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彼女を探して

 タカクラマン砂漠中央部。最初に所属不明機による襲撃を受けた採油施設からさらに北に一○キロメートルほど離れた場所に、かつて十二人の勇者たちによって葬られたある〈機神〉の残骸が今も解体される事なく残っている。

 その名は〈12番目のアルヘナ〉。六本の足を持つ巨大な亀のような見た目をしたそれは十八機いる〈機神〉の中でも大型の一機である。


 かつて大量虐殺を行う〈機神〉として名を馳せていた〈12番目のアルヘナ〉だが、現在はその特徴的な形状の胴体に大穴を開け、六本の足のうち三本を破壊された状態で半身を砂に埋もれている。

 〈12番目の機神〉の胴体に開けられた大穴。そこから〈機神〉の内部に広がる損傷や被弾によってできた空間に隠れるようにして膝をついているのはロイ・グロードベントの機体である〈ラーグルフ〉だ。


 そのコクピット内で僕はメインスクリーンとサブモニターを使用して情報の整理や、細かなシステムチェックなどを行う。

 本来なら正面、右側、左側とあるスクリーンの全てを使用したいところなのだが、以前〈1番目のシリウス〉との戦闘で左側のスクリーンが破損しているため現在機能しているのは正面と右側のスクリーンのみとなっている。


――実に便利なもんだな。IDRってのはよォ……。


 駆動系の調整を行なっている最中にそんなことをもう一人の人格(レイ)が言ってきた。

 僕はちらりとサブモニターの端、常に《Empty()》という表示がでたまま変わらない推進剤とエネルギーパックの残量表示を見る。

 とうの昔に推進剤もエネルギーパックも使い切ってしまっている。にもかかわらず〈ラーグルフ〉はこうして稼働しているのだ。


「ほんと、動力源の詳細が分からないリスクを除けば利点しかない装置だよ」


 苦笑いをしつつ僕は言う。

 〈一番目のシリウス〉との戦闘の後、推進剤の殆どを使い切り、一度は身動きが取れなくなった〈ラーグルフ〉。

 その状況を覆したのが〈一番目のシリウス〉から奪取した不朽駆動炉(IDR)だった。

 半ば無理矢理にではあるが、〈ラーグルフ〉のバックパックにそれを接続することにより、ほぼ無限に近い稼働可能時間を得た。

 おそらくこの装置が無ければ、僕は今、こうしてスラビア共和国の砂漠を駆けてはいないだろう。


――それで、あの女の場所は見つかったのかよ。


 レイの声が響く。

 その声が薄い嗤いを含んでいたのは多分、レイも僕が何の成果も得られていないことに気づいているからだろう。


――聞かないでくれよ。分かってるんだろう?


 あくまで作業を続けながら僕は答える。

 あの日、第一○三番天蓋区画の外で僕は機神と戦い、そして生き延びた。

 あの日からずっと、僕は彼女を、リンを探し続けている。

 “獣”を探しては例の白詰草の草原の写真を見せ、場所を知らないか尋ねる。

 僕が考えうる限り最善の方法であると思ってはいるのだが、今のところ成果は無い。


「せめて誰か、一人でも写真の場所を知ってる人を見つけ出さないと……」


 サブモニターに表示された”enter”のマークをタップ、メインスクリーンにスラビア共和国の地図と”獣”が強制収容されていると思われる施設の場所が表示される。

 続いて僕は示されている施設のうち、中央部の採油施設と南東部の採石施設に獣たちの解放が完了した事を示す印を付けた。

 残る施設は五箇所、うち最初の二つのように大型の施設は二箇所だ。


――こんな無駄な事いつまで続けるつもりでいやがる。


「……無駄なことじゃない」


 レイの言葉に反論する僕の声には覇気が無かった。

 確かにレイの言っていることも分かる。これまでに幾人もの獣たちに場所を聞いて回っているが、誰一人としてあの草原の場所を知る者はいなかった。

 時折自分でも思うのだ。写真に写るリンの()()()()()は本当に彼女と僕だけしか知らない場所なのではないかと。

 もしそうなら僕が今やっていることは全て……。


――ハハッ。なんだよ、お前も迷ってんじゃねぇか。


 レイの薄い嗤い。慌てて思考を中断する。


「違う、僕は……」


――写真の場所を探すまで諦めないってか?バカな野郎だ。だいたい、その原っぱに行けたとして女に会える保証はねぇって何度言ったら……。


「会えるさ」


――あぁ?


