんな感じがした。


「俺は……」


言いかけて一度口を閉じる。殴り合いの発端となった俺が言うべきではないのではという迷いが俺にそうさせた。


「俺は、中尉の味方です」

「…………味方?」


ゆっくりと、けれど力強く頷く。


「例え軍の誰もが中尉のことをどんなに酷く罵っても、嘲笑っても、俺だけは貴女の仲間でいます」

「……嘘」

「嘘じゃないですって、俺は貴方の味方で、そして部下です。貴方の命令も頼みも聞きますし、話し相手や相談相手にだってなります」


そう言って微笑んで見せる。

彼女は澄んだ翡翠色の瞳でこちらを見て、それから驚いたとでも言うように少しだけ目を見開く。


「……本当に?」

「ええ、もちろん」

「じゃあ、一つだけ、お願い、聞いてくれる……?」

「お願い、ですか?」


俺は小首を傾げる。というのも、その時の彼女の表情が今までに見せたこともないような奇異なものだったのだ。

彼女は微笑んでいた。それはいつもの悲しさを感じさせるそれでは無かったが、どこか不自然で、違和感を覚える、そんな微笑み。

しかし、俺はそれが彼女の作り笑いなのだと気づけなかった。


「もちろん、いいですよ。俺の出来る範囲で、ですけど」

「……そう。よかった」


彼女は器用に車輪を操って車椅子ごと俺の方を向いた。


「これは、貴方にもできる、はず……」


彼女が一度言葉を切る。


「ミサカ准尉、私の味方をするのは、もうやめて……」


沈黙。

俺は彼女が何を言ったのか、自分が何を言われたのかを理解し、整理をつけるまでにかなりの時間を要した。

吹いた風が無神経に俺の髪を乱して去っていく。


「……私は、准尉を傷つけてしまう。それが、この前改めて分かった」

「中尉、それは違う!俺が傷つくとか傷つかないとかそんなこと……」

「分かってる。貴方は、優しいから、そんなこと関係ないって、言う」

「……」

「……だけど、私、これ以上、貴方が傷ついていくのを、見てられない」


彼女が俯く。垂れた淡緑色の前髪が翡翠色の双眸を覆い隠した。


「……罪悪感で、潰れちゃうよ」


再び沈黙。

俺は今までの自分の行動がただの自己満足で、結局は彼女を追い込んでいただけだったのだとようやく気付いた。

けれど、このままでは終われない。

奥手な俺にも一応男としてのプライドがある。ここで突き放されて引き退ってしまったら、もう二度と今のような関係には戻れない。そう、強く思った。


「……中尉。俺がただ上官だから、同じ部隊の仲間だからという理由でこれまで貴女に接してきたと思ってますか?」


言いながら少しずつ高鳴っていく胸の鼓動を感じる。


「もし思ってるならそれは間違いです。俺には友情とかそんなものよりももっと大きな感情があって、その一心で貴女に接してきたんだ」


俺は一言一言を噛み締めるように声に出す。どうせ突き放されてそこで終わってしまうなら、今ここで言ってしまえ……。


「だから、ヒューリス中尉。貴女のお願いは聞けません。だって俺は……」


強く、強く拳を握る。胸の奥で跳ね回る心臓を少しでも大人しくさせるべく深呼吸した。


「俺は、貴女が好きだ!」


俯いていた彼女が顔を上げた。今まで以上に見開かれたその瞳で上目遣いに俺を見つめてくる。


「俺はもっと貴女と話したい。たとえ、周りからどれだけ拒絶されようと、俺は貴女のそばに居たい。貴女のその痛みを、分かち合いたいんだ!」


言葉を切る。使い切った酸素を呼吸によって新たに取り入れる。


「だから、俺と……俺と付き合ってくれ」


言い終えた俺の呼吸は荒く、肩も激しく上下している。

彼女は大きく見開いた瞳を二、三度瞬く、沈みかかった夕日が彼女の顔を美しく照らし出した。

僅かに細められる彼女の瞳。そして、その可憐な唇がゆっくりと動く。


「……ごめんなさい」


夕日が完全に沈んだ。

俺はしばらく絶句し、何も言えぬままその場に棒立ちになる。

頭の中は真っ白で、何も考えることが出来なかった。


「……どう、して」


そう呟いた声は掠れていた。


「中尉、俺を傷つけるとか、そんな余計な気は遣わなくて……」

「……違うの」


俺が言い終えるその前に彼女は控えめに首を左右に振る。


「……昔、好きだった人が、いたの」

「好き、()()()?戦死されたんですか?」

「……分からない」


ぽつりと言って、彼女は星の輝き始めた夜空を見上げる。


「……でも、今、貴方と付き合ったら、私はきっと、彼と貴方を、比較してしまう」

「……」

「そんなの、貴方に失礼すぎる。だから、准尉とは、付き合えない……」


彼女の断る理由は他でもない俺を想ってのもので、だから俺は何も言い返すことが出来なかった。

俺はこの日、確かに彼女に振られた。

けれど俺自身は彼女を諦めてやるつもりなど毛頭なくて、だからきっと、俺はこれからも彼女を想い続ける。

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