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神に逆らった天使

 目の前に佇む黒い鉄塊を見たとき、ロイは驚愕に目を見開いた。


「これは……!」


 黒い金属装甲に覆われた本体、そこから伸びる四本の脚、その背に背負った巨大な滑腔砲。

 見間違うはずがない。以前、軍に所属していた時の僕はそれらを相手に戦っていたのだから。


「……一番目の……シリウス」


 人間という愚かな生物により一番最初に造られた〈機神〉。

 それが今、僕の目の前にいる。

 こちらの接近を感知したらしい機神の光学センサーが不気味に光を帯び、赤く輝くそれがこちらを見据える。

 すぐに眠りについていた毒蜘蛛を起こしてしまったのだと気づいた。


「……ッ!?」


 僕は膝の間あたりに位置するサブモニターに表示された機体図を一瞥。

 左腕は肩から先が無く、二本あったダガーはすでに使用済み。大型ブレードは外装を取り払った刀の状態。

 この機体状況で〈機神〉を相手にするのは分が悪る過ぎる。


「明らかにこちらが不利か……」


 奥歯を噛み締める。


――どうしても倒して欲しい機神がいるの。


 不意にミレイナの言葉を思い出した。

 以前、彼女にそう言われたのはいつだったか。

 もし、彼女の親の仇である〈機神〉と(まみ)えることがあったなら、その時は全力を尽くすのだと、そう答えた時に彼女が返した微笑みが脳裏を過る。

 すっ、と短く息を吸った。

 明らかにこちらが不利、それは承知の上だ。


「だとしても」


 〈ラーグルフ〉が残った右腕で刀を構える。

 ペダルを強く踏み込んでフルスロットル。

 各部スラスターが火を噴き〈一番目の機神〉へと急速接近。右手に握った刀を振りかぶる。

 機神の光学センサーがこちらの動きを追う。前方に二つある可動式コンテナが開き、二本のチェーンブレードが展開。


「たとえ状況が絶望的だとしても、僕はッ!」


 刀を振り下ろす。鈍い金属音が響き渡った。

 チェーンブレードの一本が特徴的な金属音とともに畝り、刀の刃を弾いて見せたのだ。

 機体ごと弾き飛ばされた〈ラーグルフ〉。空中で体制を整え密林の水分を豊富に含んだ土を跳ね上げつつ着地。

 〈機神〉が自身の身に蔓延る蔦を引きちぎりつつ四本の脚でその巨体を起こす。

 自分の中のもう一人が薄く笑う気配。


――殺んのか?お前にしちゃ随分と好戦的だな。

――起動を促してしまったのは僕たちだ。ここであいつを食い止めなければ、被害が出るかもしれない。それに……。

――それに?

――お願い、されたからね。

――まったく、相手が無人機になったらこれかよ。最初からそんな風に少しは格好つけて言ってみやがれってんだ。


 高揚感を裏に隠して呆れたように言って見せたレイ。


「いいぜ。その話、オレも乗った」


 微かに笑い、慣れた手つきで流れるようにサブモニターを操作。一瞬の間を置いて、大量のコマンド文がサブモニターを流れる。


「……そういやさっきのおっさんが言ってやがったな。オレたちは堕天使らしいじゃねぇか」


――確かに、そんなことも言ってたな。


「堕天使ってのは神に逆らった天使のことを言うんだろ?」


――そうだね。けど、神に勝てず敗れ去った哀れな天使のことでもある。


 上等だ、とでも言うようにレイが鼻で嗤った。


「だったら俺たちで作ってやろうじゃねぇか。機神(かみ)に逆らった天使がその神サマに勝っちまう話ってのをなァ……!」


 レイのその一言で膝の間辺りに位置するサブモニターが一瞬にして紅く染まる。モニターの中央には《CHAOS MODE》の文字。

 ヘッドセット型のデバイスの薄緑色に発光していたライン状の模様が鮮やかな赤い光を放つ。それと同時に〈RAGE〉システムの全機能が活性化、得られる情報量が格段に増加し、それによる激しい痛みが頭を襲う。