 僕は着込んだメネア連邦軍の軍服から首に下げた首飾りを引っ張り出した。

 翼を模した流線型の飾りがチェーンの先で光を反射している。

 不思議なことに身につけているとひどく温かく、落ち着きを感じることができるそれ。まるで近くに彼女がいるようなそんな気にさせてくれる。


「彼女はきっとあの場所に、僕と空を見上げたあの草原にいる。何故だかこのネックレスを眺めているとそんな気がするんだ」


 言って、僕は流線型の飾りを握りしめる。触れることのできないはずの彼女に触れているような、見ることのできないはずの彼女の笑顔を見ているような、そんな不思議な感覚を覚える。


――馬鹿みてー……。


 心の底から呆れたようなレイの声が脳内に響き、それに少し自覚があった僕は頰を染める。


「とにかく、僕はあの場所を探すのは止めない。スラビアが獣に対してやってることは決して許されることでもないしね」


――だからオレにも付き合えってか?冗談じゃねぇ。いい加減ちまちま雑魚を狩るのも飽きてんだよ。


「そうか。もしレイが付き合ってくれるなら今度少し大きい所へ行ってみようかと思ってたんだけど、残念だな」


 僕はメインスクリーンに表示された地図の一点を拡大して見せる。

 大きく表示されたのはタカクラマン砂漠北東部の収監施設、捕獲した獣の、その重要性に合わせて監禁しておくための場所だ。


――アウルローゼ?


 レイが表示されている施設名を読み上げた。

 アウルローゼ。それはスラビア共和国で最も大きな収監施設である。

 獣を収監する施設のため天蓋区画外にあるが、その壁は厚く、そして常時多数の〈インパルスフレーム〉が待機している。

 さらに隣国メネア連邦との国境沿いにあるそれは二国の軍が共同で護衛をしている施設でもあるのだ。

 アウルローゼは他の施設と比べて警備が厳重なため、避けてきたのだが、レイの協力を得るためならば仕方があるまい。


「なるほどなァ……」


 そして思った通り、僕の相棒は喰いついた。


「こいつは少しは骨がありそうじゃねぇか」




 同刻、メネア連邦第九八番天蓋区画、軍基地内にて。

 簡単な書類仕事を終えた私は、それを統括司令秘書のもとへと持って行き、《アメリア・ヒューリス》の名を記入して提出する。

 その後はいつものように型の古い車椅子を操りながら総合軍病院の自室まで戻るのだが、その途中で私は嫌な会話を聞いてしまった。

 巡回任務中の兵士だろうか、並んで歩いている男性二人が私の方を窺いながらひそひそと話をしている。

 もちろんその会話を聞くつもりなどなかったのだ。

 けれどすれ違いざまに二人の会話が耳に入ってしまった。


「見ろよ、ヒューリス()()だ」

「ああ、あのフレンドリファイアで仲間撃ち殺して降格したっていう友軍殺しの」

「ばかっ、声がでかいって。聞こえたらどうすんだ」


 胸に刺すような痛みが走る。

 僅かに車椅子を加速させた。

 しかし、今度は十字に交わった廊下の角を曲がってきた士官にぶつかりそうになって慌てて車輪を回す手を止める。


「ご、ごめんなさい……」


 私の声に士官はこちらを一瞥、瞳を僅かに見開き、そして冷めた視線を向けてくる。


「チッ、轢き殺す気かよ。仲間殺しが……」


 とても小さな呟きだったけれど確かに聞こえた。

 息が詰まる感覚。逃げるようにその場を離れる。

 《天使の反逆》で誤って友軍機を撃墜してしまういわゆるフレンドリファイアを起こしてしまった。

 私は帰還した後、上層部の取り調べ、尋問、さらに降格処分を受け今に至る。


 正直なところ、尋問も処分も苦ではなかったが、噂というものに関しては話が別だ。

 既に私がフレンドリファイアを起こしたということは第一○三番天蓋区画包囲任務時の同隊の士官たちによってメネア連邦軍第九八番天蓋区画支部全体に悪い噂として広まりつつある。

