セカンドレイド
――面倒ごとを押し付けられた。
タカクラマン砂漠の中央部に位置する採油施設を訪れたスラビア共和国軍所属の少佐、ミランダ・グラスは内心そんなことを思いつつ施設の入り口付近で止まった装甲車から降りる。
二日前、所属不明の〈インパルスフレーム〉に施設が襲撃され護衛任務中だった〈ショーテル〉四機小隊が全滅した。
襲撃を行ったのが〈機神〉ではなく〈インパルスフレーム〉であったこともあり上層部も事態を重く受け止めているようで、事件の起こった採油施設の調査を私に命令してきたのだ。
二十三という年齢にもかかわらず少佐にまで上り詰めた若き才女を見込んでの仕事であると上層部は言っていたが、どうしても他の士官たちがやりたがらない仕事を回されている気がしてならない。
「調査なんて本職じゃないのに、あの爺いどもは一体何を考えてるのかしら」
ぼやきつつ、一部の貴族のみが持つという珍しいリーフゴールドの髪を耳に掛ける。
自分自身、自分の髪の色が珍しいことはよく理解していたし、それなりに手入れも気を使っているつもりだが、今はそれが邪魔で仕方がない。
というのも灼熱の台地であるタカクラマン砂漠で長い髪は熱がこもって仕方がないのだ。
いっそのこと短く切ってしまおうか。そんなことを考えつつ空を見上げる。
太陽は未だ登りきっておらず、気温はまだまだ上がりそうな様子だ。
「はぁ、今日は暑くなりそうね」
「少佐、お待ちしておりました」
思わずため息を吐いた私に一人の兵士が歩み寄ってきて声をかけてくる。
おそらく一足早く着いて現場の検証を行っていた兵士の一人だろう。
砂漠迷彩の施された野戦服の上からさらに防弾チョッキを着て、頭には軍用のヘルメットと防塵ゴーグル、見ているだけで暑くなりそうな服装である。
「お疲れ様。調査の方は進んでる?」
「調査の進捗状況は六割と言ったところです。順調に進めば今日中には終わるのではないかと」
言って兵士は現状の調査結果の情報が入った電子端末を受け取る。
液晶に表示された文字の羅列、なるほど、よく調べてくれている。
ざっと目を通し、私は早速調査結果に疑問を持った。
「ねぇ、一応聞くけどちゃんと調べたのよね?」
「はい、我々は如何なる任務においても手を抜きません」
「そう、ならいいのだけれど……」
再び電子端末の画面に視線を落とす。
――被害はショーテル四機と管理室だけ?一体どういうこと……?
通常襲撃というのは何らかの目的があって行われるものだ。
今回のように採油施設が襲撃を受けた場合、真っ先に思い浮かぶ理由は施設の破壊。スラビア共和国のように採掘資源で利益を得ることによって成り立っている国ならその基である施設を破壊するだけでも意味がある。
けれど今回襲撃を行った何者かはそれをすることなく去った。
まったくもって意味が分からない。
「あの、少佐。何か不自然な点でも?」
「え、ああ、違うの。貴方達はよくやってくれてるわ。これから交代で休憩に入りなさい。脱水症で死ぬなんてことがあったらそれこそ戦士の恥でしょ?」
「はっ!了解であります」
敬礼を返し、去って行く兵士の後ろ姿を一瞥し、電子端末の画面をスクロール。
気になる調査結果を見つけた。
画面に映るのは施設全体の地図、破壊箇所が赤く点滅している。
――出入り口の鍵が壊されている?
送油パイプラインも貯蔵タンクも蒸留施設も全て無事、施設内で破壊されているのは管理者たちのいた管理室と”獣”が居たであろう区画のあらゆる扉の鍵だけ。
――獣を解放したのかしら。だとしたら何のために……?