 〈RAGE〉システムの中に搭載されたもう一つのモード、"CHAOS(カオス)"。システムの全機能を活性化させ、破格の情報量と反応速度を得るシステムの上限を超えた得体の知れない何か。

 理論的な限界が存在しないそのモードは当然、使用者に尋常ならざる負荷を与える。


「……久々だと流石にきついな」


 漏らした言葉とは反対に牙を剥いた獣のように笑ったレイ。

 鼻孔から鮮血が一筋、流れて落ちた。

 呼吸を整え、操縦桿を握りなおす。


「さぁて、行くかァ!」


 〈ラーグルフ〉の二つの瞳が普段の青とは違う深紅の輝きを放った。

 全身のスラスターが一斉に火を噴く。

 弧を描きながら振るわれるチェーンブレードを最小限の動作で回避。容易い。

 畝る刃の軌道が手に取るように分かる。

 瞬く間に接近し、手にした刀で金属装甲を斬りつけた。

 刀の刃は〈機神〉の装甲に傷を付けるものの貫通できない。


「くっ、硬い……!」

「それがどうしたァッ!」


 さらに同じ部分を狙ってもう一撃、しかし、装甲は健在。

 追撃してきたチェーンブレードを跳躍で回避し、さらに迫るもう一本を刀で弾く。

 着地したのも束の間、振り下ろされるチェーンブレードを圧倒的な反射神経でもってかわす。

 〈ラーグルフ〉の代わりに切り倒された巨木が重たい音を立てて倒れた。

 再突撃、二本のチェーンブレードが波うちながら迫る。


「邪魔すんじゃねぇッ!」


 迫る刃に向けて刀を投擲。回転しながら飛んだそれはチェーンブレードの刃を弾き、そして地面に墓標の如く突き刺さる。

 それを見届けることなく〈一番目のシリウス〉に飛び付いて、足裏の駐鋤(スペード)を展開、しっかりと相手を捉えたうえで組み付いた。

 掲げた右手のスモールシールドが前方にスライド、手首を覆う手甲となる。

 最大出力で右腕の拳を敵機の装甲に叩きつけた。

 一度では機神の分厚い装甲は破れない。しかし……。


「どんなに硬かろうとッ……!」

「繰り出す手数でぶち抜いてやらァッ……!」


 同じ部位を何度も何度も殴りつける。凹む装甲、やがて中央から破れるように装甲が裂け拳が貫通する。

 すぐさまシールドを収納、〈機神〉の装甲の内側から配線保護用のチューブや配管などを掴み取り、引き千切る。

 しかし……。


――レイッ!


 先に気づいた僕は声にならない叫びを上げた。

 〈機神〉の背負う滑腔砲が急速回頭。気づけば砲身が目の前にある。


「……ッ‼」


 衝撃。

 砲身が大きく振りかぶったバットのように機体を吹き飛ばす。

 機体が背後にあった大木の幹に叩きつけられて停止、一拍置いて大木が根元から折れて倒れた。

 追撃してきたチェーンブレードが〈ラーグルフ〉の左胸を穿つ。

 直撃ではなかったようだが、コクピットブロックを掠めたらしい。左側のサイドスクリーンが割れ、飛び散った液晶の破片が頬を裂く。


「まだだッ!」


 シールドを再展開した右腕で左胸に突き刺さったチェーンブレードを横側から殴る。左胸部に突き刺さったブレードの先端部分、刃と刃を繋いでいた硬質ケーブルが金属音と共に砕け散った。

