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気付いた想い

 上官を無許可で病院から連れ出した罰としてユウキ・ミサカは謹慎処分を受けた。

 明確な期限が決められていない謹慎処分。期限が不明、それは即ち期限を決める必要がないくらい長期に渡っての処分であることを意味する。

 そのはずだったのだが、一月と二日という比較的短い期間で俺の謹慎は解かれた。

 憲兵による身体チェックや手続きを終え、第九八番天蓋区画メネア連邦軍基地内に設けられた自室へと戻るため、基地内の廊下を歩く。


「ヒューリス中尉、よく平然としてられますよね……」

「ですねー。私だったらとっくに心折れてます」


 たまたますれ違った女性士官たちの会話が意図せずとも自分の耳にまで届く。

 俺自身のことではないはずなのに酷く胸が痛かった。


「チッ、裏切り者に出くわしちまった。運が悪ぃな」


 続いてすれ違った男性士官がそんなことを吐き捨てて、舌打ちをしながら去って行く。

 思わず強く握った拳。それを振り上げるのをなんとか堪え、急ぎ足で廊下を進む。

 すれ違った者たちの会話からある程度察しはしていたが、少し進み、角を一つ曲がった先に()の後ろ姿を見つけた。


「ヒューリス中尉」


 いつも通りに型の古い車いすを操っている翠緑種(ヴェルトゥー)の女性士官に後ろから歩み寄りつつ声をかける。

 個人的には十分な声量と思ったが、どうやら聞こえなかったらしい。彼女は気づいていない様子で車椅子の車輪を回し続ける。


「アメリア・ヒューリス中尉」


 今度は十分に近づいて、声量も少しばかり大きくした。

 驚いたのか僅かに両肩を震わせた彼女。それから車椅子ごとこちらを向いて、その翡翠色の瞳で俺を捉えると一度長く瞬いた。


「……ミサカ准尉。謹慎、解けた……?」

「はい。先ほど謹慎処分は解けました。貴方のおかげです」

「……?」


 彼女が小首を傾げる。俺は薄い微笑みを返した。


「とぼけないでくださいよ。俺の謹慎が早く解けるように取り計らってくれたの、貴女なんでしょう?ありがとうございます」

「……もとはと言えば私のせい」


 一瞬の間。


「私、指令室に届けものあるから……じゃあね」


 軽く手を挙げて見せるヒューリス中尉。車椅子がゆっくりと回転する。


「ま、待ってください。よかったら車椅子押しますよ」

「駄目」


 はっきりと彼女が言った。


「……私と一緒に、いないほうがいい」

「何故ですか?」

「もし、一緒にいるところを誰かに見られたら、きっと准尉も同じになる。私と……」


 なるほどそういうことかと俺は納得する。

 つまり彼女は俺が自分と一緒にいることで彼女自身だけでなく俺も周りから軽蔑視されるようになってしまうかもしれないと、そう言っているのだ。


「……それが、何ですか?」


 強く言った。彼女の翡翠の瞳が僅かに見開く。

 一度深呼吸。伝えるのだ。周りの目など関係なく、今自分が何を望んでいるのかを……。


「周りからどう思われようが関係ないです。俺は、貴女の力になりたいんだ」


 沈黙。

 彼女は澄んだ翡翠色の瞳を僅かに細めて、


「……バカな、人」

「貴女の力になれるなら馬鹿でもいいです」


 彼女が腰掛ける車椅子、それを押すためのグリップを握る。

 そしてゆっくりと押し出した。


「……ミサカ准尉」

「なんでしょう?」

「ありがと……」


 どくん、と心臓が跳ねた。

 その言葉を、その声を聞けた。それだけで俺は、全身が満たされるような、そんな感覚を覚える。

 彼女のためならいくらでも自分の身を犠牲に出来る気がした。

 その瞬間に俺は確信する。


――ああ、やっぱり俺は、この(ひと)のことが好きなんだ。



 *


 彼が来てくれてよかった、と後ろから押されている車椅子に腰掛けたままアメリアは思う。

