導き出される結論
スラビア共和国中央部に位置する天蓋区画Δ内の共和国軍基地。
情報管理用の処理装置がずらりと並べられた一室に一人の女性士官が入室する。
近場の椅子に腰掛けて装置の一つを起動。非常灯のみによって照らされた薄暗い部屋にホロスクリーンが発する光が加わる。
指紋によるパスワード認証を数秒でクリアするとホロスクリーンの画面に使用者である《ミランダ・グラス》の名と階級などの諸情報が表示され、トップ画面へ。
はぁ、と自身の唇から重いため息が漏れる。壁に埋め込まれたデジタル時計が示す時刻は深夜二時だ。
タカクラマン砂漠南東部の砕石施設が所属不明の〈インパルスフレーム〉襲撃を受けてから二週間が経過。
その間に新たに二つの施設が襲撃され、最初の採油施設と合わせて計四つの施設を破壊されたスラビア共和国は多大な損失を被ることとなった。
それによって調査を任されている私の仕事は山積み。とんだ迷惑である。
デジタル式のキーボードを素早く叩いて所属不明機に関する情報を開く。
情報に更新が無いことを確認、情報記憶媒体を軍服の胸ポケットから取り出して処理装置に読み取らせる。
やがて短い”loading”の画面を挟んで一本の動画が再生される。
先日襲撃を受けた施設で、〈ショーテル〉の一機が奇跡的に捉えた映像だ。
映っているのは一機の〈インパルスフレーム〉。
一目で損傷が激しいと分かる機体。それを見せまいとしているのか擦り切れた黒の外套にその身を包んでいる。
手にしているのは先端の折れた黒い刀。それで施設を護衛する〈ショーテル〉を次々と撃墜してゆく。
「これが、所属不明機……?」
長いリーフゴールドの髪を耳にかけつつ、一度瞬く。
一目で高機動型と分かる細身の機体はまるで生身の人間のようなしなやかで、かつ、繊細な動きで戦場を舞う。
けれどもその美しいとも思える戦い方とは裏腹に、深くかぶった外套のフードの奥で輝く二つのセンサーがとても不気味だった。
「一体どこでエネルギーパックと推進剤の補給をしてるっていうの?」
ふと抱いた疑問がそのまま口から漏れる。
これだけの高機動型機体だ。推進剤の消費もそれなりに激しいはずなのだが……。
「まさか、単独でこの砂漠を駆けていたなんてそんな馬鹿はないでしょうに……あら?」
一度動画を停止、数秒巻き戻して、スロー再生する。
それは所属不明機が跳躍をしようとするその瞬間、通常の機体であれば全身のスラスターを使用するはずなのだが、その機体は一度もスラスターの噴射を行うことなく跳んで見せた。
「……?!」
慌てて所属不明機の動作を再確認。しかし、結果は同じ、それからも所属不明機はスラスターから一度も炎を噴かず、それでも戦い続けている。
「スラスターを使っていない?推進剤を必要としないのかしら、でも、そんなことって……」
暫しの沈黙。やがて私はある一つの推測を得た。
――信じられないけど。もし仮に、この機体が推進剤を必要としないのだとすれば、単独でこの砂漠を彷徨うことも可能。所属不明機がどこの基地にも身を寄せていないとすると、最近出撃したきり帰還していない、かつ、撃墜も確認されてない機体を検索すれば……。
夢中でキーボードを叩いていた。
立て続けにいくつかの条件を入力すると最後には一機だけがリストに残る。
隣国メネア連邦からの機体情報のため、一部閲覧不能な箇所があったが、それでも所属不明機の正体を知るには十分過ぎた。
「……ラーグルフ?」
機体の詳細な情報を得ようと画面をクリック、しかしエラーが発生して、表示ができない。
短く舌打ち、閲覧を諦めて機体情報のページを閉じる。
「機工暦八一二年八月三日、第一○三番天蓋区画近辺で天蓋区画の包囲任務にあたっていたメネア連邦軍第○六治安維持機甲隊との武力衝突の後、パイロットとともに行方不明……」
画面を下へとスクロール。
「なお、パイロットは”獣”の斥候である可能性が高く、現在メネア連邦軍が総力をあげて行方を捜索中」
誰もいない情報管理室で私ははっとなる。
まるでジグソーパズルを完成させた時のような、そんな感覚。
仮に〈ラーグルフ〉のパイロットが獣であるならば、獣と呼ばれる種族をただの労働力としか捉えていないスラビア共和国の現状は到底許すことができないものだろう。
「もし、私の推測が正しいならこの襲撃はスラビアの獣がいる全ての施設が落ちるまで終わらない。となると残る施設は……」
キーボードを操作。ホロスクリーンに新しくウィンドウが展開し、スラビア共和国の地図が表示。
さらにタカクラマン砂漠の西部と北西部の二つの施設が点滅表示される。
「あと二つ……いや……」
条件を細かく変更する。北東部のある施設が追加で点滅した。
「アウルローゼ収容所、獣が居るという点ではここも含むわね」
唐突に大きな欠伸が口から漏れた。
私はもう一度、壁の時計に目を向ける。休む時間はどれくらいあるかと考えて、それから次の勤務も早番だったことを思い出す。
深いため息を一つ。
「ラーグルフのパイロットさん。貴方の気持ちは図らなくもないけれど、これ以上私の仕事を増やされても困るのよ……」
小さく吐き捨てた愚痴は誰にも届くことなく薄暗い部屋の埃っぽい空気に溶けて消えた。




