天使の反逆
機工暦八一二年八月三日、第一○三番天蓋区画近辺で天蓋区画の包囲任務にあたっていたメネア連邦軍第○六治安維持機甲隊と所属不明の〈インパルスフレーム〉が武力衝突するという事件があった。
所属不明機はたった一機であったが、〈RAGE〉と呼ばれるシステムに加え、操縦者の技術も相まって機甲隊を翻弄、そして単独で包囲網を突破してみせた。
巨大な片刃の剣を携え、光沢のある純白の装甲で全身を覆った機体。
その名は〈ラーグルフ〉。かつてメネア連邦対機神特殊先鋭部隊、上限越えの勇者たちと呼ばれていた十二人の中の一人、ロイ・グロードベントの機体であり、その彼が明けの明星と呼ばれていたことからその事件は後に彼の存在を知る一部の者たちから《天使の反逆》と呼ばれるようになり、その名はルシフェルを知らぬ者たちにも広まった。
事件の後すぐに〈ラーグルフ〉の捜索が行われたが、発見出来ず、捜索は打ち切られた。
結果として、《天使の反逆》と呼ばれる事件の後、〈ラーグルフ〉とそのパイロットの行方を知る者は、誰一人としていなかった。
*
突然だが一つある事件について話しておこうと思う。
メネア連邦の南西に位置する隣国スラビア共和国での出来事だ。
場所はスラビア共和国の北部から東部に渡って広範囲に広がるタカクラマン砂漠、その中心部に位置する採油施設。
そこは労働者がいるにもかかわらず、天蓋区画と呼ばれる鋼の壁と天井には覆われていない。
知っての通り、この世界に生きる誰もが〈機神〉という脅威に怯えながら暮らしており、それらから身を守るための防壁が天蓋区画である。それが無い場所で労働するということは自殺行為に他ならない。
ならばなぜこの採油施設は天蓋区画の中に作られなかったのか。
その理由はただ一つ。必要なかったからだ。
というのも、そこには”人間”と呼ばれる生き物はほとんどいないのだ。
代わりにそこで働くのは”獣”、スラビア共和国の各地で捕獲された獣たちを強制的に収容し、労働力としている。
万が一、施設が〈機神〉の攻撃を受けたとしても、その犠牲となるのは収容されている”獣”だけになるという人間にとっては実に都合の良い施設である。
そんな人間にとって最高の環境である採油施設でそれは起こった。
機甲暦八一三年一月三○日、午後一時二分。
タカクラマン砂漠の中央部に位置する採油施設の警護任務にはスラビア共和国軍の量産型〈インパルスフレーム〉である〈ショーテル〉四機の小隊があたっていた。
警護任務といっても実際は施設が〈機神〉に襲われた際に施設管理者を連れて撤退するための言わば脚。
故に〈機神〉さえ来なければ任務は退屈で、ある者は空調の効いた機体のコクピットの中で大音量で音楽を流し、ある者は買い溜めておいた菓子を貪り食う。
そんな中それは突然現れた。
〈ショーテル〉のコクピットの中で一人のパイロットがスクリーンに影のようなものが映っているのを見つけ、眉を寄せる。
暑さに揺らぐ砂漠の大地に立つ、奇妙な機影。
「……なんだ、あれは?」
全身を擦り切れた外套に包み、そのフードを深く被った〈インパルスフレーム〉が一機、こちらを見据えている。
外套もだが、その隙間から所々見える白っぽい機体もまた損傷が激しく、フードの下で二つのカメラアイが不気味に光っていなければ残骸と見間違っていたに違いない。
「蜃気楼……じゃなさそうだな」
サブモニターを操作、外部のスピーカーを使用可能にする。
「接近中の所属不明機に告ぐ。所属と階級、加えてこの施設に来た理由を明かしてもらおう」