謎が謎を呼ぶというのはこういうことを言うのだろうか。考えれば考えるほど新たな疑問が生まれ、そして分からなくなってゆく。
「駄目だわ。首謀者を突き止めようにもそもそも何のための襲撃だったのかすら分からない。せめて例の所属不明機の画像が一枚でもあれば……」
もちろんそんな物はない。撃墜された〈ショーテル〉は全て過去の戦闘記録を確認する手立てが無いほど入念にコクピットブロックを潰されて手がかりが何一つ得られない状況なのだ。
ただ一つだけ分かることと言えば今回の襲撃の犯人がかなり〈インパルスフレーム〉の戦いに慣れているということ。
「この調査結果を見て上が納得するとは思えないわね……」
小さなため息を一つ。調査は長引きそうだ。
しかし、この時の私は、おそらく私だけでなくスラビア共和国の全国民も、誰一人として知りはしなかった。
この不可解な襲撃が一度では終わらないということを……。
さらにこの二日後の機甲暦八一三年二月四日。
タカクラマン砂漠の南東に位置する採石施設が所属不明の〈インパルスフレーム〉一機に襲撃され、護衛任務中だった〈ショーテル〉八機の中隊が全滅したという知らせを、私は聞くことになるのだった。
*
機甲暦八一三年二月四日、午後二時三六分。
タカクラマン砂漠の南東部。
きめ細かな砂粒が特徴的な北部や西部とは異なり、礫や、岩石が点在するいわゆる岩石砂漠が広がる。
そしてここにはスラビア共和国でも有数の大規模な採石施設がある。
施設の規模がかなりの物であるということは採掘される資源もそれなりには多い。
もちろんここで働くのはスラビア共和国内で捕獲された人ならざる者。即ち”獣”だ。
ある者は鶴嘴を、またある者は円匙を手に自分の意思に反してひたすら鉱石を採掘する。
そんな彼らにとって奇跡と呼べることが起こった。
よく晴れた日の昼下がり、ある雄性体の”獣”は掘り出した鉱石を採掘場の外へと運び出すため、仲間と共に大量の鉱石を積んだトロッコを押していた。
頰を伝う汗が坑道内の赤系統の照明に照らされて輝き、そして流れ落ちる。
「……ぁぁ」
微かな呻き声、声のした自分の左隣を見ると共にトロッコを押していた獣の一人がふらつき、倒れる。
激しく上下する肩、滝の様に流れる汗。倒れた原因は疲労か、それとも脱水か。
「おい、大丈夫か?」
「……ぅ」
返る声は小さい。
肩を貸そうと膝をついたその時、
『292番の者に告ぐ、早急に持ち場に戻れ、戻らない場合坑道内に有毒ガスを噴射する』
伸ばそうとしていた手が石化されたように動きを止める。
坑道内に数多く設置されたスピーカーを通じて発せられる採石施設を管理している“人間”からの警告だ。
反射的に自身の胸元に視線を移す。粗雑なプラスチックのプレートに書かれているのは《292》の文字。
短く舌打ち、粗末なスピーカーの横に併設された監視カメラを睨みつける。
そう、ここにいる”獣”は常に人間の監視下にある。下手に行動を起こせば有毒ガスで坑道が満たされ、ここで働かされている者全てが死ぬことになる。
「……すまない」
言って奥歯をきつく噛み締める。人間たちにいいようにこき使われている自分が、目の前の仲間に手を差し伸べることすらできない自分が、どうしよもなく情けなくて、悔しかった。
倒れた仲間の頭部に生えた獣耳をそっと撫で、再び両手でトロッコの側面を押しにかかる。
滴り落ちる汗をそのままに、一歩ずつ歩を進める。もともと三匹一組で押していたトロッコだが、一匹欠けたことで個々に掛かる荷重が増え、スピードが落ちる。
「俺たちは、いつまでこんなことしなきゃいけないんだ……」
「死ぬまで……だったりしてな」
ぽつりと呟いた独り言に右隣で同じトロッコを押していた獣が小さく返した。
視線だけを右へ、一見獣の特徴を持っていないように見えたが、人間と同じ部分から生えている耳の形から駱駝の獣だと分かる。
「冗談はよせよ……」
頭の両耳を意図的に倒してみせる。右隣の彼は軽く笑って、それから少し間を置いてから言った。
「なぁ、今日なんか変じゃねぇか?」
「変……?」
少し考える。そしてあることに思い至り、ああ、と息を漏らした。
「霊魂……」
「ああ、今朝からずっとだ。霊魂が騒いでやがる」
右隣の彼の言葉に目を閉じる。狭い坑道の中で霊魂の気配を感じるには精神の統一が重要なのだ。
