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明けの明星

 既に知っていることを再度授業で学び、帰りのホームルームを終えた僕は、伝えられた時刻通りに整備棟へと足を運んだ。


「ロイくーん!こっちこっち」


 建物の入り口で僕を呼び出したミレイナが大きく手を降っているのが見える。

 機械を整備する際にいつも着ている作業服を着込み、腰に工具の入ったウエストポーチを巻いている姿は整備士そのものだ。


「ごめん、待った?」

「ううん、ぜんぜん。」


 彼女が首を振ると後ろで一つにまとめられた髪もそれに伴って揺れる。


「じゃあ早速行こっか。問題のIFはこっちだよ」


 彼女は小さく手招きをして整備棟の中へと入って行く。

 僕もそれに続いた。

 この工業学校の中で近年建て替え工事が行われた整備棟は他のどの棟よりも美しく、設備も良い。

 白塗りの壁に覆われた整備棟の廊下を歩きつつ、僕は今回新しく学校の教材として運び込まれた機体がどんなものなのかを想像ずる。


 〈インパルスフレーム〉、正式には人型有人機甲兵器と呼ばれるそれらは名前の通り、軍用兵器として開発されたもので、その利便性の高さから戦闘以外でも幅広く利用され、天蓋区画の中で姿を見ることも多い。

 今まで学校が購入してきた教材用の機体は中古の民間機が多かったが、はたして今回の機体もその類なのだろうか。

 それとも軍用機だろうか。

 個人的には後者の方が興味を惹かれるが、この学校も予算的な余裕はあまりないと聞く、あまり過度な期待はしない方がよさそうだ。


「ついたよ」


 ミレイナの声。頭を軽く振って今までの回想を振り払い、彼女とともに《5》とペイントされた格納庫の鉄扉をくぐる。

 格納庫内は消灯されていて闇に包まれており、新しい機体の姿はまだ見えない。


「ロイ君。準備はいい?」

「もちろん」


 暗闇の中、かけられた言葉に軽い頷きを返す。

 彼女が壁に埋め込まれた電子モニターを操作して照明のスイッチを入れると真っ暗だった格納庫全体が昼白色の明かりで照らされた。

 格納庫特有の高い天井と壁際に並べられた最新の整備機器、そして〈インパルスフレーム〉を格納するための専用ラックに収められた新しい機体。


「――ッ!?」


 思わず息を呑む。驚きのあまりに大きく目を見開いた。

 今までにもこの学校でチューンされた機体を見てくれと言われ、それに応じたことは何度かある。

 しかし、以前とは比べ物にならないほどの強い衝撃を僕は感じていた。

 学校がどのような経緯でこの機体を手に入れたのかは分からない。けれど、目の前にあるこの機体がこの学校にあるどの〈インパルスフレーム〉とも違う型をしていることはすぐに分かった。


 それは僕が最もよく知る機体だった。装甲を纏っていてもなお全体的に細身の身体。機体の目とも言える二つのカメラアイを保護する目的で顔面を強化ガラス製のクリアブルーの装甲板で覆った特徴的な頭部。外部装甲が純白なのは()が塗装をするのを面倒がって行わなかったため……。


「ラーグルフ……」


 自然と手から力が抜けて、持っていた通学鞄が床に落ちる。

 そう、《突きの襲撃事件》で大破していたはずの自分の機体がそこにはあったのだ。


「この機体は民間機じゃない」


 ぽつりと呟くように言った。


「軍用機だ。何か武装があっただろう?」


 僕の言葉を受けたミレイナはしばらく返答を返さなかった。

 ただこちらを見つめて何かを考えているように見えた。長い睫毛に縁取られた彼女の瞳が一度、瞬く。


「どうしたの?」

「……ううん、何でもない。ロイ君の言う通りだよ。この機体にはあらかじめ武装があった。今は別の倉庫で保管して調整してるけどね」


 作業用の靴の踵を鳴らして彼女は機体へと近づく。

 そして機体に手を触れることのできる距離まで進んで足を止めた。


「機体番号IF-X1714、ラーグルフ」


 一度言葉を区切る彼女。機体の純白の装甲に触れつつ、こちらに目を向ける。


「君の機体だよね?ロイ君……いや、明けの明星(ルシフェル)さんって呼んだ方がいいのかな?」


 以前の僕の呼び名を告げて、彼女が瞳を僅かに細める。

 交差する視線。

 言い逃れはできそうもなかった。


「……その名前で呼ぶのはやめてくれないかな。それを聞くと昔のことを、思い出すんだ」


 ややあって、僕も〈ラーグルフ〉に歩み寄りながら言う。

 《突きの襲撃事件》で僕は九人もの仲間を失った。

 昔の呼び名で呼ばれると必ず仲間たちの顔が脳裏に浮かぶ。何十年も経った今であっても仲間の死を思い出すのはやはり辛い。


「……そう、だよね。ごめん」


 彼女が申し訳なさそうに目を伏せる。


「いつから気づいてた?」

「ここに送られてきたこの機体を最初に整備した時から、かな。でも、確証は無かったの。さっきの言葉も半分以上は鎌かけだったんだから」


 彼女は悪戯っぽく微笑んで作業服の胸ポケットから一枚の写真を取り出した。

 写っているのは一面に広がるシロツメクサの草原と澄んだ水の小川、それに突き抜けるような空の蒼。


「これをこの機体のコックピットで見つけた。以前君の家で誕生日を祝ったことがあったでしょ?ここに写っている景色がその時、チェストの上に飾ってあった写真の景色にそっくりだったからもしかしたらって思ったんだよ」


