もう一度あの場所で
ほぼ毎日、正午過ぎの太陽が最も高く昇る時間帯に私は決まってあの場所へと足を運ぶ。
けれど、今日は少しだけ早くそこへ向かった。
理由は分からない。ただ何となくかもしれないし、今朝久々に彼の話をしたからかもしれない。
季節は初春。そこに積もっていた雪はもう無くて、足元に群生するシロツメクサがちらちらと花を咲かせる頃。
空はあの時と同じように突き抜けるように蒼く、暖かい太陽の日差しにほんの少しだけ冷たい風が心地よい。
聞こえてくるのは目の前を流れる川のせせらぎと、春になって活発に動き出した小鳥たちの囀り。
そう、ここは誰にも邪魔されることのない私だけの秘密の場所であり、彼、ロイ・グロードベントとの思い出の場所。
《天使の反逆》と名付けられたらしい一連の事件から既に一年と半年。あの日、彼と別れた後で私は約束の場所で待ち続けたものの、彼はとうとう現れなくて、結局彼と合流することなくその場を去った。
あの時、追手が接近しているにもかかわらず、あくまで彼を待ち続けようとする私に同行者であったディーヴァルやミレイナは言った。
私たちまで犠牲になることを彼は決して望んではいないと。
そして、囮になってまで私たちを逃がした彼の思いに応えるために私たちは生きなければならないのだと。
全くその通りだったと今では思う。
彼は私をあの箱庭から出してやると言って囮役を買って出た。その私がもし捕まったりしていたならば、あの作戦だけでなく彼の思いすらも水泡に帰していただろう。
けれど……。
「……どうして、戻ってきてくれないんですか……」
目が熱い。気を抜くと何かが溢れてしまいそうで、それを堪えようと私は蒼い空に目を向けた。
「ロイさんの、嘘つき……」
*
昔の記憶とたった一枚の写真を頼りに、僕はあの場所へと向かった。
時間は正確には分からないけれど、高い位置にある太陽が昼頃であることを伺わせる。
僕が広葉樹の生い茂る森を抜けるとそこは辺り一面シロツメクサに覆われた平野だった。
突き抜けるような蒼い空と驚くほどに澄んだ水の川はあの時と変わっていない。
ただ一つだけ変わっていたとすれば、ちょうどそこに背を向けて立っている彼女の背が少しばかり大きくなっていることぐらいだろうか。
頭からぴんと伸びた黒い獣耳と臀部から伸びる橙黄色の尾。
それらが太陽の光を浴びて艶やかに輝いている。
優しく吹いたまだ微かに冬の気配を感じさせる風。それが彼女の艶のある黒髪をふわりと靡かせる。
「……ロイさんの、嘘つき……」
背を向けたままの彼女が、震える声でそう呟いたのが聞こえた。
こちらには気づいていないらしい。
密かに微笑んでから、僕は口を開いた。
*
「誰が噓つきだって?」
後方から響いた声に私は一瞬硬直した。
決して忘れはしない声。それが後ろから聞こえた気がしたのだ。
一度大きく深呼吸、ゆっくりと振り返る。
そこには確かに
戦闘服に身を包んだ彼が立っていた。
「……ロイ、さん……?」
「リン」
待ち望んでいた声が私の名を呼び、鼓膜を揺らす。
私たちの間を吹き抜ける一陣の風。それに伴って彼の黒髪が揺れる。
気付かぬうちに涙がこぼれていた。我慢なんてできるはずがなかった。
「……ごめん。本当はもっと早く戻っ――」
「ロイさんっ!」
向けられた申し訳なさげな、けれど柔らかい微笑み。待ちきれずに駆けた。そのまま彼の胸元に飛び込む。
――いりませんよ。謝罪なんて……!
彼が今私の目の前にいるという事実。
今の私には、
――ただそれだけで十分なのですから……!