 左胸に残ったチェーンブレードの刃を乱雑に引き抜いて捨て、再びスラスターを噴かせる。

 地面を滑るように動く〈ラーグルフ〉。二本のチェーンブレードがそれを追う。

 〈インパルスフレーム〉である〈ラーグルフ〉が多脚兵器である〈一番目のシリウス〉に唯一勝っている点。それは機動力だ。

 損傷している今の状況から勝機を見出すにはこの一点に賭けるしかない。

 振り下ろされるチェーンブレード。〈ラーグルフ〉はそれを前後左右の移動、あるいは跳躍によってかわす。

 考えるより先に体が動くというのはこのような状況を言うのだろうか。次に行う動作など考える間もなく気づけば腕が操縦桿を、脚がペダルを操作している。


 〈機神〉の動きを追って縦横無尽に視線がスクリーンを彷徨う。機能しなくなった左のサイドスクリーンからの情報は〈ラーグルフ〉自体の()から補う。

 背後に回り込んでから再び〈機神〉へと飛びつき、残っている右腕で強引にその装甲を引き剝がす。主砲を保護していた装甲の一部が投げ捨てられて宙を舞った。

 再び主砲が急速回頭、しかし、同じ手を二度も喰らってやるほどこちらも馬鹿ではない。

 厚い装甲に覆われた〈機神〉の本体を蹴り込んで飛び降りる。チェーンブレードに捕捉される前に加速、地面に突き刺さったままだった刀を移動ついでに回収し、そのまま機神の右側へと回り込んだ。


「僕は生きるッ!」


 機神の右後ろ脚、その関節部を切りつける。装甲の薄い関節部でさえ一撃では崩れない。

 一度地面を踏みしめてバランスを整え、同じ関節部目掛けて刀を突き出す。


「約束を守るためにも、この戦い、絶対に負けられないッ!」


 突き出した刀の切っ先と、相手の関節部がぶつかり合い、火花を散らして均衡。刀の刃が根元から七割ほどを残して折れ飛ぶ。それでも〈ラーグルフ〉は刀を突き出すことを止めない。

 関節部の部品が悲鳴じみた金属音を上げて砕け、バランスを崩した〈機神〉が残った脚部を曲げて倒れ込む。

 次の瞬間、コクピット内に鳴り響く、相手の攻撃を示す警告音。しかし、その前に僕は操縦桿を後退位置に移し終えている。

 回避。

 先端に捕獲用アームの付いた〈機神〉のワイヤーアンカーが水分を多く含んだ土壌に突き刺さった。

 死角の外に出た途端に迫りくるチェーンブレードの刃を跳躍で回避。しかし、避けきれない。刃の掠めた右脚部のスラスターがスパークを起こす。

 即座に右脚のスラスターをパージ。分離されたスラスターが空中で爆散した。

 距離を取って着地。〈ラーグルフ〉の赤く輝く目が〈機神〉を見据える。


「チッ……意地でもオレたちを近づかせねぇつもりか……ゔッ?!」


 唐突に激しい頭痛を感じて頭を押さえた。次第に呼吸が荒くなり、異様に冷たく感じる汗が額をつたう。


「……や、ヤロォ……。こんな時に……かぎって……」

「く、これ以上は、厳しい、な……」


 “CHAOS MODE”はシステムの活性化を促し、通常では考えられない性能を発揮するが、その分身体に掛かる負荷も尋常ではない。

 この頭痛はまさしく己の身体から発せられる警告信号であった。

 しかし、いくら無人機の〈機神〉といえど戦闘中に相手を待つほど無能ではない。

 すかさず飛来したワイヤーアンカーが〈ラーグルフ〉を捉える。そうして逃げるという手段を奪った後で迫ってくるチェーンブレード。

 操縦桿を握ろうとするも、腕が痙攣に近い状態で震えているために動かせない。


「……く、くそぉ」


 きつく奥歯を噛み締めたままメインスクリーンを睨みつけた。チェーンブレードの刃はすでに眼前にまで迫っている。


――死ぬ。


 刹那の思考にその二文字が浮かんだその時だった。

 眼前で響いた金属の破砕音に僕は唖然とする。

 気づいたときにはすでに〈機神〉の振るっていたチェーンブレードが根元を()()()()()()宙を舞っていた。


「……ッ?!」


 続いてもう一方のチェーンブレードが長距離からの狙撃によって撃ち抜かれ、半ばから折れて飛ぶ。

 さらに飛来した三射目の貫徹弾がワイヤーアンカーを切って地面を穿った。

 そして直後、おそらくは先程〈ラーグルフ〉が装甲を引き剝がした部位を貫徹弾が穿ち、弾薬庫を貫いたのだろう〈一番目のシリウス〉がその背に背負った滑腔砲が轟音と共に爆散した。