 写真を受け取る。それは確かに僕が獣である()()と見た景色で、戦闘の際お守り代わりに持っていた一枚だった。


「君は……驚かないんだね。僕を見ても」


 その言葉の意味はもちろん僕の容姿についてだ。僕の正体を知っているということは同時に僕の年齢も知っているということになる。


「治癒カプセル、でしょ?エルトナの一件でオーバーブレイブスは全滅した。そう報道では言うけれど、あれは嘘だよね?」


 くすり、と彼女は薄く笑う。


「本当は三人生還者がいて、治癒カプセルに入れられていた。違う?」

「……その通りだ。でも、どうして君がそんな事を知っている?僕らが治癒カプセルに入っていたことは連邦軍の最高機密事項のはずだ」


 彼女はすぐには答えず、唇に指をあてがい、少し考えた。


「んーとね。パパに教えてもらったの」

「パパ……?」


 ミレイナがこくりと頷く。


「って言っても本当のパパじゃないんだけど」


 薄い苦笑。


「私ね、実はもともとスラム街の孤児だったんだ。いつもごみの山から漁ってきたジャンクパーツなんかを使えるようにして売りながら生きてた。」


 彼女は薄い笑みを崩すことなく続ける。


「だけど六歳のときにある人に拾ってもらったの。名前は……言っても分からないかもしれないね。だけどパパはロイ君に会ったことあるって言ってた。」

「僕に、会ったことがある……?」


 思わず眉を寄せる。彼女は軽い頷きを返した。


「オーバーブレイブスのことはその人から聞いたんだよ。軍の機密を全て知ってるって人ではなかったけど、オーバーブレイブスについては凄く詳しくて、なんだか気にかけてるみたいだった」


 彼女の言う”パパ”に当たる人物を思い出そうとと僕は必死に記憶を辿る。

 オーバーブレイブスは十二人の部隊だったが、周りには色々な人がいた。共に戦う戦友がいて、損傷した機体を直す整備士がいて、敵の動きを明確に伝えるオペレーターがいた。

 彼ら全員が同じようにオーバーブレイブスを気にかけて行動していたと僕は思う。

 だから、僕には彼女を拾ったのが誰なのか結論づけることはできなかった。


「……君は、その人の事を大切に思っているんだね」


 その誰かを語る彼女の雰囲気や言葉の柔らかさを感じて僕は言う。


「だって家族だもん」

「……そう」

 

 心の底から相手を想っていると分かるミレイナの微笑み。しかし、曖昧な返事を返すことしかできなかった。

 僕には親も兄弟も親族も、誰もいない。だから、今、彼女が感じているような心情は理解しがたいのだ。

 もし仮に僕に家族と呼べる者がたった一人でもいたならば、もう少しましな返答もできなのかもしれないけれど……。

 沈黙。

 自分はコミュニケーション能力が無いなといつも沈黙が落ちてから思う。

 会話が下手くそなのだ。

 そうして僕が何も言えなくなってしまったときにいつも会話を繋げてくれるのは彼女の方。


「あ、そうだ。ロイ君、君に一ついい事教えてあげる。」


 ミレイナは悪戯っぽく笑う。


「今度、区画外実習あるのは知ってるよね?」

「もちろん知ってるよ」


 深く頷く。

 区間外実習、学校に通う三年間で一度だけ天蓋区画の外で行う実習だ。


「その時なんだけど、五番トレーラーにこの機体が乗る事になってるから覚えておいて」


 そう言って、彼女はこつこつと〈ラーグルフ〉の金属装甲を叩いてみせる。


「先生たちは機械操縦の実習で使わせるって言ってるけど、どうせこの機体は君しか使えないでしょ?」


 彼女がくるりと踵を返す。後頭部で一つにまとめられた艶のある茶髪が遠心力に引かれて靡いた。


「だから、他の人に取られる前に君がこの機体を取りに来ること!絶対だよ」


 すれ違いざまにそう言った彼女はまるで何事も無かったかのように歩いて行く。


「待ってくれ、ミレイナ」


 初めて彼女のことを名で呼んだ。

 すぐに振り返った彼女は少しだけ驚いているようにも見えた。


「僕の事、誰にも言わないでおいてくれるかな?」

「……分かってるよ。軍の機密事項だもん。絶対に言わない。約束する」


 それに、と彼女は続ける。悪戯っぽい笑み。


「言ったのがばれたら一生牢獄から出られないもんね」


一瞬の間。僕はわざとらしく後頭部を掻いた。


「本当だよ。まったく……」


 落ちた通学鞄を拾い上げ、彼女の後を追って歩き出す。

 格納庫を出る直前、僕は一度振り返って静かに佇む〈ラーグルフ〉を見つめ、格納庫を出た。

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