確かに霊魂たちがいつもよりも騒がしい。落ち着きがなく跳ねるようなこの気配はある物が接近してきた時の霊魂の反応によく似ていた。
「機神、か?」
「俺も最初そうかと思ってたんだがな。霊魂が嫌がってる気配がねぇ。どうも違うみてぇだ」
言われて再び霊魂の気配を感じることへと意識を集中させる。確かに彼らは騒ぎ立てているものの、拒絶や反抗の意思はない。とても奇妙だ。
それに加えて坑道外、恐らくは外部から微かではあるが聞こえてくる金属が激しくぶつかり合うような、又はねじ切れるような音。
今までは坑道内からの採掘音かと思っていたのだが、トロッコが坑道の出口へと近づくにつれそれが違うと分かる。
「お、おい。見ろ!」
唐突に肩を揺すられて男は閉じていた瞳を開け、同時に右を見た。
驚愕に目を見開いた駱駝の獣の視線の先、坑道外から入ってきたのであろう煙が照明の光を濁らせている。
「……なんだ、煙……?」
普段から埃っぽい坑道内だが、視界が遮られるほど煙が充満することは珍しい。加えてその煙が運んでくる臭いはかなりきつかった。砂と油、それから血。それらを全て混ぜ合わせたかのような、明らかに異常な臭い。
外で何かが起こっていることはすぐに察せられた。
「何が起こったか分からんが行くぞ!」
右隣の彼が言う。
「いや、でもトロッコは?!」
「馬鹿、そんなことに構っていられる状況かっ!」
トロッコを捨て置き、駆ける。坑道の出口まではそう遠くはなかった。
目の前に広がる光景を見て唖然とする。
まず採石施設を護衛していたはずの〈インパルスフレーム〉がことごとく破壊されて黒煙を上げ、次に施設の管理者が居たはずの管理棟が倒壊していた。
そしてたった一機だけその傍に直立している〈インパルスフレーム〉がいる。
その機体が静かに二匹の獣を見下ろす。
防塵用だろうか、全身を擦り切れた外套で覆っている。頭部は外套のフードを深く被っているのに加え、逆光であることもあり完全に影になってしまっていたが、蒼く輝く二つの瞳がこちらを見据えていることははっきりと分かった。
「これは……」
傍目から見ても損傷の酷い機体だった。全身の純白の装甲は傷つき、汚れ、そして所々剥がれている。既に左腕の肩から先が無く、右腕に握る漆黒の刀と思われる武装も刃が半ばから折れてしまっていた。
目の前の〈インパルスフレーム〉が動く。膝を折って膝立ち冗談となり姿勢を低くした上で胸部の装甲がスライド、コクピットから”人間”の青年が姿を現わす。
砂漠の風を受けて揺れる黒髪とよく澄んだ緑玉色の瞳。
細身の彼は装甲の縁に昇降ワイヤーの爪を掛け、それをつたって岩石砂漠の大地に着地すると真っ直ぐこちらに歩み寄った。
「すまない。ひとつだけ聞きたいんだが……」
言って彼が取り出したのは一枚の写真。横に立つ駱駝の獣と揃って覗き込む。
写っていたのは一面に広がるシロツメクサの平原、そして平原を流れる一筋の清流、そして雲一つない晴天の空は突き抜けるような蒼。
「この場所を知らないか?」
一瞬の間。
駱駝の獣と視線を交わす。彼は首を横に振った。
「あの、写真以外に手がかりなどは?」
「すまない。これだけなんだ」
「すみません。自分にはこの場所がどこかは……」
途中まで言ってから言い淀んでしまった。思わずそうしてしまうくらいにそのパイロットは一瞬悲しい顔をしたのだ。
「す、すみません」
「いや、君が謝ることじゃないさ。知らないことはあって当然だ」
軽く笑って見せたパイロット。彼はスラビア共和国軍のものではない軍服のポケットに丁寧に写真をしまう。
「ここから東南東に少し進むとオアシスがある。君たちの仲間がそこにいるはずだ。坑道内に残っている仲間たちも含めてそこまで移動するといい」
パイロットはそう言うと再び〈インパルスフレーム〉のコクピットに戻るためかワイヤーを掴む。
「ま、待ってくれ!」
引き留めるつもりはなかったのだが、言葉が自然と口から出てしまっていた。
パイロットがその緑玉色の瞳をこちらに向ける。
「あんたは一体何者だ。なぜ俺たち獣を助ける?」
相手はすぐには答えなかった。
暫しの沈黙が落ちる。
「僕は明けの明星。別に君たちを助けたわけじゃない」
昇降ワイヤーの巻き取り機構を作動。パイロットの身体が〈インパルスフレーム〉のコクピットへと上がって行く。
やがて胸部装甲の縁に立った彼はこちらを振り向いて言った。
「僕はただ自分の目的のためにやるべき事をやってるだけさ」