 さらに人間社会とは怖いもので、様々な尾ひれが付いたそれはもはや私一人では挽回のしようがないほど肥大化してしまっているのだ。


 おかげで先ほどのように私を蔑む目を見ることも多くなった。

 実際にそういった目で見られるとあまりいい気はしないものだが、辛いとは思わない。

 それが必然で、仕方のないことだと分かっているから……。

 人間というのは常に誰かを虐げることで、自分よりも弱い者がいるということを認識し、初めて自身を確立できる。

 今回はその対象に私が選ばれてしまったというだけのこと。

 しかもフレンドリファイアを起こしたのは他でもない私自身。

 だから多分、今の私はただひたすらに堪えるしかないのだ。


「ヒューリス大尉」


 後方から名を呼ぶ声を聞き私は思考を中断、車椅子の車輪に掛けていた手を止める。

 少しだけ方向転換して後方へと視線を向けると若い黒髪黒眼の青年パイロットが小走りにこちらに駆け寄ってくるのが見えた。


「ミサカ准尉。私はもう、大尉じゃない……」

「あ、す、すみません」


 近くまで来て立ち止まった彼が恥じたように頬を染める。

 私は瞬きを一つして、


「何か、用?」

「え、あっ、えっとその、俺は……」


 途端に慌て始めるミサカ准尉。彼方此方と視線を彷徨わせたり、赤く染まった頬を人差し指で掻いたりと奇妙な行動をとる。

 私は首を傾げた。

 視線を下方へ寄越した彼と目が合う、けれど彼のその視線はすぐに上へと逃げた。


「……?」

「いえ、その、俺、これから昼休憩なんですけど、大尉……じゃなくて中尉も一緒にどうですか?」

「……え」


 僅かに瞳を見開く私、けれどすぐにその瞳を眇めた。

 そういえばオーバーブレイブスとして活動していた時にもこんなことがあったなと思い出す。

 あの時はロイに誘われて、私は返事ができなくて、最終的には無理やり連れて行かれた記憶がある。

 けれど目の前の彼はどうだろう。真面目過ぎる彼のことだ、きっと私を無理やり連れて行こうなどとは思うまい。

 だから私が返事をしなくては……。

 そう思い、口を開きかけたその時だった。


「ようミサカ、なにやってんだ?」

「ナンパか〜?」


 通りがかった若手士官が二人、どうやらミサカ准尉の知り合いらしい。

 一人はミサカと同じく黒髪黒眼、もう一人は薄い茶髪にそれよりも少しだけ濃い茶色の瞳を持ち、メネア連邦軍の軍服をしっかりと着込んでいる。


「げっ、お前ら……」


 ため息混じりに言うミサカ准尉。

 親しげに笑っていた二人だったが、私を見るなり一瞬真顔になり、それからこれまでとは違うどこか翳のある笑いを向けた。


「はは……ミサカ、ナンパするにしても相手は選んだ方がいいんじゃね?」

「後ろから撃ち殺されても助けてやれねぇぞ?」


 恐怖と軽蔑と罪悪感と、それらが入り混じったような視線。


「おい、お前ら、そんなこと……」

「よく考えろ。俺は前のためを思って言ってるんだ」


 茶髪の彼がミサカの肩に手を置き、低い声で言う。

 黒髪の彼は何も言いはしなかったが、一瞥して苦笑を浮かべ、一歩退いた。


「じゃ、じゃあそういうことだから。せいぜい背中取られねぇようにしとけよ」

「俺らは忠告したからな?」


 そう言って半ば無理やりに会話を終わらせて去っていく彼らの背を私は呆然と見つめる。


「場所を変えましょうか」


 気まずそうな彼の言葉に小さな頷きを返す。

 そうして車椅子を方向転換させようと車輪に手をかけた時だった。

 私は先程の二人の去り際の会話を聞いてしまった。


「仲間殺しのヒューリスか。ありゃ関わるもんじゃねぇな」

「だいたい脚使えねぇ()()()パイロットってのがおかしいよな」


 ずきり、と胸を突くような痛みを感じる。


――くせに……?


 自分の両脚、その腿に力を込めてみる。

 当然、動かない。


――私だって、好きでこうなったわけじゃ、ないのに……。


 そんな言葉が脳内を反響して、けれど結局、声に出せずに消えた。

 頭では声に出したいと思っていても、実際はそうはいかない。


「あいつら!ちょっと待っててください。取り消させます!」


 二人に激昂するミサカ准尉。

 弾かれたように駆け出そうとする彼の軍服の袖を私は掴んだ。


「……いいの。だって、本当のこと、だから……」

「しかし……!」

「お願い」


 少しだけ、ほんの少しだけ強い口調で言った。

 そう、全て事実だ。そしてこれから先、私が彼のことを誤射してしまう可能性も無いわけではない。

 目の前の彼が息を詰める。駆けだそうとしていたその身体から力が抜け、再びこちらに向き直る。


「……准尉も、私とは関わらない方がいい」

「……」

「食堂へは、一人で行って」


 車椅子の進路を総合軍病院の方へと向ける。


「私が、一緒にいると、きっと、准尉を傷つけてしまう、から……」


 車椅子の車輪に手を掛けて回した。車椅子が前へと進む。


「……大尉」

「だから、間違ってる……」

「あ、す、すみません」


 恥じたように彼は一瞬目を伏せ、そして再びこちらを見つめる。

 その視線はとても哀しげだった。

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