アウルローゼ防衛作戦
強制収容施設アウルローゼ。
スラビア共和国北東部に位置するそれは地上十階建て、六角柱のその中央を円柱型にくり抜いたような独特の形状が特徴的な施設である。
捕虜とした獣を収容することを目的として作られたそれは天蓋区画と言う厚い壁には覆われず、スラビア共和国の砂漠とメネア連邦の樹海のその狭間に佇んでいる。
「では、今回の防衛作戦についてですが……」
機甲暦八一三年三月九日。
アウルローゼ内に臨時に設けられた会議室。薄暗いその部屋で壁一面に設置されたスクリーンを背に、ミランダ・グラスは作戦概要を説明する。
目の前にはスラビア共和国軍とメネア連邦軍のアウルローゼ防衛部隊の士官たち、そして隣国メネア連邦から援軍として派遣された第○六治安維持機甲隊の隊員たち。
しかし、こちらを見つめる彼らの目はどこか不満を感じさせる。
それもそうだろう。何せ今回の防衛任務では肝心の所属不明機の襲撃が不確定要素となってしまっている。
襲撃を受けるかどうかすら分からない施設を今日から上層部からの許可が下りるまで無期限で二四時間防衛するのだ。彼らにとってこれほど乗り気がしない仕事はあるまい。
普段からかなりの数の〈インパルスフレーム〉が配備され、防衛力的にも問題は少ないアウルローゼ。それなのに何故このような作戦が実施されることになったのか。
――やっぱり、私のせい、よね……。
士官達の表情を伺いつつ、私はそんな事を思う。
そう、事の始まりは私が立てた一つの推測からだ。
時は三週間ほど遡る。
天蓋区画Δ内の共和国軍事基地の会議室で私は国内で施設を襲撃している所属不明機がメネア連邦軍機の〈ラーグルフ〉であるという仮説を軍の幹部を前に説明した。
「グラス少佐」
私の説明が終わるとともに、複数人いる幹部の内の一人が重々しく私の名を呼んだ。
「はい」
「確かに貴官の仮説は辻褄が合っている。所属不明機のパイロットが獣であるなら、これまでの奇妙な襲撃にも納得がいく」
彼は一度深く息をついて、
「しかし、だ。そのラーグルフとやらが推進剤無しで動けるという話。それはいささか無理があるのではないか?」
「だいたい、天使の反逆からすでに半年以上、その間ずっとその機体が砂漠を彷徨っていたなどという話があるのか?」
続けて別の幹部も溜め息混じりに言った。
私は険しい表情の彼らに、息を詰める。確かに彼らの言うことはもっともだ。
しかし、そうでなければ説明がつかないのだから仕方あるまい。
「私もそれだけは気掛かりで、国内全ての天蓋区画と隣国メネア連邦の一部の天蓋区画で天使の反逆からの半年間、補給、整備を受けた全ての機体の調査を行いました」
私は手元の端末を操作、幹部一人一人の前に展開されたホログラムに資料を表示させる。
「結果はご覧の通り。ラーグルフらしき機体は確認できません。所属不明機の戦闘ビデオはご覧になったかと思いますが、あの破損状況の機体が補給に入ったとして、目撃者の一人もいないのは妙です」
「し、しかし調査していない別の天蓋区画で整備を受けたという可能性は……?」
「それはありません。調査した天蓋区画以外の場所では距離がありすぎて、整備、補給にかかる時間を考慮すると、この短期間で四つの施設を襲撃した説明がつかなくなります」
更に地図と各施設の距離を表示した資料を表示。
短い溜め息らしきものが聞こえたが、反論する者は誰一人として居なかった。
「……それで、仮にその説が正しいとして、貴官はこの先どうなると考える?」
放射状に並べられた席の中央に座り、ホログラムの展開された机の上で手を組んでいた最も階級の高い幹部が言った。
重々しい声音に一瞬身体が竦みそうになったが、何とか堪える。
「私はこの襲撃がまだ終わってはいないと考えます」
新たな地図を展開。
「獣を労働力とし、今だに襲撃されて居ない施設は二つ」
私が端末を操作すると二つの施設が赤く点滅する。
「なるほど、この二つが次の的というわけか……」
「いえ、獣を閉じ込めているという大きな括りであれば対象は一つ増加します」