『……行……て……』


 所属不明機からの通信。機神による広範囲(ワイドレンジ)電波妨害(ジャミング)の影響で途切れ途切れではあったが確かに聞こえた。

 聞き覚えのある懐かしい声音。


「その声、まさか……」

「言われなくても分かってらァッ!」


 驚きの声を漏らしかけた僕を押しのけてレイが咆えた。

 操縦桿を全身位置へと押し込む。この一瞬、無駄にはできない。頭痛は無理矢理振り払った。

 〈ラーグルフ〉の瞳が一瞬だけ強く発光、残りの推進剤を全て消費する勢いで加速。

 一気に距離をつめる。

 しかし、〈機神〉も無抵抗ではない。半分だけ残ったチェーンブレードが大きく振るわれる。このままでは直撃は免れない。


「……チィッ!」


 咄嗟に回避行動を取ろうとするレイ。僕はそれを妨害するように操縦桿を前進位置に固定した。


「構うなッ! このまま一撃で決めるッ!」


 先端の折れた刀で突きの構えを取る〈ラーグルフ〉。チェーンブレードが振り下ろされる。


「貫けッ、ラーグルフッ!」


 機神の光学センサーを刀が押しつぶすように突くのと〈ラーグルフ〉の首元にチェーンブレードが食い込むのがほぼ同時。

 刀の刃が光学センサーを貫いてじりじりとさらに奥へと沈みこんでゆく、一方でチェーンブレードの刃が首元から胸部を裂き、コクピットブロックへと迫る。


「「うおおおおッ!」」


 僕とレイの声が重なったのは久々だった。

 〈ラーグルフ〉の持つ刀、その刃が完全に見えなくなるほど深々と〈機神〉を貫き、〈一番目のシリウス〉のチェーンブレードが〈ラーグルフ〉のコクピットブロックの天井を切り裂く。

 互いにスパークと小爆発を繰り返し、そして……。



 両機が同時に、そして完全に動きを止めた。




 *


 《各部損傷甚大》

 《戦闘の継続が不可能と判断。これより通信によるコンタクトを開始》

 《――通信システムの破損を確認。コンタクト不可》

 《中枢系統に異常を確認。これよりコードナンバー〈001〉を破棄。IDRをリジェクトし、全データを削除……》


 *


 気が付けばいつも夢で見る。空間を漂っていた。

 真っ白でどこか朧げな、不思議な空間。

 ここには方向が存在しない。だから今の僕が立っているのか、それとも寝ているのか、それすら分からない。

 けれど、このままどこまでも落ちていけそうなそんな感じがした。


――夢……?

――オレが知るかよ。


 すぐに相棒の声が聞こえた。


――レイ、僕たちは、死んだのかな?

――さぁな。そうかもしんねぇし、そうじゃねぇかもしんねぇ……。

――それは、困るなぁ。リンに怒られそうだ。

――ハッ、別にあの女が泣こうが怒ろうがオレは興味ねぇよ。


 一拍置いて、レイは言った。


――なぁ、ロイ。大人しくここで果てるってのもいいんねぇんじゃねぇのか?

――……どうしてさ? レイは生きるんじゃなかったのか?


僅かな間。珍しくレイは迷っているようだった。


――そうだな。確かに生きるのは俺の望みだった。オレは、ずっと欲しかったんだ。オレたちの存在が本当に価値あるもんだったんだって、()()()()に胸張って言えるような話のネタがな。


 彼が薄く嗤う気配。彼の言う"あいつら"が、かつて僕とレイが殺した同胞たちだとすぐに察しがついた。


――オレはそれを手に入れるまでは絶対死なねぇつもりだった。けどな、オレたちはたった一機で神に歯向かって、そして勝った。あいつらえへの土産話にしちゃあ十分過ぎる、だろ?


 言われて僕も彼の言う“あいつら”の顔を思い返す。

 ふ、と小さな笑みが漏れた。


――確かに、そうかもしれないな……。


 そして僕の意識はその夢の中からも遠のいてゆく。


――ごめん、リン。僕は……。


 その言葉を最後に僕の意識は完全に途絶えた。

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