 口では彼を追い返すようなことを言っていても、車椅子生活の私にとって手助けがあるというのは心強いものだ。

 加えて今日はいつにも増して体調が悪い。

 最近は常に体調が優れなかったが、今日に限っては絶不調、車椅子の車輪を回すのも辛かったくらいである。

 普段より重く感じられる頭、ぼんやりとしていて回転も遅い。

 時折ぼやける視界を瞬きを繰り返して強引にクリアにする。


「司令室って言ってましたよね?何を届けるんです?」


 彼が話しかけてくる。返す言葉を探すにいつもより時間がかかった。


「……これ」


 私は膝に乗せていた電子端末を掲げて見せる。


「中身は分からないけど、司令室の担当者にって……」

「わざわざメールで送らないってことは大事な情報なんでしょうかね」

「……そう、かも」


 視界がぐるりと回った。咄嗟に車椅子の肘掛に手をついて立て直す。


「ヒューリス中尉?どうかしましたか?」

「……なんでも、ない」

「中尉。ちゃんと睡眠取ってます?」


 彼のその問いに、私はすぐに答えることができない。


「うん」


 結局、長い沈黙を破ったその声は弱々しく、かき消えそうなほどに小さかった。

 彼は軽く笑って、


「目の下にクマがあるその状態で言われてもあんまり説得力ないですよ。ちゃんと寝てください」

「……気を、遣わせた?」


 思うように寝れたら苦労はしないという言葉を飲み込んで、代わりの問いを投げる。


「気を遣ったつもりはないですけど、心配はしてます」

「……そう」


 再び視界がぼやける。瞬きをしたが、元には戻らない。

 ぼやけたままの視界は歪みはじめ、吐き気と頭痛を伴って悪化する。

 ああ、と心の中で溜め息をついてみる。


――こんなところで、倒れるわけにはいかない、のに……。


 基地内は空調が効いていて、いつでも快適な室温に保たれているはずなのに、何故だかとても寒い。

 呼吸も荒くなり始めた。


――もう。ダメ、かも……。


 私の意識は暗がりへと沈んだ。


 *


 かしゃん、と何かが落ちる音を聞いて、俺は押していた車椅子を止める。

 見れば先ほどまで彼女が膝に乗せていた電子端末が白いタイルの床に落ちている。


「ヒューリス中尉、落ちましたよ」


 返る声はない。


「中尉……?」


 不審に思い、電子端末を拾うついでに彼女の顔を覗き込んだ。

 荒い呼吸。整った顔は真っ赤に染まり、腰掛けた車椅子の上で力無く項垂れている。


「……中尉?!し、しっかりしてください!」


 当然、返事はない。返るのは明らかに異常な荒い呼吸音だけだ。

 彼女の淡緑色の前髪をかき上げて、その額に手を当ててみる。


「……熱っ」


 反射的に手を離す。

 言うまでもなく熱だ。それも発熱からかなり時間経過しているとすぐに分かるほどの高熱である。


「また無理をして……!」


 舌打ちとともにそう吐き捨てて、車椅子の進路を基地と併設されている総合軍病院側へと変える。

 いったいどれだけの時間、風邪を放置したらここまでの高熱になるのか、俺には想像も付かなかった。

 車椅子を押しながら急ぎ足で病院へと向かう。

 その途中俺は絶えず込み上げてくる苛立ちを抑えるのに必死だった。


――何で……!


 前へと進める歩の、その速度が増す。


――貴女って人は……!


 グリップを握る両手に力が篭る。


――なんでもかんでも一人でしょい込んで……!


 強く奥歯を噛み締める。

 けれどもその苛立ちのやり場はどこにもなくて、それに気づいた俺は段々と速度を落とし、立ち止まる。


「少しは部下を、頼ってくれよ……」


 俯いたまま吐き捨てた言葉。それは目の前の彼女に伝わることなく、ただ虚しく軍基地の廊下に響いただけだった。

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