所属不明機からの返答はない。もう一度警告を繰り返した。相手の〈インパルスフレーム〉は答えない。
「所属不明機、応答せよ。さもなくば敵機と断定して攻撃行動を開始するぞ」
それでもやはり応答はない。
『構わん、やってしまえ』
通信を通して小隊長が命令し、後方で待機していた砂漠仕様の四脚型〈ショーテル〉がその背に背負った大型滑腔砲を展開、ロックオンする。
砲声。
対フレーム仕様の貫徹弾が発射されると同時に所属不明機が急加速した。
貫徹弾が先ほどまで謎の機体が立っていた地面を貫き、砂漠特有の細かな砂粒が大量に宙を舞う。
「なっ?!」
慌ててメインスクリーンに表示されたレティクルを敵機に合わせようとするが追いつかない。
気づいた時にはもう四脚型の背後に回り込まれていた。
所属不明の〈インパルスフレーム〉が自らの武器である黒い刀を背後から〈ショーテル〉の胸部に突き刺す。
刃の部分が半ばで折れたそれは突きという動作に適していないように見えたが、それでも易々と〈ショーテル〉の装甲をフレームごと貫いてみせた。
『う、うわああ――』
四脚型のパイロットの叫び声。一瞬雑音が入り、そして通信途絶。
四脚型の〈ショーテル〉は砂地や湿地など足場の悪い環境で安定して直立できる利点があるが、小回りがきかない上に動きも遅いため、背後を取られるとなす術がない。
所属不明機が〈ショーテル〉に突き刺さった刀を引き抜く。
頭部のセンサーから光を失った四脚型が潰れた蜘蛛のように頽れた。
『こいつッ!』
「いったいなんなんだ!?」
所属不明機改め、敵機となったそれをロックオン。すぐさま三○ミリ機関砲が咆哮する。
けれども敵機はまるで人そのもののような動きで全弾を回避。外套の裾をはためかせ、信じられない速さで接近してくる。
『なめるなッ!』
小隊長の乗る〈ショーテル〉が機関砲を捨て、背部にマウントされている高周波ショーテルを構えて突撃、斬り合いとなる。
再び敵機のロックオンを試みるが、相手はあえてこちらの射線上に小隊長機が入るように立ち回っているようで、引き金を引こうにも弾けない。
小隊長機の腕が、頭が、脚が、順に斬り飛ばされて砂地に倒れる。そして敵機にコクピットブロックを踏み潰されて動かなくなった。
『ひ、ひええええッ!』
恐怖に耐えきれなくなったのか仲間の一人が悲鳴を上げて戦闘域を離脱し始める。
しかし、相手がそれを見逃すはずがない。
敵機が自らの武器である刀を投擲。回転しながら飛んだそれが友軍機の背に突き刺さり、機体が地面に倒れる。
『い、嫌だ!死ぬのは嫌だああああ!』
仲間の叫びが耳を刺す。どうやら背部ユニットを破壊されただけでまだ無事のようだ。
敵が先程撃破した小隊長機から高周波ショーテルを奪い取り、倒れた機体へと歩み寄る。
奪われた高周波ショーテルの刃が躊躇なく友軍機のコクピットブロックを貫いた。
「……ッ」
最後に残ったパイロットはメインスクリーンに映る敵機を呆然と見つめる。
羽織った外套の隙間から覗く純白の装甲には傷が目立ち、左腕は既に無いその相手。
機体の状態ではこちらに利があるが、それをどれだけ駆使したとしてもそれには勝てないと直感的に思った。
敵が残った右腕で破壊された〈ショーテル〉の背から突き刺さったままの刀を引き抜く。
それと同時にこちらを見つめてくる青い光を放つカメラアイ。思わず身体が竦んだ。
次の瞬間、敵機が急接近。瞬く間に距離を詰められる。
「しまっ……」
その〈ショーテル〉は相手の攻撃をシールドでもって一度受け止めた。
一度だけだった。
そしてこの日、一つの小隊が全滅した。