タカクラマン砂漠北東部のある施設が追加で点滅した。
「なるほど、アウルローゼか。確かにな」
中央に座る彼は納得したように息を漏らす。
私はそんな彼の表情を見計らいつつ、密かに胸を撫で下ろした。
暫しの沈黙。
目の前の幹部達が視線だけでやり取りをするその様を私は黙って見つめる。
やがて一通りのやり取りを済ませたらしい彼は鋭い眼で私を見た。
握り締めた端末を放り捨てて逃げ出したいのを歯を食い縛って必死に堪える。
「グラス少佐。とりあえずは貴官の推測を信じよう。報告にあった三つの施設においては近々防衛作戦を展開する」
幹部の一人が言って、一度ゆっくり瞬く。
「詳細は後日知らせるが、貴官にはおそらくアウルローゼの防衛指揮を執ってもらうことになるだろう」
一度言葉を切り、彼は真っ直ぐに私を見据える。
「頼めるか?」
「勿論です」
「貴官の良い働きに期待する」
私は慣れた動作で敬礼を返した。
こうして会議室での報告は無事に終えられたわけだが、もちろんこれで全ての仕事が片付いたわけではない。
すぐに次なる仕事のため別室へ移動し、机に向かう。
無意識に深い溜め息が漏れる。
視線の先には白い塗装の施された情報処理端末複合型の机、その天板にはキーボードを表示するための電子モニターが埋め込まれている。
次の瞬間、私はそのモニターを割る勢いで突っ伏した。
ごん、と額と電子モニターが接触して音を立てる。
たまたま近くを通りかかった若手士官が小さく驚きの声を上げるが、知ったことか。
「あー……」
呻きにも似たそんな声が、意図せずに口から漏れた。
――私ってなんて馬鹿なのかしら……。
後を追う深い溜め息。
先ほどの会議室での自身の言動が脳裏を掠める。
――何が”勿論です”よ!結局愛想振りまいて、面倒事引き受けてるだけじゃない!
ちなみに十五連勤中である。補足するとその内八日は基地内に宿泊している。
――あーもう!私のバカバカバカァッ!
降り積もるばかりの鬱憤を何とか晴らそうと足を交互に振ってみたり、額を机に押し付けてみたりするが、気休めにすらならない。
唐突に頰に冷たい何かを当てられて飛び上がった。
「…………ひゃあっ?!」
周りの士官達の視線が集中する。私は赤面しつつ犯人の方へと視線を向けた。
若手の男性士官が一人、缶コーヒーを手にこちらを見下ろしている。
焔赤種の特徴である鮮やかな赤眼と赤髪。女性並みに艶のある髪はきちんと手入れをすれば見栄えもしそうなものだが、残念なことにぼさぼさだ。それとも手入れをして、わざと髪を跳ねさせているのだろうか?
「少佐〜。そんな体勢だと潰れちゃいますよ?」
赤髪の彼が軽く笑いながら間の抜けた声で言った。
「潰れるって何がよ?」
「おっぱい」
「お、おっぱ……!?アーガスト少尉、貴方ねぇ、私の権限でクビにしてあげてもいいのよ?」
「おっと、それだけは勘弁っすね〜」
へらへらと笑いつつ答える彼。
一応、貴族の家の生まれである私は下品な台詞を平気で言ってのける彼に若干の抵抗を覚える。
私は溜め息を一つ。今日は溜め息を吐いてばかりだ。
「で、今日は何?悪戯なら他所でやってちょうだい」
「相変わらず冷たいっすねぇ。お疲れの少佐のために折角差し入れを持ってきてあげたのに」
言って私の机の上に缶コーヒーが置かれる。
抜けた男だが、こういう時だけ気が効くのだから反応に困ってしまう。
「……そう、一応礼を言っておくわ。ありがとう」
「どういたしまして〜」
変に上機嫌の彼は満面の笑みをこちらに向け、鼻歌を歌いながら去って行く。
私は彼の置いていった缶コーヒーに視線を向けた。
全体的に黒いパッケージ、大きく書かれた”BLACK”の文字。
途端に申し訳ない気持ちになる。突き返すわけにもいかず、流れで貰ってしまったけれど……。
――少尉。ごめんなさい。私、ブラックは飲めないの……。
決して言うことのできない本音。
当然その差し入れによって眠気が覚めることはなくて、後の仕事が特別捗ったりもしなかった。




